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第2章「籠の中の子供達」
二十四話「『お仕事』の準備」
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翌日から、琉詩の『お仕事』が始まった。
グレーの七分丈Tシャツにカーキ色のカーディガン、マスタード色のサルエルパンツ。
今日、面会する会員からプレゼントされた服を着せられ、ドレッサーに促された琉詩は、大人しく座っている。
ルーシーの手によって、すでに粧し込んだ子供達は、リビングルームやダイニングルームの椅子やベッドに疎らに座り、それぞれの出勤時間まで待機中だ。
超ミニのナース服に、白のガーターストッキングという不本意なコスプレのせいで、いつにも増して不機嫌な顔をしたユキが、一番先に出て行った。
その後も迎えに来た大人達に連れられて一人、また一人と子供が去って行く。
琉詩が『蕾初めの儀式』を迎えるまでは、日常で子供達が着るには不適切な衣装に着替える場合、琉詩には見られないよう別の部屋か、二階の面会室まで行って準備していたのだが、もう隠す必要は無くなった。
今まで病院で見たことのある看護師さんの制服とは、明らかに異なるセクシーなナース姿のユキ。それを目の当たりにした琉詩は、驚きで口を「あんぐり」と開けていた。
そして陽も、この日は男の子に女装させるのが好きな会員と会うため、裾が「フンワリ」と広がったワンピースを着ている。
深い緑色のベルベッド生地に、白いフリルが何枚も重なった袖と大きな襟。ピンク色の長い髪をカールさせたウィッグを被り、そこに緑と金のフリルやリボンで飾られたヘッドドレス。両足には、レース柄の黒いタイツを履いている。
いつも掛けている黒縁の眼鏡は外され、代わりにカラーコンタクトを装着し、陽の瞳は濃い茶からエメラルドに変化した。眼の周りは長い付け睫毛にオレンジゴールドのアイシャドウ、唇はピンクのパール入りグロスで濡れた輝きを放つ。
いきなり、その姿で会ったとしたら琉詩には最早、誰だか判別不可能だ。
しかし琉詩は、陽が変わってゆくのを一から、ずっと見ていた。と言うより『会員が望んだ格好』だとして、素顔で充分な少年の陽に、どんどん余計な物が加えられてゆくのが、琉詩には疑問しか感じず、見ざるを得ないという状況だった。
例えば、琉詩が幼稚園で経験したような劇の発表会や、ハロウィンで仮装するためのメイクと衣裳であれば、琉詩も大燥ぎしながら、陽の変化を純粋に楽しめただろう。
だけど今の陽を見て、琉詩は笑えない。
困惑した表情の琉詩から近くで「ジッ」と見つめられ、暫く鈍感になっていた陽に、ある感情が湧き上がる。
『…はずかしい』
漸くゴスロリ風の美少女に完成した陽は、すぐドレッサーの椅子から立ち上り、まだ自分を見ている琉詩に背中を向けて、ちょうど迎えに来た男性社員と一緒に、リビングを足早に出て行った。
琉詩は首を「ぐるり」と動かして、周囲を見渡す。ユキや陽だけじゃない。皆、以前とは違った雰囲気。
つい数日前まで、琉詩は「いってらっしゃ~い!」と両手を振って、お兄ちゃんやお姉ちゃん達を満面の笑顔で送り出していた。
子供達もそうだ。琉詩に見送られる時は、なるべく笑顔を作って手を振り返して、「これから小父さん達と楽しい時間を過ごしてくる」と装わなければならなかった。
だけどもう外出前に、笑っている子供はいない。
今、大きな鏡には、不安そうな顔の琉詩が映っている。ルーシーが両手指を忙しなく動かし、琉詩の髪を整えることに集中しているような素振りで、時々優しく声を掛けるが、あまり琉詩と目を合わせない。
「…はい。琉詩ちゃん、出来上がりよぉ」
余所行きの衣裳を纏った子供達と比べて、今回、琉詩のヘアメイクは短く済んだ。
「琉詩君。…そろそろ時間だよ」
鏡に映った琉詩の後ろに、早瀬が立っている。
「……」
琉詩は振り向いて、早瀬を見上げる。
「トオルくん…」
「…ん?」
早瀬は気遣うように小さく返事して、両膝を床に突いた。
「どうしても…いかなきゃ、だめ?」
ドレッサーの椅子に座る琉詩のそばに正座して、なるべく体を低くする早瀬。
「…琉詩君。今日、予約されてる戸倉様とは…まだ、一回もお会いしてないよね?」
「…うん」
「戸倉様はお仕事が忙しくて…、なかなか琉詩君と会えなかったんだ。戸倉様もね、琉詩君と同じで動物が大好きな方だよ。珍しい動物を、いっぱい飼ってるんだって。こんな…大きなインコとか…」
早瀬が大型インコの大きさ位に、両手を縦に広げる。
「こんな小さなお猿さんとか…」
今度は両手を近付けて、小さく形作る。
琉詩が、早瀬の話と両手の動きに興味を示し始める。
「カメレオンとか、トカゲも飼ってて…後ね、えっと…トビウサギって知ってる?ちょっと…ウサギに似てるのかな?…あ、写真借りてきたよ。ほら」
制服姿の早瀬が、黒いベストの胸ポケットから一枚の写真を取り出し、琉詩に差し出す。
それを受け取った琉詩の瞳が輝く。
「わぁ…ほんとだ。ウサギみたい。あっ。でも、シッポながいねっ」
今日、初めて琉詩が笑みを見せた。
「か~わい~っ!」
「そうだね、可愛いね」
「うごいてるとこ、みたいなぁ」
「うん…。トビウサギは、ピョンピョン色んなとこ行っちゃうから、なかなか外には連れ出せないんだけど…戸倉様は、ワンちゃんも何匹か飼ってて、今日はチワワを連れて来て下さったよ」
「ほんと?」
琉詩が身を乗り出す。
「うん、本当だよ。戸倉様は『ペットの動画も、いっぱい撮ってる』って仰っていたから、トビウサギの跳んでるとこも観られるよ」
「あはっ。…あ、でも……」
思い出したように琉詩は、前のめりになった上半身を後退させ、また不安げな表情に戻る。
「戸倉様は優しい方だから…きっと、楽しくお話できるよ」
「…おしごとは?」
「うん…。ユキちゃん達からも教えてもらったと思うけど…、『お仕事』でも楽な日があったり…、ちょっと…大変な日があったりするんだけど…今日は、楽な日だよ」
「……ほんとうに?」
「うん、大丈夫。…さぁ、行こう?」
「……………」
琉詩は熟考してから、頷いて、椅子から降りた。
(続)
グレーの七分丈Tシャツにカーキ色のカーディガン、マスタード色のサルエルパンツ。
今日、面会する会員からプレゼントされた服を着せられ、ドレッサーに促された琉詩は、大人しく座っている。
ルーシーの手によって、すでに粧し込んだ子供達は、リビングルームやダイニングルームの椅子やベッドに疎らに座り、それぞれの出勤時間まで待機中だ。
超ミニのナース服に、白のガーターストッキングという不本意なコスプレのせいで、いつにも増して不機嫌な顔をしたユキが、一番先に出て行った。
その後も迎えに来た大人達に連れられて一人、また一人と子供が去って行く。
琉詩が『蕾初めの儀式』を迎えるまでは、日常で子供達が着るには不適切な衣装に着替える場合、琉詩には見られないよう別の部屋か、二階の面会室まで行って準備していたのだが、もう隠す必要は無くなった。
今まで病院で見たことのある看護師さんの制服とは、明らかに異なるセクシーなナース姿のユキ。それを目の当たりにした琉詩は、驚きで口を「あんぐり」と開けていた。
そして陽も、この日は男の子に女装させるのが好きな会員と会うため、裾が「フンワリ」と広がったワンピースを着ている。
深い緑色のベルベッド生地に、白いフリルが何枚も重なった袖と大きな襟。ピンク色の長い髪をカールさせたウィッグを被り、そこに緑と金のフリルやリボンで飾られたヘッドドレス。両足には、レース柄の黒いタイツを履いている。
いつも掛けている黒縁の眼鏡は外され、代わりにカラーコンタクトを装着し、陽の瞳は濃い茶からエメラルドに変化した。眼の周りは長い付け睫毛にオレンジゴールドのアイシャドウ、唇はピンクのパール入りグロスで濡れた輝きを放つ。
いきなり、その姿で会ったとしたら琉詩には最早、誰だか判別不可能だ。
しかし琉詩は、陽が変わってゆくのを一から、ずっと見ていた。と言うより『会員が望んだ格好』だとして、素顔で充分な少年の陽に、どんどん余計な物が加えられてゆくのが、琉詩には疑問しか感じず、見ざるを得ないという状況だった。
例えば、琉詩が幼稚園で経験したような劇の発表会や、ハロウィンで仮装するためのメイクと衣裳であれば、琉詩も大燥ぎしながら、陽の変化を純粋に楽しめただろう。
だけど今の陽を見て、琉詩は笑えない。
困惑した表情の琉詩から近くで「ジッ」と見つめられ、暫く鈍感になっていた陽に、ある感情が湧き上がる。
『…はずかしい』
漸くゴスロリ風の美少女に完成した陽は、すぐドレッサーの椅子から立ち上り、まだ自分を見ている琉詩に背中を向けて、ちょうど迎えに来た男性社員と一緒に、リビングを足早に出て行った。
琉詩は首を「ぐるり」と動かして、周囲を見渡す。ユキや陽だけじゃない。皆、以前とは違った雰囲気。
つい数日前まで、琉詩は「いってらっしゃ~い!」と両手を振って、お兄ちゃんやお姉ちゃん達を満面の笑顔で送り出していた。
子供達もそうだ。琉詩に見送られる時は、なるべく笑顔を作って手を振り返して、「これから小父さん達と楽しい時間を過ごしてくる」と装わなければならなかった。
だけどもう外出前に、笑っている子供はいない。
今、大きな鏡には、不安そうな顔の琉詩が映っている。ルーシーが両手指を忙しなく動かし、琉詩の髪を整えることに集中しているような素振りで、時々優しく声を掛けるが、あまり琉詩と目を合わせない。
「…はい。琉詩ちゃん、出来上がりよぉ」
余所行きの衣裳を纏った子供達と比べて、今回、琉詩のヘアメイクは短く済んだ。
「琉詩君。…そろそろ時間だよ」
鏡に映った琉詩の後ろに、早瀬が立っている。
「……」
琉詩は振り向いて、早瀬を見上げる。
「トオルくん…」
「…ん?」
早瀬は気遣うように小さく返事して、両膝を床に突いた。
「どうしても…いかなきゃ、だめ?」
ドレッサーの椅子に座る琉詩のそばに正座して、なるべく体を低くする早瀬。
「…琉詩君。今日、予約されてる戸倉様とは…まだ、一回もお会いしてないよね?」
「…うん」
「戸倉様はお仕事が忙しくて…、なかなか琉詩君と会えなかったんだ。戸倉様もね、琉詩君と同じで動物が大好きな方だよ。珍しい動物を、いっぱい飼ってるんだって。こんな…大きなインコとか…」
早瀬が大型インコの大きさ位に、両手を縦に広げる。
「こんな小さなお猿さんとか…」
今度は両手を近付けて、小さく形作る。
琉詩が、早瀬の話と両手の動きに興味を示し始める。
「カメレオンとか、トカゲも飼ってて…後ね、えっと…トビウサギって知ってる?ちょっと…ウサギに似てるのかな?…あ、写真借りてきたよ。ほら」
制服姿の早瀬が、黒いベストの胸ポケットから一枚の写真を取り出し、琉詩に差し出す。
それを受け取った琉詩の瞳が輝く。
「わぁ…ほんとだ。ウサギみたい。あっ。でも、シッポながいねっ」
今日、初めて琉詩が笑みを見せた。
「か~わい~っ!」
「そうだね、可愛いね」
「うごいてるとこ、みたいなぁ」
「うん…。トビウサギは、ピョンピョン色んなとこ行っちゃうから、なかなか外には連れ出せないんだけど…戸倉様は、ワンちゃんも何匹か飼ってて、今日はチワワを連れて来て下さったよ」
「ほんと?」
琉詩が身を乗り出す。
「うん、本当だよ。戸倉様は『ペットの動画も、いっぱい撮ってる』って仰っていたから、トビウサギの跳んでるとこも観られるよ」
「あはっ。…あ、でも……」
思い出したように琉詩は、前のめりになった上半身を後退させ、また不安げな表情に戻る。
「戸倉様は優しい方だから…きっと、楽しくお話できるよ」
「…おしごとは?」
「うん…。ユキちゃん達からも教えてもらったと思うけど…、『お仕事』でも楽な日があったり…、ちょっと…大変な日があったりするんだけど…今日は、楽な日だよ」
「……ほんとうに?」
「うん、大丈夫。…さぁ、行こう?」
「……………」
琉詩は熟考してから、頷いて、椅子から降りた。
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