アヤメちゃん

胡花宝 愛芽

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第一章「わが家にアヤメちゃんがやってきた!」

第十話「お試し期間中です」

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 櫻子と濱子が、数仁を説得したことで研究所が冬休みの間、アヤメは滉月家にとどまることが許された。

 アヤメが滉月家にやって来てから、三日経った。
 今日までに櫻子が滉月家の使用人や運転手を紹介し、屋敷の中を案内して回った。アヤメは一人一人の顔と名前、そして屋敷内の間取まどりも記録した。

 いつもは女学校に通うために早寝早起きの櫻子だが、冬休みの間は少し夜更かしをして、少し遅めに起きている。
 いつもより朝食も少し遅めに済ませた後、櫻子はアヤメを連れて庭に出た。
 クリスマスパーティーの夜は「ちらほら」と雪が降っていたが、翌日からは晴れ続きで、その面影おもかげを感じさせない庭の景色だ。

 櫻子達が住んでいる土地や屋敷は、数仁が父親の旧友から買い受けたものだ。
 その時は全てが畳敷たたみじきの平屋ひらや建てだったが、それを新し物好きの数仁の意向で、かつて技術の高い職人がほどこした屋敷内の欄間らんま建具たてぐなどは生かしつつ、和洋折衷わようせっちゅうの建築様式に建て替えられた。
 庭は広く、手入れの行き届いた純日本庭園の造りだ。これは前の持ち主の時代から今現在にわたり、同じ植木職人が景観の美しさを維持いじし続けている。
 
げんさぁ~ん!」

 青空の下、櫻子が右手を上げて元気良く振った。櫻子の左手は、アヤメと手をつないでいる。
 アヤメは、櫻子の見ている方向に顔を向けた。
 櫻子が見上げた視線の先には角刈かくがり白髪頭、浅黒い肌に濃藍こいあい色の半纏はんてんを羽織った、脚絆きゃはん姿の年配男性が居た。
 その「シャキッ」と背筋が伸びた大柄おおがらな年配男性は、三角錐さんかくすい竹梯子たけばしごに登って、梅の木の剪定せんていをしているところだ。

 この年配男性は、「椴部たんべ 鉉造げんぞう」という名である。

 鉉造は呼ばれた下方向に顔を向け、櫻子を一瞥いちべつする。が、手を止めることなく、すぐに視線を梅の枝に戻してはさみを動かし続けた。

「ハテ?櫻、子姉様ガ、御呼オヨビシテイルノニ、御返事ガ、リマセヌ」

 アヤメが首をかしげる。

「いいの、いいの。植木の作業中は声をかけても、急な用事じゃないと鉉さんは知らんぷりなの。後にしましょう。アヤメちゃん、お庭を案内するわ」

 櫻子が、アヤメの手を引いて歩き始める。

「鉉さんはね、いっつも怒った鬼みたいな顔なの。話し方も、ぶっきらぼうなおじいちゃんだから、女学校のお友達が鉉さんに会うとみんな、とっても怖がっちゃって大変なの」
「こらあっ!誰が鬼みたいな爺ちゃんじゃあーっっっ!!」

 上から鉉造が、櫻子の背中に向かって怒鳴どなった。

「きゃっ、地獄耳!」

 櫻子が両耳を押さえる。だが、その表情は何だか楽しそうだ。 

「ほら、鬼みたいでしょ?でもね、一緒にいると意外と楽しいの」
彼方アチラノ、御人様オヒトサマハ、使用人ノ方デハ、無イノデスカ?」
「ううん。鉉さんはね、私のお祖父じいちゃまなの」
「櫻、子姉様ノ、御祖父様オジイサマ
「そうよ、お母様のお父様。植木職人をしているのよ。だから、あ~んな高い木も『ヒョイヒョイ』って登っちゃうの。カッコ良いのよお」 
 
 櫻子は「フンフフンフン♪」と鼻歌を歌いがら、アヤメと繋ぐ手を「ブンブン」と振って、軽やかに庭を歩いている。

 今の時期は所々に配された大きな岩石と、冬枯ふゆがれした樹木が目立って庭の色合いも渋味しぶみを増している。
 だが、この庭には様々な種類の植物が植えられており、春になれば梅や桜の花が満開になり、水仙や躑躅つつじが地面をいろどる。
 季節が移り変わる毎に、数多あまたの花が咲きほこり、秋には紅葉や銀杏の葉っぱがあざやかな赤や黄に色づいて、滉月家の屋敷で過ごす者達の目を楽しませている。
 
「アヤメちゃん、見て!」

 櫻子の指差す先には、池があった。

「あそこの池にはね、こいがいるの」
「コイ?」
「そう、鯉よ。たっくさんの鯉よ。今から鯉に、ご飯をあげるわね」 

 櫻子は、アヤメの手を引く。
 池に辿たどり着くまで、バラバラの形をした玉石たまいしと長方形に整えた大小異なる短冊石たんざくいしで、まるでジグソーパズルのように卒なく組み合わせられた敷石が、確固とした道筋を形造っている。

 敷石の上を歩いていると、アヤメが玉石の出っ張りにつまずいた。

 ガッコン

 繋いでいた櫻子の手から離れて、アヤメの身体が前にたおれる。

「あっ、アヤメちゃん!大丈夫っ!?」

 敷石に倒れたアヤメの体を起こそうと、櫻子が手を伸ばす。が、うつ伏せ状態のまま、アヤメは右腕を上げて櫻子を制した。
 
御構オカマク。ドウゾ、ノママ」
「アヤメちゃん?」
ヨウナ事ニ、櫻、子姉様の御手オテヲ、ワズラワセルワケニハ、イカナイノデス。心配御無用シンパイゴムヨウ。アヤメハ、自分デ立テルノデス」
「本当に?」
「ハイ。ドウゾ、御覧ゴラン下サイ」

 アヤメは地面に両手の平をつき、両膝を曲げて腰を浮かせると、ゆっくりと自力で立ち上がった。

「まあ!」

 続けて上半身を腰から曲げて、両腕を下に「ブラブラ」とさせながら、転んだ拍子ひょうしに脱げた草履ぞうりを拾って揃える。そして上半身を起こしてから、片足ずつ順番に草履の鼻緒に入れていった。
 両足共、草履を履き終えると両手を高く上げる。

「出来マシタ」
「すごいわっ、アヤメちゃん!何でもできちゃうのねっ!」

 櫻子が、アヤメに「ギュッ」と抱きつく。

御褒オホメ頂キ、光栄ナノデス」
「うふっ。さあ、アヤメちゃん。池まで、もう少しよ」
「ハイ。櫻、子姉様」

 再び、櫻子とアヤメは手を繋いで歩き、池泉ちせん到着とうちゃくした。
 さほど大きくはないが岩石と背の低い緑樹に囲まれた、おもむきのある池泉である。
 櫻子が水際に立ち、「パンパン」と手を二回叩いて池に向かって呼びかける。

「ほーいほい、ほーいほい♪」

 すると池の中から、数折すうおり錦鯉にしきごいが水面に浮かび上がってきた。
 櫻子が着物の袖口に手を入れて、たもとから小さな巾着袋を取り出す。

「アヤメちゃん、手を出してちょうだい」
「ハイ」

 アヤメは両手を前に出した。その両手は、こうが上になっている。 

「う~んと、じゃあ…こっちの手をこうしてみて」

 櫻子が、アヤメの左手の平を上に向ける。そして巾着袋の口を広げて、そこに錦鯉のえさを振り掛けた。
 櫻子は自分の手の平にも餌を出して、巾着袋を袂に仕舞った。

「はーい、ご飯よ~」
 
 櫻子が餌をまんで、池に放り投げた。
 すぐに櫻子の立つ水際一帯に、口を開けた錦鯉が集まり、我先われさきにと水面から次々と顔を出す。
  
「ほら、色んな模様の鯉がいるでしょう?皆、綺麗な模様なんだけれど私はねぇ、あの全身が赤橙あかだいだい色した鯉が一番、好きなの」

 櫻子が、お気に入りの錦鯉を指差す。

「ねぇねぇ。アヤメちゃんも、ご飯をあげてみて」
「ハイ。アゲテミマス」

 自分の左手に載った山盛りの餌を、右手で摘まんで「ブンッ」と池に勢いよく投げた。
 その餌は池の真ん中の方まで飛んで行き、そこに錦鯉の群れが「バシャバシャ」と顔を出した。

「わあー、遠くまで飛んだー」

 櫻子が言いながら爪先立ちになり、おでこに手をかざして遠目にながめる。
 アヤメは手の平に載った餌が無くなるまで、その行動を何回か繰り返した。
 それらは全て、池の真ん中辺りの右へ左へと飛んで行き、その度に餌の落ちた箇所に「ポッカリ」と口を開けた錦鯉が集まった。

「さあ。鯉にご飯もあげたし、一度おうちに戻りましょうか」

 暫く鯉を眺めた後、櫻子が言った。

「ハイ。櫻、子姉様」

 アヤメは返事をして頷いた。

 櫻子は再び、アヤメと手を繋いで敷石の道を歩いて行く。

「フーンフフフーン♪」

 櫻子は鼻歌を歌いながら、帰り道も楽しそうに歩いている。


 ガッコン


 アヤメは敷かれた玉石の出っ張りに、またもや躓いて倒れた。




(続)
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