記憶をなくした子守歌

胡花宝 愛芽

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第1章「0(ゼロ)」

三話「少女③」

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 その少女が施設に入ってから七年目に差し掛かった頃、施設が閉鎖されることになった。

 施設内の子供達の受け入れ先がそれぞれ決まり、少しずつ他の施設へと移っていき、そこで働いていた大人達の出入りも無くなっていくなか、その少女だけは最後まで残っていた。
 それは受け入れを拒否されたわけではなく、あえて特別に残されていたからだ。
 施設を運営していた大人の欲のために。
 

 ーーーその少女は、売られた。
 

 誰も居なくなり静かになった施設内の食堂の椅子に、その少女はポツンと一人座っていた。
 大きなテーブルの一部分には、Sサイズのポテトとオレンジジュースが入った紙コップが置かれている。
 その少女は小さな両手でハンバーガーを持って、黙々とかじっていた。
 施設で調理を担当していた大人が出て行ってから数日は、たった一人残った年配の男がファーストフードやコンビニ等で買ってきた出来合いの物を食べさせていた。
 これが赤ん坊から過ごしてきた施設での最後の食事。

 年配の男は、この施設の代表者だった。
 代表者は食堂の向かいにある応接室のソファーに寝転び、ワンカップの酒を飲みながらスポーツ新聞を捲り、時間を潰していた。
 少女がハンバーガーを食べ終えるころ、施設の閉められた門扉の前に一台の黒いワゴン車が止まった。
 門扉の片側には、ベニヤの切れ端のような板に「閉鎖のため立入禁止」と、油性マジックでぞんざいに書かれた看板が、針金で括り付けてある。
 ワゴン車は合図を送るように、クラクションを一度鳴らした。
 代表者は音が聞こえると、ソファーから飛び起きて門扉まで小走りに出てきた。
 そして看板が付いてない方の扉を開け、ワゴン車から降りてきた二人の男を出迎えて、施設内へと招き入れた。
 
 食堂へと案内された男達は、その少女を見るなり息を飲んだ。

「当たりッスねぇ、尾津おづさん」

 短い金髪をツンツンに立てた、スカジャンにジーンズ姿の若い男がボソッと呟いた。
 『尾津』と呼ばれる、黒髪をオールバックにした濃いグレーの背広姿の男が、座っている少女のそばに近づき、目線の高さを合わせるようにしゃがんでわざとらしいほどの優しい口調で話しかけた。

「こんにちはぁ」

 尾津はハンバーガーが入っていた紙袋から紙ナプキンを取り出し、その少女の汚れた口元を拭いた。

「お嬢ちゃんのぉ、お名前言えるかなぁ?」

 少女は俯いたまま何も答えない。

「オジサン達はぁ、お嬢ちゃんを迎えに来たんだよぉ。お嬢ちゃんはこれからぁ、新しいおうちにお引っ越しするんだよぉ」
「お~い、聞こえてるかぁ?」

 金髪男が全く反応しない少女の態度に業を煮やし、少女の肩を掴み軽く揺さぶった。

「何だぁコイツ、全然反応しねぇ」

 金髪男が、今度は少女の頭を何度か軽くはたいた。

「お~い、生きてるかぁ?」

 それでも少女は表情を変えず、視線すら動かさない。

「止めとけ、ヒロシ」
「…どうです?お話しした通りでしょう?」

 代表者が揉み手で、男達に話しかけた。

「ああ。話を聞いただけじゃ今いち理解できなかったが、会って納得したよ。取引成立だな」

 尾津が答え、ヒロシに視線で指示した。
 ヒロシは肩に掛けているスポーツバックからガムテープで封をした紙袋を取り出し、テーブルの上に置いた。
 すかさず代表者が封をベリベリッと剥がす。紙袋の口を広げ逆さにすると、幾つかの札束が落ちてきた。
 代表者は札束を掴むと、全て本物の札か確認するべく一束ずつ捲り出した。

「ケッ。中に新聞紙なんか混ぜちゃいねえよ」

 ヒロシが吐き捨てるように言う。

「えぇ、えぇ。確かに」

 確認を終えると、代表者は大金が手に入った喜びを隠すことなく、今まで施設の子供達に見せたことがないほどの満面の笑みを浮かべ、その少女に対しては最初で最後と言える猫なで声を出して、言った。

「さぁ、これからはこちらの方達が君のお世話をしくれるからねぇ。ちゃんと言うことを聞くんだよぉ」

 そして少女を立たせ、玄関口へと施した。
 
 この日、少女が身に着けている色褪せたピンク色のワンピースと、サイズの大きいキャラクター柄の赤いスリッポン靴以外は、持参する必要な荷物は何もなかった。
 
 発見された赤ん坊の時に身に着けていた産着は、小さくなって着れなくなると他の赤ん坊達に使い回しをされ、汚れが目立ってくると簡単に捨てられてしまった。
 赤ん坊を包んでいた一枚布は、どんな生地で織られているのか判別できるタグも何も無かったが、淡い光沢のあるクリーム色で滑らかな触感が心地良く、シルクのような高級素材に感じたのか、施設で働いていた大人がいつの間にか持ち帰り自分の物にしてしまった。
 元来その少女のために残しておくべき物は奪われ、施設に入れられてから現在までに玩具やヌイグルミや本等、他の子供達が成長する過程で自分の物として執着するような物も、その少女には一つも無かった。
 

「じゃあ、後はお任せします」

 その少女をワゴン車の後部座席に乗せると、代表者は尾津達に軽く会釈をし、あっさりと施設内へ戻って行ってしまった。
 ヒロシがワゴン車の運転席に乗り、車のキーを回しエンジンをかける。
 尾津は少女の横に座ると、後部座席の両窓に取り付けられているカーテンを閉めた。
 
 ワゴン車は、目的地へと出発した。
 

 
 その場所は、ある大手企業グループの会長が所有する東京郊外の土地の中にあった。 
 そこには会長夫婦と息子である社長家族が利用する別荘と、会員制の高級保養所が建てられている。
 山一帯を含めた広大な土地の中には、ゴルフ場やテニスコート、露天温泉やプールが設備され、山に入れば川釣りや狩猟も楽しめる。
 保養所は会員一組につき、一軒を貸し切りとする離れのような造りになっており、客室である建物の周りは樹木や竹で一軒ごとに仕切られ間隔も空いている。
 建物に向かう時も、会員は乗ってきた車でそのまま各々のルートを案内されるため、会員同士が顔を合わせることも無い。
 客室内には、個室露天風呂やサウナも完備され、会員が宿泊する間は外出しなくても食事を含め全ての事が済ませられるように、別棟にコンシェルジュが二十四時間体制で待機している。
 シーズン中は家族連れでの利用が大半となるが、その時期以外は家族と保養所に宿泊していた父親が、一人で利用することになる。
 
 このV.I.P.待遇の会員達には秘密があった。
 家族には決して見せない、裏の顔。
 ここで会員達は、ある遊びを楽しむ。
 この場所でなければできない、完全秘密の遊び。
 そして、この会員達の遊び相手は子供達。

 ーーー此処は、少年少女達に性の相手をさせている高級倶楽部だった。

 この敷地内のずっとずっと奥にある立入禁止区域の場所に、コンクリート剥き出しの建物が背の高い木々に囲まれ隠されるように、一棟ひっそりと建っている。
 この建物は表向き『倉庫』と呼ばれている。
 
 そして、その最上階に隠された子供達は、いる。
 
 親の借金返済のために連れ去られたり、何らかの事情で身寄りも戸籍もなく売られてきた少年少女達が、建物の一ヶ所に閉じ込められている。
 『倉庫』の二階には会員が子供達と過ごす個室が幾つかあり、気に入った子供がいれば宿泊している客室に連れ帰り、チェックアウトするまで一緒に過ごすことができる。
 客室内は防音対策もしており、要望があれば外に見張りもつけられる。
 もし、子供が泣き叫んだとしても外に漏れることもなく逃げ出すことも叶わない。

 ワゴン車が向かっているのは、その少女が今まで過ごした施設よりも希望のない、むしろ絶望に近い場所だったーーー。



(続)

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