記憶をなくした子守歌

胡花宝 愛芽

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第1章「0(ゼロ)」

八話「知夏①」

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 知夏は少女の頭と体を洗い終えると、四階の撮影室まで連れて行った。
 必要な物を撮影室に運ぶため、ドアは全開になっている。
 
 『倉庫』の四階に連れて来られた子供達は先ず、この撮影室で写真を撮られることから始まる。
 写真は子供達のプロフィールと併せて、倶楽部のHPホームページに載せられる。

 知夏は開いているドアぐちから、撮影室の中を覗いた。
 そこでは、ルーシーが少女の着用する衣装一式や小物類を全て揃え終わり、漏れが無いかチェックしていた。
 他にも耳にイヤホンをつけた男が一人、機材を動かして撮影のセッティングをしている。
 知夏が中に入り、ルーシーの背中を突っついた。

「やん。…あ、知夏ちゃ~ん。どぅお?大丈夫ぅ?」
「うん、ちゃんとキレイにあらったよ」
「ドールちゃんはぁ?」
「そこにいるよ」

 知夏がドアの方を指差して、撮影室を出て行った。ルーシーも後をついて行く。
 その少女は白いバスローブを着せられ、濡れた長い髪を垂らして廊下に佇んでいた。

「あらっ、ホントぉ!ドールちゃん、良い匂~い!知夏ちゃん、ありがとぉ~!」

 ルーシーが知夏の頭を撫でた。

「カメラとるところ、見てもいい?」

 知夏が聞く。 

「ああ、そうねぇ。チョッと待っててね。…ねぇ!マー君!ドールちゃん撮る時ぃ、知夏ちゃん居ても良いわよねぇ?」

 ルーシーがドア口から、中にいる男に声をかける。

「…えっ?何ぃ?」

 男は作業している手を止めて、イヤホンを外した。

「知夏ちゃんがぁ、撮影するところ見学したいんですって。良いわよね?」
「えぇ~~~?」

 言いながら、男は軽快に部屋から出て来た。

「やぁ、知夏ちゃん!」

 男は知夏を見つけると両膝を床につき、両手を広げて満面の笑顔でハグを求めてきた。
 
 男の名は間仲まなかと言い、普段は写真館のカメラマンとして働いている。
 写真館では大人よりも、乳幼児や子供の写真撮影を担当する事が多く、撮影中も明るく場を盛り上げるので、顧客からの評判も良い。
 服装も撮影対象に合わせるためか、いつもカジュアルな格好をしているので周囲からは、三十代後半の実年齢よりも若く見られている。
 この日も、グレーのジップアップパーカーにカーキ色のハーフパンツ、中には漫画のキャラクターがプリントされた赤いTシャツを着ている。

 知夏のプロフィール写真を撮影したのも間仲だ。
 間仲は倶楽部のHPに載せる写真撮影を、全て請け負っている。
 HPには倶楽部会員の家族や友人が閲覧しても問題が無い、保養所の客室や施設が紹介されている表向きの物と、会員本人だけしか閲覧できない裏の物があり、セキュリティが厳重に管理されている。
 子供達を撮影するため、間仲は『倉庫』の四階にも定期的に訪れている。
 
「久しぶりだねぇ~!元気だったか~い?」

 間仲に抱き締められて、知夏は思わず身を硬くした。

「…うん」 
「また知夏ちゃんに会えて嬉しいよぉ。見学、大歓迎だぞぉ。知夏ちゃんの写真も一緒に撮っちゃおっかなっ」

 間仲にピッタリと頬同士をくっつけられ、知夏を抱き締めている大きな手は背中をさするように見せながら、お尻の方まで降りてきてスリスリと撫で回す。
 その間仲の手がピタリ、と止まった。

「その子が…ドールちゃん?」
「え?ああ、そうよぉ。可愛いでしょ~?」

 ドア口にいたルーシーが小走りで少女に近づき、頭を撫でる。
 少女の濡れた髪の先から、雫がポタポタと落ちていく。
 間仲は知夏の体から手を離すと、ゆっくり立ち上がった。

「本当だ…。可愛いね…」
「風邪ひかないうちに、早くドールちゃんの髪乾かさなきゃ。マー君、朝ご飯まだでしょ?モーニングのパンやスープが残ってるから、準備終わったら食べなさいよぉ」
「うん…。わかった…」 

 間仲の眼が少女を捕らえて離さないのを、知夏は見上げていた。


  *   *   *


 知夏は、間仲が苦手だった。
 その時はまだ此処に連れて来られたばかりで何も知らない頃だったが、何となく間中からは違和感を覚えた。
 しばらくして知夏は倶楽部会員の相手を強いられるようになり、望まずして大人の闇を見せつけられてしまった知夏は本能的に、間仲にも感じていた。
 
 倶楽部の会員達と『同類』の大人だと。

 それは普通に小学校に行っていれば、まだ一年生である知夏の口からは上手く言葉で説明できるものではなかったし、実際に明確な行為に及ぶほどでもない。
 万が一、指摘されたとしても上手く誤魔化せる程度の曖昧な触り方。
 でも此処にいる子供達の中には、訪問した時は一緒に遊んだりもしてくれる間仲になついている子もいる。
 知夏は小さな疑問でも頭の中で一人歩きしてしまい、どんどんイメージが膨らんで大袈裟に考えてしまう癖があるのを、自分でも分かっていた。
 自分がこんな環境に置かれたことで、間中のことも勝手に悪く見てしまっているのではないか?
 でも坊主頭で、ちょっと背が低めのプロレスラーみたいな体型のルーシーには触られたとしても、間中のような違和感は無いし、ルーシーも子供達にヘアメイクしたり衣装を着せる時以外は、必要以上にベタベタと触れてくることはない(早瀬のことをベタベタ触っているのは見かけるが)。
 知夏は自分の感じていることが正しいものなのか、それともただの思い違いなのか考えあぐねていた。
 自分の両親も亡くなり、安心して相談できる大人もいない閉じ込められた環境の中で、その思いを誰にも言えなかった。

 だがある日、ユキが知夏に言った。

「いいか。間仲っていうカメラマンが来たら、絶対に二人っきりになるなよ」

 ユキにそう言われたことで、その思いは確信に変わった。


 今思い返してみれば「あの時」も、自分が間仲と二人っきりにならないように、ユキが見張ってくれていたのではないかと、知夏はそんな気がしているーーー。

 知夏が初めて写真を撮られる日、ユキが用も無いのに何故か撮影室に居座っていた。
 ルーシーは知夏のヘアメイクをして衣装を着せ終えると、次に撮影する昴の準備のためリビングルームへ行ったまま、暫く撮影室に戻って来なかった。
 昴は知夏より一つ年下で、同時期に連れて来られた少年だ。
 多分その日も朝まで会員と過ごしていて寝不足だったのか、ユキはとても眠そうなのに、それをこらえるように眉間に皺を寄せて、時にはウトウトしながら、間仲に撮影される自分を眺めていたのを覚えている。

 そんな表情だから段々、知夏はユキから睨まれているような気持ちになってしまった。
 それに『面会室』に行く前、ヘアメイクされている時のユキは大抵不機嫌で、近づき難い存在だった。
 だから知夏の中では、ユキのことを「綺麗だけど、いつも怒った顔のお姉さん」というイメージが出来上がってしまっていた。

 そう。知夏は初めて会った時から、ユキをずっと女の子だと思っていた。
 それは、知夏に限ったことではない。
 初めて会う人間は大概、ユキを女の子だと見間違える。
 華奢な体に透き通るような白い肌。薄い茶色の瞳。まだ変声期も迎えていない声は、むしろ同年代の女の子よりも高く澄んでいる。
 そんなユキを初めて見た知夏は、なんて綺麗なお姉さんなんだろうと、見惚みとれてしまった。
 今まで自分が出会った女の人の中で一番綺麗だったし、此処にいなければ間違いなくモデルさんや女優さんとして、テレビや雑誌に出ている人だと、知夏は思った。
 ユキはまだ大人じゃないけれど、ルーシーにメイクをされて着飾った姿を見ると、子供の知夏でさえドキドキした。
 こんな綺麗なお姉さんが、自分の目の前にいることが信じられなかった。
 だから知夏は、ユキが女の子だと信じて疑わなかった。
 ユキが会話の中で自分のことを「俺」と言っているのは聞いていたが、それもテレビアニメや漫画の中に登場する可愛い女の子のキャラクターが「ボク」と言ったり、言葉使いも男の子っぽく喋っているのと同じことだと考えていた。

 しかしそんな知夏に、ユキの見方が変わる吃驚びっくりするような出来事が起こった。
 その日はユキが、昴や何人かの男の子達を連れて男の子用の浴室に入って行った。
 それ自体は珍しいことではなかったし、一番年上のユキが小さい男の子達の頭を洗ったりしてあげてるのだと思っていた。
 男の子達のお風呂が終わる頃、知夏が書庫室に行こうと廊下を歩いている途中、ちょうど男の子用の脱衣室のドアが開いた。と同時に、パンツだけ穿いた風呂上がりの昴達が勢いよく脱衣室から出てきた。
 開いたドアの方に目をると、全裸のユキが、タオルで頭を拭いているところだった。
 ユキの緩やかな曲線を描く体と、濁りのない絹糸のような白肌に、つい目を奪われてしまう知夏だったが、ふと「あるモノ」がその目に留まった。
 それは、女の子である知夏の体には「無いモノ」。
 胸が大きくないのは、お姉さんがまだ子供だから良いとして、何故男の子と同じ「アレ」がついているんだろう?
 綺麗なお姉さんの体についているものが、知夏にとっては何だか不釣り合いのような気がして、とっても不思議で「クエスチョンマーク」の文字だけが頭の中を飛び交い、無意識にユキの体の「一部分」だけを凝視していた。

 するとユキが、廊下にいる知夏の視線に気づいた。
 ユキは体を隠すこともせず、タオルを首に掛けながら知夏のいるところまで、裸のまま近づいてきた。
 知夏は、自分がユキの裸をジッと見ていることに気がつき、顔を上げた。
 知夏とユキの目が合う。
 「怒られる」と思った知夏は、緊張して身動きできない。

「………」

 ユキは、知夏を暫し見詰めた。


 ユキが軽く笑う。

「知夏のエッチ」

 それだけ言うと、中からパタンとドアを閉めた。




(続)



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