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第ニ章「アヤメちゃん、奮闘中」
第十二話「今夜も、お部屋でお話しましょう ①」
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當間家の新年会から、三日が経った。
今日は数仁が海外出張のため、日本を発つ日だ。
一度、海外へ行ってしまうと数ヵ月、日本には戻れない。
午前十時半頃。敷地には自家用車が二台、正面玄関から門扉のまでの道筋に停車している。
出張に必要な荷物を全て車に積み終わり、数仁が後部座席に乗り込むと、アヤメがドアを閉める。
「それじゃ、鉉さん。すみませんが、留守をお願いします」
数仁は車窓を開けて、鉉造に声を掛ける。
「おう、行ってこい」
数仁が出張で屋敷を離れる日はいつも、鉉造と女性使用人達が見送りをする。
櫻子は女学校のため時間が合わないことが多く、濱子も体調によって外までの見送りが困難な場合もあるからだ。
今朝も濱子はベッドから起きれずにいたが、代わりに濱子の部屋で数仁からの過度なスキンシップは済ませた。
「駒達も家のこと、濱子と櫻子のことを頼むよ」
「はい、旦那様。確と、心得てございます」
駒が、しっかりとした口調で答える。
「行ってらっしゃいませ」
濱子に付き添っている蕗と、アヤメと夜間の見回りを終えたタツゑ以外の女性使用人達が横並びに立ち、同時にお辞儀する。
「アヤメ」
「ハイ、御父様」
車のドアを閉めた後、駒達の後ろに控えていたアヤメが数仁に呼ばれ、前に出て来る。
「僕の出張中、家族と屋敷を確実に守りなさい。お前はそのための人形だからね。濱子や櫻子は優しい性格だから、お前に甘いし僕も合わせてはいるが、己の分を弁え、きちんと務めを果たすんだ。また以前のような失態をして、もしも濱子と櫻子に何かあったとしたら、僕はお前を決して許さない。解ったね?」
「ハイ。アヤメハ、全身全部品ヲ掛ケテ、オハアサマ、櫻、子姉様、ソシテ御屋敷、並ビニ財産、必ズヤ、御守リスル旨、固ク、御誓イ申シ上ゲマス」
アヤメは表明の言葉を述べながら、両腕を広げる。
だが数仁は自分の言いたいことを済ませると、アヤメの言葉は聞かず、さっさと車窓を閉じて、杉崎に車を発進させた。
アヤメが言い終えた頃には、車は二台共、疾うに門扉を通り過ぎて見えなくなっていた。
「それでは各自、持ち場に戻りましょう」
見送りを済ませ、駒が三根と登代に声を掛ける。
「はい」
女性使用人達は皆、踵を返して歩いて行く。
アヤメはまだ門扉の方に視線を向けて、両腕を広げた状態で固まっている。
そのアヤメの頭を「ガッ」と、鉉造が掴む。
「行くぞ、アヤメ」
「…ハイ」
アヤメは両腕を下ろした。
「駒」
鉉造がアヤメの頭を掴んだまま、駒を呼び止めた。
駒が立ち止まって、鉉造に向き直る。
「はい。何でしょう、鉉さん」
「今から、アヤメを借りても構わんか?」
「そうですね…、はい。今日は特に忙しくもないので、構いませんよ」
駒は今日の予定を考えた後、落ち着いた笑みを浮かべて答えた。
「そうか、それなら借りるぞ」
「ええ、どうぞ。では失礼致します。アヤメちゃん、また後で」
「ハイ、駒様」
アヤメは駒に会釈し、駒は屋敷へ戻って行った。
「アヤメ。今日は、ちびっとだけ剪定の仕方を教えてやる」
頭を掴まれているアヤメは、瞳だけを上に向けて鉉造を見つめる。
「剪定、デスカ?初メテ、御教エ頂キマス。デハ早速、作業着ヲ、取ッテ参リマス」
「おう」
アヤメの頭から、鉉造は大きな右手を「パッ」と外す。
「あっちの百日紅がある辺りで集合だ」
「百日紅、デ、御座イマスネ。ハイ、承知シマシタ」
鉉造が指差す先を、目蓋を全開にして見つめ、アヤメは大きく頷いた。
◇ ◆ ◇
その日の夜、アヤメは二階の櫻子の部屋にいた。
これはもう日課と言えよう。
今夜も櫻子は、アヤメと他愛も無いお喋りをしている。
櫻子の寝巻きは、クリスマス・イヴに数仁がプレゼントしてくれたネグリジェ姿。
胸元にリボンの付いたローズピンク色のネグリジェは、シルク生地で光沢があり、肌触りも滑らかだ。母娘お揃いの物を購入したので、今夜は濱子も同じネグリジェで就寝している。
そしてその上に、櫻子は綿入り半纏を羽織っている。
櫻子は、この半纏をとても気に入っている。
何故なら生前、紗冬が縫ってくれた半纏だからだ。
今、羽織っているのは濱子の子供時代や、櫻子が幼い頃に着ていた着物や端切れを縫い合わせた一着だ。
女の子らしく赤色や桃色に、橙色や黄色。それぞれの生地に描かれた種類の違う花模様が、紗冬の美的感覚で組み合わせられて、彩り良く仕上げられている。
* * *
櫻子が幼い冬の時期、数仁の両親が屋敷に訪れた。
まだ鉉造と紗冬は下町に住んでいる頃で、寒くなる季節の前に、紗冬から縫い上げたばかりの半纏をもらい、櫻子は嬉しくて昼夜問わず毎日、着続けていた。
その櫻子の半纏姿を見て、祖母の清がこう言った。
『継ぎ接ぎだらけで何だか、貧乏臭いわねぇ』
それは櫻子と清の二人きりの時で、まだ幼い櫻子は「ハッキリ」とした意味は解らなかったし、何も言えなかった。でも清の表情や言い方の雰囲気で、良くないことを言われているのは何となく解った。
櫻子にとって紗冬同様、清も「大好きなお祖母ちゃま」だったが、その時は紗冬のことを想って、ちょっぴり悲しくなったし悔しい気持ちになった。
半纏は数仁が海外出張中、鉉造と紗冬が離れに一時滞在していた間に仕立てられた。紗冬が一針一針、一から端切れを縫い合わせて少しずつ出来上がってゆくのを、櫻子はずっと見ていた。
紗冬は端切れも、どれを使うか櫻子に選ばせてくれた。それらを繋ぎ合わせる縫い目は細かくて綺麗で、紗冬の手慣れた指の動きと生地に縫い目が、どんどん増えてゆく様子を「じーっ」と、眺めているのが好きだった。
縫い物が上手な紗冬を、櫻子はとても尊敬している。
お店で販売されている色んな半纏も見たけれど、櫻子にとって、紗冬の仕立てた半纏が一番なのだ。
だからそれ以来、また良くないことを言われるのを避けるために、もう二度と聞きたくないがために櫻子は、清の前でだけは半纏を着なくなった。
でも毎年、櫻子は寒くなってくる季節には紗冬の仕立てた半纏を毎晩、着ている。
紗冬が櫻子のために愛情を込めて、幼い頃から成長に合わせて仕立てた数着の半纏は、現在も大切に箪笥の中に仕舞ってある。
* * *
(続)
今日は数仁が海外出張のため、日本を発つ日だ。
一度、海外へ行ってしまうと数ヵ月、日本には戻れない。
午前十時半頃。敷地には自家用車が二台、正面玄関から門扉のまでの道筋に停車している。
出張に必要な荷物を全て車に積み終わり、数仁が後部座席に乗り込むと、アヤメがドアを閉める。
「それじゃ、鉉さん。すみませんが、留守をお願いします」
数仁は車窓を開けて、鉉造に声を掛ける。
「おう、行ってこい」
数仁が出張で屋敷を離れる日はいつも、鉉造と女性使用人達が見送りをする。
櫻子は女学校のため時間が合わないことが多く、濱子も体調によって外までの見送りが困難な場合もあるからだ。
今朝も濱子はベッドから起きれずにいたが、代わりに濱子の部屋で数仁からの過度なスキンシップは済ませた。
「駒達も家のこと、濱子と櫻子のことを頼むよ」
「はい、旦那様。確と、心得てございます」
駒が、しっかりとした口調で答える。
「行ってらっしゃいませ」
濱子に付き添っている蕗と、アヤメと夜間の見回りを終えたタツゑ以外の女性使用人達が横並びに立ち、同時にお辞儀する。
「アヤメ」
「ハイ、御父様」
車のドアを閉めた後、駒達の後ろに控えていたアヤメが数仁に呼ばれ、前に出て来る。
「僕の出張中、家族と屋敷を確実に守りなさい。お前はそのための人形だからね。濱子や櫻子は優しい性格だから、お前に甘いし僕も合わせてはいるが、己の分を弁え、きちんと務めを果たすんだ。また以前のような失態をして、もしも濱子と櫻子に何かあったとしたら、僕はお前を決して許さない。解ったね?」
「ハイ。アヤメハ、全身全部品ヲ掛ケテ、オハアサマ、櫻、子姉様、ソシテ御屋敷、並ビニ財産、必ズヤ、御守リスル旨、固ク、御誓イ申シ上ゲマス」
アヤメは表明の言葉を述べながら、両腕を広げる。
だが数仁は自分の言いたいことを済ませると、アヤメの言葉は聞かず、さっさと車窓を閉じて、杉崎に車を発進させた。
アヤメが言い終えた頃には、車は二台共、疾うに門扉を通り過ぎて見えなくなっていた。
「それでは各自、持ち場に戻りましょう」
見送りを済ませ、駒が三根と登代に声を掛ける。
「はい」
女性使用人達は皆、踵を返して歩いて行く。
アヤメはまだ門扉の方に視線を向けて、両腕を広げた状態で固まっている。
そのアヤメの頭を「ガッ」と、鉉造が掴む。
「行くぞ、アヤメ」
「…ハイ」
アヤメは両腕を下ろした。
「駒」
鉉造がアヤメの頭を掴んだまま、駒を呼び止めた。
駒が立ち止まって、鉉造に向き直る。
「はい。何でしょう、鉉さん」
「今から、アヤメを借りても構わんか?」
「そうですね…、はい。今日は特に忙しくもないので、構いませんよ」
駒は今日の予定を考えた後、落ち着いた笑みを浮かべて答えた。
「そうか、それなら借りるぞ」
「ええ、どうぞ。では失礼致します。アヤメちゃん、また後で」
「ハイ、駒様」
アヤメは駒に会釈し、駒は屋敷へ戻って行った。
「アヤメ。今日は、ちびっとだけ剪定の仕方を教えてやる」
頭を掴まれているアヤメは、瞳だけを上に向けて鉉造を見つめる。
「剪定、デスカ?初メテ、御教エ頂キマス。デハ早速、作業着ヲ、取ッテ参リマス」
「おう」
アヤメの頭から、鉉造は大きな右手を「パッ」と外す。
「あっちの百日紅がある辺りで集合だ」
「百日紅、デ、御座イマスネ。ハイ、承知シマシタ」
鉉造が指差す先を、目蓋を全開にして見つめ、アヤメは大きく頷いた。
◇ ◆ ◇
その日の夜、アヤメは二階の櫻子の部屋にいた。
これはもう日課と言えよう。
今夜も櫻子は、アヤメと他愛も無いお喋りをしている。
櫻子の寝巻きは、クリスマス・イヴに数仁がプレゼントしてくれたネグリジェ姿。
胸元にリボンの付いたローズピンク色のネグリジェは、シルク生地で光沢があり、肌触りも滑らかだ。母娘お揃いの物を購入したので、今夜は濱子も同じネグリジェで就寝している。
そしてその上に、櫻子は綿入り半纏を羽織っている。
櫻子は、この半纏をとても気に入っている。
何故なら生前、紗冬が縫ってくれた半纏だからだ。
今、羽織っているのは濱子の子供時代や、櫻子が幼い頃に着ていた着物や端切れを縫い合わせた一着だ。
女の子らしく赤色や桃色に、橙色や黄色。それぞれの生地に描かれた種類の違う花模様が、紗冬の美的感覚で組み合わせられて、彩り良く仕上げられている。
* * *
櫻子が幼い冬の時期、数仁の両親が屋敷に訪れた。
まだ鉉造と紗冬は下町に住んでいる頃で、寒くなる季節の前に、紗冬から縫い上げたばかりの半纏をもらい、櫻子は嬉しくて昼夜問わず毎日、着続けていた。
その櫻子の半纏姿を見て、祖母の清がこう言った。
『継ぎ接ぎだらけで何だか、貧乏臭いわねぇ』
それは櫻子と清の二人きりの時で、まだ幼い櫻子は「ハッキリ」とした意味は解らなかったし、何も言えなかった。でも清の表情や言い方の雰囲気で、良くないことを言われているのは何となく解った。
櫻子にとって紗冬同様、清も「大好きなお祖母ちゃま」だったが、その時は紗冬のことを想って、ちょっぴり悲しくなったし悔しい気持ちになった。
半纏は数仁が海外出張中、鉉造と紗冬が離れに一時滞在していた間に仕立てられた。紗冬が一針一針、一から端切れを縫い合わせて少しずつ出来上がってゆくのを、櫻子はずっと見ていた。
紗冬は端切れも、どれを使うか櫻子に選ばせてくれた。それらを繋ぎ合わせる縫い目は細かくて綺麗で、紗冬の手慣れた指の動きと生地に縫い目が、どんどん増えてゆく様子を「じーっ」と、眺めているのが好きだった。
縫い物が上手な紗冬を、櫻子はとても尊敬している。
お店で販売されている色んな半纏も見たけれど、櫻子にとって、紗冬の仕立てた半纏が一番なのだ。
だからそれ以来、また良くないことを言われるのを避けるために、もう二度と聞きたくないがために櫻子は、清の前でだけは半纏を着なくなった。
でも毎年、櫻子は寒くなってくる季節には紗冬の仕立てた半纏を毎晩、着ている。
紗冬が櫻子のために愛情を込めて、幼い頃から成長に合わせて仕立てた数着の半纏は、現在も大切に箪笥の中に仕舞ってある。
* * *
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