記憶をなくした子守歌

胡花宝 愛芽

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第1章「0(ゼロ)」

五話「新しい場所①」

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 尾津達を迎えた声のぬしは、リビングルームの一角にいた。

 そこは作りつけの壁面収納があり、その扉自体は大きな鏡となっている。
 近くには大きな三面鏡つきのテーブルドレッサーと、何着かのお洒落な余所行よそゆきの子供服が掛けられたハンガーラックが設置されている。
 
 ドレッサーの椅子には、一人の少年が足を組んで座っていた。
 上半身が白いキャミソールだけの華奢きゃしゃな後ろ姿の少年は、坊主頭の男にメイクを施されている。
 少年の明るい茶色の髪は肩につかない長さで丁寧にカールされており、下半身はチェック柄のショートパンツから細く色白の足がスラリと伸び、薄手の黒い靴下がピッタリと張りついている。

「今ねぇ、二名のお客がお待ちなのよぉ」

 言いながら坊主頭の男は色黒で鍛え上げた体格とは裏腹に、柔らかな仕草で少年の頬にチークブラシをのせていく。

「ほぉら、ユキちゃん。このグロスつけたら出来上がりよぉ」

 坊主頭の男がリップスティックを見せると、その手を『ユキ』と呼ばれる少年がはたいた。

「あん」
「それ変な味するヤツだろ。ヤだね」
「あらぁ、これ高いのよぉ。今お待ちのお客が『ユキちゃんに使って欲しい』って、新作の化粧品どっさりプレゼントしてくれたんだからぁ」

 そばには高級デパートのロゴが印刷された良質の紙袋が置いてあり、中には海外の高級化粧品ブランドの箱にパッケージされた基礎化粧品からメイク用品・香水等が一式詰め込まれている。

「それつけると気持ち悪くなんだよ。そんなに高級でイイなら、アンタがつけろよ。好きなだけ持ってけよ」
「あらぁ、ホントォ?雑誌に載っててチェックしてたのが結構あるのよねぇ」と、坊主頭の男が紙袋の中を探り始めた。
「おいおい、そんなコト言ったらマジでコイツに全部持ってかれるぞ」尾津が言う。
「化粧なんか興味ねぇもん。俺、コレでイイや」

 ユキは、ドレッサーの上に広がったメイク道具の中に転がっている安価の薬用リップを取ると、鏡も見ずに自分の唇に塗った。

「あ、そうそう」と突然、坊主頭の男が開封した香水のキャップを取り、ユキの首筋に吹きかけた。

「何だよ!?…くっせぇ!」

 ユキが舌打ちする。

「だってぇ、『ユキちゃんに、この香水をつけてきて欲しい。』って注文されてたんだものぉ」
「ああ、あのデパートのボンボンか。最近よく見かけるな。今日は『飛び入り』か?」

 尾津がヒロシに聞く。

「あ~昨日の夜に『キャンセル』出たんで試しに電話したら、速攻で決まりッス。前に製薬会社んトコのお偉方の息子と泊まりに来たじゃないッスか。そん時、たまたま『ユキ』が空いてたんでチョッと相手させたら、すっかり嵌まっちまって。でも『ユキ』は太客ふときゃく多くて予約取れねぇし。そしたら『キャンセルは無いのか?金は幾らでも払うから、キャンセル出たら優先して教えろ!』って、しつこいんスよぉ」

 ヒロシが頭を掻きながら、ウンザリ顔で言う。

「でもぉ、その分は上乗せして貰ってるんでしょ?ユキちゃんなら他にもキャンセル待ちいるじゃなぁい。」
「ああ。優先して回してやってる分はしっかり貰わねぇとな。まぁ当分は絞り取れそうだな。頼むぜ、

 尾津がユキの肩に手を置いた。  

「ふん」

 ユキが立ち上がり後ろを振り返ると、初めて少女の存在に気づいた。  

「ああ、新入りだ。面倒見てやってくれ」

 尾津がユキの前に、少女を押し出した。

「あらぁ、可愛いじゃなぁい。お名前はぁ?」

 坊主頭の男が少女の髪を触りながら質問するが、やはり少女は答えない。

「…ヤダ、怖がってんのかしら?アタシ怖くないわよぉ。アタシねぇ、ルーシーっていうの。ルーシーちゃんって呼んでねぇ」
「あ~このガキ喋れねぇし」
「耳は聞こえるみたいだけどな。なんだか赤ん坊の時に森の中に置き去りにされたとかで、親からつけられた名前も無いらしい」
「あらぁ、可哀想」

 ルーシーが、少女の頭を撫でる。

「まぁ客には好きなように呼ばせるさ。その方が固定客もつくだろ」
「でもこの子、ホ~ントお人形さんみたい。メイクのしがいあるわぁ。ちゃ~んとお洒落したら、プロのキッズモデルも顔負けよぉ」 


「…いくつ?」

 ユキが、少女を見ながら聞いた。

「さぁな、施設の奴等は六年位世話してたらしいが、生年月日も知らねえってよ」 
「ふぅん…」

 ユキは眉間に皺を寄せ、屈んで少女の顔を見つめる。が、少女の目線がユキに合うことはない。

「おい、ユキ。そんな睨んでどうした?馴染みの客を取られるか心配にでもなったか?」  
「…別に。それより、もう時間だろ?」

 ユキがハンガーラックの方へ行き、掛かっているハンガーから襟元と袖口にフリルのついた白いブラウスを抜き取った。

「あらホント、もうこんな時間」

 ブラウスに袖を通しボタンをかけているユキを、ルーシーが手伝う。

「あのお客、予約時間より大分早く来ちゃうんだものぉ。急かされてやんなっちゃうわぁ」
「待たせときゃいい。親父や長男がこの倶楽部に入会してくれりゃあ話は別だが、あの次男のボンボン自体は大したことねぇからな」
柚子ゆずちゃんも、そろそろねぇ。来てちょうだぁい」

 ルーシーが、ダイニングの方へ声をかけた。
 ダイニングテーブルの椅子に座り本を読んでいる十一~十二歳位の少女が、ルーシーに呼ばれ「ビクッ」と、肩を動かした。
 『柚子』と呼ばれた少女は腰に大きなリボンのついた黄色のドレスを着て、すでに髪をセットされてメイクも済んでいる。
 柚子は本を閉じ椅子から降りて、ルーシー達のいる方にゆっくりと歩いてきた。

「柚子。一緒に行こう」

 ユキが優しく声をかけ、不安そうな表情の柚子の手を握った。

「ヒロシ。俺はユキ達を連れてくから、お前はこのお嬢ちゃんの身の回りのモン用意してやれ」
「了解ッス」

 尾津はユキ達を連れて、リビングルームを出て行った。


 ルーシーは別の少年をドレッサーの椅子に座らせ、ヘアメイクを始めた。
 周りにいる子供達は新しく入って来た少女に近づくわけでもなく、チラチラと様子を伺っている。
 
「あ~それじゃあ、今空いてるベッドは~あ~コレか?お前ここ使え。ってぇか、シカトかよッ」 

 その少女は、ユキに紹介された位置で身じろぎもせずに佇んでいた。

「あ~メンドくせぇ」 

 ヒロシは少女を担ぎ上げ、空いているベッドの上に「ボンッ」と落とした。

「チョッとぉ!来たばっかりなのに乱暴なコトしないでよぉ!」

 ヒロシの行動を見て、ルーシーが思わず立ち上がった。

「へっ?っつうか、こん位平気っしょ?見ろよ、全然リアクションねぇし」 

 少女は落とされたままの体勢で、ベッドに寝そべっている。

「アンタはいっつも扱いが雑なのよぉ」
「知~らね。コッチはずっと運転して疲れてんだよ。おい、チカ!スバル!」

 ベッドの上でオセロゲームをしているパジャマ姿の少女と少年が一瞬体を震わせ、ヒロシを見た。   

「コイツに合いそうなパジャマとパンツ持ってこい!」

 命令された知夏ちかすばるは、すぐにベッドを降りて、リビングルームから出て行った。
  
「あ~煙草吸いてぇ」

 ヒロシは首を回しながら、スカジャンの両ポケットに手を突っ込み、煙草とライターを取り出した。

「この建物は禁煙でしょ。煙草なら外で吸ってちょうだい。それに此処で吸ったら臭いが衣装に移っちゃう。煙草が嫌いなお客もいるんだからぁ」

 ルーシーが椅子に座り直して、メイクを続けた。

「うるっせぇなぁ、わかってるよ」

 リビングルームを出て行った知夏と昴が、クローゼット部屋から何種類かのパジャマとパンツを選んで戻って来た。

「よし。お前ら、コイツの着てるモン全部脱がせて、新しいヤツ着せとけ。そんで玄関にある靴と脱がしたヤツ全部ゴミ袋に入れとけよ。後で取りに来るからな」
「もぉう、それってアンタの仕事でしょう?尾津ちゃんがいなくなると、すぐサボるんだからぁ」 
「んじゃ、ヨロシクー」

 ヒロシはルーシーの言葉を無視して、外へ出て行った。
 

 子供に対して横柄な大人がいなくなったことで、リビングルームの緊張感のある空気が少し和らいだ。
 知夏と昴はベッドに横たわったままの少女を起こして、新しいパンツとパジャマに着替えさせた。そして脱がせたワンピースと靴・使用済みのオムツをゴミ袋に纏めて、玄関に置いた。
 その後、少女を連れてトイレや浴室・クローゼット部屋など子供達が自由に出入りできる場所を一通り案内した。それを終えるとリビングルームに戻り、少女にあてがわれたベッドに座らせた。
 知夏と昴は、その少女よりも一~二歳年上だったが、話しかけても反応が見えない少女に対して、二人はそうすることしかできなかった。
 とりあえず必要な世話を終えた知夏と昴は、少女がいるベッドのサイドテーブルにジュースを注いだコップと適当なお菓子を置いてから、戻ってオセロゲームを再開した。
 パジャマ姿の知夏と昴以外の、御粧ししている子供達は一人、二人と迎えに来た尾津に連れられて、リビングルームから出て行った。
 御粧しした最後の一人が出て行くと、ルーシーがメイク道具を片付け始めた。 

「ふぅ~、やっと終わったわぁ」


「おい、メシだぞ」 

 ヒロシがリビングルームに入って来た。手には風呂敷に包まれた重箱を抱えている。
 知夏と昴が重箱を受け取り、ダイニングルームに持って行く。

「今日のディナーは何かしらぁ?アナタもお腹空いたでしょう?」

 ルーシーが目をやると、その少女はいつの間にかベッドに体を横たえていた。

「あらぁ?…寝てるのかしら?」 

 ルーシーはベッドに近づき、その瞼を閉じた少女の寝息を確認した。

「…やっぱり寝ちゃったみたい。このまま寝かせときましょ」

 ルーシーは少女の体を仰向けにして、毛布を掛けた。



 その少女の新しい場所での一日目が、終わった。




(続)
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