記憶をなくした子守歌

胡花宝 愛芽

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第1章「0(ゼロ)」

七話「少女の撮影準備」

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 朝食を済ませた後は、その少女の写真を撮影するための下準備から始まった。

「ドールちゃ~ん、今日はぁこれからドールちゃんの写真を撮りますからねぇ。いっぱいお洒落しましょうねぇ~」

 ルーシーは、少女をクローゼット部屋に連れて行った。
 この部屋は真ん中のドアを隔てて、左右の壁一面が長いクローゼットとして作りつけられている。左側が男の子用、右側が女の子用だ。
 クローゼットを開くと、上部は様々なタイプの衣装が年齢順にズラリとハンガーに掛けられており、下部はチェストが横一列にピッチリと並行し、部屋着や下着などが収納されている。
 左右の壁面クローゼットの間の空間にも棚が設置され、帽子の入った丸い箱や靴箱・バッグや小物の入った箱等がそれぞれ重ねられている。
 そして、この部屋には身長計と体重計も備えつけられていた。

「じゃあねぇ、今からぁドールちゃんの身長と体重を測るわよぉ。まずはコレに乗ってちょうだぁい」

 ルーシーは少女を身長計と体重計に乗せ、次にスリーサイズと足のサイズを測って、それをタブレットPCに記録していく。

「ドールちゃんのサイズだとぉ…この辺りかしらねぇ」

 ルーシーがクローゼットの扉を開いて、その少女に合いそうな衣装を何着か取り出し、体にあてがう。

「コレなんか良いわねぇ…あら、コレも合いそう。じゃぁあぁこの辺りを中心に揃えちゃいましょ。ああ…でも、その前に…」

 ルーシーは少女の頭に顔を寄せた。クンクンと匂いを嗅ぎ、少し顔をしかめ鼻の下を人差し指で押さえると、少女を残してクローゼット部屋を出て行った。
 リビングルームのドアを開け、中を見渡す。そこには昴が自分のベッドに寝転んで漫画を読んでいる。
 リビングルームを通り抜け、間仕切りドアを開けると、知夏がダイニングルームのテーブルで算数のドリルを解いていた。 

「知夏ちゃん、お勉強中にゴメンねぇ。ちょっと良いかしらぁ?」

 知夏は鉛筆を置いて、ルーシーのいる方を向いた。

「知夏ちゃんってぇ、たしか…今日もお休みよねぇ?」
「うん」
「悪いんだけどぉ…今からドールちゃんの頭と体、シャワーで洗ってもらっても良いかしら?あの子ぉしばらくお風呂入ってなかったみたいなのぉ。ほらぁ…柚子ちゃんや他の女の子達は皆、今寝てるでしょう?アタシもドールちゃんの撮影用の衣装、揃えないといけないしぃ…それにドールちゃん、あんな感じだけどぉ昨日の今日でアタシみたいなイカついのに体洗われるのもねぇ…」
「うん。いいよー」

 知夏は特に嫌がる顔もせず、気軽な口調で答えた。

「ゴメンねぇ。タオルと下着はアタシが用意しておくわね。もしぃ一人で大変だったら呼んでちょうだぁい」
「うん。わかったー」

 知夏はドリルを閉じるとリビングルームを出て、クローゼット部屋にいる少女を浴室へ連れて行った。



  ◆   ◆   ◆
 


 『倉庫』と呼ばれる建物の最上階である四階には、此処に連れて来られた少年少女が全員、この一室に集められる。
 そのため、此処の専有面積は広い。

 建物内の四階と三階フロア全体のスペースが子供達の生活場所となっており、一つの階段で繋がっている。
 玄関は四階の一ヶ所のみ。
 室内には多くの窓がつけられているが、そのほとんどが嵌め殺しの窓になっているか、開閉できたとしても縦格子の柵が取りつけられている。
 四階のリビングルームには大開口の窓があり開閉可能で、その窓からのみ子供達がベランダへ出入りできる。
 ベランダには屋上へと続く階段がある。
 屋上は子供達が唯一、伸び伸びと走り回ったり、安心して外の空気を吸える場所であり、この屋上を含めた四階と三階が建物に閉じ込められた子供達の自由に動ける空間となっている。

 部屋数は通常のマンションに比べれば、遥かに多い。
 クローゼット部屋の他に、漫画や本など書籍類を仕舞う書庫の部屋。人形やヌイグルミ、おままごとセットなど女の子用の玩具が飾られている部屋。ラジコンやプラモデルで遊んだり、組み立てたレールの上に列車や変形ロボットを走らせることができる、男の子用の玩具が揃えられている部屋。
 それらの部屋にある全てが、此処の倶楽部に登録し『倉庫』に通ってくる会員達からの貢ぎ物だ。
 高級ブランドのアクセサリーやバッグなど、子供が身につけるには贅沢過ぎるといえるようなプレゼントを保管する鍵付きの部屋もある。
 
 三階フロアには、ベッド付きの個室が多く用意されている。
 個室の広さはまちまちなのだが、長年居住している子供は希望の部屋を選んで自分専用の個室を持つことができる。
 ユキに関しては、現在いる子供達の中では此処で過ごしている年数が一番長い。
 そして倶楽部での会員からの人気や売り上げも他の子供達に比べると格段に高いため、ユキ専用のバス・トイレ付きの最も広い個室が与えられている。
 
 リビングルームに設置されたベッドは、此処に連れて来られて日が浅い子供や、一人では眠ることができない子供が使っているが、空いていれば基本的に個室とリビングルームのベッドは、自由に行き来して使うことができる。
 大抵は外で『お仕事』をした子供達が、四階に戻って来た時に個室のベッドで眠ることが多い。
 浴室やトイレは男女別に分けて、複数箇所作られている。 

 二階フロアは『面会室』と、『倉庫』に関わる大人達が寝泊まりする宿泊室がある。
 建物内は定期的に巡回清掃し、子供達が生活する四階と三階フロア内もハウスキーパーが訪問し清掃する。
 ベッドのシーツやカバー、タオルや衣類などは、早瀬や『倉庫』と保養所を行き来できる者が持ち帰り、保養所の区域内にある洗濯室の担当者に預けるため、いつでもアイロンが掛けられた清潔な物が戻ってくる。
 そのため何年もの間、子供達が監禁されている場所といえども、衛生面が悪くなることはない。
 食事も、保養所の厨房で働くシェフ達の作った料理が毎食、四階まで運ばれてくる。

 ただ、保養所で働く従業員の全てが『倉庫』の存在を知っているわけではない。
 『倉庫』に関わり働く大人達の大半は、此処の持ち主である会長から借金をしていたり、何らかの事情で金銭的援助を受けている。
 そのため、一度関わってしまえば例え借金を完済したとしても、この場所での出来事を外部に漏らす事は、決して許されない。


 『倉庫』に関わる人間を統括しているのが、尾津おづ みのるだ。

 尾津は会長のもとで長年従事しており、『倉庫』の仕事に関わる全般を、会長から一任されている。 
 子供を『倉庫』に連れ帰る時には、必ず尾津自身が相手側と交渉し、直接出向いて取引を行う。
 当日は揉めずに手早く取引を済ませるためにも、尾津は相手側の事前調査を怠らない。
 子供の健康状態や体質、病歴などは事細かく相手側から確認し、必要なら医師や専門家にも相談する。

 会員には、医師の登録者も少なくないので、軽い持病程度なら診察や薬の調達を依頼するのが可能だ。
 だから子供の状態を直接見て判断し、取引を決めた場合には金額を低く提示する。
 売値の額に相手側が納得しなければ、尾津はあっさりと取引の中止を申し出る。
 だが、そもそも子供を尾津に売ろうという行為自体が、その子供には帰る家も育てる保護者もいない事を示している。
 今更、取引を中止して施設に連れて行ったとしても、金銭的な得は少しも無くなる。
 そうなると相手側は渋々ながらも、提示された金額で了承する。
 普段は相手が誰であっても冷静に応対し、威圧的な態度など見せない尾津だが、状況次第では冷酷な男に変貌し、残虐な行為もいとわない。
 もし相手側が尾津を軽く見て、更に大金をせしめようとトラブルを起こそうものなら数日後には、その人間の行方を知る者はいなくなる。

 『倉庫』の持ち主である会長の経営する企業グループは世間に対して、クリーンなイメージを打ち出している。
 此処の会員達も肩書きは違えど、イメージを大切にする職業に就いている人間ばかりだ。
 此処で行われていることを、世間には絶対に知られてはならない。 

 『倉庫』にいる子供は全員、定期検診も欠かさない。
 特に、性感染症の予防は徹底させている。それは、倶楽部の会員であっても同じことだ。その同意が無ければ、倶楽部への入会は許されない。
 地位や名誉のある人間が次々と感染することなど、あってはならない。
 万が一、そんなことが起きたならば此処の存在が発覚する要因になり兼ねない。

 『倉庫』は、倶楽部会員達の安心安全を第一に作られた、大人の遊び場だ。
 
 

 そして、『倉庫』の秘密を守る事こそが、尾津が携わる仕事の最も重要、且つ最優先事項なのだ。



  ◆   ◆   ◆





(続)
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