記憶をなくした子守歌

胡花宝 愛芽

文字の大きさ
48 / 57
第2章「籠の中の子供達」

二十四話「『お仕事』の準備」

しおりを挟む
 翌日から、琉詩の『お仕事』が始まった。

 グレーの七分丈Tシャツにカーキ色のカーディガン、マスタード色のサルエルパンツ。
 今日、面会する会員からプレゼントされた服を着せられ、ドレッサーに促された琉詩は、大人しく座っている。 

 ルーシーの手によって、すでにめかし込んだ子供達は、リビングルームやダイニングルームの椅子やベッドに疎らに座り、それぞれの出勤時間まで待機中だ。
 超ミニのナース服に、白のガーターストッキングという不本意なコスプレのせいで、いつにも増して不機嫌な顔をしたユキが、一番先に出て行った。
 その後も迎えに来た大人達に連れられて一人、また一人と子供が去って行く。

 琉詩が『蕾初めの儀式』を迎えるまでは、日常で子供達が着るには不適切な衣装に着替える場合、琉詩には見られないよう別の部屋か、二階の面会室まで行って準備していたのだが、もう隠す必要は無くなった。
 今まで病院で見たことのある看護師さんの制服とは、明らかに異なるセクシーなナース姿のユキ。それを目の当たりにした琉詩は、驚きで口を「あんぐり」と開けていた。

 そして陽も、この日は男の子に女装させるのが好きな会員と会うため、裾が「フンワリ」と広がったワンピースを着ている。
 深い緑色のベルベッド生地に、白いフリルが何枚も重なった袖と大きな襟。ピンク色の長い髪をカールさせたウィッグを被り、そこに緑と金のフリルやリボンで飾られたヘッドドレス。両足には、レース柄の黒いタイツを履いている。
 いつも掛けている黒縁の眼鏡は外され、代わりにカラーコンタクトを装着し、陽の瞳は濃い茶からエメラルドに変化した。眼の周りは長い付け睫毛にオレンジゴールドのアイシャドウ、唇はピンクのパール入りグロスで濡れた輝きを放つ。

 いきなり、その姿で会ったとしたら琉詩には最早、誰だか判別不可能だ。

 しかし琉詩は、陽が変わってゆくのを一から、ずっと見ていた。と言うより『会員が望んだ格好』だとして、素顔で充分な少年の陽に、どんどん余計な物が加えられてゆくのが、琉詩には疑問しか感じず、見ざるを得ないという状況だった。
 例えば、琉詩が幼稚園で経験したような劇の発表会や、ハロウィンで仮装するためのメイクと衣裳であれば、琉詩も大燥おおはしゃぎしながら、陽の変化を純粋に楽しめただろう。
 だけど今の陽を見て、琉詩は笑えない。

 困惑した表情の琉詩から近くで「ジッ」と見つめられ、暫く鈍感になっていた陽に、ある感情が湧き上がる。

『…はずかしい』

 漸くゴスロリ風の美少女に完成した陽は、すぐドレッサーの椅子から立ち上り、まだ自分を見ている琉詩に背中を向けて、ちょうど迎えに来た男性社員と一緒に、リビングを足早に出て行った。
 
 琉詩は首を「ぐるり」と動かして、周囲を見渡す。ユキや陽だけじゃない。皆、以前とは違った雰囲気。
 つい数日前まで、琉詩は「いってらっしゃ~い!」と両手を振って、お兄ちゃんやお姉ちゃん達を満面の笑顔で送り出していた。
 子供達もそうだ。琉詩に見送られる時は、なるべく笑顔を作って手を振り返して、「これから小父さん達と楽しい時間を過ごしてくる」と装わなければならなかった。
 だけどもう外出前に、笑っている子供はいない。



 今、大きな鏡には、不安そうな顔の琉詩が映っている。ルーシーが両手指を忙しなく動かし、琉詩の髪を整えることに集中しているような素振りで、時々優しく声を掛けるが、あまり琉詩と目を合わせない。

「…はい。琉詩ちゃん、出来上がりよぉ」 

 余所行きの衣裳を纏った子供達と比べて、今回、琉詩のヘアメイクは短く済んだ。

「琉詩君。…そろそろ時間だよ」

 鏡に映った琉詩の後ろに、早瀬が立っている。

「……」

 琉詩は振り向いて、早瀬を見上げる。

「トオルくん…」
「…ん?」

 早瀬は気遣うように小さく返事して、両膝を床に突いた。

「どうしても…いかなきゃ、だめ?」

 ドレッサーの椅子に座る琉詩のそばに正座して、なるべく体を低くする早瀬。

「…琉詩君。今日、予約されてる戸倉とくら様とは…まだ、一回もお会いしてないよね?」
「…うん」
「戸倉様はお仕事が忙しくて…、なかなか琉詩君と会えなかったんだ。戸倉様もね、琉詩君と同じで動物が大好きな方だよ。珍しい動物を、いっぱい飼ってるんだって。こんな…大きなインコとか…」

 早瀬が大型インコの大きさ位に、両手を縦に広げる。
 
「こんな小さなお猿さんとか…」
 
 今度は両手を近付けて、小さく形作る。
 琉詩が、早瀬の話と両手の動きに興味を示し始める。

「カメレオンとか、トカゲも飼ってて…後ね、えっと…トビウサギって知ってる?ちょっと…ウサギに似てるのかな?…あ、写真借りてきたよ。ほら」

 制服姿の早瀬が、黒いベストの胸ポケットから一枚の写真を取り出し、琉詩に差し出す。
 それを受け取った琉詩の瞳が輝く。

「わぁ…ほんとだ。ウサギみたい。あっ。でも、シッポながいねっ」

 今日、初めて琉詩が笑みを見せた。

「か~わい~っ!」
「そうだね、可愛いね」
「うごいてるとこ、みたいなぁ」 
「うん…。トビウサギは、ピョンピョン色んなとこ行っちゃうから、なかなか外には連れ出せないんだけど…戸倉様は、ワンちゃんも何匹か飼ってて、今日はチワワを連れて来て下さったよ」
「ほんと?」

 琉詩が身を乗り出す。

「うん、本当だよ。戸倉様は『ペットの動画も、いっぱい撮ってる』って仰っていたから、トビウサギの跳んでるとこも観られるよ」
「あはっ。…あ、でも……」

 思い出したように琉詩は、前のめりになった上半身を後退させ、また不安げな表情に戻る。

「戸倉様は優しい方だから…きっと、楽しくお話できるよ」
「…おしごとは?」
「うん…。ユキちゃん達からも教えてもらったと思うけど…、『お仕事』でも楽な日があったり…、ちょっと…大変な日があったりするんだけど…今日は、楽な日だよ」
「……ほんとうに?」
「うん、大丈夫。…さぁ、行こう?」
「……………」

 琉詩は熟考してから、頷いて、椅子から降りた。




(続)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

処理中です...