記憶をなくした子守歌

胡花宝 愛芽

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第1章「0(ゼロ)」

十六話「少女の面会(会員・森島)①」

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 橘との面会終了後、一旦その少女は四階に帰され、夜の予約会員に合わせた衣装に着替えさせられた。
 次に少女が着せられたのは、黒無地のワンピースに白無地のフリルエプロンを重ねたメイド服だった。
 カールされたお下げ髪に真っ白な猫耳のカチューシャが嵌められ、腰にも同色の長いシッポが留められて上にピンと伸びている。
 
 少女は、十八時半に予約していた森島とテーブルを挟んで向かい合わせに座っていた。
 森島はまだ大学生だが、父親が健康食品会社の社長で母親も有名な美容家だ。
 黒髪を二の腕まで伸ばし、黒のTシャツにダメージ加工のジーンズを着て、シルバーのネックレスやブレスレットをゴテゴテとつけている。

 少女と森島の食べ終えた前菜の皿を下げた後、ウェイターが新たな皿を運んで来た。
 それは大皿で、品良く飾られた温野菜と厚みのあるステーキ肉が盛られている。
 少女と森島の前に大皿を一枚ずつ並べ、温められたパンが数種盛られた皿も同様に置くと、ウェイターはすぐに面会室から出て行った。
 早瀬が少女の横に立ち、少女が食べやすいように肉を小さく切り分けている。

「ねえねえ、

 森島が少女にで話しかける。
  
「俺とミルキュンはぁ、もう友達だよねー?だって俺と会うの、もう三回目だしー。『蕾初め』だって済んでないのに、こんな会いに来ちゃったのってミルキュンが初めてなんだよー」
「……」 

 少女はただ視線を下に向けている。そのため、早瀬が切っている肉を見詰めているようにも見える。
 
「だあってさぁ、女なんてガキん時から口が達者で生意気だしー。『蕾初め』の前に会ったってぇ大したコトできねえしぃー」
「森島様、恐れ入りますが『蕾初め』の話はまだ…」
「あ、そーだった。でもさーミルキュンだったら何喋ったって、もーお関係無いでしょー。ねえー、ミルキュン」 

 森島は切った肉の端を、一口大に切る事なく細長いまま口に頬張った。森島の皿に盛られた肉の塊は、少女に用意された物に比べたら三倍はある大きさだ。
 クチャクチャと森島の肉を噛む音が聞こえる。

「…ムフフ~。やあっぱ、ミルキュンの猫耳ハマるなぁ~。ねえ、早瀬ー。メイドのミルキュンさー、げきヤバじゃね?」
「ええ。…とてもお似合いです」
「だよねー!耳とシッポ、黒にすっか白にすっかスッゲー迷ったんだよなー!だから両方買っちゃったんだけどー。次回は黒バージョンだねー」  
 
 ニヤニヤと口元を緩ませながら髪を掻き上げ、森島は赤ワインの注がれたグラスに口をつける。すでにワインボトルを一瓶空けている森島の顔は、赤い。
 早瀬がナイフを置いて、少女にフォークを持たせようとする。

「あ、ちょっと待って」

 思いついたように、森島が早瀬を制止した。
 森島は自分のステーキ肉を大雑把に切るとフォークに刺し、半分ほどかじった。そして椅子から腰を浮かして、その食べかけの肉を少女の閉じている口まで近づけた。

「ミルキュン、この肉スッゲー柔らかいよ」

 「ピトッ」と、その肉を少女の小さな唇にくっつける。
 少女は暫し間を置いて、口を開けた。すかさず森島がその肉を、少女の口の中に押し入れた。
 思わず、早瀬が目を逸らす。

「ハハッ、食べた食べたー」

 そう言うと、森島は膝にかけているナプキンを外して立ち上がった。

「ねえ早瀬ー。ちょっとこの椅子さー、動かしてくんない?ミルキュンの隣で食べたいからさー」
「…かしこまりました」
 
 早瀬は森島の座る椅子を持ち上げ、少女の隣に寄せた。
 
「どうぞ」

 早瀬が椅子を引き、そこに森島がドッカリと座る。
 森島の席にあるワイングラスやステーキ皿等も、早瀬は速やかに移動した。

「ミルキュンのヤツはぁ、俺が食べるからさー。その代わりミルキュンが食べる分はぁ、俺が齧って食べやすくしてあげるからねー」

 森島が再び肉を齧り、少女の口に運ぶ。
 合間に野菜やパンも少女に与えているが、それも森島の食べかけだ。
 そのやり取りは、暫く繰り返された。
 少女はその間も表情を変えず、与えられた物をただ黙々と咀嚼そしゃくしていた。

「ねえ早瀬ー。ミルキュンの『オークション』さあ、俺も参加したいんだけどおーどうにかなんない?」
「はい。HPに告知しております『オークション』の参加希望枠にエントリーされて『手数料』をご用意頂ければ勿論、ゴールド会員様も参加可能でございます。ご希望が多い場合は、抽選という形にはなってしまいますが…」
「ハア~ッ、それは知ってるッつーの!」
 
 森島は大きく溜め息をついて、椅子にり返った。そして髪を掻き上げ、早瀬に向かって人差し指で手招きした。
 早瀬が屈むと、森島が早瀬の首に腕をかけて顔を近づけ、耳許で囁く。
 
「…つーかさあ、ぶっちゃけ『手数料』とかチャラにしてぇ、俺が落札できるようにぃ上手く段取りとかできないかなあー?」
「森島様…」

 早瀬が困惑した表情を見せる。

「『手数料』だってぇ結構取られるじゃん?そっから『オークション』だとさあ…ちょっと手持ちが足りないんだよねー。ダイヤモンドの奴ら相手だと落札も厳しそーだしー。…早瀬がお願い聞いてくれたらさー、俺の外車一台いつでも自由に使わせてあげるよん」
「…申し訳ありませんが…わたくしのような立場では、何の権限もございませんので…。森島様のご要望にお答えするには力不足かと存じます。…もし強いご要望でしたら、園田マネージャーにご相談頂いた方が宜しいかと…」
「チッ、やあっぱ園田かよ」

 早瀬の首にかけられていた森島の腕が外れる。

「…てーかアイツにも言ったよー、分割なら利子つけて後で幾らでも払えるってぇ。だけど『手数料』はオークションの一週間前迄に前払い、落札したら三日以内に一括払いの決まりに例外は無いってよ。何度頼んでもあっさり断りやがって。…アイツ、ぜってえゴールド会員ナメてんだろ?」
「いえ、そのような事は決して…。ダイヤモンド会員様であっても一括払いが不可能な場合は『キャンセル』という形を取らせて頂いてますので…」
「俺だってぇ使い道は誤魔化して、ママに必死で頼んだんだぜえ。あともー少しでオッケーもらえそうだったんだけどお、ママがうっかりパパに口滑らせちゃってさー。『お前はいっつも下らん事に金を使いすぎだ!少しは自重じちょうしろ!』ってぇ怒られちゃったよー」

 森島が愚痴を言いながらも肉を切り、また自分が齧った残りを少女に食べさせる。

「ねえーマジでさー、なんか裏技とかないのー?」
「…そういう物がございましたら、森島様のお役に立てたのですが…。『オークション』の業務には、私は一切関わることもできませんので…申し訳ございません」
「…ハア~ッ。こーゆう時さー、中途半端な金持ちって微妙だよねー」
「そろそろ…、…ミルキュンちゃんのお腹が満たされる頃合いかと思います。…ミルキュンちゃんは、デザートもよく召し上がりますので…」

 早瀬は『ミルキュンちゃん』が言いにくいらしく、この名前を発する前にどうも若干のが入ってしまう。

「あっそ、じゃあ残りは俺が食っちゃおー。…あ、そーだ!カラオケルーム空いてないかなあー?デザートもそっちで食べたいんだけどおー」
「あの…、そちらのお部屋は満席になっている可能性もございますので、…ただいま確認して参ります」

 早瀬は少し戸惑った様子で、部屋を出て行った。

 森島は大皿を持ち上げると、まるで定食屋の丼物どんぶりものでも掻き込むように、あっという間に少女と自分の皿にある残りを平らげてしまった。




(続)
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