記憶をなくした子守歌

胡花宝 愛芽

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第2章「籠の中の子供達」

十六話「オークション結果」

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 深夜、早瀬とルーシーはダイニングルームに居た。

「……」
「……」

 テーブルの上には、タブレットPC。すぐそばの椅子に隣同士で座っている。
 だが二人はPCから目を逸らし、暫しの間、黙り込んでいた。

「やっぱり…ダメだったわね」

 ルーシーが「ハアァ~ッ」と、大きく溜め息を吐く。

「…はい」

 小さく溜め息を漏らして、早瀬は返事する。

「今回はぁ…ちょっと、様子が違ってたじゃない?だからアタシもぉ、『もしかしたら』って思ったんだけど…。ハァ~。もぉ、ヤ~ねっ。期待しちゃったじゃなぁい」

 ルーシーはグラスを取って「ゴクゴクゴクッ」と、フルーツカクテルを一気飲みする。

「……」

 早瀬はテーブルの上で両手を組み、そこに自分の額を置いて項垂うなだれている。

「ハァ~ッ。あの子達の時もそうだったけど…ホンッと、気が重いわぁ…」

 ルーシーが、間仕切りを閉じたリビングルームの方へ顔を向ける。
 消灯したリビングのベッドでは、『お仕事』が『お休み』の子供達と共に、会員達からプレゼントされたヌイグルミに囲まれ、琉詩も熟睡していた。

「そうですね…」

 早瀬も同じ方を向いて答えた。
 タブレットPCの暗い画面に、ルーシーが触れる。
 画面が明るくなり、その一面には数字が羅列されていた。

 一番上には、大きく表示された落札価格。
 そして、『有り』勢の勝利が記されていた。

「でも…嫌々やってるとはいえ、こんなこと…。結局は、アタシも同罪よねぇ…」

 坊主頭も顔も真っ赤なルーシーがしかめっつらで、ボンヤリと画面を見つめながら、鼻を啜る。

「それは、僕も同じです…」

 早瀬も深刻な表情で呟く。

「琉詩ちゃん、どうなっちゃうかしら…」

 ルーシーは再び、大きく溜め息を吐いた。
 

     *   *   *


「あははっ。なんかぁ、いつものパジャマとちがうねっ」

 お風呂に入って、自分でまだ上手く洗えない髪や背中を、陽に洗ってもらった琉詩。
 風呂上がりに、白色のボクサーパンツを穿いた琉詩。その肌に、ルーシーがローションを塗り、ベビーパウダーを叩いた上に、シルクのパジャマを着せた。 

「そうよぉ。これはねぇ絹、っていう高い生地で作ったパジャマなの。だからぁ、お肌にも優しいのよぉ」   
「へぇ~、そうなんだぁ」
 
 白い光沢のある滑らかな生地を、琉詩は「スリスリ」と触る。

「ちょっと…待っててね」

 床に両膝を突いていたルーシーが立ち上がり、ダイニングルームの方へ歩いて行った。
 少女を含め、ほとんどの子供達は『お仕事』をするため、出て行った。
 「小父さんと、楽しい場所へ遊びに行く」と、「小父さんのお家にお泊まりして、勉強を教えてもらう」と聞かされていた琉詩は、自分より先に外出して行くお兄さんやお姉さん達を、いつものように「いってらっしゃい」と笑顔で見送った。

 「お休み」のはる菜々美ななみが、そばで琉詩の準備が整ってゆく様子を見つめていた。
 
「るうた君、ねむくなぁい?」

 おっとりとした口調で菜々美が、琉詩に尋ねる。
  
「うん。おひるねしたから、ねむくないよ」
「そう…」

 菜々美が両膝を突いて、立っている琉詩の背中に「ソッ」と両腕を回す。

「るうた君、ぎゅー」

 菜々美が琉詩を抱き締める。

「あはははっ。ななみおねえちゃん、ぎゅー」

 無邪気に笑いながら琉詩も「ギュッ」と、菜々美に抱き付く。
 ルーシーが戻って来た。菜々美は琉詩から身体を離す。

「はい、琉詩ちゃん」

 床に片膝を突いて、ルーシーから琉詩へ、ラッピングされた一輪の薔薇が手渡される。

「わぁ…、まっくろだぁ。これ、なんていうお花?」
「このお花はねぇ、薔薇よ」
「バラぁ?これ、バラなの?まっくろだよ?クロの〈えのぐ〉でぬったの?」 
「う~ん、そうね…。絵の具で塗るっていうよりぃ…特殊な方法でぇ、花弁が黒くなるように育ててるみたい」
「ふ~ん…」

 透明フィルムに包まれた薔薇に顔を近付け、琉詩は「クンクン」と香りを嗅いでから、花弁に触る。

「あっ、琉詩ちゃん。触るのは、ちょっとだけよぉ。花弁が取れちゃうと、見た目が悪くなっちゃうから」
「あ」

 ルーシーに言われて、琉詩は指を引っ込めた。

「これはぁ琉詩ちゃんから、木己島様に『どうぞ』って…プレゼントしてあげてくれる?」 
「ジミーに?」 
 
 琉詩に聞かれて、ルーシーが頷く。

「うんっ、わかったぁ」

 リボンで結んだ根元部分を、琉詩は優しく両手に持つ。

「琉詩君」
「あ、いっくん」
 
 琉詩が振り向くと、伊勢谷が居た。

「迎えに来たよ。シルクのパジャマ、似合ってるね」

 伊勢谷はしゃがんで、琉詩の目線に合わせる。

「今夜は…木己島様と一緒に、映画を観る約束だったね?」
「うん、そうだよ」
「だから今夜はね、二階の『面会室』じゃなくって…ほら。前に車で案内した、会員の小父さん達がお泊まりしてる保養所へ行くからね。そちらで木己島様が、琉詩君を待ってるよ」
「ほよーじょ…あ。いろんなお家がぁ、あるところだよね?」
「うん。プロジェクターって解るかな?スクリーンが、こう…天井から下りてきて…」

 伊勢谷が両腕を上げて、ゆっくり下ろす動作をする。

「そこに映像を映して観るんだ。だから映画館で観るみたいに、迫力があって楽しいよ」
「わぁ~、早く見たいっ」
「そうだよね。よしっ。じゃあ早速、行こう」

 言いながら伊勢谷が「スッ」と立ち上がる。

「ねぇ、いっくん」
「ん?何だい?」
「ハルおにいちゃんと、ナナミおねえちゃんと、ルーシーちゃんもぉ、いっしょに〈えいが〉、見てもいーい?」
「え?」

 伊勢谷は太い眉を上げて聞き返してから、陽達を一瞥する。

「だって…みんなで見たほうが、たのしいでしょ?」
「琉詩ちゃん…、うぐっ」

 ルーシーが両手で自分の口を抑え、泣きそうになるのを堪える。

「…そうだよね。楽しいことって、皆で共有したいものだよね?う~ん、でもなぁ…ルーシーや陽達の、これからの予定はどうなんだろう…?どうだい、ルーシー?」

 伊勢谷が自分の顎を抓みながら、ルーシーに顔を向ける。

「えっ!?…あぁ~、アタシは…これから約束があってぇ、そうっ、出掛けなきゃいけないのよぉ~。ざ~んねんっ」 
「約束?デートかな?」

 伊勢谷が穏やかに笑いかけ、尋ねる。だが、ルーシーを見つめる視線に穏やかさは微塵も感じられない。 

「もう…、伊勢谷ちゃんたら。野暮なこと、聞かないでちょうだいっ」
「ハハ、ゴメンゴメン。…陽と菜々美は、どうかな?」
「…オレは…今から、勉強しないといけないから…。菜々美もだよな?」
「うん…」

 陽に促され、菜々美は頷く。

「この後、菜々美と勉強するんだ。今日までに終わらせたい宿題があって…。ほら、オレ達…普通の学校じゃなくって、通信制だからさ…。やれる時に、やっとかないといけないんだ…」
「そっかぁ…」

 琉詩は残念そうに俯く。

「さそってくれたのに…ゴメン」
「ううん」

 顔を上げて、琉詩は首を左右に振る。

「ハルおにいちゃん、ナナミおねえちゃん。おべんきょう、がんばってね」
「うん…」

 陽と菜々美は頷く。

「ぼくも〈あした〉、おべんきょう、がんばるっ」
「琉詩。また明日…、な」

 陽はひらいた右手を上げる。

「うんっ。バイバーイ」

 手を振る琉詩。

「さあ、行こう。琉詩君」

 伊勢谷が大きな手を下に伸ばす。

「うん」

 琉詩は素直に手を出して、繋ぐ。
 琉詩と伊勢谷が背を向け、リビングの扉の方へ歩き出す。
 途端、陽は「ギュッ」と右手を閉じた。

「……」

 広いリビングを通り抜け、伊勢谷が扉を開けて二人は出て行った。

「ハアァ~ッ」

 ルーシーが溜め込んでいた息を、大きく吐いた。

 陽は右手を下ろし、開く。
 その手の平には、四つの爪痕が「クッキリ」と残っていた。




(続)
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