記憶をなくした子守歌

胡花宝 愛芽

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第2章「籠の中の子供達」

二話「知夏と莉央」

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「どれから〈とる〉?」
「まず、百合でしょう?次はぁ、ヒマワリ。小さいけど…これも、キレイだよねぇ」

 知夏に聞かれ、莉央りおが顔をあちこちに動かして、花瓶に生けられた花々を多方向から眺めながら答える。

「うん。うすいピンクで、カワイイね。何て花だろ?」

 知夏は一眼レフカメラを両手に構え、ファインダー越しに花を覗いている。

「ちょっと待ってね…」

 莉央が「パラパラ」と、花の図鑑を捲ってゆく。

「えーっと…あっ、これかな?」

 莉央の手が止まる。

「あった?リオちゃん」

 知夏はカメラから顔を外して、莉央を見る。

「うん。サクラ小町、だって」
「サクラ小町…、名前もカワイイね。サクラの木と、おんなじ〈しゅるい〉なのかなぁ?」
「ううん。サクラは、バラ科だよ。これは…ナデシ子科、だって。シレネ、って花の…この色のだけ、サクラ小町って、よぶみたい」
「…シネ?」
「ううん。ル、じゃないよ。知夏ちゃん。レ、だよ。シ・・ネ」
「シレネ…。ふ~ん、はじめて聞いた…」
「わたしもー」

 桜小町に触れようと、知夏がカメラを下ろして右手を伸ばす。

「あっ、ダメっ!知夏ちゃん!」
「えっ?」

 手を止める知夏。

「この花、何か変なの出るみたいだよっ」

 それを聞いて知夏は咄嗟とっさに、右手を引っ込める。

「漢字のとこは読めないけど…ほらっ、ネバネバって書いてるっ」

 桜小町の説明表記されている箇所を、知夏に見せる。

「ホントだっ、ネバネバって書いてあるねっ」

 莉央は図鑑を開いたままテーブルに置き、今度はタッチペンを使って、電子辞書の液晶画面に漢字の「茎」を書き込む。すると、「茎」の読み仮名が表示された。

「これが…〈くき〉、でしょ。でぇ…、こっちが…〈お米〉にぃ、〈占う〉でぇ…〈さんずい〉にぃ、〈夜〉っと…」

 画面を操作し、次は「粘」と「液」を書き込んでゆく。

「ねんえき…」

 莉央が図鑑に視線を戻す。

「『茎から、ネバネバした粘液ねんえきを出します』だって。虫とか、くっついちゃうんだってぇ」
「え~っ」
「知夏ちゃん、あぶなかったねー」
「うん、あぶなかったー。リオちゃん。おしえてくれて、ありがとー」
「うん」

 莉央が微笑み、知夏を見ながら頷く。

「…ねぇ、知夏ちゃん。それ…つかれない?」
「ん?」
「首とか…、〈かた〉とか」

 莉央が、知夏の肩を擦る。
 知夏は首に、黒いネックストラップを掛けている。これは一眼レフカメラに繋がっており、知夏が使うには可愛さは全く無いが、ネオプレーン素材のストラップで厚みがある。

「んー…、今は平気だけど…。ずっとこのまんまだと、つかれるかなぁ」 
「そーだよねー。そのカメラ、重そうだもん」
「うん。重いけど…高くて良いカメラみたいだから、落とさないように気をつけなくっちゃ」

 知夏が両手で大事そうに、カメラに触れた。

     *   *   *

 今、二人は『倉庫』四階の撮影室に居る。

 最近、莉央は花の絵を描くことにハマっている。
 好きな花が枯れた後も、いつでも確認して描けるよう、カメラを持ち始めた知夏の撮影練習も兼ねて、写真に残す作業をしているところだ。

 金色ゴールドの猫脚テーブルの真ん中に置かれた、真っ白な陶器の大きな花瓶。ピンクの百合に桜小町、小振りの黄色い向日葵など他にも数種の花がプロの手によって、バランス良く綺麗に配置されている。
 『倉庫』は閉鎖された空間ではあるが、子供達の住居する三階と四階はいつも花が絶えない。
 毎月、誰かしら誕生日を迎える子供がいるからだ。その度、華やかなブーケや鉢植えが会員達から贈られる。

 先月は、知夏と莉央が誕生日だった。
 小学校に通っていれば現在、知夏は小学三年生。莉央は四年生だ。
 知夏は七月頭が誕生日で、莉央は月末に終えたばかり。
 絵を描くのが好きな莉央には祝いの花々と共に、油彩・水彩・アクリルなどの様々な画材がプレゼントされた。

 倶楽部の裏HPホームページには、プロフィール欄に子供達の誕生日も公開している。
 それぞれの誕生月が近づくと、本人に「欲しいプレゼント」を確認し、その内容を告知する。誕生日当日は、会員達から沢山のプレゼントが『倉庫』に届けられ、誕生月に会う馴染みの会員パートナーからも直接、プレゼントを手渡される。
 だが、どんなに高価な物がプレゼントされたとしても、外部と接触可能な携帯電話やパソコンなどは決して、与えてもらえない。
 それでも誕生日は子供達にとって、嬉しい日だ。何故なら、自分の誕生月は通常の「お休み」とは別に、誕生日当日を含む一週間連続の「お休み」がもらえるから。

 好んで働いてるわけではない子供達には誕生日、肉体的にも精神的にも休息を与える。
 これは自由と権利を奪われた子供達にとって、「唯一のご褒美」だ。
 
 その少女も誕生日は不明だが、例外では無い。
 知夏や莉央は、実際に産まれた日と戸籍上の出生日は同日だが、『倉庫』には少女以外にも、自分の誕生日を知らない子供がいる。そんな子達には、『倉庫』に連れられて来た日を「誕生日」と決められ、「お休み」を与えられる。

     *   *   *

「…でも良かったね。ちゃんと、がもらえて」
「うん」

 知夏は頷く。

「あの会員ひと達が使ってたのなんか…、ヤダもんねぇ」

 顔をしかめながら、莉央は言う。

「……うん」

 知夏も眉根を寄せ、唇を噛み締めて小さく頷いた。


 知夏がリクエストしたプレゼントは、「カメラ」。
 今、使っている一眼レフ以外にも、ミラーレスやインスタントに使い捨てまで、十歳にも満たない知夏には贅沢過ぎるほどのカメラと機材に、山ほどのフィルムもプレゼントされた。
 ただ会員の中には、自分が使用していた「お下がり」を、知夏に与える者達もいた。
 それらは今まで、知夏自身が不本意な姿や格好をさせられ、無遠慮に撮り続けられてきたカメラだった。


「あの会員ひと達が使ってたのはさぁ、いちおー、とっといてさ、こっから知夏ちゃんが出れた時、まとめて売っちゃえば良いよぉ。中古だから、あんまり高く売れないかもだけど、少しは生活の足しになるんじゃない?」
「もし、出れたら…ここでプレゼントしてもらったのって…全部、持ってっちゃってイイのかなぁ?」 
「うん、良いみたいだよ。ユキちゃんもトオル君も、そう言ってた」

 「トオル君」とは、子供達の世話係を務めている早瀬 透のことだ。
 子供達は皆、早瀬を「トオル君」と呼ぶ。

「ホントはプレゼントもすぐに売っちゃって、その分、借金返せたら良いんだけどさ…。くれた会員ひとに…ホラ、使ってるとこ見せないといけないじゃん?」 
「あ、そっか…」
「うん。だからユキちゃんもね、『今のうちに高いもん、もらえるだけもらっとけ』って、言ってたし」
「うん、そうだね…。そうする」

 知夏は莉央の助言に、しっかり同調した。 

 
     *   *   *     


 子供達は『倉庫』に一生、閉じ込められるわけでは無い。
 此処の子供達は皆、借金を背負っている。
 親が生前に残した借金を肩代わりする子供。身寄りが無く、大人の欲で売られた子供。
 多額の借金ではあるが、『お仕事』をした分は返済分として着実に差し引かれ、『初夜権』のオークションや他のイベントでの売り上げで、借金の利子も免除される。
 大人達の希望通りの働きを続ければ、借金を完済することも可能であり、『倉庫』からも解放され、人並みの生活が出来る環境も用意してもらえる。

 但し、「倶楽部の中身や『倉庫』での生活を外部に一切、漏らさない」と、契約を交わす条件付きでーーー。




(続)
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