アヤメちゃん

胡花宝 愛芽

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第一章「わが家にアヤメちゃんがやってきた!」

第六話「仕事を与えてみましょう」

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 人形はふきの前で「ピタッ」と、足を止めた。

「ひっ」 

 蕗が小さくおびえた声を出す。

如何イカガナサイマシタカ?何処ドコカ、御体オカラダノ具合ガ、悪イノデスカ?」
「お…お嬢様、人形が…人形が…お、お喋りを…」
 
 蕗は震える手で、人形を指差した。

「あ、そうだったわ。蕗さんは昨日、お人形さんがお話するところを見ていなかったのよね。そうなの。このお人形さんは、私達とお話ができるのよ」
御薬オクスリガ、必要デスカ?レトモ、御医者様ヲ、御呼オヨビシマショウカ?」
「い、いえ…いいえ、いいえぇ」

 蕗は否定を示すために、首と両手を左右に振るのが精一杯。

「ハテ?」

 人形は首をかしげる。

「お人形さん、蕗さんは具合が悪いんじゃないの。お人形さんがあんまり速く歩き回るものだから、吃驚びっくりしてしまったのよ」
ホド

 櫻子の説明に、人形が納得したように頷いた。

「蕗さん、大丈夫?」
「え、ええ…」

 蕗が立ち上がろうとすると、人形が上半身を腰から曲げて、両手を蕗の方へ差し出した。

「ドウゾ」
「へっ?」
ウデニ、御掴オツカマリ下サイマセ」
「は、はい…」

 蕗がまだ両手を震わせながらも人形の両腕に掴まると、人形も蕗の腕を持って引き寄せ、立ち上がるのを手伝う。蕗は、楽に立ち上がることができた。
  
「あら~あら~あら~」

 蕗はただただ、驚くばかり。

ワタクシハ、『女中〈童顔〉型・壱号』、ト、申シマス。貴方アナタ様ノ姓名セイメイヲ、教エテ下サイマセ」
「せいめい…?」
「蕗さん、お人形さんは名前を聞きたがっているのよ。教えてあげて」
「はぁ…、『草本くさもと ふき』です…」
「クサモト、フキ、様」
「あ、ちょっと待ってて」

 櫻子が居間を飛び出す。「パタパタ」と階段を駆け上がる音が聞こえ、またすぐに駆け降りて一階の廊下を小走りで戻って来た。
 手には、ノートと鉛筆を持っている。

「ハア、ハア。お人形さん、ハア、ハア。蕗さんの名前はね、ハア。こう、書くのよ」

 ノートをテーブルに置いてめくると、櫻子は息を整えながら、蕗の姓名を鉛筆で書き込む。それを終えると、ノートの片側一面に大きく書いた漢字を、人形に見せた。
 
草本クサモトフキ、様デスネ。漢字モ、理解シマシタ。櫻子様ノ、御家族トハ、違イマスカ?」
「蕗さんは私が小さい頃から、このおうちで働いてくれている女中さんなの。蕗さんの作ってくれるお料理は、と~っても美味しいのよぉ」
「成ル程。デハ、ワタクシ先輩センパイデスネ。只今カラ、御顔オカオヲ記録シマス。シバラク、動カズニ、御願イ致シマス」
「蕗さん。少しの間だけ、『ジッ』としていてちょうだい」
「は、はい…」

 人形は昨日、櫻子にしたように目を見開いて、蕗の顔を記録した。

「記録、完了シマシタ。ドウゾ、御楽オラクニ」
「は、はぁ…」
「本日ヨリ、御一緒ゴイッショニ、ハタラカセテ頂キマス。家事仕事ニキマシテハ、人形ユエ出来無デキナイ事モ御座イマス。ガ、皆様ノ、御役オヤクニ立テルヨウ日々ヒビ精進ショウジンシテマイリマス。ドウカ、御指導ゴシドウ御鞭撻ゴベンタツホドヨロシク御願イ致シマス」

 人形が、蕗にお辞儀する。

「まぁまぁまぁ、どうもご丁寧に」

 蕗もられて、人形にお辞儀を返した。

「うふふ。これで蕗さんも、お人形さんに覚えてもらえたわっ」
「櫻子様」

 人形が、櫻子の方に顔を向ける。

ワタクシハ、防犯対策ボウハンタイサクタメ、滉月家デ働キ、出入デハイリサレル、スベテノ、御人様方オヒトサマガタヲ、記録スル、義務ギムガ御座イマス。ドウカ、教エテ下サイマセ」
「そうねぇ。でも…女学校は冬休みだし、お父様も海外出張から帰られたばかりでお疲れだから、今日は一日、お家でのんびり過ごされる予定なの。運転手さんも今日は来ないわ。それに昨夜はパーティーだったから、『今日の午前中までは皆、お休みにしましょう』って、お父様とお母様が決めたの。だから、記録は後でも構わないかしら?」
承知ショウチシマシタ。デハ、記録ハ後程ノチホド

 人形は、頷いて答えた。

「蕗さんも今日は、ゆっくり寝てれば良かったのにぃ」
「ええ。そうなんですけど、いつもの習慣で目が覚めてしまって。櫻子お嬢様もですか?」
「私は、お人形さんと早くお話したくって。んふっ、待ちきれなかったの!」
左様さようでございますか。それでは折角、早起きなさったことですし、朝ご飯をお作りしましょうね」
「それなら私もお手伝いするわ。一緒に食べましょう、蕗さん」
「はい、お嬢様」
「お父様は今日、午後まで寝ているっておっしゃってたわ。お昼ご飯に私が作った物を、お父様とお母様にお出ししたいの。蕗さん。また作り方、教えてちょうだいね」
「はいはい。今日は、めて下さると良いですねえ」
「前に作った卵焼きはげて形もくずれちゃったから、お父様に笑われてくやしかったわっ。今度は失敗しないようにしなくっちゃ」
ワタクシモ、御手伝オテツダイ致シマス」
「ええ、お人形さんも一緒に作りましょう!」
「ハイ。ヨロコンデ」

 こうして櫻子と蕗と人形は、土間で朝ご飯の支度を始めた。
 薪が燃えるかまどの上に、お釜と鍋が並んで湯気が立ち昇る。
 蕗は竈の火加減を調節したり、野菜を切ったりして手際良く動いている。

「さあ。早速、卵焼きを作るわよ」
 
 寝巻きから着物に着替え、髪を後ろに束ねた櫻子はたすき掛けと前掛けをして、やる気満々。 
 ボウルの中に数個の卵を割って、調味料を入れて菜箸さいばしき混ぜる。
 
「う~ん、卵が上手く混ざらないわ」
ワタクシモ、ココロミテ宜シイデスカ?」
「あら、お人形さんもやってみる?できるかしら?」
何事ナニゴトモ、挑戦チョウセンナノデス」
「うん、そうよね。はい、どうぞ」
 
 人形が両手を前に出す。人形も襷掛けをしてもらい、その上にエプロンを着けた格好だ。
 櫻子が人形に、ボウルを渡す。
 人形は、ボウルを受け取ると左わきに抱える。

「菜箸は持てるかしら?こうやって持つのよ」

 櫻子が右手で菜箸を持ち、指を使って「カチカチ」と二本の箸の先を開いたり閉じたりして見せた後、人形の開いた右手に手渡した。

「私モ、倪者ガイモン研究所デ、御箸オハシノ、正シイ持チ方ヲ、習イマシタ。シカシ、イマダ、ニギル事シカ、出来マセヌ」 

 人形は右手でにぎこぶしを作り、その中に菜箸を包み持っている状態だ。

「ふ~ん、そうなの。じゃあ、それで掻き混ぜられるか、やってみましょうよ」
「ハイ、試ミテミルノデス」

 人形は菜箸を持った右手を上げて、構える。

「イザ」

 人形が菜箸を動かし、「シャカシャカ」と音を立てながら、ゆっくりき混ぜていく。
 
「そうそう。上手、上手」

 櫻子が「パチパチパチ」と拍手する。
 
「おやまあ。そんなことも、できるんですねえ」
 
 蕗も料理している手を止めて、人形に目をる。
 段々と、人形の右手の動きが速くなっていく。

「お、お人形さん…?」

 シャッシャッシャッシャッシャッシャッシャッシャッシャッ……

 人形の右手がボウルの中で、高速に動き回る。

「速い!速過ぎるわっ、お人形さんっっ!!」 
「おやまぁまぁまぁまぁまぁ…」

 櫻子と蕗が、人形の右手の高速回転に釘付くぎづけになる。
 
 その内、右手の回転速度が落ちてゆるやかになって行き、人形の動きが「ピタッ」と止まった。

「如何デショウ?」

 人形が、ボウルの中を二人に見せた。

「わぁ…」
「おやまぁ…」

 液状だった卵は、「こんもり」と泡立あわだっている。

「…卵って激しく掻き混ぜると、こんな風になるのね。蕗さん」
「そうですね、お嬢様…」
「これって、だし巻き卵になるのかしら…?」
「そう言えば…旦那様が海外出張での朝ご飯に、『オムレット』という卵料理をよく召し上がると仰っていました。料理人が泡になるくらいに根気よく、卵を掻き混ぜるんだそうです。でもそれには、専用の器具が必要なんだそうですが…」
「此レハ、失敗デスカ?」
「え?あ、ううん。失敗じゃないわよ、お人形さん」

 櫻子が、左右に首を振る。

「蕗さん、焼いてみましょうよ。どんな卵焼きになるのか、食べてみたいわ!」
「そうですね、お嬢様」

 櫻子はたなから、銅製の長方形型をした卵焼き器を取り出した。




(続)
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