50 / 57
第2章「籠の中の子供達」
二十六話「琉詩の『お仕事』(会員・戸倉)②」
しおりを挟む
重厚な竹垣と和風家屋の間には余り、そぐわない庭一面の芝生。
子供や犬が走り回って遊びやすいように、敢えて庭木や灯篭などの飾りを無くした、家族やペットを連れて宿泊する会員向けの客室建物だ。
「い~い?マメチヨ。〈ふせ〉だよ。ふ~せっ」
琉詩は犬の躾け方を習得しようと、犬用オヤツを使って、豆千代を相手に格闘している。
「アンッ、アンッ」
「お座り」は言うことを聞いた豆千代だったが、すぐに腰を上げて鳴きながら、琉詩のそばへ走り寄る。そして「ペロペロ」と琉詩の手を舐め、持っていたオヤツを食べてしまった。
「あっ。マメチヨっ、ダメだよぅ。あ~あ、たべちゃった…。コウメちゃんは、〈ふせ〉してくれるのに…むずかしいねぇ」
芝生の上で、自分の方が伏せてるような態勢になっていた琉詩が、背中を起こして豆千代を撫でる。
「まだ子犬だから、辛抱強く教えてあげないとね。琉詩君、そろそろ休憩しない?今日のために、美味しいケーキを取り寄せたんだ」
縁側に腰掛けて、琉詩にアドバイスしていた戸倉が立ち上がり、建物内を指差した。そちらへ琉詩が首を向ける。
「早瀬君と、三人で食べよう」
縁側から窓を隔てて和室が続く。そこの座卓で、早瀬がお茶を淹れているのが見えた。
「うんっ」
琉詩は元気良く返事した。
犬達は別の部屋に設置したケージで休ませ、琉詩と戸倉は座卓のある和室へ入った。
長方形の座卓の三辺はローソファで囲まれ、残りの一辺は距離を空けて設置された大画面のテレビ。座卓の幅が長い方に、緑茶を注いだ湯呑み茶碗と切り分けたケーキ皿が二人分、そして出入り口側の短い幅に一人分が用意されている。
「琉詩君。こちらに座って」
「はぁい」
早瀬に言われて、琉詩は躊躇せず戸倉の隣に座る。早瀬は琉詩の斜向かいに座った。
「わぁ~、おいしそうだねっ」
チワワの親子と遊び、早瀬も一緒に居ることで琉詩は、すっかりリラックスした表情だ。
「琉詩君。緑茶は飲める?」
正座した戸倉が、落ち着いた口調で尋ねる。
「うん、のめるっ。ぼく、〈りょくちゃ〉もぉ、〈ほうじちゃ〉もぉ、〈げんまいちゃ〉もぉ、すきだよぉ。いっつもママと、のむんだぁ。〈おちゃ〉のむとぉ、ホッとするよねぇ」
「ふふっ、そうだね。僕も珈琲や紅茶よりも、日本茶の方が好きだな。このチーズケーキも、意外に緑茶と合うよ。とっても滑らかで、口の中に入れると蕩けちゃうから。食べてみて?」
「うん、いただきまーすっ」
表面に焼き色のついたチーズケーキは、幼い琉詩でも形が崩れずに、フォークが「スッ」と通る。琉詩はフォークを滑らして掬い、大きく口を開けて頬張る。
「う~~んっっ♪」
琉詩は目を見開く。「モグモグ」と口を動かしながら、言葉で伝える代わりに両手を「バンザイ」したり、体を左右に揺らしたりして「チーズケーキの美味しさ」を表現する。
「あはは、琉詩君。そんなに美味しい?」
「……ハァ~、うんっ!おいしいっ」
琉詩を見て、戸倉と早瀬が微笑む。
「そっか。それじゃあ、このケーキを選んで大正解だ。早瀬君も、どうぞ」
「はい、頂きます」
早瀬がフォークを持って、ケーキを一口食べる。
「トオルくん、おいしいねっ」
「うん、美味しいね」
戸倉はまだケーキに手を付けずに、座卓に置かれたブルーレイレコーダーのリモコンを取って、電源を入れた。
* * *
琉詩と戸倉と早瀬の三人はケーキを食べながら、戸倉の家で撮影したペットの映像を鑑賞中だ。
個室内の大きな棚に、水槽が上から下まで並んでおり、その中に色鮮やかな蜥蜴や蛙、そしてカメレオンが別々に飼育されている。
「わぁ…このカエル、赤いねっ。あっ、青いのもいるっ」
「うん。毒があるんだけど…綺麗な色だから、欲しくなって買っちゃった」
「えっ!〈どく〉あるの?…さわるの、こわくないの?」
「手袋して触れば平気だよ。だけど、ここには他の動物は入れないようにしてる。勿論、脱走しないようにも気を付けてるし…まぁ、僕も仕事があるからね。きちんと世話してくれるペットシッターを雇ってるんだ」
「ふぅん、そうなんだぁ」
座卓に前のめりになって、次々と映る珍しい爬虫類達に目を見張りながら、それぞれの飼育方法や生態について質問する琉詩に、戸倉が解りやすく答える。
大人達が先にケーキを食べ終え、早瀬は席を立って和室を出て行き、少し経って新しく緑茶を淹れて戻って来た。
映像は爬虫類専用の部屋から、リビングルームに切り替わる。
「あっ、トビウサギだっ」
ケージから出て来たトビウサギが飛び跳ね、広いリビングをあちこち動き回る様子が映る。
「わっ、とんでるっ!ピョンピョンとんでるっ、はやいねっ。すごいすごいっ!」
琉詩はケーキを最後の一口、頬張ると暫く「ジーッ」と画面を見つめる。そして口の中の物を飲み込んでから立ち上がり、ローソファの外に出て、テレビの傍まで移動した。
「…こうかなぁ?」
両手を胸の前に引き寄せ、トビウサギの動きを真似て「ピョンピョン」と、ローソファの周りを飛び跳ねる。
「あはは。琉詩君、上手い上手い」
笑いながら戸倉が「パチパチパチ…」と、琉詩に向けて拍手する。早瀬も微笑んで見ている。
一頻り和室を動き回ってから、琉詩はローソファに戻って「ハァハァ」と息を落ち着かせた。
早瀬はお盆に、食べ終えた皿を重ねている。
「琉詩君、上手だったよ~」
「ほんとう?にてたぁ?」
「うん、似てた似てた」
「やったぁ」
琉詩は嬉しそうに笑う。
「琉詩君。汗かいてるから、カーディガン脱ごうか?」
早瀬は留めてあるボタンを外して、琉詩のカーディガンを脱がせる。それから自分の腰ポケットからハンカチを出して、琉詩の汗を優しく拭いた。
「お皿を洗ってくるね」
ハンカチを仕舞い、カーディガンを腕に掛けると、早瀬はお盆を両手に持って席を立つ。
「琉詩君。おトイレは大丈夫?」
「あ、…うん。いきたいっ」
「じゃあ、続きは後で見よう」
戸倉がリモコンで、映像を停止する。
「さ、一緒に行こう」
「うんっ」
早瀬は戸倉に会釈した後、琉詩と和室を出て行き、お盆をキッチンの流し台に置いてから、琉詩をトイレへ連れて行った。
(続)
子供や犬が走り回って遊びやすいように、敢えて庭木や灯篭などの飾りを無くした、家族やペットを連れて宿泊する会員向けの客室建物だ。
「い~い?マメチヨ。〈ふせ〉だよ。ふ~せっ」
琉詩は犬の躾け方を習得しようと、犬用オヤツを使って、豆千代を相手に格闘している。
「アンッ、アンッ」
「お座り」は言うことを聞いた豆千代だったが、すぐに腰を上げて鳴きながら、琉詩のそばへ走り寄る。そして「ペロペロ」と琉詩の手を舐め、持っていたオヤツを食べてしまった。
「あっ。マメチヨっ、ダメだよぅ。あ~あ、たべちゃった…。コウメちゃんは、〈ふせ〉してくれるのに…むずかしいねぇ」
芝生の上で、自分の方が伏せてるような態勢になっていた琉詩が、背中を起こして豆千代を撫でる。
「まだ子犬だから、辛抱強く教えてあげないとね。琉詩君、そろそろ休憩しない?今日のために、美味しいケーキを取り寄せたんだ」
縁側に腰掛けて、琉詩にアドバイスしていた戸倉が立ち上がり、建物内を指差した。そちらへ琉詩が首を向ける。
「早瀬君と、三人で食べよう」
縁側から窓を隔てて和室が続く。そこの座卓で、早瀬がお茶を淹れているのが見えた。
「うんっ」
琉詩は元気良く返事した。
犬達は別の部屋に設置したケージで休ませ、琉詩と戸倉は座卓のある和室へ入った。
長方形の座卓の三辺はローソファで囲まれ、残りの一辺は距離を空けて設置された大画面のテレビ。座卓の幅が長い方に、緑茶を注いだ湯呑み茶碗と切り分けたケーキ皿が二人分、そして出入り口側の短い幅に一人分が用意されている。
「琉詩君。こちらに座って」
「はぁい」
早瀬に言われて、琉詩は躊躇せず戸倉の隣に座る。早瀬は琉詩の斜向かいに座った。
「わぁ~、おいしそうだねっ」
チワワの親子と遊び、早瀬も一緒に居ることで琉詩は、すっかりリラックスした表情だ。
「琉詩君。緑茶は飲める?」
正座した戸倉が、落ち着いた口調で尋ねる。
「うん、のめるっ。ぼく、〈りょくちゃ〉もぉ、〈ほうじちゃ〉もぉ、〈げんまいちゃ〉もぉ、すきだよぉ。いっつもママと、のむんだぁ。〈おちゃ〉のむとぉ、ホッとするよねぇ」
「ふふっ、そうだね。僕も珈琲や紅茶よりも、日本茶の方が好きだな。このチーズケーキも、意外に緑茶と合うよ。とっても滑らかで、口の中に入れると蕩けちゃうから。食べてみて?」
「うん、いただきまーすっ」
表面に焼き色のついたチーズケーキは、幼い琉詩でも形が崩れずに、フォークが「スッ」と通る。琉詩はフォークを滑らして掬い、大きく口を開けて頬張る。
「う~~んっっ♪」
琉詩は目を見開く。「モグモグ」と口を動かしながら、言葉で伝える代わりに両手を「バンザイ」したり、体を左右に揺らしたりして「チーズケーキの美味しさ」を表現する。
「あはは、琉詩君。そんなに美味しい?」
「……ハァ~、うんっ!おいしいっ」
琉詩を見て、戸倉と早瀬が微笑む。
「そっか。それじゃあ、このケーキを選んで大正解だ。早瀬君も、どうぞ」
「はい、頂きます」
早瀬がフォークを持って、ケーキを一口食べる。
「トオルくん、おいしいねっ」
「うん、美味しいね」
戸倉はまだケーキに手を付けずに、座卓に置かれたブルーレイレコーダーのリモコンを取って、電源を入れた。
* * *
琉詩と戸倉と早瀬の三人はケーキを食べながら、戸倉の家で撮影したペットの映像を鑑賞中だ。
個室内の大きな棚に、水槽が上から下まで並んでおり、その中に色鮮やかな蜥蜴や蛙、そしてカメレオンが別々に飼育されている。
「わぁ…このカエル、赤いねっ。あっ、青いのもいるっ」
「うん。毒があるんだけど…綺麗な色だから、欲しくなって買っちゃった」
「えっ!〈どく〉あるの?…さわるの、こわくないの?」
「手袋して触れば平気だよ。だけど、ここには他の動物は入れないようにしてる。勿論、脱走しないようにも気を付けてるし…まぁ、僕も仕事があるからね。きちんと世話してくれるペットシッターを雇ってるんだ」
「ふぅん、そうなんだぁ」
座卓に前のめりになって、次々と映る珍しい爬虫類達に目を見張りながら、それぞれの飼育方法や生態について質問する琉詩に、戸倉が解りやすく答える。
大人達が先にケーキを食べ終え、早瀬は席を立って和室を出て行き、少し経って新しく緑茶を淹れて戻って来た。
映像は爬虫類専用の部屋から、リビングルームに切り替わる。
「あっ、トビウサギだっ」
ケージから出て来たトビウサギが飛び跳ね、広いリビングをあちこち動き回る様子が映る。
「わっ、とんでるっ!ピョンピョンとんでるっ、はやいねっ。すごいすごいっ!」
琉詩はケーキを最後の一口、頬張ると暫く「ジーッ」と画面を見つめる。そして口の中の物を飲み込んでから立ち上がり、ローソファの外に出て、テレビの傍まで移動した。
「…こうかなぁ?」
両手を胸の前に引き寄せ、トビウサギの動きを真似て「ピョンピョン」と、ローソファの周りを飛び跳ねる。
「あはは。琉詩君、上手い上手い」
笑いながら戸倉が「パチパチパチ…」と、琉詩に向けて拍手する。早瀬も微笑んで見ている。
一頻り和室を動き回ってから、琉詩はローソファに戻って「ハァハァ」と息を落ち着かせた。
早瀬はお盆に、食べ終えた皿を重ねている。
「琉詩君、上手だったよ~」
「ほんとう?にてたぁ?」
「うん、似てた似てた」
「やったぁ」
琉詩は嬉しそうに笑う。
「琉詩君。汗かいてるから、カーディガン脱ごうか?」
早瀬は留めてあるボタンを外して、琉詩のカーディガンを脱がせる。それから自分の腰ポケットからハンカチを出して、琉詩の汗を優しく拭いた。
「お皿を洗ってくるね」
ハンカチを仕舞い、カーディガンを腕に掛けると、早瀬はお盆を両手に持って席を立つ。
「琉詩君。おトイレは大丈夫?」
「あ、…うん。いきたいっ」
「じゃあ、続きは後で見よう」
戸倉がリモコンで、映像を停止する。
「さ、一緒に行こう」
「うんっ」
早瀬は戸倉に会釈した後、琉詩と和室を出て行き、お盆をキッチンの流し台に置いてから、琉詩をトイレへ連れて行った。
(続)
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる