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第1章「0(ゼロ)」
六話「新しい場所②」
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「ドールちゃん、ドールちゃん」
ルーシーに肩をポンポンと軽く叩かれ、その少女は目を覚ました。
「さぁさ、モーニングの時間よぉ。起きましょうねぇ」
リビングルームには、スープの匂いが漂っている。
少女は体を起こし、ベッドから降りた。
「ああ良かった。オネショはしてないわねぇ。じゃあねぇ先におトイレ行っちゃいましょ」
ルーシーは、少女を連れてリビングルームから出て行った。
ダイニングルームのテーブルには、数種類の焼きたてパンやサラダ、フルーツなどが各々の大皿に盛られ、鉄皿で焼かれたソーセージや生ジュースの入ったピッチャー、エッグスタンドなどが並べられている。
椅子にはパジャマ姿の知夏と昴が先に座り、自分の皿に食べたい物を取り分けている。
キッチンでは黒のベストとズボンを着た、二十代後半の清潔感のある男性が白シャツの袖を捲り上げ、器にスープを注いでいる。
しばらくするとルーシーが、キッチンルームの方からダイニングルームへと、少女と一緒にやって来た。
「ハイハイハイ、じゃ~あ~ドールちゃんはぁココに座りましょうかぁ。アタシの隣ぃ」
少女を椅子に座らせると、キッチンルームにいた男性がサービスワゴンを押しながら、ダイニングルームに移動してテーブルの近くに寄せた。
「どうぞ」
男性が知夏と昴、ルーシーの前に敷かれたランチョンマットの上に、スープの注がれた器を順番に置いていく。
「お早うございます」
男性は穏やかな口調で、少女に声をかけた。
「どうぞ。ミネストローネです。色んな野菜が入ってるけど…食べられない物は無いかな?」
少女の前に器を置き、屈んで顔を覗き込む。が、少女は男性の質問に答えることなく、下を向いている。
「あ~ん、透チャン。この子お話しができないのよぉ」
「…そうですか。何となくは伺っていましたが…」
「前にいたトコでも、ず~っとこんな感じだったらしいわよぉ。アタシも昨日から話しかけてるけど、目も合わせてくれないのぉ。でもぉ、おトイレはちゃあんと一人で出来るのよねぇ。不思議だわぁ」
ルーシーは話しながら、皿にパンやサラダ、フルーツを取り分ける。
知夏と昴は「いただきます」と言って、食事を始めた。
「食べる物の…アレルギーなどは大丈夫でしょうか?尾津さんからは『問題無し』と申し送りで確認しましたが…」
「そうねぇ。昨日のディナーは寝ちゃって食べてないのよねぇ」
少女の前に、ルーシーが取り分けたお皿を置いた。
「もし突然アレルギー症状が出たとしても、すぐに医師を呼ぶのは難しいですから」
「そうよねぇ。でもぉ尾津ちゃんがそう言ってるなら平気じゃないかしら?ホラあの人、結構そうゆうの煩い方でしょ?」
「確かに…そうですね」
「まぁ、アタシもしばらくは此処に泊まり込みだしぃ。食事の時はドールちゃんのこと見てるから、心配しないでちょうだぁい」
「すみません。お願いします」
「もぉう、アタシにそんな気ぃ使わないでってばぁ。さぁさ、食べましょ。はい、ドールちゃん。このクロワッサン、焼きたてで美味しいわよぉ」
ルーシーが小分けに包装されているバターの包みを開いて、クロワッサンにバターを塗り、少女の顔の前に差し出す。
少女は、そのクロワッサンを自分の両手で持ち、食べた。クロワッサンを何口か食べた後、皿に置いて、両側に取っ手の付いたスープの器を両手で引き寄せ、スプーンを右手で持ち、スープを掬って飲んだ。そしてスプーンを器に残すと、次は右手でフォークを握り、サラダを食べ始めた。
「あらぁ、ちゃんとスプーンとフォークも使えるじゃない」
「そうですね」
「ねぇ、透ちゃんもココに座って、一緒に食べなぁい?」
ルーシーがフォークに刺したソーセージを齧りながら、手招きする。
「ありがとうございます。でも僕は済ませてきたので…」
「今日も弟ちゃんのお弁当作ったのぉ?」
「ええ。そのついでに僕も」
「毎朝偉いわねぇ。アタシには無理だわぁ」
「そんな、大した物は入れてないので。量さえあればなんとか。それに此処のシェフの方達が時々余った料理や食材を分けて下さるので、助かってます」
「え~とぉ、たしか高校…三年生よね?」
「はい。来年卒業するので、弁当もあと少しです」
ルーシーと早瀬 透が話しているところへ、ユキがリビングルームから間仕切りドアを開けて入ってきた。
「ユキちゃ~ん、お帰りなさぁ~い。お疲れ様ぁ~」
ルーシーがユキに気がつき、両腕を真正面に伸ばして両手をヒラヒラと振った。
昨日ルーシーの手で艶やかに仕上げられたメイクは、すっかり洗い落とされていた。衣装も全部脱いで、半袖のTシャツと短パンに着替えている。
アメリカ人の父親と日本人の母親から生まれたユキの顔は、元々目鼻立ちはしっかりしているものの今は子供らしい、あどけない素顔に戻っていた。
「ふぁ~あぁ~、マ、ジ、で、疲れだぁ~」
ユキが歩きながら両腕を上に伸ばして大あくびをし、ルーシー達が座っているテーブルの空席に腰を下ろし、テーブルの上に両腕を投げ出し突っ伏した。
早瀬が、ユキの傍に生ジュースの注がれたグラスを置く。
「お疲れ様でした。どうぞ。朝のドリンクは、キウイだよ。ミネストローネもあるけど、どうする?」
「ん~~、あっちで食べてきたからイイ。…あ、クロワッサンじゃん。知夏ぁ、コッチ投げて」
「うん。ユキちゃん、いくよー」
知夏が自分の前にあるパンの山からクロワッサンを取り、ユキに向かって放り投げた。
ユキがテーブルに投げ出した右腕に頭を乗せたまま、やる気無げに左腕だけ伸ばす。
そのクロワッサンはユキの左手に当たって、「ポスッ」とテーブルに落ちた。
「Thanks」
英語も話せるユキは発音良く、お礼を言う。
昴は「サンクス、サンクス」と、ユキの発音を真似して楽しんでいる。
「僕に言ってくれれば取ったのに…」と、早瀬が言う。
「イイよ。知夏の方が近いもん。なぁ~、知夏」
ユキがクロワッサンを左手で掴んで、端から被りつく。
「ヤッダぁ、それ駄洒落ぇ?」
「……は?何が?」
ユキは、ルーシーに言われている意味が解らず、眉間に皺を寄せた。
知夏と昴が顔を見合わせ、クスクスと笑っている。
「なんだよぉ。俺、変なコト言ったかぁ?」
ユキが口を尖らせる。
「だってぇ、『知夏の方が近い』って。ねぇ~」
ルーシーが知夏と昴の方を向き、相槌を求める。
「ユキちゃん、いったー」
「いったー」
「…あ、ホントだ。うわ、だっせぇ俺。ウゲゲー」
ユキがまたテーブルに頭を突っ伏した。それを見て、ルーシー達が笑っている。
そんな中、少女は周りの会話を気にすることなく無表情なまま、エッグスタンドに嵌まっている卵の頭を、指先で撫でている。
それに気づいた昴が、少女を指差した。
「なにしてるのかなぁ?」
皆が一同に、その少女を見る。
「…食いたいんじゃねぇの?」と、ユキが言った。
「ああ、殻を剥きましょう」
その少女の傍に立ち、早瀬がナイフを使って卵の頭部分を水平に切りとった。
「皆さんのも剥きますね」
「ドールちゃん。少しお塩かけた方が美味しいわよぉ」
殻が剥かれて白身の見えた半熟の卵に、ルーシーが塩を振った後、スプーンで掬って先程のクロワッサンと同様に、少女の顔の前に差し出した。
「はい、ドールちゃん。あ~んして」
その少女は口を開けて、差し出されたスプーンを受け入れた。
「じゃあ、今度はぁ自分で掬って食べられるかしら?」
ルーシーは卵の中にスプーンを差し入れて、エッグスタンドごと少女の前に置いた。
その少女は少しだけ間を置いたが、エッグスタンドを左手で持ち上げて、右手でスプーンを持ち、卵を掬って食べ始めた。
「あらぁ、ドールちゃん。ちゃんと食べられるじゃなぁい。お利口ねぇ」
「…コイツ、そんな変な名前だったっけ?」
ユキが訝しげな顔をする。
「あ、『ドールちゃん』?アタシが勝手につけちゃったぁ。この子、お人形さんみたいだから『ドールちゃん』。どぅお?」
「まんまじゃん」
「だってぇ、名前無いと不便じゃなぁい。それにホラ、こうして澄ましてる感じも、お人形さんぽいしぃ。アタシがそう呼びたいだけぇ」
「…ま、別にイイけど」
「でもこの子、ちゃんと味分かってるのかしらぁ?ドールちゃ~ん、卵ぉ美味しい?」
その少女は、隣にいるルーシーの質問が聞こえていないかのように、殻に包まれた中身をスプーンで掬って口に運ぶ動作を静かに繰り返している。
「……ダメね」
ルーシーが、お手上げのポーズをした。
「はぁ~、まぁ良いわ。アタシも食べましょ。これ好きなのよぉ。まだ卵あるからユキちゃんも食べたらぁ?」
「俺、いらない。あっちでも卵出てきたし」
「ユキちゃんとこでは、モーニング何だったのぉ?」
「中華粥。アレ入ってんだぜ。あの、黄身とか白身とか黒い、…ほら、アレ」
「ああ、『皮蛋』だね」と、早瀬が答える。
「そう!それ!」
「あら、皮蛋キライ?アタシ好きよぉ」
「ん~食おうと思えば食えるけど…見た目がなぁ……」
「ピータンって、なあに?」
知夏が聞いた。
「アヒルの卵を熟成させた物だよ」
早瀬が答える。
「おいしいの?」
今度は昴が聞く。
「ああ、二人はまだ食べたこと無いんだね。それなら厨房に聞いてみて、余ってたらランチに用意してもらうよ」
「知夏も昴も食えるか~?卵の殻剥いたら黒いんだぞ~。食ったら口ん中も、真っ黒になっちゃうぞ~」
「え~っ!」
ユキが大仰に言うと、知夏が驚いて両手で口を押さえた。
「ウッソだぁ~。じゃあクチあけて~」
昴が言うと、ユキが大きく口を開けた。
「やっぱりウソだぁ。だってユキちゃんのクチ、くろくないもん」
「嘘じゃないも~ん。それはさっき、歯ぁ磨いたからだも~ん。皮蛋食った直後なんか、ベロも歯も真っ黒だったぜ~」
ユキがまた口を開けて、べローンと舌を出した。
「ユキちゃん、へんなカオ~!」
知夏と昴が、ユキの顔を見て笑う。
「もう、ユキちゃんったら。でもアタシも久しぶりに食べたいわぁ。ユキちゃんはランチどうするぅ?」
「俺、夕方まで寝るかも。…アイツさぁ夜中じゅう、ずーーーっと喋ってて全ッ然寝ないし。自慢話ばっかだし。な~んか『君はこんな所にいるべきじゃない』とか『僕が君を自由にしてあげるから待っててくれ』とか、すっげぇ熱く語ってたけど、アイツそんな力あんの~?」
テーブルにボロボロと欠片が落ちるのも気にせず、ユキがクロワッサンをバクバクと齧る。
「そんなこと言ってるのぉ?すっかりユキちゃんの虜じゃなぁい。ちゃんと此処のシステム解って言ってるのかしら?ユキちゃんを身請けするとしたら、相当でしょう?」
ルーシーが早瀬の方を見る。
「んー…あのお客様では厳しいかもしれませんね」
「ふん。『僕が君を守るから』っつって、カッコつけてたけど、十三歳の俺に結局やるコトやってる癖に、よく言うよ」
ルーシーと早瀬は、ユキのその言葉に気まずそうな表情をした。
ユキがクロワッサンの最後の一口を、口の中に放り込むと傍にあるコップを持って、キウイの生ジュースを一気に飲み干した。
「……はぁ~ッ。…俺、寝るー」
ユキはコップを置いて、立ち上がった。
「時間になったら適当に起こしてー」
言いながら、ユキはダイニングルームを出て行った。
「は~い。ユキちゃん、オヤスミなさ~い」
ルーシーがユキを見送り、ふと少女を見ると皿にある物は全て綺麗に食べ終えていた。
(続)
ルーシーに肩をポンポンと軽く叩かれ、その少女は目を覚ました。
「さぁさ、モーニングの時間よぉ。起きましょうねぇ」
リビングルームには、スープの匂いが漂っている。
少女は体を起こし、ベッドから降りた。
「ああ良かった。オネショはしてないわねぇ。じゃあねぇ先におトイレ行っちゃいましょ」
ルーシーは、少女を連れてリビングルームから出て行った。
ダイニングルームのテーブルには、数種類の焼きたてパンやサラダ、フルーツなどが各々の大皿に盛られ、鉄皿で焼かれたソーセージや生ジュースの入ったピッチャー、エッグスタンドなどが並べられている。
椅子にはパジャマ姿の知夏と昴が先に座り、自分の皿に食べたい物を取り分けている。
キッチンでは黒のベストとズボンを着た、二十代後半の清潔感のある男性が白シャツの袖を捲り上げ、器にスープを注いでいる。
しばらくするとルーシーが、キッチンルームの方からダイニングルームへと、少女と一緒にやって来た。
「ハイハイハイ、じゃ~あ~ドールちゃんはぁココに座りましょうかぁ。アタシの隣ぃ」
少女を椅子に座らせると、キッチンルームにいた男性がサービスワゴンを押しながら、ダイニングルームに移動してテーブルの近くに寄せた。
「どうぞ」
男性が知夏と昴、ルーシーの前に敷かれたランチョンマットの上に、スープの注がれた器を順番に置いていく。
「お早うございます」
男性は穏やかな口調で、少女に声をかけた。
「どうぞ。ミネストローネです。色んな野菜が入ってるけど…食べられない物は無いかな?」
少女の前に器を置き、屈んで顔を覗き込む。が、少女は男性の質問に答えることなく、下を向いている。
「あ~ん、透チャン。この子お話しができないのよぉ」
「…そうですか。何となくは伺っていましたが…」
「前にいたトコでも、ず~っとこんな感じだったらしいわよぉ。アタシも昨日から話しかけてるけど、目も合わせてくれないのぉ。でもぉ、おトイレはちゃあんと一人で出来るのよねぇ。不思議だわぁ」
ルーシーは話しながら、皿にパンやサラダ、フルーツを取り分ける。
知夏と昴は「いただきます」と言って、食事を始めた。
「食べる物の…アレルギーなどは大丈夫でしょうか?尾津さんからは『問題無し』と申し送りで確認しましたが…」
「そうねぇ。昨日のディナーは寝ちゃって食べてないのよねぇ」
少女の前に、ルーシーが取り分けたお皿を置いた。
「もし突然アレルギー症状が出たとしても、すぐに医師を呼ぶのは難しいですから」
「そうよねぇ。でもぉ尾津ちゃんがそう言ってるなら平気じゃないかしら?ホラあの人、結構そうゆうの煩い方でしょ?」
「確かに…そうですね」
「まぁ、アタシもしばらくは此処に泊まり込みだしぃ。食事の時はドールちゃんのこと見てるから、心配しないでちょうだぁい」
「すみません。お願いします」
「もぉう、アタシにそんな気ぃ使わないでってばぁ。さぁさ、食べましょ。はい、ドールちゃん。このクロワッサン、焼きたてで美味しいわよぉ」
ルーシーが小分けに包装されているバターの包みを開いて、クロワッサンにバターを塗り、少女の顔の前に差し出す。
少女は、そのクロワッサンを自分の両手で持ち、食べた。クロワッサンを何口か食べた後、皿に置いて、両側に取っ手の付いたスープの器を両手で引き寄せ、スプーンを右手で持ち、スープを掬って飲んだ。そしてスプーンを器に残すと、次は右手でフォークを握り、サラダを食べ始めた。
「あらぁ、ちゃんとスプーンとフォークも使えるじゃない」
「そうですね」
「ねぇ、透ちゃんもココに座って、一緒に食べなぁい?」
ルーシーがフォークに刺したソーセージを齧りながら、手招きする。
「ありがとうございます。でも僕は済ませてきたので…」
「今日も弟ちゃんのお弁当作ったのぉ?」
「ええ。そのついでに僕も」
「毎朝偉いわねぇ。アタシには無理だわぁ」
「そんな、大した物は入れてないので。量さえあればなんとか。それに此処のシェフの方達が時々余った料理や食材を分けて下さるので、助かってます」
「え~とぉ、たしか高校…三年生よね?」
「はい。来年卒業するので、弁当もあと少しです」
ルーシーと早瀬 透が話しているところへ、ユキがリビングルームから間仕切りドアを開けて入ってきた。
「ユキちゃ~ん、お帰りなさぁ~い。お疲れ様ぁ~」
ルーシーがユキに気がつき、両腕を真正面に伸ばして両手をヒラヒラと振った。
昨日ルーシーの手で艶やかに仕上げられたメイクは、すっかり洗い落とされていた。衣装も全部脱いで、半袖のTシャツと短パンに着替えている。
アメリカ人の父親と日本人の母親から生まれたユキの顔は、元々目鼻立ちはしっかりしているものの今は子供らしい、あどけない素顔に戻っていた。
「ふぁ~あぁ~、マ、ジ、で、疲れだぁ~」
ユキが歩きながら両腕を上に伸ばして大あくびをし、ルーシー達が座っているテーブルの空席に腰を下ろし、テーブルの上に両腕を投げ出し突っ伏した。
早瀬が、ユキの傍に生ジュースの注がれたグラスを置く。
「お疲れ様でした。どうぞ。朝のドリンクは、キウイだよ。ミネストローネもあるけど、どうする?」
「ん~~、あっちで食べてきたからイイ。…あ、クロワッサンじゃん。知夏ぁ、コッチ投げて」
「うん。ユキちゃん、いくよー」
知夏が自分の前にあるパンの山からクロワッサンを取り、ユキに向かって放り投げた。
ユキがテーブルに投げ出した右腕に頭を乗せたまま、やる気無げに左腕だけ伸ばす。
そのクロワッサンはユキの左手に当たって、「ポスッ」とテーブルに落ちた。
「Thanks」
英語も話せるユキは発音良く、お礼を言う。
昴は「サンクス、サンクス」と、ユキの発音を真似して楽しんでいる。
「僕に言ってくれれば取ったのに…」と、早瀬が言う。
「イイよ。知夏の方が近いもん。なぁ~、知夏」
ユキがクロワッサンを左手で掴んで、端から被りつく。
「ヤッダぁ、それ駄洒落ぇ?」
「……は?何が?」
ユキは、ルーシーに言われている意味が解らず、眉間に皺を寄せた。
知夏と昴が顔を見合わせ、クスクスと笑っている。
「なんだよぉ。俺、変なコト言ったかぁ?」
ユキが口を尖らせる。
「だってぇ、『知夏の方が近い』って。ねぇ~」
ルーシーが知夏と昴の方を向き、相槌を求める。
「ユキちゃん、いったー」
「いったー」
「…あ、ホントだ。うわ、だっせぇ俺。ウゲゲー」
ユキがまたテーブルに頭を突っ伏した。それを見て、ルーシー達が笑っている。
そんな中、少女は周りの会話を気にすることなく無表情なまま、エッグスタンドに嵌まっている卵の頭を、指先で撫でている。
それに気づいた昴が、少女を指差した。
「なにしてるのかなぁ?」
皆が一同に、その少女を見る。
「…食いたいんじゃねぇの?」と、ユキが言った。
「ああ、殻を剥きましょう」
その少女の傍に立ち、早瀬がナイフを使って卵の頭部分を水平に切りとった。
「皆さんのも剥きますね」
「ドールちゃん。少しお塩かけた方が美味しいわよぉ」
殻が剥かれて白身の見えた半熟の卵に、ルーシーが塩を振った後、スプーンで掬って先程のクロワッサンと同様に、少女の顔の前に差し出した。
「はい、ドールちゃん。あ~んして」
その少女は口を開けて、差し出されたスプーンを受け入れた。
「じゃあ、今度はぁ自分で掬って食べられるかしら?」
ルーシーは卵の中にスプーンを差し入れて、エッグスタンドごと少女の前に置いた。
その少女は少しだけ間を置いたが、エッグスタンドを左手で持ち上げて、右手でスプーンを持ち、卵を掬って食べ始めた。
「あらぁ、ドールちゃん。ちゃんと食べられるじゃなぁい。お利口ねぇ」
「…コイツ、そんな変な名前だったっけ?」
ユキが訝しげな顔をする。
「あ、『ドールちゃん』?アタシが勝手につけちゃったぁ。この子、お人形さんみたいだから『ドールちゃん』。どぅお?」
「まんまじゃん」
「だってぇ、名前無いと不便じゃなぁい。それにホラ、こうして澄ましてる感じも、お人形さんぽいしぃ。アタシがそう呼びたいだけぇ」
「…ま、別にイイけど」
「でもこの子、ちゃんと味分かってるのかしらぁ?ドールちゃ~ん、卵ぉ美味しい?」
その少女は、隣にいるルーシーの質問が聞こえていないかのように、殻に包まれた中身をスプーンで掬って口に運ぶ動作を静かに繰り返している。
「……ダメね」
ルーシーが、お手上げのポーズをした。
「はぁ~、まぁ良いわ。アタシも食べましょ。これ好きなのよぉ。まだ卵あるからユキちゃんも食べたらぁ?」
「俺、いらない。あっちでも卵出てきたし」
「ユキちゃんとこでは、モーニング何だったのぉ?」
「中華粥。アレ入ってんだぜ。あの、黄身とか白身とか黒い、…ほら、アレ」
「ああ、『皮蛋』だね」と、早瀬が答える。
「そう!それ!」
「あら、皮蛋キライ?アタシ好きよぉ」
「ん~食おうと思えば食えるけど…見た目がなぁ……」
「ピータンって、なあに?」
知夏が聞いた。
「アヒルの卵を熟成させた物だよ」
早瀬が答える。
「おいしいの?」
今度は昴が聞く。
「ああ、二人はまだ食べたこと無いんだね。それなら厨房に聞いてみて、余ってたらランチに用意してもらうよ」
「知夏も昴も食えるか~?卵の殻剥いたら黒いんだぞ~。食ったら口ん中も、真っ黒になっちゃうぞ~」
「え~っ!」
ユキが大仰に言うと、知夏が驚いて両手で口を押さえた。
「ウッソだぁ~。じゃあクチあけて~」
昴が言うと、ユキが大きく口を開けた。
「やっぱりウソだぁ。だってユキちゃんのクチ、くろくないもん」
「嘘じゃないも~ん。それはさっき、歯ぁ磨いたからだも~ん。皮蛋食った直後なんか、ベロも歯も真っ黒だったぜ~」
ユキがまた口を開けて、べローンと舌を出した。
「ユキちゃん、へんなカオ~!」
知夏と昴が、ユキの顔を見て笑う。
「もう、ユキちゃんったら。でもアタシも久しぶりに食べたいわぁ。ユキちゃんはランチどうするぅ?」
「俺、夕方まで寝るかも。…アイツさぁ夜中じゅう、ずーーーっと喋ってて全ッ然寝ないし。自慢話ばっかだし。な~んか『君はこんな所にいるべきじゃない』とか『僕が君を自由にしてあげるから待っててくれ』とか、すっげぇ熱く語ってたけど、アイツそんな力あんの~?」
テーブルにボロボロと欠片が落ちるのも気にせず、ユキがクロワッサンをバクバクと齧る。
「そんなこと言ってるのぉ?すっかりユキちゃんの虜じゃなぁい。ちゃんと此処のシステム解って言ってるのかしら?ユキちゃんを身請けするとしたら、相当でしょう?」
ルーシーが早瀬の方を見る。
「んー…あのお客様では厳しいかもしれませんね」
「ふん。『僕が君を守るから』っつって、カッコつけてたけど、十三歳の俺に結局やるコトやってる癖に、よく言うよ」
ルーシーと早瀬は、ユキのその言葉に気まずそうな表情をした。
ユキがクロワッサンの最後の一口を、口の中に放り込むと傍にあるコップを持って、キウイの生ジュースを一気に飲み干した。
「……はぁ~ッ。…俺、寝るー」
ユキはコップを置いて、立ち上がった。
「時間になったら適当に起こしてー」
言いながら、ユキはダイニングルームを出て行った。
「は~い。ユキちゃん、オヤスミなさ~い」
ルーシーがユキを見送り、ふと少女を見ると皿にある物は全て綺麗に食べ終えていた。
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