記憶をなくした子守歌

胡花宝 愛芽

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第1章「0(ゼロ)」

十五話「少女の面会(会員・橘)」

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 その少女は早瀬に連れられて、エレベーターで『倉庫』の二階に降りて来た。

「お疲れ様。ドールの調子はどうだい?」

 エレベーター近くの受付カウンターの中にいる男性が、早瀬に声をかける。  
 
「お疲れ様です、園田そのだマネージャー。モーニングとランチはしっかり食べました。体調も問題無いと思います」
「そう」

 男は素っ気なく答える。
 『園田』と呼ばれる三十代後半のこの男は茶色のスーツをセンス良く着こなし、髪はヘアワックスで毛先を遊ばせて外見の派手さはあるが、表情も口調もどこか冷めている。

「本日の御予約は十四時のたちばな様、十八時半に森島もりしま様の二組でよろしいでしょうか?」
「うん、変更は無いよ。橘様は二、三時間でお帰りになるけど、森島様は3号室でドールとディナーを召し上がるから、付き添い頼むよ」
「承知しました」

 少女の此処での生活が三週間ほど経った。
 名前の無い少女に対しての周りからの呼び名はいつの間にか、ルーシーが思いつきでつけた『ドール』で定着されつつあった。

 園田がカウンターの外へ出ると、少女の手を掴んだ。代わりに早瀬が中に入る。

「じゃ、行こうか」

 特に少女の顔を見ることもなく、園田は自分のペースで歩を進めた。
 少女は手を引っ張られるような形で、ヨロヨロと歩いている。
 複数並んだ『面会室』のドアから「1」と金色の数字で表記された白いドアの前で止まり、園田が「コンコン」とノックした。

「失礼致します」

 園田が1号室のドアを開ける。と同時に、今まで冷めていた園田の表情が、接客スマイルに切り替わった。 

「橘様、『ドール』を連れて参りました」

 室内には、全身を高級ブランドで固めた五十代前半の男性が、三人掛けソファーのカウチ部分に足を伸ばしてくつろいでいた。
 サイドテーブルにはコーヒーカップと広げたノートPCが置かれている。

「やあ、やっと会えたね」
「橘様だ。今、君が着ているお洋服をプレゼントして頂いたお方だよ。お忙しい中、わざわざ時間を割いて君に会いに来て下さったんだ」

 園田が少女の横に片膝をつき、橘を紹介する。それは少女に聞かせるというよりは、その様子を眺めている橘に媚びを売るような言い回しだ。
 少女は、深緑ふかみどりと赤のタータンチェック柄のワンピースを着て、ストレートにセットされたつやのある長い髪には同柄のカチューシャをつけている。
 園田は、少女を前に押し出した。
 
「……」

 少女は普段と変わらず、目線を下に向けたまま唇も閉じている。

「プロフィールでもお知らせしました通り、何分なにぶんコミュニケーションの取れない子でございます。御挨拶はお許し下さい」
「ああ、解っているよ」 

 橘は落ち着いた口調で答える。
 
私共わたくしどもは便宜上『ドール』と呼んでおりますが、元々は名前の無い子でございます。どうか橘様が、この憐れな子に名前を与えてやって頂けないでしょうか?」
「そうだね。この子の写真や動画を見て色々考えたんだが…漢字で花の『すみれ』という名はどうだろう?」 


 園田が滑舌かつぜつ良く発音した後、おもむろに立ち上がった。
 
「素晴らしい!清純で慎ましやかな花のイメージが、この子にピッタリでございます!さすが橘様!」
「ハハハ、そうかい?じゃあ、『菫』に決めたよ」
「橘様から、とても素敵なお名前を頂いたじゃないか!菫ちゃん!君は幸せ者だ!」

 この倶楽部のマネージャーである園田との猿芝居的なやり取りは、少女と面会する会員に対して毎度行われる。
 その少女と会員の初顔合わせでのお決まりのパターンだ。
  
「さあ」

 橘が自分の太股を軽く叩いた。
 園田は頷くと、少女の両脇に手を入れ高々と持ち上げた。

「ほぅら、菫ちゃん。橘様が、お膝に座るのを許可して下さったよ」

 言いながら少女を、橘の膝の上に座らせる。

「菫。遠慮しないで私に寄りかかりなさい」

 橘が後ろから少女のお腹に手を回し、自身の体に引き寄せる。
 園田は少女の履いている赤いエナメルの靴を脱がせて、床に揃えた。

「それでは橘様、どうぞごゆっくりとお過ごし下さいませ」
「ああ、ありがとう」

 園田は橘に一礼し、退出した。


  *   *   *

 
 会員達が宿泊する客室から、『倉庫』と呼ばれる建物までは専用車で送迎する。
 移動途中に専用車が擦れ違っても、乗車している会員の姿が把握できないよう窓は加工されている。
 『面会室』への入退室時も、従業員が常に無線機で連絡を取り合い、会員同士が顔を合わせることがないようにタイミングを計り、各室へと誘導する。


 この倶楽部は裏で、『黒薔薇くろばら遊宴ゆうえん』と名称されている。

 此処の会員にはランクがある。
 倶楽部に納める年会費の額によって、予約の優先度やサービス等の待遇も違ってくる。
 最高が『ダイヤモンド』、次に『プラチナ』、『ゴールド』の順にランク付けされている。

 まだ『お仕事』の内容を知らない子供に対しては、今後の生活を保証してくれる小父さん達と面会して仲良くなるという名目だが、会員達には『御披露目おひろめ』という形になる。
 『御披露目』期間中、会員は料金さえ払えばランクに関係無く何度でも面会可能であり、子供が嫌がらない程度なら触れることも許されている。


 ただし、『蕾初つぼみぞめ』の日を迎えるまでは、決して手を出してはならない。
 『蕾初め』とは、この倶楽部では『初夜』を意味する。

 それまでは、あくまで『寄付やプレゼントをしてくれる良い小父さん』を演じなくてはならない。
 そのため、複数ある『面会室』の室内全てに監視カメラが設置されており、会員達にも周知のことだ。
 此処にいる子供達は、会員それぞれの『愛玩物』であり、会員全ての『共有物』とも見なされている。
 その人数には、限りがある。
 全ての会員が欲望を剥き出しにして、好き勝手に休みなく扱えば、いつかは壊れてしまうだろう。
 壊れてしまったからといって、代わりを簡単に用意することはできない。
 だからこそ倶楽部会員にも秩序ある行動が求められる。
 それを破って抜け駆けすれば、全ての会員から袋叩きにされ、賠償も求められる。

 希望した会員達との初顔合わせを一通り済ませ、『御披露目』の期間が終了すると、その子供の『初夜権』がオークションにかけられる。
 『御披露目』の面会自体は、どのランクでも予約可能だったが、『初夜権』のオークションに参加できる会員は限定される。
 基本的には、倶楽部の中で最も高額な年会費を納める『ダイヤモンド会員』だけが参加できる特権だ。
 だが『プラチナ会員』と『ゴールド会員』も別途、手数料を支払えば数名枠であるが、オークションに特例として参加が認められる。 
 

  *   *   *


「橘様、お迎えに上がりました」

 少女との面会時間が終了し、橘が『面会室』を退出した。
 橘の荷物を抱えた園田が、橘を『倉庫』の一階出口まで誘導する。

「いやぁ、有意義な時間だったよ。会話に気を使わなくて済んだし、何より一緒にいても仕事の妨げにならないのが良いね」
「気に入って頂けましたか?」
「ああ、オークションには私も参加させてもらうよ」
「ええ、是非!お忙しい橘様には気がね無くお過ごし頂ける菫ちゃんが、わたくしからもお薦めでございます」
「しかし面会も多いんだろう?今回は競争率、高そうだなぁ」
「いえいえ。橘様だけに申し上げますが、面会にいらっしゃる方の大半はランクの低い会員様でございます。物珍しさで面会を希望されてますが、いざ落札となると本気を出された橘様には敵わないかと」
「もし落札できなかったとしても、菫は私の『お気に入り』に加えるつもりだよ」
「ありがとうございます。柚子や菜々美ななみ共々可愛がって頂ければ、私共も嬉しい限りです」

 一階出口の扉前に到着すると園田が斜め上に顔を向けた。その先には監視カメラが設置されており、扉のロックの外れる音が鳴った。
 園田が扉を開け、橘を外へ促す。
 すぐそばには専用車が待機しており、運転手が後部座席のドアが開けた。
 橘が後部座席に乗り込むと、抱えた鞄を園田が丁寧な仕草で橘の隣に置いた。
 
「それでは橘様、またのお越しをお待ちしております」

 園田が屈んだまま、橘に会釈した。橘が答えるように片手を上げる。
 園田がドアを閉めると、車は発車した。
 走り去る車を、園田は深々とお辞儀をしたまま見送った。 

 車も見えなくなり、長くお辞儀していた上半身を起こした園田の接客スマイルは、すっかり元の冷めた表情に戻っていた。




(続)
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