記憶をなくした子守歌

胡花宝 愛芽

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第2章「籠の中の子供達」

二十九話「ミーティング①」

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 琉詩と健全に接していた温厚な紳士達は、『蕾初めの儀式』を境に、個々の遣り方で、化けの皮を剥がしつつあった。

 それでも会って暫くは、以前と変わり無く接してくる会員達に、幼い琉詩は「ホッ」として油断する。
 だが二人きりになって、時間が経ってくると何だか、様子がおかしくなってくる。
 
 木己島から受けたのと同様のこそ無かったが、琉詩にとっては全てが初めての経験で、「楽しい」とか「嬉しい」とは微塵も思えないことばかりを求められた。
 「優しい小父さん」「カッコイイ小父さん」「面白い小父さん」「物知りな小父さん」。今まで、琉詩が会員一人一人に抱いていた良いイメージは、『お仕事』する度に、儚く崩壊していった。

『どうして?』

 犬に「ペロペロ」と、顔や手を舐められるのは、嬉しい。

『でも、おじさんたちに、なめられるの、ぼく…ちっとも、うれしくない』

 だから、そうされている時、怖かったけど聞いてみた。

「どうして、そんなこと、するの?」

 小父さんは、こう答えた。

「…それはね、琉詩君が可愛いからだよ」

『コウメちゃんやマメチヨや、ネコやウサギやインコも、かわいいけど…ぼく、なめたくない』

 琉詩が納得できるような答えは、何も返ってこなかった。


     *   *   *


 そして、『蕾初めの儀式』から一ヶ月以上経った。
 
「琉詩。先月は、よく頑張ったじゃないか。どの会員様もね、とても満足されていたよ」

 『倉庫』の四階に現れた伊勢谷が、琉詩に穏やかな笑みを向ける。
 リビングルームとの間仕切り戸は閉められ、ダイニングルームには琉詩と伊勢谷だけ。
 テーブルに並ぶ椅子を二脚だけ横に動かし、向かい合わせに座っている。
 
「中でも戸倉様なんかは、『お気に入り』の子がいないものだから、あまりご利用して下さらなくってね…。ずーっと、最低ランクの『ゴールド会員』で契約されていたんだ…。でもね、琉詩。君をとても気に入ったそうで、『ゴールド会員』から『プラチナ会員』に契約を変更されたよ。その方が、琉詩を指名しやすくなるからねえ」

 テーブル上のタブレットPCを操作しながら、伊勢谷が話を続ける。

「解るかい?『プラチナ会員』は『ゴールド会員』よりも、ランクが高い。年会費も高い。つまり琉詩は、倶楽部の売上に大きな貢献ができたんだ。勿論、これは琉詩のお給料にも反映される。ほら…見てごらん」

 伊勢谷はタブレットPCを膝に乗せ、画面を琉詩に掲げて見せる。そこに映し出されているのは、琉詩の売上表だ。
 
「琉詩は此所で一番、年下だからね。皆より、『お仕事』も少なくしてあるんだ。その分、予約は入りやすい。けどねえ、すでに半年以上先まで予約が埋まってるなんて、凄いことだよ。ほら、これ。今日までで、ほらほらほらほら…」

 伊勢谷は「トットットットッ…」と、画面を人差し指で叩く。

「こぉんなに会員の方々から、お金を頂いたよ。幸先の良いスタートだね!」
「……」

 画面には、高額な数字が羅列されている。
 金額を見せられても、母親が日常で使っていた生活費と、余りに桁が違い過ぎる。伊勢谷が何を言っているのか、何を褒められているのか、何で嬉しそうなのか、言葉が頭に入ってこない。
 琉詩はただ、伊勢谷の太い下がり眉や動く唇に、視線を動かす。

「こうやって色んな会員様に気に入ってもらって、琉詩のファンを増やしていけば、借金を返すのなんか、あっという間さ」

 言いながら伊勢谷は、画面を自分の前に戻して操作する。

「さて…琉詩。昨日まで三日間、お休みをあげたから結構、気分転換もできたかな?」
「…わかんない」

 伊勢谷の顔から視線を落とし、琉詩は小さく首を左右に振る。
 
「この前、渡した今月の予定表にある通り、今日は『お仕事』の日だねえ」

 再び、琉詩に画面が見えるように掲げる。次に映ったのは、琉詩のシフト表。

「今夜のお相手は…秦野はたの様だ。ほら、前に…馬やポニーのいる所へ連れてって下さったろう?」

 その時のことを、琉詩は思い出す。
 ポニーと触れ合ったり、一頭の馬に、秦野と二人で乗って散歩した。
 秦野だけで乗馬するところも見せてもらった。慣れた動作で騎乗すると、秦野は手綱や鞭を使いこなし、颯爽と馬を走らせていた。
 「すごく、カッコいいおじさん」というのが、琉詩の印象だった。

『でも…またヘンに、なっちゃうのかな…?』

「今日は秦野様と、からね」
「…ベッ…ド?」

 琉詩が顔を上げる。

「ベッドに入ったら、『宜しくお願いします』って…秦野様に、きちんとご挨拶しなきゃいけないよ?もう、んだから」
「ベッドって…ジ、ジミーと…」
「そう。木己島様と過ごした晩と、をするんだ」
「っ!」

 数秒、琉詩の息が止まる。

「や、やだ…。ぼく、こわい…」

 声が震えている。

「大丈夫」

 伊勢谷は穏やかな笑みと口調を崩すことなく、話を続ける。

「秦野様はベッドの中でもお優しい方だし、にも慣れていらっしゃる。全て、お任せすれば良い。それに秦野様は、最高ランクの『ダイヤモンド会員』だ。こういう方が琉詩の時間を買って下されば、その分、安い『ゴールド会員』を何人も相手しなくて済む。これは琉詩にとっても、喜ばしいことなんだよ」
「やだ…ぼく、やりたくない…。やだやだ…やだよぉ…」

 琉詩は涙を浮かべ、首を左右に振り続ける。  

「う~ん…」

 伊勢谷が両手でタブレットPCを胸に抱え、考え込む。

「困ったなぁ…。ねえ、ルーシー!ルーシー!」

 伊勢谷が顔を上げ、間仕切り戸に向かって声を張る。
 間仕切りの引き戸が少し開いて、苦笑いのルーシーが顔を出した。

「…なあに?伊勢谷ちゃん…」
「今日は、誰が休み?」
「えぇっとぉ…柚子ちゃんと、ドールちゃんだけどぉ…」
「そう。秦野様に、柚子は駄目だな。女子だし、大きすぎる。と、なると…ルーシー。ちょっと、ドールを連れて来てくれるかなあ?」
「…ええ」

 ルーシーは間仕切り戸を閉めると、うんざりした顔で溜め息を吐き、リビングを歩いて行く。
 すでに御粧おめかしが完了した子や順番を待つ子達が、リビングの空いたベッドに座っている。
 ヘアメイクを中断された知夏は、ドレッサーの椅子に座ったまま、心配そうな表情で間仕切り戸を見つめる。
 対に並ぶベッドの間を通って、ルーシーが立ち止まった。

「ドールちゃん…」

 ルーシーは屈んで、声を掛ける。
 その少女は水色のネグリジェ姿で、静かに自分のベッドに腰掛けていた。

「ごめんねぇ。ちょっと、一緒に来てちょうだいね…」

 ルーシーが右手を取って引くと、少女は立ち上がった。




(続)
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