アヤメちゃん

胡花宝 愛芽

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第ニ章「アヤメちゃん、奮闘中」

第十話「少しの間だけ、貸してあげましょう ①」

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杞壹きいち叔父さん!」

 招待客達には目もくれず、シャンパングラスを片手に、大広間の装飾を品定しなさだめでもするかのように「じっくり」と鑑賞かんしょうしながら進む倪門がいもんを、先に小梧郎こごろうが見つけて声を掛けた。

「…やぁ、小梧郎君」

 倪門が気が付き、小梧郎に歩み寄る。

「来てくれたんだ。なかなか姿が見えないから、今日はもう来ないのかなって思ってたよ」
「小父様、明けましておめでとうございます」

 櫻子が倪門に、お辞儀する。

「やぁ…、櫻子君。おや…?」

 倪門は、櫻子の隣で直立するアヤメに目をる。
 
「壱号か…」
「倪門所長。御久オヒサシュウ御座イマス」

 アヤメも、深々とお辞儀する。
  
「見違えたねぇ…、良い着物だ」

 黄色地に華やかな花々を描いた着物に、若草色地に手鞠柄てまりがらの帯を纏ったアヤメの姿を、倪門が「ジットリ」と見る。

「ハイ。此方コチラ元々モトモト、櫻子御嬢様ノ、御召オメシ物。奥様ト、櫻子御嬢様ガ、アヤメノタメニ、選定センテイシ、着セテ下サイマシタ」
「小父様。アヤメちゃん、可愛いでしょう?」
「ふむ…。壱号は…、役に立っているかな?」
「ええ、とっても!アヤメちゃんは、最高のお人形さんよっ」
「それは何より…。ところで…濱子さんは、欠席かな?」  
「はい」
「そう…残念。久方振りに、日本の美玉びぎょくな女性を拝観はいかんしたかったのだが…」

 倪門が今度は、櫻子を「ジットリ」と見る。

「ふむ…。しかし、君もねぇ、濱子さんに、顔が似てきたようだ…」
「本当?」

 櫻子は「パッ」と、倪門から小梧郎の方へ首を動かす。

「こーちゃん。私、おは…お母様に似ているかしら?」
「うん、そうだね。目の形とかくちびるとか、濱子小母様に似てると思うよ。鼻は…数仁小父さんかなあ?」

 小梧郎は、櫻子の顔を見ながら答える。

「そうかしら?自分じゃ、よく判らないけど…」

 櫻子が肩に掛けたクラッチバッグを「パカッ」と開き、「ギッシリ」詰まったお年玉袋の隙間から、手鏡を引き出して自分の顔を映してみる。アヤメは鏡に映る櫻子の顔と、実物の櫻子を交互にのぞいている。

 大広間の向こうでは数仁と定之助、小林室長に酒本が階段を上がって、踊り場で発表の準備をしている。そこに黒川も肆号よんごう伍号ごごうを連れて上がり、直立体勢で並ばせている。
 それに招待客達も気づいて、それぞれ談笑しながら踊り場の方へ注意を向け始めた。
 
「小梧郎君…」

 倪門が、持ち歩いていた紙袋を差し出す。
 芝山が車椅子の後ろから前に出て紙袋を受け取り、持ち手を開いて小梧郎に見せる。中には無記名の段ボール箱が入っている。

「何?杞壹叔父さん?」
「去年の手術、頑張ったご褒美ほうびと成功したお祝いだ…。前に『動物と一緒に暮らしたい』と言ってたろう?だけど…毛や羽を持つ生き物は、君の体に障る。これはねぇ…、動物の『からくり』なんだ」
「動物の?」
「『アルマジロ』…。聞いたこと、あるかな?」
「アルマジロ?…ううん」

 小梧郎が首を左右に振る。
 
「あ。でも今日、数仁小父さんが珍しい動物の図鑑をくれたんだ。そこになら、載ってるかも…」
「背中が…よろいのような、甲羅こうらおおわれていてね…、天敵がやって来ると、甲羅の中に手足を引っ込めて身を守る…。でも、亀とは違うよ…。玉のように、丸くなってしまうんだ…」

 内容は普通に「アルマジロ」の生態を話しているだけなのだが、まるで口調は怪談話をしてるかのような抑揚よくようの付け方だ。

「へぇ…」

 小梧郎は興味深げな表情をする。

「ご歓談中の皆様、ご注目下さい!本日は皆様に是非とも、ご紹介したい物がございます!」

 踊り場から大広間へ数仁が呼び掛けると、「シーン」と談笑の声が静まる。
 数仁は小林室長から順に所員を紹介し、倪門達が取り組む研究の詳細を、知識のとぼしい招待客にも理解しやすい言葉にくだいて、説明してゆく。
 階段下の招待客は皆、踊り場の方へ半円状に寄り集まり、黙って聞いている。
 日頃の発声練習が功を奏してか、数仁の声は遠くまで通り、滑舌かつぜつも良いので容易に聞き取れる。
 
 櫻子や小梧郎達は、踊り場から最も遠い窓辺に居る。

米国あっちで…動物学者と、知り合ってねぇ…」

 一瞬、櫻子達も数仁の大声で反射的に顔を向けたが、すぐに倪門が話を続行する。
 踊り場の方は、まだ本題には入っていないようだし、小梧郎も今は倪門の話が聞きたい。

日本こっちには生息していない面白い生き物を、色々…教えてもらったよ…。それでね…、僕が特に興味をそそられた…『アルマジロ』を造ってみようと、思いついたんだ…」
 
 倪門は、シャンパンを一口呑む。
 手鏡を仕舞って櫻子もアヤメと一緒に、倪門の話に耳をかたむける。

「この中にね…」

 倪門が屈んで、紙袋を指差す。小梧郎と櫻子、そしてアヤメも中の箱を見る。

「その部品が全部、入ってる…。必要な工具もね…。小梧郎君…」

 小梧郎が倪門を見上げる。

「君が、一から作ってごらん…」

 そう言われた小梧郎は、目を大きく見開いた。その瞳と表情は、喜びで輝いている。

「得意な部下に頼んでね…、図解書ずかいしょを作ってもらった…。完成すれば、本物の『アルマジロ』と同じように動くよ…。そう…『多少、難解なパズルを組み立てるだけ』…と思って、気負わずに造ってみなさい…。と言っても…犬や猫みたいに、そこらで見かけるものではないからねぇ…。『アルマジロ』の写真や、僕の造った完成品も入れておいた…。参考にすると良い…」
「うん!」

 小梧郎は、大きく頷いた。

「ありがとう、杞壹叔父さん!僕…、絶対に完成させるからね」
「君なら、げるだろう…。ただし、あまり…こんめてはいけないよ…。体に障る…。きししし…」
「うん、解った」
「良かったわね、こーちゃん。完成したら、私とアヤメちゃんにも見せてね」
「うんっ」

 小梧郎は、櫻子とアヤメに満面の笑顔を見せる。

「ところでね…小梧郎君…。君に、頼みがある…」
「僕に?」

 小梧郎が聞き返すと、倪門は頷く。

「これから…僕もねぇ、あそこに行って『からくり人形』の宣伝をしなくてはいけない…。それでね…君にも、協力してほしい…」
「何をすれば良いのかなあ?」
「うん…。人形が、君を安全に手助けするところを…、あの人達にねぇ、見せたいんだ…」

 今度は、自分達の位置からは後ろ姿しか見えない大人達を、倪門は指差した。

「いかに、この人形が人々の役に立つか…。言葉より、行動で示した方が、一目瞭然いちもくりょうぜんだろう?嫌なら、無理にとは言わないが…」
「ううん、嫌じゃないよ。僕、やるよ」
「いけません、小梧郎坊っちゃま」

 芝山が話に割って入る。ずっと穏やかだった芝山が、生真面目な表情と口調に切り替わった。

「倪門様。恐れ入りますが、小梧郎坊っちゃまに対しての、そのようなご要望は予め、奥様にご相談して頂きませんと…」
「平気だよ、爺や。さっき家族皆で挨拶したみたいに、少しの間、あそこに居れば良いだけだよね?」
「そう…。君はただ、人形に命令してくれれば良い…」
「ほら、大したことないよ。爺や」
「では…奥様にお知らせして参りますので、ここを動かずに少々、お待ち下さい」
「大丈夫だってば!」

 芝山の腕を掴んで、小梧郎が止める。
 同時に数仁の冗談話で踊り場に集まる招待客達から、「ドッ」と笑いが沸き起こる。
 
「ねぇ、さーちゃん?さーちゃんは外に出たら、身の回りのことは自分で決めてやってるんだよね?」
「え?ええ…」
「爺や。僕…、もう十歳だよ?いちいち母様かあさまに聞かなくっても、それくらい僕も自分で決められるよ。母様が僕を心配するのはしょうがないけど…でも、何でもかんでも決められるのは嫌だ。それに…僕だって、人の役に立ちたいんだ!」
「小梧郎坊っちゃま…」
「こーちゃん…」

「叔父さん、行こうよ」

 倪門が頷いて車椅子の後ろに立ち、手押しハンドルを握る。

「櫻子君…。壱号も、良いかな…?」

 言いながら倪門はアヤメを指差し、その指の先を「スーッ」と踊り場の方へ移す。

「え?アヤメちゃんも?」
「そう…。壱号は最も、人間と共にした生活が長い…。小梧郎君との連携れんけいも、取りやすいだろう…」
「櫻子御嬢様。倪門所長ノ、御仕事、御手伝イシテ差シ上ゲテモ、宜シイデスカ?」
「…ええ。良いわよ、アヤメちゃん」
「可能なら…君にも、あそこで壱号の感想など語ってほしいが…どうかな?」
「えっ!?いいえっ、私は…」

 突然、大勢の前での登壇とうだんを求められた櫻子は、あわてて胸の前に出した両手の平と、首を左右に細かく振って、倪門に断りの意思を見せる。

「そう…。では壱号を、拝借はいしゃくするよ…」
 
「それでは皆様。日本の未来を担う、こちらの研究所の代表をご紹介しましょう!倪門杞壹所長です!」

 数仁が倪門の名前を呼んだ。
 
「行こうか?小梧郎君…」
「うん」

 小梧郎が後ろを見上げて返事すると、倪門は車椅子を押して進み始める。

「壱号も来なさい…」

 倪門が振り返って、アヤメに指示する。

「ハイ、倪門所長。櫻子御嬢様、行ッテ参リマス」

 櫻子に向き合い、アヤメがお辞儀する。

「ええ。アヤメちゃん、行ってらっしゃい」

 櫻子は小梧郎達を見送り、芝山は寿美子に報告しに行った。




(続)
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