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第1章「0(ゼロ)」
九話「知夏②」
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あの出来事以来、知夏はついついユキを見てしまう。
考えてみれば、ユキが女の子用の浴室やトイレに入るのを見たことがなかった。でもそれは普段、ユキの部屋に備えつけられた物を使っているようだったので、知夏は気にしたことがなかった。
此処にいる子供達は皆「ユキちゃん」と呼んでいたし、ユキは『お仕事』の衣装でショートパンツも着るけれど、女の子が着るワンピースやドレス姿も多かった。
ユキは『お仕事』の日は外に出ると朝まで戻らず、四階に帰ってきても昼間は自分の部屋で寝ているか、他の子と個室で何かしているようだったので擦れ違いも多く、ユキと会っても他愛のないことを話しかけられる程度だった。
知夏も時々、四階の玄関から出られることがあった。が、その時は二階の『面会室』で初対面の小父さんと会って普通に遊んだり、お話ししたりして何時間か過ごすもので、まだ『お仕事』の本当の意味を理解していなかった。
四階での身のまわりのことは柚子や他の女の子達が教えてくれたし、遊ぶ時も仲間に入れてくれたので、わざわざユキに聞いたり話しかける必要もなかった。
だから知夏はユキのことを何も知らない。
でも今の知夏は、ユキが気になる。
ならば知夏は、ユキを観察しようと思った。
小学校に行けたのは少しの間だけだったけれど、理科の授業で習った植物の観察をするみたいに。
だけど、ジーッと見ているのがバレて怒られたくない。
だからユキを見るのは、知夏に背中を向けていたり誰かと話している時にコッソリと、気づかれないように心がけた。
それは知夏にとってはTVドラマに出てくる探偵や忍者になった気分で、ターゲットに気づかれずに尾行して見張るような遊び心も含まれていた。
それに「観察ごっこ」をしている間は、ふと自分の中に湧き上がってくる両親のいない寂しさや、此処で過ごす毎日の妙な疑問や不安感を忘れられた。
観察中、たまにユキと目が合うこともあったが、すぐに目を逸らして何かを探したり、手元にある本や漫画を読んでいる振りをして誤魔化した。
多分、今のところ尾行(のつもり)は成功…だと思う。
でもやっぱり知夏には、ユキが女の子にしか見えない。
知夏は一人っ子で、お風呂も両親以外と入ったことがない。
父親も仕事で帰りは遅かったので、幼稚園までは母親とお風呂に入ることが多く、小学校に入学してからはもう一人で入っていた。
そもそも男の子についているものなんて、そんなにじっくり見たこともなかったし、それ自体もどんな形なのかよく分からない。
脱衣室で見たものも自分が勘違いしただけで何か別のものなのかな?やっぱりユキお姉さんは女の子なのかな?それとも、そういうものがついている女の子もいるのかな?
その類いの知識が皆無な知夏の頭の中は、どんどん迷宮入りしていくーーー。
今、知夏の視線の先にはユキがいる。
知夏はリビングルームにある自分のベッドに腰掛けて童話の本を読んでいるのだが、体はユキの方を向いている。
今日『お仕事』が休みのユキはディナーを終えて、知夏がいるベッドの二つ隣の、空いてるベッドの上に胡座をかいて、カップアイスを食べている。その下には分厚い本が開いてある。
カップアイスはユキの固定客がお土産にくれた物で、高級なフルーツやチョコの材料を使って有名パティシエが作った人気のデザートらしい。
知夏はカップの色からチョコ味らしき物を選んだけれど、いつも自分の家で食べて慣れ親しんだ細かいナッツで覆われた甘い棒つきのチョコアイスとは何か違う。
濃くて苦い感じがするチョコの味が、知夏の舌にはどうにも荷が重すぎて、やっと半分だけ食べるとカップの蓋に名前を書いて冷凍庫に戻してしまった。
ユキが食べているのも、同じチョコ味のようだった。
ユキはアイスを一口食べるごとに、スプーンを口に咥えて本の頁を捲っている。
知夏が読む大きい文字の本とは違って、ユキの読んでいる本は一頁の中に小さい文字が凝縮されているように見える。
今は距離があるから文字がはっきりとは見えないけれど、きっと目の前で見ても知夏には本の内容は理解できないだろう。
それをユキはアイスを口の中で溶かす間に、数頁捲っている。
知夏は自分の顔を隠すように本を持ち上げたまま目だけを出して、スプーンと本を往復するユキの手の動きを追っていた。
その時、スプーンを咥え頁の角に指をつけたユキが、フッと知夏の方を向いた。知夏は慌てて視線を本に移す。
「………」
「………」
ユキは自分の読んでいる本に顔を戻した。
そして本に挟んである栞を取り出し、今開いてある頁に挟み直して閉じると、カップの底に僅かに残ったアイスを掻き掬って口に入れた。
ユキはベッドから降りて、空になったカップとスプーンを持ってキッチンルームへ歩いて行った。
知夏はホッとして、本を降ろした。が、すぐにリビングルームに歩いてくるユキのスリッパの足音が聞こえたので、サッとまた顔の前に本を持ち上げた。
その足音は段々近づいてきて、知夏の前で止まった。
「知夏」
名前を呼ばれ、恐る恐る顔を上げる。そこには眉間に皺を寄せたユキが立っていた。
「ちょっと来い」
知夏は頷き、本をベッドに置いて立ち上がった。
…どうしよう。やっぱりユキお姉さんをずっと見ていたのがバレて怒られるんだ…。叩かれちゃうのかな…。
もしもユキお姉さんに嫌われたら、他のお姉さん達にも優しくしてもらえなくなっちゃうのかな…。
知夏はドキドキしながら、廊下を歩くユキの後ろ姿を見詰めていた。
階段を降りると、三階の壁に幾つかドアが続いている。ユキは少し歩いて一つのドアの前に立ち止まり、そのドアを開けた。
「入れ」
そこがユキの部屋だと知夏も知っていたが、中に入ったことも覗いたことすらない。
知夏は怖ず怖ずと足を前に進めた。
中は子供部屋というよりは、大人が使うような落ち着いた雰囲気になっていた。
ドアの近くには硝子扉の大きな本棚があり、棚には知夏の読めない難しい漢字や英語で書かれた背表紙の本が何段も並んでいる。
書庫室ではなく、ユキの部屋にあるということは、この棚の本をユキは全部読んでいるのだろうか。
知夏がドキドキしながらも、そんなことを思っていると部屋のドアが閉められた。
振り向いたらもう、ユキが目の前にいる。
気づくと知夏は、ヒョイとお腹から抱えられていた。そしてユキに抱えられたまま知夏は運ばれ、本棚の横にある机の上に降ろされた。
ユキは机の傍にあるキャスター付きの椅子に座って、知夏と真っ正面に向かい合った。知夏がユキを見下ろす形になり、身長差も短くなって知夏とユキの目線が近くなる。
ユキは眉間に皺を寄せて、知夏を見詰めている。
ユキが左手を上げた。
思わず知夏は、ギュッと目を瞑る。
だがその手の平は知夏の予想とは違い、おでこに当てられた。知夏はゆっくり目を開ける。
ユキの手の平は、知夏の頬や首に移動していく。右手は机の引き出しを開けて、何かを出している。
「これ、脇に挟んどけ」
ユキが差し出したのは、体温計だった。知夏は意味が分からなかったが、言われるままパジャマの襟元を開けて、体温計を中に入れた。
「口開けろ」
ユキに言われ、知夏は軽く口を開けた。
「もっと大きく、あーんってしろ」
言いながらユキが開いた引き出しから、また何かを出している。
「ほら、あーん」
ユキが自分の口を大きく開けて、真似するように促す。
「…あーん」
知夏は、限界といえるくらい大きく口を開けた。
「動くな!」
知夏が固まる。パッと、口の中に光が当たった。目線を下ろすと、ユキが口の中を覗いている。
「…よし、もういいぞ」
知夏は口を閉じる。見ると、ユキは左手にペンライトを持っていた。「ピピッ」と体温計の通知音が鳴る。
「ほら」
ユキがペンライトを引き出しに入れ、知夏の前に左手を差し出す。知夏は脇から体温計を抜いて、ユキに渡した。
「これ、お前の平熱か?」
体温計を確認して、知夏に見せる。そこには「三十六度二分」と表示されている。それは知夏の平熱時の体温だ。知夏は頷く。
「ふぅん…。熱はないみたいだな…。喉も腫れてないし…」
ユキが呟き、知夏を見詰める。
いつも知夏の方が観察していたユキに逆にジッと見詰められて、知夏はどうしていいか分からず真下を向いて、自分のお腹を見ることしかできない。
「…なぁ、知夏」
呼ばれた知夏は顔を上げ、ユキを見る。
「お前…どっか具合悪いのか?」
予想外のことを言われた知夏は、きょとんとした顔になった。
「お腹とか、歯とか、どっか痛いとこあるんじゃないのか?」
知夏は、ブンブンと顔を左右に振った。
「…本当か?」
コクコクと、知夏が頷く。
「いいか、知夏。お腹でも、どこでも、痛いとこがあったら我慢しないで、すぐ誰かに言うんだぞ。ずーっと我慢して、後でスッゴく痛くなっても、此処に救急車は来てくれないんだからな。医者も呼ぼうと思えばできるけど…時間、かかるんだ…。二ヶ月に一度は医者も検診に来るし、風邪薬や胃薬なら此処にあるけど…痛い時に医者がいなくて、合う薬もなかったら困るだろ?もし、お前が大人の奴らに言えないんだったら、俺に言え。俺が代わりに伝えてやるから。…な?」
知夏は怒っているように見えていたユキの顔が、悲しそうな表情に段々と変化していくように見えた。
「知夏、ホントにどこもいたくないよ」
「そっかぁ?それなら…イイけど…。だったら…他に、困ったことでもあるのか?お前、最近…何か言いたそうな顔してるじゃん。気になるだろ?」
知夏は意外だった。
自分なんて、ユキにとっては興味のない存在だと思っていたからだ。それなのに今ユキは、自分を気にかけてくれている。
「……おこらない?」
「何だよ。誰かの気に入ってる玩具でも壊しちゃったのかぁ?だったら俺が上手く誤魔化してやるから、ちゃんと言ってみろよ」
「……」
知夏は少し迷ったが、意を決した。
「…あのね」
ユキが真剣な表情になり、身を乗り出す。
「…うん」
「ユキおねえさんは、男の子なの?」
「………へ?」
今度はユキの方が、きょとんとした顔になった。
(続)
考えてみれば、ユキが女の子用の浴室やトイレに入るのを見たことがなかった。でもそれは普段、ユキの部屋に備えつけられた物を使っているようだったので、知夏は気にしたことがなかった。
此処にいる子供達は皆「ユキちゃん」と呼んでいたし、ユキは『お仕事』の衣装でショートパンツも着るけれど、女の子が着るワンピースやドレス姿も多かった。
ユキは『お仕事』の日は外に出ると朝まで戻らず、四階に帰ってきても昼間は自分の部屋で寝ているか、他の子と個室で何かしているようだったので擦れ違いも多く、ユキと会っても他愛のないことを話しかけられる程度だった。
知夏も時々、四階の玄関から出られることがあった。が、その時は二階の『面会室』で初対面の小父さんと会って普通に遊んだり、お話ししたりして何時間か過ごすもので、まだ『お仕事』の本当の意味を理解していなかった。
四階での身のまわりのことは柚子や他の女の子達が教えてくれたし、遊ぶ時も仲間に入れてくれたので、わざわざユキに聞いたり話しかける必要もなかった。
だから知夏はユキのことを何も知らない。
でも今の知夏は、ユキが気になる。
ならば知夏は、ユキを観察しようと思った。
小学校に行けたのは少しの間だけだったけれど、理科の授業で習った植物の観察をするみたいに。
だけど、ジーッと見ているのがバレて怒られたくない。
だからユキを見るのは、知夏に背中を向けていたり誰かと話している時にコッソリと、気づかれないように心がけた。
それは知夏にとってはTVドラマに出てくる探偵や忍者になった気分で、ターゲットに気づかれずに尾行して見張るような遊び心も含まれていた。
それに「観察ごっこ」をしている間は、ふと自分の中に湧き上がってくる両親のいない寂しさや、此処で過ごす毎日の妙な疑問や不安感を忘れられた。
観察中、たまにユキと目が合うこともあったが、すぐに目を逸らして何かを探したり、手元にある本や漫画を読んでいる振りをして誤魔化した。
多分、今のところ尾行(のつもり)は成功…だと思う。
でもやっぱり知夏には、ユキが女の子にしか見えない。
知夏は一人っ子で、お風呂も両親以外と入ったことがない。
父親も仕事で帰りは遅かったので、幼稚園までは母親とお風呂に入ることが多く、小学校に入学してからはもう一人で入っていた。
そもそも男の子についているものなんて、そんなにじっくり見たこともなかったし、それ自体もどんな形なのかよく分からない。
脱衣室で見たものも自分が勘違いしただけで何か別のものなのかな?やっぱりユキお姉さんは女の子なのかな?それとも、そういうものがついている女の子もいるのかな?
その類いの知識が皆無な知夏の頭の中は、どんどん迷宮入りしていくーーー。
今、知夏の視線の先にはユキがいる。
知夏はリビングルームにある自分のベッドに腰掛けて童話の本を読んでいるのだが、体はユキの方を向いている。
今日『お仕事』が休みのユキはディナーを終えて、知夏がいるベッドの二つ隣の、空いてるベッドの上に胡座をかいて、カップアイスを食べている。その下には分厚い本が開いてある。
カップアイスはユキの固定客がお土産にくれた物で、高級なフルーツやチョコの材料を使って有名パティシエが作った人気のデザートらしい。
知夏はカップの色からチョコ味らしき物を選んだけれど、いつも自分の家で食べて慣れ親しんだ細かいナッツで覆われた甘い棒つきのチョコアイスとは何か違う。
濃くて苦い感じがするチョコの味が、知夏の舌にはどうにも荷が重すぎて、やっと半分だけ食べるとカップの蓋に名前を書いて冷凍庫に戻してしまった。
ユキが食べているのも、同じチョコ味のようだった。
ユキはアイスを一口食べるごとに、スプーンを口に咥えて本の頁を捲っている。
知夏が読む大きい文字の本とは違って、ユキの読んでいる本は一頁の中に小さい文字が凝縮されているように見える。
今は距離があるから文字がはっきりとは見えないけれど、きっと目の前で見ても知夏には本の内容は理解できないだろう。
それをユキはアイスを口の中で溶かす間に、数頁捲っている。
知夏は自分の顔を隠すように本を持ち上げたまま目だけを出して、スプーンと本を往復するユキの手の動きを追っていた。
その時、スプーンを咥え頁の角に指をつけたユキが、フッと知夏の方を向いた。知夏は慌てて視線を本に移す。
「………」
「………」
ユキは自分の読んでいる本に顔を戻した。
そして本に挟んである栞を取り出し、今開いてある頁に挟み直して閉じると、カップの底に僅かに残ったアイスを掻き掬って口に入れた。
ユキはベッドから降りて、空になったカップとスプーンを持ってキッチンルームへ歩いて行った。
知夏はホッとして、本を降ろした。が、すぐにリビングルームに歩いてくるユキのスリッパの足音が聞こえたので、サッとまた顔の前に本を持ち上げた。
その足音は段々近づいてきて、知夏の前で止まった。
「知夏」
名前を呼ばれ、恐る恐る顔を上げる。そこには眉間に皺を寄せたユキが立っていた。
「ちょっと来い」
知夏は頷き、本をベッドに置いて立ち上がった。
…どうしよう。やっぱりユキお姉さんをずっと見ていたのがバレて怒られるんだ…。叩かれちゃうのかな…。
もしもユキお姉さんに嫌われたら、他のお姉さん達にも優しくしてもらえなくなっちゃうのかな…。
知夏はドキドキしながら、廊下を歩くユキの後ろ姿を見詰めていた。
階段を降りると、三階の壁に幾つかドアが続いている。ユキは少し歩いて一つのドアの前に立ち止まり、そのドアを開けた。
「入れ」
そこがユキの部屋だと知夏も知っていたが、中に入ったことも覗いたことすらない。
知夏は怖ず怖ずと足を前に進めた。
中は子供部屋というよりは、大人が使うような落ち着いた雰囲気になっていた。
ドアの近くには硝子扉の大きな本棚があり、棚には知夏の読めない難しい漢字や英語で書かれた背表紙の本が何段も並んでいる。
書庫室ではなく、ユキの部屋にあるということは、この棚の本をユキは全部読んでいるのだろうか。
知夏がドキドキしながらも、そんなことを思っていると部屋のドアが閉められた。
振り向いたらもう、ユキが目の前にいる。
気づくと知夏は、ヒョイとお腹から抱えられていた。そしてユキに抱えられたまま知夏は運ばれ、本棚の横にある机の上に降ろされた。
ユキは机の傍にあるキャスター付きの椅子に座って、知夏と真っ正面に向かい合った。知夏がユキを見下ろす形になり、身長差も短くなって知夏とユキの目線が近くなる。
ユキは眉間に皺を寄せて、知夏を見詰めている。
ユキが左手を上げた。
思わず知夏は、ギュッと目を瞑る。
だがその手の平は知夏の予想とは違い、おでこに当てられた。知夏はゆっくり目を開ける。
ユキの手の平は、知夏の頬や首に移動していく。右手は机の引き出しを開けて、何かを出している。
「これ、脇に挟んどけ」
ユキが差し出したのは、体温計だった。知夏は意味が分からなかったが、言われるままパジャマの襟元を開けて、体温計を中に入れた。
「口開けろ」
ユキに言われ、知夏は軽く口を開けた。
「もっと大きく、あーんってしろ」
言いながらユキが開いた引き出しから、また何かを出している。
「ほら、あーん」
ユキが自分の口を大きく開けて、真似するように促す。
「…あーん」
知夏は、限界といえるくらい大きく口を開けた。
「動くな!」
知夏が固まる。パッと、口の中に光が当たった。目線を下ろすと、ユキが口の中を覗いている。
「…よし、もういいぞ」
知夏は口を閉じる。見ると、ユキは左手にペンライトを持っていた。「ピピッ」と体温計の通知音が鳴る。
「ほら」
ユキがペンライトを引き出しに入れ、知夏の前に左手を差し出す。知夏は脇から体温計を抜いて、ユキに渡した。
「これ、お前の平熱か?」
体温計を確認して、知夏に見せる。そこには「三十六度二分」と表示されている。それは知夏の平熱時の体温だ。知夏は頷く。
「ふぅん…。熱はないみたいだな…。喉も腫れてないし…」
ユキが呟き、知夏を見詰める。
いつも知夏の方が観察していたユキに逆にジッと見詰められて、知夏はどうしていいか分からず真下を向いて、自分のお腹を見ることしかできない。
「…なぁ、知夏」
呼ばれた知夏は顔を上げ、ユキを見る。
「お前…どっか具合悪いのか?」
予想外のことを言われた知夏は、きょとんとした顔になった。
「お腹とか、歯とか、どっか痛いとこあるんじゃないのか?」
知夏は、ブンブンと顔を左右に振った。
「…本当か?」
コクコクと、知夏が頷く。
「いいか、知夏。お腹でも、どこでも、痛いとこがあったら我慢しないで、すぐ誰かに言うんだぞ。ずーっと我慢して、後でスッゴく痛くなっても、此処に救急車は来てくれないんだからな。医者も呼ぼうと思えばできるけど…時間、かかるんだ…。二ヶ月に一度は医者も検診に来るし、風邪薬や胃薬なら此処にあるけど…痛い時に医者がいなくて、合う薬もなかったら困るだろ?もし、お前が大人の奴らに言えないんだったら、俺に言え。俺が代わりに伝えてやるから。…な?」
知夏は怒っているように見えていたユキの顔が、悲しそうな表情に段々と変化していくように見えた。
「知夏、ホントにどこもいたくないよ」
「そっかぁ?それなら…イイけど…。だったら…他に、困ったことでもあるのか?お前、最近…何か言いたそうな顔してるじゃん。気になるだろ?」
知夏は意外だった。
自分なんて、ユキにとっては興味のない存在だと思っていたからだ。それなのに今ユキは、自分を気にかけてくれている。
「……おこらない?」
「何だよ。誰かの気に入ってる玩具でも壊しちゃったのかぁ?だったら俺が上手く誤魔化してやるから、ちゃんと言ってみろよ」
「……」
知夏は少し迷ったが、意を決した。
「…あのね」
ユキが真剣な表情になり、身を乗り出す。
「…うん」
「ユキおねえさんは、男の子なの?」
「………へ?」
今度はユキの方が、きょとんとした顔になった。
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