アヤメちゃん

胡花宝 愛芽

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第一章「わが家にアヤメちゃんがやってきた!」

第十四話「理由を聞いてみましょう」

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 充電プラグを差してもらい、電源を入れられたアヤメは、ある程度の電気がまると自力で立ち上がり、充電箱に座った。

 アヤメの充電が満タンになるまでの間、櫻子達は朝御飯を食べることにした。
 櫻子と濱子、普段は土間続きの囲炉裏いろり部屋で朝食をっている鉉造と蕗も一緒に居間の大きなテーブルに座って、食卓を囲んだ。

 数仁だけは昨夜、就寝が遅かったようで「グッスリ」と、まだ寝室で眠っているようだった。


  *   *   * 


「アヤメちゃん。一体、どうしたっていうの?」

 朝御飯を食べ終えて、鉉造は庭へ出て行き、蕗は台所へ行った。
 櫻子と濱子の二人はダイニングチェアから、ソファへと移った。
 アヤメは充電が満タンになったので、充電箱を居間の隅まで自分で戻した。 
 今は一人掛けのソファに座る櫻子のそばで、姿勢良く立っている。

「今までは動けなくなる前に、ちゃんと自分で充電箱に座っていたのに…」
朝方アサガタカラ、御主人様方ノ、御手オテヲ、ワズラワセテシマイマシタ。申シ訳アリマセヌ」

 アヤメが頭を下げる。

「あっ、ううん。責めているわけじゃないの。ただ、アヤメちゃんが充電を忘れてしまうなんて、初めてのことだから…。ねぇ、何かあったの?」

 櫻子が心配そうに、アヤメに尋ねる。

「ハイ。御答オコタエ、致シマス」

 アヤメは頭を上げ、目蓋を閉じる。

「アヤメハ、『言葉コトバ』、ヲ、練習シテイタノデス」
「言葉?」

 櫻子が聞き返す。

「『オハアサマ』、ヲ、タダシク、発音スルタメノ、練習デス」
「…『お母様かあさま』って、言えるように?」
「ハイ」

 アヤメは頷いて、目蓋を開いた。

倪門ガイモン研究所ノ、冬休ミ、終了シュウリョウマデニ、如何ドウシテモ正シク、発音出来ルヨウニ、リタカッタノデス」
「アヤメちゃん…」
「アヤメハ、夜間ヤカン、屋敷内ヲ見回リ中、『オハアサマ、オハアサマ』、ト、毎晩、練習シテイマシタ」
「私…、ちっとも知らなかったわ」
レハ、皆様ノ睡眠スイミンヲ、サマタゲヌ様、御主人様方ヤ、蕗様ノ、御部屋ニハ、届カヌ場所ト、音量デ、練習シテイタカラナノデス」
「そうだったの…」

 アヤメは再び目蓋を閉じて、うつむいた。

レド一向イッコウニ、正シイ発音ガ、出来マセヌ。アヤメハ、千回、二千回、五千回ト、練習回数ヲ、重ネテイキマシタ」
「まあ…」
「毎晩、毎晩、言葉ヲカエシテモ、アヤメハ、正シク、発音スル事ガ、出来マセナンダ…」

 俯いたまま、アヤメは左右に首を振る。

「翌日、一月三日ハ、倪門研究所ノ、冬休ミ最終日。『今夜コソ、必ズ、ゲナクテハ』」

 アヤメが右手を上げて、握りこぶしを作る。

「…ト、アヤメハ昨夜ユウベモ、屋敷内ヲ見回リ中、『オハアサマ、オハアサマ』、ト、タダ一向ヒタスラニ、発音シ続ケマシタ」
「その練習で、アヤメちゃんは充電箱に座るのを忘れてしまったのね?」
「ハイ。櫻、子姉様ノ、オッシャトオリナノデス…。アヤメハ、昨夜ユウベ一万回イチマンカイ以上、発音シマシタ…。結果、一度モ正シク、発音出来ズ、アマツサエ、練習ニ没頭ボットウスルアマリ、オノレノ電気ガ、『カラ寸前スンゼンナ事サエモ、気付カズニ、イタノデス…」

 「ガクン」と絨毯じゅうたんに両膝を突いて、アヤメは正座する。

「…アヤメちゃん?」
サイワイ昨夜ハ、屋敷ヲネラウ、侵入者ハ、リマセンデシタ。シカナガラ、『侵入者ガ、有ッタ』、ト、仮定シタ場合、電気ガ、『空ッポ』デ動ケヌ、アヤメハ、侵入者ニ、金品キンピンウバワレ、御主人様方ヲ、御守リスル事モ出来ズ、ス危険ニ、サラシテシマウ、トコロデシタ…」

 アヤメが上半身を徐々じょじょに下げながら、「ツ、ツ、ツ…」と両手を膝から絨毯へと進める。

衷心チュウシンヨリ、御詫オワビ申シ上ゲマス」

 そう述べて、アヤメは土下座した。

いやだ、アヤメちゃん!してちょうだい!」

 櫻子が、ソファから立ち上がる。

「一度、充電箱に座るのを忘れただけじゃないの!誰でも一度や二度、失敗するものよ。私だって、女学校に持っていく物を、うっかり忘れてしまう時があるわ」
「イイエ」

 アヤメは頭を下げたまま、首を左右に振る。

「其ノ、タッタ一度ガ、防犯ノ場合、命取イノチトリトナル事モ、御座イマス。オソレ乍ラ、『櫻、子姉様』ト、『アヤメ』トデハ、立場ガ違ウノデス。アヤメノ本来、マットウスベキ仕事ハ、御主人様方ヲ、侵入者カラ御守リシ、屋敷内ノ盗難ヲ、防グ事。アヤメハ、ノ為ニ造ラレタ、一介イッカイノ人形。大切ナ仕事ヲ、オコタッテシマッタ、アヤメハ、『女中失格』、ナノデス」
「アヤメちゃん…」
御手数オテスウデスガ、明日アス、製造責任者ノ、小林様ヲ、御呼ビ下サイマセ。アヤメハ、滉月家カラ、御暇オイトマ、致シマス」
「えっ!?」

 櫻子が驚きの声を上げる。

遠慮エンリョハ、リマセヌ。ドウゾ、『女中〈童顔ワラベガオタイプ』、ノ、『弐号サン』、ト、交換ナサッテ、下サイマセ」
「アヤメちゃん!自分で何を言っているかわかっているの?もし、研究所に戻ったら、どうなるか…」 

 アヤメは両手の平を絨毯につけたまま、少し顔を上げた。

「ハイ。アヤメハ重々ジュウジュウ、承知シテイルノデス。倪門研究所ニ、返品ヘンピン、トナレバ、アヤメノ身体カラダハ、隅々スミズミマデ調査、サレルデショウ。其ノ結果、『欠陥品ケッカンヒン』、トノ、判断ガ下サレタナラバ、アヤメハ、廃棄物ハイキブツトシテ、処理サレルノデス」
「そんなの駄目よ!」

 アヤメに走り寄って、櫻子も絨毯に膝を突く。

「櫻、子姉様。御気遣オキヅカイ、御無用ゴムヨウナノデス。例エ、廃棄トナッテモ、其レハスベテ、アヤメノ、能力不足ニ、ルモノ。御主人様方ノ、御役ニ立テヌノナラバ、アヤメノ、存在理由ナド、皆無カイム。只ノ、無用ムヨウノ、長物チョウブツナノデス」
嫌々いやいやっ!私は例え、アヤメちゃんが動けなくなったとしても、邪魔だなんて思ったりしないわ!」

 アヤメの背中に、櫻子が抱きついた。

「私が『お母様って呼んでちょうだい』って、言ってしまったものだから、アヤメちゃんが悩んで失敗してしまったのね。ごめんなさい!」

 櫻子の目には、涙が溢れている。

「『お母様』って言葉が言えないのなら、もう言わなくて良いわ。だからこれ以上、自分を責めないで!」

 アヤメは、首を左右に振り続ける。

「違ウノデス、違ウノデス。櫻、子姉様ニ、謝ッテ頂ク事デハ、無イノデス。例エ、ドノヨウナ状況ニ、有ッタトシテモ、アヤメハ、万一マンイチソナエテ、充電ダケハ、決シテ忘レテハ、イケナカッタノデス。アヤメハ、只、自分ガナサケナクテ、タマラナイノデス…。グスン、グスン…」

 アヤメは俯き、目蓋を閉じた。

「アヤメちゃん…」

 櫻子の頬に涙が伝う。

「グスン、グスン。櫻、子姉様…」




(続)
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