記憶をなくした子守歌

胡花宝 愛芽

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第2章「籠の中の子供達」

二十六話「琉詩の『お仕事』(会員・戸倉)②」

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 重厚な竹垣と和風家屋の間には余り、そぐわない庭一面の芝生。
 子供や犬が走り回って遊びやすいように、敢えて庭木や灯篭などの飾りを無くした、家族やペットを連れて宿泊する会員向けの客室建物だ。

「い~い?マメチヨ。〈ふせ〉だよ。ふ~せっ」

 琉詩は犬の躾け方を習得しようと、犬用オヤツを使って、豆千代を相手に格闘している。

「アンッ、アンッ」

 「お座り」は言うことを聞いた豆千代だったが、すぐに腰を上げて鳴きながら、琉詩のそばへ走り寄る。そして「ペロペロ」と琉詩の手を舐め、持っていたオヤツを食べてしまった。

「あっ。マメチヨっ、ダメだよぅ。あ~あ、たべちゃった…。コウメちゃんは、〈ふせ〉してくれるのに…むずかしいねぇ」

 芝生の上で、自分の方が伏せてるような態勢になっていた琉詩が、背中を起こして豆千代を撫でる。

「まだ子犬だから、辛抱強く教えてあげないとね。琉詩君、そろそろ休憩しない?今日のために、美味しいケーキを取り寄せたんだ」

 縁側に腰掛けて、琉詩にアドバイスしていた戸倉が立ち上がり、建物内を指差した。そちらへ琉詩が首を向ける。

「早瀬君と、三人で食べよう」

 縁側から窓を隔てて和室が続く。そこの座卓で、早瀬がお茶を淹れているのが見えた。
 
「うんっ」

 琉詩は元気良く返事した。

 犬達は別の部屋に設置したケージで休ませ、琉詩と戸倉は座卓のある和室へ入った。
 長方形の座卓の三辺はローソファで囲まれ、残りの一辺は距離を空けて設置された大画面のテレビ。座卓の幅が長い方に、緑茶を注いだ湯呑み茶碗と切り分けたケーキ皿が二人分、そして出入り口側の短い幅に一人分が用意されている。

「琉詩君。こちらに座って」
「はぁい」

 早瀬に言われて、琉詩は躊躇せず戸倉の隣に座る。早瀬は琉詩の斜向かいに座った。

「わぁ~、おいしそうだねっ」

 チワワの親子と遊び、早瀬も一緒に居ることで琉詩は、すっかりリラックスした表情だ。

「琉詩君。緑茶は飲める?」

 正座した戸倉が、落ち着いた口調で尋ねる。

「うん、のめるっ。ぼく、〈りょくちゃ〉もぉ、〈ほうじちゃ〉もぉ、〈げんまいちゃ〉もぉ、すきだよぉ。いっつもママと、のむんだぁ。〈おちゃ〉のむとぉ、ホッとするよねぇ」
「ふふっ、そうだね。僕も珈琲や紅茶よりも、日本茶の方が好きだな。このチーズケーキも、意外に緑茶と合うよ。とっても滑らかで、口の中に入れると蕩けちゃうから。食べてみて?」
「うん、いただきまーすっ」

 表面に焼き色のついたチーズケーキは、幼い琉詩でも形が崩れずに、フォークが「スッ」と通る。琉詩はフォークを滑らして掬い、大きく口を開けて頬張る。

「う~~んっっ♪」

 琉詩は目を見開く。「モグモグ」と口を動かしながら、言葉で伝える代わりに両手を「バンザイ」したり、体を左右に揺らしたりして「チーズケーキの美味しさ」を表現する。

「あはは、琉詩君。そんなに美味しい?」
「……ハァ~、うんっ!おいしいっ」

 琉詩を見て、戸倉と早瀬が微笑む。

「そっか。それじゃあ、このケーキを選んで大正解だ。早瀬君も、どうぞ」
「はい、頂きます」

 早瀬がフォークを持って、ケーキを一口食べる。

「トオルくん、おいしいねっ」
「うん、美味しいね」

 戸倉はまだケーキに手を付けずに、座卓に置かれたブルーレイレコーダーのリモコンを取って、電源を入れた。


     *   *   * 


 琉詩と戸倉と早瀬の三人はケーキを食べながら、戸倉の家で撮影したペットの映像を鑑賞中だ。
 個室内の大きな棚に、水槽が上から下まで並んでおり、その中に色鮮やかな蜥蜴や蛙、そしてカメレオンが別々に飼育されている。

「わぁ…このカエル、赤いねっ。あっ、青いのもいるっ」
「うん。毒があるんだけど…綺麗な色だから、欲しくなって買っちゃった」
「えっ!〈どく〉あるの?…さわるの、こわくないの?」
「手袋して触れば平気だよ。だけど、ここには他の動物は入れないようにしてる。勿論、脱走しないようにも気を付けてるし…まぁ、僕も仕事があるからね。きちんと世話してくれるペットシッターを雇ってるんだ」
「ふぅん、そうなんだぁ」

 座卓に前のめりになって、次々と映る珍しい爬虫類達に目を見張りながら、それぞれの飼育方法や生態について質問する琉詩に、戸倉が解りやすく答える。 
 大人達が先にケーキを食べ終え、早瀬は席を立って和室を出て行き、少し経って新しく緑茶を淹れて戻って来た。
 映像は爬虫類専用の部屋から、リビングルームに切り替わる。

「あっ、トビウサギだっ」

 ケージから出て来たトビウサギが飛び跳ね、広いリビングをあちこち動き回る様子が映る。

「わっ、とんでるっ!ピョンピョンとんでるっ、はやいねっ。すごいすごいっ!」

 琉詩はケーキを最後の一口、頬張ると暫く「ジーッ」と画面を見つめる。そして口の中の物を飲み込んでから立ち上がり、ローソファの外に出て、テレビの傍まで移動した。

「…こうかなぁ?」

 両手を胸の前に引き寄せ、トビウサギの動きを真似て「ピョンピョン」と、ローソファの周りを飛び跳ねる。

「あはは。琉詩君、上手い上手い」

 笑いながら戸倉が「パチパチパチ…」と、琉詩に向けて拍手する。早瀬も微笑んで見ている。
 一頻り和室を動き回ってから、琉詩はローソファに戻って「ハァハァ」と息を落ち着かせた。
 早瀬はお盆に、食べ終えた皿を重ねている。

「琉詩君、上手だったよ~」
「ほんとう?にてたぁ?」
「うん、似てた似てた」
「やったぁ」 

 琉詩は嬉しそうに笑う。 

「琉詩君。汗かいてるから、カーディガン脱ごうか?」

 早瀬は留めてあるボタンを外して、琉詩のカーディガンを脱がせる。それから自分の腰ポケットからハンカチを出して、琉詩の汗を優しく拭いた。

「お皿を洗ってくるね」

 ハンカチを仕舞い、カーディガンを腕に掛けると、早瀬はお盆を両手に持って席を立つ。

「琉詩君。おトイレは大丈夫?」
「あ、…うん。いきたいっ」
「じゃあ、続きは後で見よう」

 戸倉がリモコンで、映像を停止する。

「さ、一緒に行こう」
「うんっ」

 早瀬は戸倉に会釈した後、琉詩と和室を出て行き、お盆をキッチンの流し台に置いてから、琉詩をトイレへ連れて行った。




(続)
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