記憶をなくした子守歌

胡花宝 愛芽

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第2章「籠の中の子供達」

四話「小森 琉詩②」

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 自分専用の鍵付クローゼットに荷物を片付け、琉詩は子供達の居なくなったダイニングルームで、オムライスを食べた。

「ごちそうさまでしたぁ」

 琉詩が両手を合わせる。

「とっても、おいしかったでぇす」

 早瀬の目を見て、「ニッコリ」と琉詩が笑う。

「そう、良かった」

 早瀬も微笑み、まだ床に足の付かない琉詩のため、後ろに椅子を引き、テーブルから離す。

「トオルくん、ありがとうございまぁす」

 琉詩は「ピョン」と、椅子から降りた。 
 食事中、大まかに早瀬の自己紹介は済ませた。
 琉詩が両手を上げて、食べ終えたお皿を持ち上げる。

「あ、良いんだよ。片付けは僕がやるから」
「ううん。ぼく、〈ごちそうさま〉したらぁ、いっつもママといっしょにぃ、〈おかたづけ〉するんだぁ」 
「そうか…、偉いね。琉詩君は、ちゃんとママのお手伝いしてたんだね」
「うん」
「でもね、琉詩君。さっきもお話したように、食事の準備も後片付けも、僕のお仕事なんだ。それにここから、あっちのキッチンルームまでは少し遠いから、自分で運ぶと大変だよ。だから僕も、あのワゴンで纏めて運ぶんだ」

 早瀬は優しい口調で言いながら、キッチンルームへの出入り口に停めていた、サービスワゴンを指差した。

「ふぅん、そっかぁ…」

 ワゴンを見てから、琉詩は皿を置いて両手を離した。
 早瀬は琉詩の居る席までワゴンを移動し、食べ終えた食器を上段に載せてゆく。その様子を「ジッ」と、琉詩は見つめている。
 全て載せ、早瀬はワゴンを押しかけるが、すぐ動きを止める。

「琉詩君。このワゴンを押すの、手伝ってくれるかな?」
「うんっ」

 早瀬がお願いすると、琉詩は嬉しそうに返事する。ワゴンの持ち手に小さな両手を掛け、そこに早瀬も片手を添えて、キッチンルームまで押して行った。

 早瀬が食器を洗って片付けるのを琉詩も手伝い、それを終えてから取り敢えず琉詩が今日、生活するのに必要な場所を、早瀬に案内された。
 トイレは『倉庫』に到着してから真っ先に使用したので、四階の洗面所やお風呂場の使い方を教わって、リビングルームへと移動した。
 
「それじゃあ、僕は今から宿泊施設の方に用事があるから、ディナーまで戻って来られないけど…他に何か、聞きたいことは無いかな?」   
「うんと…、ないでぇす」
「そう。じゃあ、また後で来るからね」
「うん。バイバーイ」

 琉詩は両手を振って、早瀬を見送った。
 それから扉を閉めて、廊下に向けていた体を振り返る。
 リビングルームは静かだ。殆どの子供達は書庫室や遊戯室、屋上や個室など別の部屋に行ってしまったようだ。
 広々としたリビングルームのあちこちに目を遣りながら、琉詩は自分のベッドに戻る。

「…あ」

 隣のベッドの横端には、少女が腰掛けていた。
 その少女は今朝、他の子供達より「お仕事」から戻って来るのが遅く、三階の個室で眠っていたので、琉詩の自己紹介の時には居なかった。
 
「はじめまして。ぼく、小森 琉詩でぇす。6さいでぇす。小学校一年生でぇす。よろしくおねがいしまぁす」

 少女と向かい合わせに立ち、琉詩は先ほどと同じ挨拶をして、お辞儀する。

「……」

 琉詩は頭を上げて、少女を見る。だが少女は何の反応も見せず、下を向いているだけ。  

「…あれ?…こんにちはぁ。ぼく、小森ぃ、琉詩でぇす」

 もう一度、言ってみる。少女の態度は変わらない。

「うんっと……、あ!きこえないのかなぁ?」 

 少女は両手を、自分の太股に重ねている。琉詩は自分のことを気付いてもらおうと、少女の手の甲に「チョンチョン」と、指先でノックしてみる。
 すると、少女が顔を上げた。両目蓋は開いている。しかし焦点は、琉詩の顔に合っていない。 
 
「わぁ…」

 琉詩は小さく声を上げた。自分を見ていない少女の瞳を、琉詩は「ジッ」と見つめる。

「琉詩君」

 呼ばれて、少女から目を逸らす。そこには柚子ゆずと知夏が、立っていた。

「オレンジジュース、好き?」

 柚子が持っているお盆には、オレンジジュースを注いだコップが載っている。

「はい、すきでぇす」

 琉詩が頷く。

「どうぞ」

 柚子は琉詩の取りやすい高さにして、お盆を差し出す。

「ありがとうございまぁす、えっと…」
「私の名前は、『柚子』」 
「ゆず?」
「うん」   
「『ゆずおねえちゃん』って、よんでもいいですか?」
「うん、良いよ。分からないことがあったら、何でも聞いてね。後、早く仲良くなりたいから、敬語とか使わないで良いからね」
「はぁい、ありがとう。ゆずおねえちゃん」

 琉詩が両手で、コップを受け取った。

「この子は、知夏ちゃん」
「ちかおねえちゃん」
「るうた君。おかし、ココにおいとくね」

 知夏は両手に持っていた木の器を、サイドチェストに置いた。器には個包装された、クッキーやお煎餅などが山盛りに詰め込まれている。
 会員達から差し入れられたお菓子は、琉詩にとって、どれも初めて見る包装ばかりだ。

「これ…なんこ、たべていいの?」
「全部、琉詩君のだよ」

 柚子が答える。

「えっ、こんなにいっぱい?ゆずおねえちゃんと、ちかおねえちゃんのは?」
「私達の分も、ちゃんとあるよ。気にしないで、全部食べて」
「おやつのじかんは?」
「おやつの時間は決まってないの。親切な小父さん達が、いつもお菓子をプレゼントしてくれるから、無くなったりしないし、好きな時に食べて良いのよ」
「あっちのキッチンにも、いっぱいあるもん」

 知夏が、キッチンルームの方を指差す。

「へぇ…」 

 琉詩は驚いた表情で、山盛りのお菓子を見ている。
 
「ジュース、おいしいよ」 
「あ、いただきまぁす」
  
 知夏に促され、琉詩はストローを吸ってジュースを飲んだ。

「ホントだぁ、おいしいね」

 「ニッコリ」笑って言った後、琉詩はサイドチェストにコップを置いた。そして、お菓子の山から一つ取ると、少女の前に差し出した。

「はい、どうぞ」
「……」

 少女は動かない。

「あ…、琉詩君。ドールちゃんは、袋から出してあげないと食べないよ」
「お皿、とってくるね」

 知夏が、キッチンルームへ走って行く。

「…ドールちゃん?」

 琉詩が聞き返す。

「うん。この子ね、本当の名前が分かんないの。大人しくてお人形さんみたいだから、みんな『ドールちゃん』って、呼んでるよ。多分、琉詩君より年上だと思うから『ドールお姉ちゃん』って、呼んであげてね」
「ドールおねえちゃん…耳、きこえないの?」 
「えっと…私もよく分かんないんだけど…、耳は聞こえてるっぽいよ。でも、私達とお話が出来ないみたい。ここに来てから、一度もしゃべったことが無いの」
「〈こえ〉が出ないのかなぁ?ぼくのママもね、耳はちゃんと、きこえるんだけどぉ、〈こえ〉が出ないんだぁ。小さいときにぃ、びょうきしてから出なくなっちゃったんだって」
「そうなんだ…」
「うん。だから、ぼくとお話するときはね、〈手話〉したりぃ、〈かみ〉にかいたりするんだぁ。あ!でもぉ、かんたんな〈ことば〉だったら、ママのくち見てれば、ちゃあんとわかるよ。あとね、おみせで、ききたいことがあったら、ぼくがママにかわってぇ、〈てんいんさん〉にぃ、きいてあげるんだぁ」 
「そっか…。琉詩君、すごいね」
「えへへぇ」

 琉詩が自慢気に笑う。
 そこへ知夏がお皿を持って、戻って来た。

「琉詩君。それ、ちょうだい」
「はぁい」

 琉詩が持っていたお菓子を、柚子に渡す。知夏が皿を両手で水平に持ち、柚子が包装を破いて載せた。中身は、クリームを挟んだクッキーだ。

「はい、るうた君。ドールちゃんに、あげてみて?」 

 知夏が琉詩に皿を手渡す。

「うん。…ドールおねえちゃん、どうぞ」

 琉詩は少女の目の前に、お皿を差し出した。

「……」

 少女は太股から右手を上げる。そしてクッキーを取ると、少しずつかじり始めた。

「ほらね。こうしてあげると、食べるの」 

 柚子が少女を指差す。

「ふぅん…」

 何も言わず無表情でクッキーを食べる少女を、琉詩は不思議そうに見つめる。

「柚子ちゃん。キッチンルームに、ドールちゃんのゴハン、用意してあるよ」

 少女はクッキーを全て口中で咀嚼し、飲み込んだようだ。口の動きが止まっている。

「そう。じゃあ…ドールちゃん、あっちに行こっか?」

 柚子が少女の手を取って引き上げると、立ち上がった。

「あっちのダイニングとか、どっかに連れて行きたい時は、こうして手を引けば、ついて来るの。琉詩君とベッド、となり同士になるけど…平気かな?別のベッドも空いてるけど…」

 柚子は琉詩に尋ねる。

「ううん」

 琉詩が左右に首を振る。

「ぼく、ここがいい!」

 満面の笑顔で、琉詩は答えた。




(続)
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