記憶をなくした子守歌

胡花宝 愛芽

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第1章「0(ゼロ)」

十四話「倶楽部の裏側②」

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 『倉庫』に連れて来られる子供の多くは、まだ十歳に満たない。

〈行く当ての無い子供達のために、お金持ちの小父おじさんが建てた『施設』があるんだ。君のことを聞いた小父さんがとっても心配してね、ぜひ小父さんの『施設』に来て貰いたいっておっしゃっているんだ。今、君が住んでいるおうちや学校からはお引っ越ししないといけないけれど、お部屋も綺麗だし毎日美味しい物が食べられるよ。小父さんにはお金持ちのお友達が沢山いるからね、君のお洋服や玩具だって欲しい物は何でも買ってくれる。小父さんも、小父さんのお友達も子供が大好きなんだ。ーーーただ、プレゼントを貰ったら、ちゃんと「ありがとう」ってお礼しないといけないだろう?小父さん達は君と一緒に遊ぶのを楽しみに待ってるからね。君はプレゼントのお礼に、小父さん達と会った時に遊び相手になってあげるだけでいいんだ。それ以外の時間は君の自由だ。とっても良い所だよ〉

 そんな言葉を、尾津は笑顔で語りかける。
 通常は警戒心を解くために子供を迎えに行く時は、ヒロシのようなタイプの人間は同行させない。
 その少女を迎える時は例外として、わざとヒロシを同行させた。取引相手の話の真偽を確認するためだ。横柄な態度でヒロシにちょっかいを出されている時の少女の様子を見て、連れて行くかどうかを判断した。
 
 子供を車に乗せると、愚図ったり泣いたりする子もいる。だから高速に入る前に、大抵は近場のファーストフード店に寄って行く。
 尾津が車内で子供をなだめ、同行した尾津の部下が店内でジュースを注文して、紙コップの中に少量の睡眠薬を混ぜる。
 そのジュースを飲んだ子供は、『倉庫』に到着するまで眠りにつく。
 『倉庫』に到着したら子供は眠ったまま四階まで運ばれ、リビングルームのベッドの上で目を覚ます。
 到着前に目覚めてしまう子もいるが、その時はもう保養所が建つ敷地内であり、倶楽部の持ち主である会長の土地の中だ。

〈ああ、もう起きたのかい?そろそろ『施設』に到着するよ。『施設』といってもね、そこらの施設の建物とは全然違うんだ。お金持ちの人達が住むような立派なマンションみたいな所だよ。都心からは離れてしまうけれど生活に必要な物は全て揃っているから心配無い。自然に囲まれてるから空気も水も美味しいし、夜は星が綺麗だよ〉

 『倉庫』に到着し、エレベーターで四階の玄関まで辿り着いた子供は、鍵の厳重さや檻のような扉に不安を感じているような表情を見せる。

〈此処はね、山があるから野生の動物が下りてきて民家に侵入することがあって危ないんだ。それに少し離れた所に、小父さん達が遊びに来た時に泊まる保養所があるんだけど、皆さんお金持ちだから泥棒や強盗に狙われやすいんだ。だから保養所もこの『施設』も悪い人や危険な動物が簡単に入って来れないように鍵をたくさん付けて、建物全部の扉を厳重にしてるんだ。もしも子供の君達が襲われて大怪我でもしたら大変だからね〉

 そんな言葉で誤魔化しながら、玄関の中に子供を促す。
 だがリビングルームの扉を開けると、不安そうだった子供の表情は一変する。

 まず、ベッドが幾つも置いてあるのに、まだ余りある広くて綺麗なリビングルームに驚く。天井も高く天井扇シーリングファンが回っている。
 キッチンルームやダイニングルームも、自分が今まで住んでいた家に比べたら何倍も広い。
 四階と三階を案内されれば、その部屋数や室内のインテリアに驚き、食事時になれば運ばれてくる料理にも驚く。
 和食や洋食、中華やイタリアン他どの国の料理も保養所に宿泊するグルメ嗜好の会員達の舌に合わせた、一流料理のおこぼれが四階のダイニングテーブルに毎日三食運ばれてくる。
 子供達の中には、此処に連れて来られるまでは食事も満足に与えられなかった子もいる。
 此処では毎日毎食が御馳走だ。しかも嫌いな物を残しても怒られない。 
 味付けも美味しく栄養価も高い料理やデザートを食べている時の子供の表情は、ニコニコ顔だ。
 

 此処での生活を始めて暫くは自由に過ごさせ、敢えて外にも連れ出す。
 保養所が建つ宿泊施設区域とは違い、『倉庫』が建つ立ち入り禁止区域はほとんど整備されていないため、手つかずの森の中を歩いて回る。
 子供にはバードウォッチングや川釣りを体験させて、森の散策を楽しませる。

 そうすることで玄関の鍵が厳重でも、いつでも外に出られるという安心感を与える。
 車に乗せて保養所の客室や周辺を巡り、案内した場所全てが自分を施設に迎え入れてくれた小父さんの所有地であることを伝え、如何に裕福で子供に優しい小父さんかを認識させる。
 

 子供の精神状態を見て、一週間前後から写真撮影が行われる。
 その少女の場合は例外で、此処に到着した翌日には写真撮影されたのだが、それは少女が自分の現状をどの程度理解しているのかも不明だったし、子供騙しの言葉を少女に聞かせて誤魔化すことは無意味で不必要だと判断されたからだった。

〈小父さん達がとっても君に会いたがっているんだけど、会社の偉い方達ばかりだから、お仕事が忙しくて時間を作るのが難しいんだ。君が寂しい思いをしていないか皆さん、とっても心配しているんだよ。だから君の元気な顔を写真に撮って小父さん達に見せてあげよう。そうだ。欲しい物を言ってごらん。小父さん達に伝えておくからね。遠慮なんかしなくて良いんだよ。一つや二つだけなんて決めずに、幾つだって構わないんだ。…ああ、だけど生き物は難しいかなぁ。此処にいる皆が好きな動物を飼ってしまったら生き物同士が喧嘩してしまうし、お部屋も汚れてしまうだろ?それに小父さんのお友達には動物アレルギーの方もいるからねぇ、君と会った時に具合が悪くなってしまったら可哀想だろう?もちろん動物好きの小父さんもいるからね。お願いすれば、動物と触れ合える所にも連れてって貰えるよ。それ以外のお金で買える物なら小父さん達は君に何だってプレゼントしてくれるよ〉

 すると尾津の言うとおり写真を撮られた後、ただでさえ四階には洋服や色んな玩具が揃っているのに、お金持ちの小父さん達が自分のためだけにプレゼントを送ってくれる。まるで毎日が誕生日かクリスマスのようだ。
 これなら誰かと玩具を取り合って喧嘩することもない。

〈此処ではね、学校に通う必要もないんだ。なあに、勉強なんか毎日することないさ。『書庫室』には教科書やドリルも用意してあるからね。自分の気が向いた時に好きな科目を勉強するだけで良い。君が勉強しないからって、誰も叱ったりなんかしないよ。もし、勉強を教わりたいなら、此処に食事を届けてくれる早瀬のお兄さんがいるだろう?彼に頼めば、いつでも先生になって教えてくれるよ〉

 それを聞いて、勉強が嫌いな子は毎日違う玩具やゲームで遊び、漫画を読み漁る。

〈ああ、ついでに早瀬のお兄さんから、箸の正しい持ち方やナイフとフォークの使い方も教わると良い。小父さん達と仲良しになったら、遊園地でも水族館でも行きたい所に連れて行ってくれるよ。その時は外食することになるだろう?君の食べ方が汚ないと、小父さん達がお店の人に笑われて恥ずかしい思いをしてしまうからね〉 

 子供からの要望が無い限り、学校で習う教科を大人達から進んで教えることは無い。
 だが、行儀作法の知識のある早瀬や他の大人達が、会員に対して粗相が無いように食事のマナーや言葉遣いだけは教えていく。

〈ほら、皆お出掛けする時は綺麗な格好してるだろう?せっかくお洋服もプレゼントして頂いたんだから、ちゃんと着て見せてあげないとね。此処にいる皆はね、小父さん達と楽しい場所にお出掛けしたり、お部屋でゲームをして一緒に遊んでるんだ。小父さん達は毎日忙しくお仕事をして、とっても疲れているからね。君達と一緒に過ごすのが何よりの癒しなんだ。小父さん達と一緒に居てあげるのが、君の『お仕事』だよ。夜に会う時は眠くなってしまうだろうが、その時は小父さんのベッドに寝かせて貰えば良いさ。客室のベッドはとっても大きくて寝心地も最高なんだ。〉


 最初に沢山の物を与え、此処での生活に油断させていく。

 『面会室』で会員達と何度も接して、二人きりで過ごすことに馴れさせていく。


 ーーーそうして、本人の知らない間に『お仕事』を始める準備を着々と進めていくのだ。




(続)
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