記憶をなくした子守歌

胡花宝 愛芽

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第1章「0(ゼロ)」

二話「少女②」

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 施設に移された赤ん坊は最低限の世話を受けることができたが、他にも世話が必要な赤ん坊や乳幼児がいて、その数に対して世話ができる大人が少なかった。
 普通の赤ん坊なら泣いたり笑ったりすることで大人の気をひくことをするが、その赤ん坊にはそれがない。
 それでも大人達も初めのうちは、ミルクを与えたりオムツ交換の時に他の赤ん坊と同様に呼びかけをしていたが、全く反応が無い。
 空腹でもオムツが汚れていても、決して泣くことがなく表情を変えることもなかった。
 ただでさえ人手不足の施設で働いている大人達にとって、ある意味その赤ん坊は楽だった。ただ決まった時間にミルクを与え、オムツを換える。毎日多くの赤ん坊や乳幼児の世話をする大人達は、もうその赤ん坊に最低限以上の興味をもつことはなくなっていった。

 その赤ん坊は身体を通常に動かすことができ、他の赤ん坊と同様に成長していったが、やはり一言も声を発することも表情を変えることもなかった。せめて手足だけでも動かして自分から何かを求め訴えたりということさえもなかった。
 日々何を考え、どれほど知能が発達しているのかもわからなかった。かといって、それを調べようとする大人もこの施設にはいなかったがー。

 ミルクから離乳食へと切り替わる時は目の前にスプーンを出されたら口を開け、嫌がらずに受け入れた。離乳食から普通の食事に切り替わっても、椅子に座らせ、スプーンやフォークを握らせれば、テーブルに並べられた目の前の食事を好き嫌いなく食べた。
 オムツからトイレに切り替わる時も一度やり方を教えれば、その通りに済ませることができた。
 だが、その行動の全てはまるで機械的とも言えるものだった。

 その赤ん坊はこの施設で数年過ごした。
 赤ん坊から四、五歳程度に成長した少女だったが、食事やトイレなど日常の必要最低限のこと以外は自ら何も行動しようとはせず、ただ隅っこに座っているだけ。
 他の子供が話しかけたり、玩具やヌイグルミを見せても興味を示さない。
 時々寂しさや苛立ちで自分の感情をコントロールできない子供が、その少女を突飛ばしたり叩き続けたりしたが、その少女はされるがまま。苦痛に表情を歪ませることも泣くこともなかった。
 その少女には施設に入ってから与えられた名前があったようだが、日常で誰かがその名前を呼ぶことすらもなくなっていった。

 ーーーだが、その少女にとって、そんなことはどうでもよかった。
 その少女は、感情というものを持ち合わせていなかった。喜怒哀楽全てが欠落していた。痛みさえも感じなかった。
 自分が何処でどんな親から産まれ、何故今此処にいるのか疑問に感じ、考えることもなかった。自分の名前すらも興味がなかった。
 何も考えず、感じず、まるで心は石の塊ーーー。

 この施設には養子縁組を求める夫婦達の訪問が定期的に行われていた。
  その少女の肌は白く、眉毛は眉頭から眉尻までが途切れることなく形良く生え揃い、睫毛は濃く長い。鼻はほど良い高さ。唇はどんな口紅の色を上塗りしたとしても、その色の存在を消してしまうほどに赤い。産まれてから一度も切られていない真っ直ぐな黒髪は、光があたると紺色にも輝いた。
 施設内の他のどの子供達より存在を感じさせないことに慣れきってしまった大人達は、その少女の長い髪を日常で梳かすこともなく、入浴も月に数える程度で、服も同じものを何日も着せっぱなしだった。
 だが、夫婦達の訪問前日にはしっかり頭と体を洗い、当日の朝には丁寧に髪を梳かし、寄付された状態の良い女の子らしい服を着せた。
 髪や身なりを整えてしまえば、その幼い子供としては落ち着いた日本人形のような綺麗な顔立ちは、訪れる夫婦達の目を真っ先に奪い、皆その少女に惹きつけられるように近づいていく。そしてニコニコと優しい笑顔と口調で話しかける。
 だがしばらくすると、失望したようにその少女から離れ、二度と近づくことはなかった。どんなに話しかけても何の反応も反ってこない。夫婦達の顔を見返すこともない。手を握っても抱きしめてもされるがままで、自らは全く動かない。
 それは見た目だけではなく、まるで中身さえも心が無い人形のようだった。

 この施設にいる間、その少女が養子に選ばれることはなかった。




(続)
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