記憶をなくした子守歌

胡花宝 愛芽

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第1章「0(ゼロ)」

四話「少女④」

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 ワゴン車は、高速道路を走っていた。
 
 車内には、ヒロシの選曲したらしいラップミュージックが流れている。
 ヒロシは運転中、ずっと眠そうに欠伸あくびを繰り返している。
 その少女は少し後ろに傾いた後部座席に行儀良く座り、瞼を閉じて眠っているようだった。
 少女の横にいる尾津おづはスマートフォンをいじって、『倉庫』に関わっている者達と連絡を取り合っていた。

「尾津さん。このガキ平気ッスかねぇ?ビービー泣いて騒ぐガキよりは楽ッスけど、いきなり吐いたり漏らしたりすんの、マジ勘弁ッス」

 ヒロシが目をこすりながら言う。
 すかさず尾津が少女の着ているワンピースの裾を捲り、中を覗いた。

「オムツつけてるぜ」
 
 取引で子供を受け取る時、大抵は車での移動が多くなる。その際、インターチェンジに寄るのはなるべく避けたい。
 そのため子供には酔い止めの薬を飲ませて、オムツをさせるように事前に取引相手には指示している。
 車内で愚図ったり落ち着きの無い子供には、高速に乗る前に近場のファーストフード店に寄って行く。尾津が子供と車内に待機し、同行した尾津の部下がジュースを注文し、車に戻る前に紙コップの中に少量の睡眠薬を混ぜる。
 そのジュースを飲んだ子供は、『倉庫』に到着するまで眠りにつく。
 その少女の場合はワゴン車に乗車して、すぐに瞼を閉じた。車内に流れている音楽を気にするような表情も見せない。

「袋もあるし、何とかなるだろ」

 尾津はコンビニのビニール袋から缶コーヒーを二本取り出し、プルタブを開けて一本をヒロシに渡した。

「おい、飲め。寝るんじゃねぇぞ。欠伸ばっかしやがって」
「あ~、すいません」 
 
 次に尾津は後ろを向いて、ラゲッジルームに置いてある口の開いた段ボール箱から使い古しのバスタオルを引っ張り出すと、少女の体にかけた。
 それは少女への気遣いというよりは、単に乗り物酔いで嘔吐したとしても、車内を汚さないようにするためのものだ。
 そして、もう一本のコーヒー缶のプルタブを開け、一口飲んでカップホルダーに置いた後、閉められていた両窓のカーテンを開けた。
 外は快晴で明るい日差しが少女の顔を照らしたが、少女が目を覚ます様子はない。
 尾津はスマホをカメラモードに切り替え、少女の方に向けると、その寝顔を撮った。
 それを終えるとカーテンを閉めて、またスマホをいじりながら缶コーヒーを飲む。
 すると、尾津のスマホが振動した。

「お、早速食いついてきたぜ」
「マジッスかぁ?」
「こんな適当に撮った画像で、もう予約希望が入ってきてるぜ。おいおい、金額まで提示してきてやがる。ったく、真っ昼間だってぇのに仕事しろよ」
「はぁ~、イイッスねぇ。金持ち連中は自由で」
「上手く使えば『ユキ』ぐらい稼げるかもな」

 オフシーズンで高速道路も空いていたため、ワゴン車が目的の場所に到着するまで、さほど時間はかからなかった。 


「お嬢ちゃん、着いたぞ」

 その少女は瞼を開いた。
 ワゴン車のドアが開けられ、降りるよう促される。
 ワゴン車の隣には、二台の車が停められている。その向こうには、コンクリートの建物が見える。
 尾津が少女の右手首を掴み、もう一方の手で背広のポケットから複数の鍵とカードキーがついたキーホルダーを出して、ジャラジャラと鳴らしながら建物に向かって歩いて行く。
 地面には砂利が敷き詰められている。
 サイズの大きいスリッポン靴を履かされている少女は、足を引き摺るようにして歩くため細かい石が跳ねて靴の中に入り、足どりは覚束ない。
 
 建物の前に立つと、尾津が扉の横にあるインターホンを押した。

「お疲れ様です」 

 カメラ機能付きのインターホンから男の声が聞こえ、扉のロックを解除する音がした。
 後から来たヒロシが、扉を開ける。
 尾津は少女を連れて、建物の中に入った。ヒロシも中に入り、扉が閉まると自動的にロックが掛かった。 
 そのまま真っ直ぐ進んで、エレベーターの前に辿り着くと、ヒロシが開閉ボタンを押した。
 エレベーターの扉は、すぐに開いた。
 先に尾津と少女がエレベーターに乗り、ヒロシも後に続く。
 尾津が階数ボタンの下にある細い縦穴にカードキーを差し込むと、エレベーターは上昇し、最上階となる四階に到着した。

 エレベーターを降りると、そこには二つの扉が見える。
 一つは、建物の一階から屋上まで続く階段に繋がる扉だが、常に鍵が掛かった状態になっているため、その四階の階段扉が使われることは無い。
 もう一つは、室内へと続く扉なのだが、その手前には天井まで伸びた鉄製の柵が檻のようにピッタリと嵌まっている。
 尾津が柵の右側に取り付けられた電子錠に、先ほどエレベーターで使用したカードキーを差し込むと、柵の扉のロックが解除される。 
 電子錠の下には取っ手がついている。柵の上部は通常の扉の高さで横一線に区切られ、引き戸として開閉できるようになっていた。
 ヒロシが柵の扉を開けて、三人が中に入り扉を閉めると、やはり自動的に鍵の閉まる音がした。
 さらに二メートル程進むと、室内へと繋がる玄関扉に突き当たる。この扉も引き戸タイプになっている。
 尾津が今度はカードキーではなく、扉の鍵穴にシリンダーの鍵を差して回した。

 取っ手を掴んで扉を開ける。玄関に入ると、その扉は自然と緩やかに閉まっていき、ロックが掛かった。
 一見それは普通の扉のようだが、取っ手の下には玄関から室内側にいる人間が通常、鍵を開閉できるような摘まみが無く、外側にあるドアノブと同じ鍵穴のみがついているだけだった。

「お嬢ちゃん、靴を脱ごうな」

 尾津が屈んで少女の両脇に手を入れ持ち上げると、ヒロシに顎で指示をして、少女の靴を脱がせた。
 サイズの大きい靴は、簡単に足から抜けた。

「この靴は、コイツと一緒に処分だな」

 尾津は少女を下に降ろして、着ているワンピースの袖口を摘まんだ。

「了解ッス」
「お嬢ちゃんには新品の可愛い服と靴がいくらでも届くから楽しみにしてな」  

 俯き黙ったままの少女を、廊下の奥へと連れて行く。

「さあ、お嬢ちゃん。新しいお家だ」

 尾津が、ガラス張りのドアを開けた。

 
 ドアの向こうは、三十帖はあるリビングルームが拡がっていた。
 だが通常なら、ソファーが置かれるべきであろう場所には、大人用より少し小さいサイズの脚付きベッドマットレスが間にサイドテーブルを挟みながら、二列に分かれて六台ずつ並んでいた。
 そして、幾つかのベッドの上には子供が座っている。

 リビングの奥はダイニングへと続いており、間仕切りドアで開閉できるようになっている。
 ダイニングルームには大人でも十人は余裕で座れる位の大きなテーブルが二卓並び、バラバラな高さの椅子が周りを囲んでいる。
 ダイニングの隣には壁で区切られ独立したキッチンルームがある。食器や料理を運ぶワゴンが通りやすいようにダイニングとキッチンの間の出入り口にはドアが無く、幅も広めに作られている。
  
 ダイニングテーブルの椅子にも何人かの子供が座っている。
 子供達の格好はそれぞれ極端で、パジャマやTシャツに短パンの楽な格好の子もいれば、習い事の発表会やパーティーなど特別な時にお出かけするような御粧しおめかをしている子供もいる。
 
 これだけ広い部屋に何人もの子供が居れば、普通は走り回ったり賑やかな声が聞こえてきそうなものだが、此処にいる子供達はどこか静かで口数が少なく、笑い声も聞こえない。
 
 特に御粧ししている子供の表情は、暗い。
 

「お帰りなさぁい」

 甲高いが、野太い声が尾津達を迎えた。 



(続)


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