アヤメちゃん

胡花宝 愛芽

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第ニ章「アヤメちゃん、奮闘中」

第十一話「少しの間だけ、貸してあげましょう ②」

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「彼は定の従兄弟であり、天賦てんぷの才とも言える発想と技術力、そして素晴らしい志を持ち合わせた博士です!」

 数仁が、明るい声でつなぐ。

「さあ、倪門所長!どうぞ、こちらに…?」

 倪門をうながす言葉をかける。が、小梧郎を連れているのを見て、語尾に疑問の色が加わった。
 共に壇上に居る定之助も、いぶかしげな表情で、倪門と小梧郎を見下ろしている。
 拍手する招待客達が開けた道を通って、倪門と小梧郎は大広間を渡りきり、踊り場の階段下に到着とうちゃくした。

「それではね…、壱号。小梧郎君を、抱き上げなさい」
「ハイ、倪門所長」

 返事をした後、アヤメが小梧郎のかたわらに直立する。

「小梧郎坊ッチャマ、失礼致シマス」 
「うん」

 アヤメは屈んで、小梧郎の背中側と両足側に手を差し入れてから上半身を起こし、「ヒョイ」と抱き上げた。
 
「おお~っ!!」

 途端に大広間から、歓声かんせいが起きる。
 その間に倪門は階段を上がって踊り場に立ち、左手の人差し指を唇の前に出す。「シイィィーーッ」と歯の隙間から、強く息を吐き出した。それに気付いた前列から徐々に、招待客達の口が閉じてゆく。 
 一旦、大広間が静かになると左手の指を全て伸ばして下ろし、手の平を小梧郎に向ける。

「さあ…小梧郎君。君からも、命令してごらん」

 踊り場から倪門が声を掛け、小梧郎に手招きする。

「…アヤメちゃん。僕をあそこまで、連れて行って?」

 小梧郎が踊り場を指差して、アヤメに指示を与える。

「ハイ、小梧郎坊ッチャマ。レデハ、移動致シマス」
「うん」

 しっかりと小梧郎を抱えたまま、アヤメは安定感のある足取りで一段一段、階段をめて踊り場まで上がって来た。
 その間、「おい。人形が階段を上がってるぞ」「ちゃんと会話もしているわ」「まあ、凄い」「信じられない」「一体、どうなってるんだ」などと、招待客達のどよめきが続いた。

 櫻子も窓辺側から、踊り場がよく見える前の方へと移動して来ている。
 
「いかがです?壱号は小梧郎君を落とすことなく、安全にここまで連れて来た…。次は…肆号よんごう伍号ごごうに、車椅子を運ばせましょう。さあ、小梧郎君。命令を…」
「肆号、伍号」
 
 小梧郎が、踊り場の後方に並んで直立する人形達に呼び掛ける。

「ハイ」

 肆号と伍号は同時に小梧郎の方を向いて、返事する。

「あそこの車椅子を、ここまで運んできて?」

 車椅子を指差して、小梧郎が指示する。

「承知シマシタ」 

 同時に頷いて答えると、肆号と伍号は階段を下りて行く。肆号は車椅子の右側、伍号が左側で止まる。二体は屈むと、車輪と肘掛ひじかけ部分を掴んで、車椅子を持ち上げる。そして階段を上がって踊り場まで運んで行った後、静かに車椅子を下ろした。

「おおお~っ!!」

 また大広間から、感嘆かんたんの声が上がる。
 
「おい、倪門」

 数仁が近づき、小声で倪門に話し掛ける。

「何故、小梧郎君を連れて来た?」
「ちょっと協力をね、頼んだ…。小梧郎君の了承は、得ているよ…」

 倪門も小声で答える。
 定之助は踊り場の奥で両腕を組み、不快そうな表情でたたずんでいる。

「倪門、お前…」
「心配はいらない…。さあ…定之助君、滉月君。後は僕達に任せて、下で休んでいてくれたまえ…」 

 数仁と定之助に「フイッ」と背を向けて、倪門は踊り場の前に立つ。

「皆様…」

 左手の平を上に高々とかかげて、倪門が口を開いた。

「我が親友…、滉月君からご紹介に預かりました…倪門、と申します…」

 倪門は左手を下ろして胸に当て、会釈する。
 人形達に関心を向けていた招待客達の目が、一気に倪門へ集中する。
 普段の話し方ではあまり感じないが、倪門の声は意外と高く、数仁ほど声を張らなくても、人々の耳に届きやすい。

「これより更に…人形達の優れた性能を、お見せしましょう」

 倪門は車椅子のグリップを両手で握る。
  
「この車椅子は今、固定装置を使ってない。だからほら、簡単に動く…」

 言いながら、車椅子を前後に動かしてみせる。

「行くぞ、数仁」
「あ?ああ…」

 定之助は小声で言うと、階段の端を下りて行き、数仁も後に続いた。
 所員達は予定外の展開に戸惑とまどいながらも、なんとか招待客達の前でました表情を保ち、倪門所長の動向を伺っている。

「さて…小梧郎君。今度は肆号と伍号、どちらでも良い。誰にも車椅子が動かせないように、『押さえろ』と…命令してくれるかな?」
「うん。じゃあ…、肆号。僕の車椅子が動かないように、押さえていて?」
「ハイ、承知シマシタ」

 肆号は車椅子の右側に立ち、左手で片方の手押しハンドルを握り、右手で肘掛け部分を押さえた。

「肆号ハ、車椅子ヲ、固定コテイシマシタ」
「酒本君」

 倪門が呼びかける。

「え?はい、倪門所長」  
「この車椅子…、動かしてみなさい」
「車椅子を…ですか?」

 酒本が聞き返す。

「そう…」
「…はい」

 酒本は車椅子のそばに行って、空いている方のハンドルや肘掛け部分を持って動かそうとする。が、ビクとも動かない。   

「…無理です。肆号の力が強く、動かせません」

 暫く試した後、酒本が答える。

「ご覧のとおり…肆号は小梧郎君の命令を守り、車椅子を固定しました。酒本君の妨害ぼうがいがあってもね…。しかし…彼は、僕の部下。わざと力を入れず、演技していたのかもしれない…」

 言いながら倪門が両肩をすくめると、招待客達から笑いが漏れる。

「どうです?どなたか…肆号と、力比べなど試してみては?」

 倪門の誘いで、何人か男性が手を上げた。

「では挙手された方、どうぞ…壇上へ。ああ…でも、くれぐれも…小梧郎君の車椅子を壊さぬように…」

 数人の恰幅かっぷくの良い男性達が肩を回しながら踊り場に上がり、順番に車椅子を掴んで挑戦ちょうせんしてゆく。

 数仁と定之助は、その様子を大広間の入り口付近で眺めていた。

「良いのかい?定?小梧郎君を、あんな風に注目させて…」
「不本意だが、仕方あるまい。実際、客は楽しんでる。あの人形が時流じりゅうに乗れば、研究所にも大金が入るだろう。とにかく今は、研究費を集めたい。を、逸早いちはやく実現可能にするために…」
「定…」
「数仁。お前も、少しは視野に入れてるんじゃないのか?お互い、『望む、望まない』は別にしてもな…」
「うん…」 

 数仁は深刻な表情で、重く答えた。

 踊り場の方は、一人では歯が立たない男達が、次は二人掛かりで車椅子を動かそうと躍起やっきになっている。だが車椅子は、なかなか動かない。男達が力ませている顔や動きを見て、大広間の招待客達も盛り上っている。

 そこへ寿美子すみこが、芝山をともなってやって来た。

「あなた。これは、どういうことですの?」

 寿美子の表情は、険しい。 
 
「あんなこと…わたくし、伺っておりませんわ」
「ああ。申し訳無い、寿美子さん。倪門とは事前に打ち合わせをしたんだが…、これは僕達も想定外だったんだ」
「数仁さん…。杞壹さんは何を考えてらっしゃるの?私の許可無く、勝手に小梧郎を連れ出して…」
「全く、寿美子さんの仰るとおりだ。僕が後で倪門を、きつくしかっておきます」
「ああ…、小梧郎。ずっと人形に抱かれたままで…。落ちてしまったら、どうするの?」

 寿美子が心配そうに、「ハラハラ」と小梧郎を見つめる。

「寿美子。小梧郎は落ちたりしない。あの人形は、抱えた人間を落とさないように造られている。だから安心しろ」
「そんな保証、どこにあるって仰るの?あんな人形、信用できませんわ。あなた…今すぐ、小梧郎を下ろして来てちょうだい」

 定之助は踊り場に顔を向けたまま、動かない。

「あなたっ」

 そんな夫に、寿美子も声量は抑えているが呼び方に激しさが増す。

「解りました、寿美子さん。僕が行って来ますから…」

「いかがです?」

 寿美子をなだめようと、数仁が踊り場へ足を向けた時、倪門が弁舌べんぜつを再開した。

「これが我々、研究所で仕込んだ茶番ではないと…ご理解頂けたはず…」

 結局、肆号の体勢をくずせた者はいなかった。
 肆号と勝負した男性達は頷き、大広間から笑いと拍手が起こる。

「小梧郎君、すまなかったね…。ずっと、壱号に抱かれて…疲れてしまったかな?」
「ううん、ちっとも疲れてないよ」
「それは良かった…。では…そろそろ、あそこに戻ろう。小梧郎君、壱号に命令を」
「うん。アヤメちゃん、僕を車椅子に座らせて?」
「ハイ、小梧郎坊ッチャマ」

 アヤメは車椅子のそばまで歩いて行き、抱えている小梧郎を、ゆっくりと下ろした。その間も肆号が押さえていたので、すんなりと車椅子に座らせることが出来た。

「小梧郎君…。ご協力、感謝するよ…」 
「うん」
「では…壱号と肆号。小梧郎君をこのまま、下にお連れしなさい」
「ハイ、倪門所長」

 アヤメと肆号は左右から車椅子を持ち上げ、小梧郎の体が傾かないよう水平に保ちつつ、階段下まで進んで行った。
 その安定感に招待客達は、感心している様子だ。

「皆様。小梧郎君に、大きな拍手を…」

 招待客達は笑顔で、小梧郎に拍手をささげた。
 階段下に着くと、アヤメと肆号は静かに車椅子を下ろした。すぐに芝山が現れ、手押しハンドルを握って車椅子を動かし、大広間から退場した。

 そこからようやく、倪門研究所の本題が始まった。




(続)
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