アヤメちゃん

胡花宝 愛芽

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第一章「わが家にアヤメちゃんがやってきた!」

第九話「点検をしてもらいましょう」

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 数仁が言った通り、翌日には倪門がいもん研究所の小林と黒川が滉月家を訪れていた。

 居間の絨毯じゅうたん敷きの床には大きな布が広げられ、その上にはだかぼうのアヤメが仰向あおむけに寝かされている。
 上半身の前面、胸から下腹部までの白い肌はふたのように外されて、からくりで造られた内部が丸見えになっている。
 小林と黒川は工具を使い、その内部を点検しているところだ。
 数仁は銀座の自社ビルに出社したため、櫻子と濱子が作業の様子を見守っている。

「おじさま方、どうかしら?」

 櫻子が声をかける。

「う~ん…」

 黒川が細長い懐中電灯で照らし、眼鏡に拡大鏡を装着して内部をのぞいていた小林が顔を上げる。

「一通り調べてみましたが、特に問題のある箇所かしょは見当たらないですねえ…。どうだ、黒川?」
「はい。全て正常に機能しているように見受けられますが…」
「確かに現段階の技術では、人形の話し方に不自然なができてしまいますし、言葉のどこにが空くかまでは調節が不可能なので、そこはご了承頂きたいのですが…」
「ええ、解りますわ」

 小林の説明に、濱子が答える。

「しかし、壱号には言葉の試験も行いましたが、『旦那様』や『奥様』、『お嬢様』など女中としての受け答えを想定したものばかりでしたので…。私共も『お父様』や『お母様』などの言葉の確認まではしておりませんでした。いやはや、申し訳ありません」

 小林と黒川が頭を下げる。

「いえいえ、そんな。どうぞ、頭をお上げになって。今のところ気になるのは、その言葉だけですし、他は言葉も動きも問題はございませんもの」
「訪問する前に念のため、同じタイプの人形にも確認致しましたが、弐号にごう参号さんごうは『お母様』と、きちんと言うことができました」
「まあ、そうですか」

「壱号」

 小林が、アヤメに呼びかける。

「ハイ」

 アヤメは仰向けのまま、返事をする。 

「もう一度、『お母様』と言ってみなさい」
「オ、オ、オ、。ウウ…。ヤハリ、言エマセヌ」
「何故でしょうねえ?」

 黒川が首を傾げ、頭を掻く。
 
「申シ訳アリマセヌ。グスン、グスン」
「アヤメちゃん…」

 櫻子が心配そうに、アヤメを見つめている。

「奥様、お嬢様。よろしければ壱号は私共が引き取りますので、代わりに弐号と交換というのは如何いかがでしょう?」
「交換?」

 小林の提案に、櫻子が聞き返す。

「はい。弐号も試験は全て合格して良好ですし、準備を整えて明日中にでも、お届け致しますが…」
「おじさま。弐号さんと交換したら、アヤメちゃんはどうなってしまうの?」
「そうですねえ。研究所で隈無くまなく調べまして、原因が解明できないようなら、壱号は解体して廃棄はいき処分となります」
「解体して、廃棄ですって!?」

 櫻子が驚愕きょうがくの声を上げる。

「いやぁ。本来でしたら、原因のある箇所の部品のみを交換すれば済むことなんですが…。例えば人形の外側が駄目になっても、内部の部品が新品同様でしたら、別の人形に再利用することも可能ですしねえ。ただ…、壱号の場合は原因箇所が特定できないので、そうなると壱号に使用した部品を、他の人形に再利用するのも難しいんです。また、同様の不具合を起こす可能性もありますから」
「そんな…」

 櫻子が涙を浮かべ、悲しげな表情で濱子に抱きついた。

「ああ、お嬢様。そんなに、ご心配なさらないで下さい。もし解体して廃棄することになったとしても、この人形は何も感じたりはしませんから」
「だって…、『グスン、グスン』って泣いているわ」
「ハハハ。これはですね、女中〈童顔わらべがおタイプの防衛機能の一つなんです」
「あら、泣き声で防衛するんですの?」
 
 濱子が尋ねる。

「はい、奥様。もし、泥棒が家屋に侵入するとしたら大概たいがい、その家の人間が留守の時です。しかし、滉月様のようにご立派なお宅では必ず複数の使用人を雇用こようされてるので、昼間に空き巣を実行するのは困難かと…。そうなると次に狙いを定めるのは、ご家族や使用人が寝静まった真夜中です。例えばですね、暗がりで侵入者が壱号と対峙たいじした場合、『グスン、グスン』と声を出せば、か弱い少女が泣いているように見えるでしょう?そこで侵入者が油断して人形に近づいた時、驚かせて撃退げきたいするというわけです。ですから日常の会話でも時々、『グスン、グスン』と言うこともありますが実際には涙も出ませんし、悲しんでいるわけではありませんから」
「…そうなの?」

 櫻子が、アヤメの顔を見る。
 アヤメは両目蓋を半分だけ閉じた顔で、「グスン、グスン」と泣き声を発し続けている。

「はい。どうぞ、ご安心下さい」

 黒川も笑顔で答えた。

「では、蓋を閉めますね」 

 外していた上半身の前面部分を黒川が持ち上げて、人形の体にかぶせる。そして人形の上半身を起こして、立たせた。
 櫻子が、アヤメの体から外していた長襦袢ながじゅばんをテーブルから取って広げ、着せようと近づく。
 それを小林が、手の平を向けて制する。 
   
「ああ、お嬢様。お手間になってしまいますので、そのままで結構です。そちらのお着物はどうぞ、弐号にお使い下さい」
「グスン、グスン」
「でも…」
「壱号。いつまでも泣き声を出すのは、めなさい。お嬢様が心配するじゃないか」
「ハイ。アヤメハ、泣キマセヌ。グスン、グスン」
「こらっ、しつこいぞ!」
 
 アヤメは、泣き声を発するのを止めた。

「いやあ。壱号も試験の時は、聞き分けが良かったんですけどねえ…」

 立ち姿のアヤメは頭を下に向けていて、無表情ではあるが、何だか項垂うなだれているようにも見える。

「小林さん、黒川さん。確認ですけれど…お人形の機能や安全性に問題は無いのですね?」

 濱子が質問する。

「はい、奥様。私共が今、点検したところでは故障は見当たりません。壱号の言葉の不具合は気になりますが…、それだけでしたら危険性のあるものではございません」

 小林が答え、黒川も頷く。

「でしたら…そんなにあわてて、別のお人形と交換して頂かなくても…。不具合と言っても『お母様』という言葉、たった一言ひとことだけですもの。研究所の方々も、年末年始は冬休みなのでしょう?その間、このお人形の様子をわたくし達が見るというのは、どうかしら?ねえ、櫻子?」

 それを聞いて、心配顔だった櫻子の表情が「パッ」と明るくなる。

「ええ、お母様!それが良いわ!」
「ですが、奥様。冬休みの間は私共をふくめ、研究所の所員も帰省などで連絡が取れませんし…。ご主人様に、ご納得頂けるでしょうか?」
「主人は仕事柄、どうしても物を見る目が厳しくなってしまいますの。わたくしも一応、説明本を拝読はいどくしましたけれど保証期間も長いようですし、小林さんや黒川さんが定期的に点検にいらして下さるのでしょう?」
「はい、それは勿論もちろん。私共もさらなる機能向上のため、人形の働きぶりを調査する必要がございますので」
「でしたら『弐号さん』と交換するにしても、研究所の冬休み明けでもよろしいんじゃないかしら?その間に、また新しい発見があるかもしれませんし。主人には、私から伝えますわ」
「はあ…」
「おじさま方、大丈夫よ!私が冬休みの間、アヤメちゃんをずぅーーーっと見ていますからっ!」

 櫻子が両手を腰に当て、胸を張る。

「奥様やお嬢様が、そうおっしゃるのでしたら…。では冬休み明けに改めて、壱号の点検にうかがうことに致します」

 そう答えると小林は、アヤメに厳しい顔を向ける。

「壱号!奥様とお嬢様にご迷惑をおかけしないように、しっかりと働くんだぞ!」

 アヤメは頭を上げた。

「ハイ。アヤメハ、滉月様御家族ノタメ、全身全部品ヲササゲ、働ク事ヲ、チカイマス」

 裸ん坊の立ち姿のまま、アヤメが両手を広げる。
 そこに櫻子が飛び込み、「ギュッ」と抱きつく。

「アヤメちゃん、一緒に頑張りましょうね!」
「ハイ。櫻、子姉様」
 
 アヤメは両手を広げたまま固まり、「パチッパチッ」と瞬きをしながら、しっかりと返事をした。




(続)
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