記憶をなくした子守歌

胡花宝 愛芽

文字の大きさ
54 / 57
第2章「籠の中の子供達」

三十話「ミーティング②」

しおりを挟む
 ルーシーが少女を、ダイニングルームに連れて来た。

「ありがとう、ルーシー。仕事に戻って良いよ」

 涙目の琉詩が、ルーシーを見上げる。しかし、ルーシーは琉詩と目を合わせることが出来ず、そそくさとリビングルームへ戻って行く。

「やぁ、ドール」

 伊勢谷は少女に笑いかける。

「調子はどうだい?」
「……」

 少女は答えない。向かい合わせに座る琉詩と伊勢谷のそばの真ん中に立ち、目線はテーブルに向かっているように見える。 

「実はね、琉詩が今日どうしても『お仕事』をお休みしたいんだって。でも今更、秦野様に『来ないで下さい』…なんて言えないしねえ。代わりに誰か、秦野様のお相手をしなきゃいけない。だけど昴や他の男の子は皆、予約が入ってるし困ってるんだ。だからねえ、ドール。君は今日…お休みは無しだ」

 伊勢谷は少女の左肩に「ポン」と、骨太の大きな左手を置いた。

「え…」

 少女は無反応。しかし、琉詩が反応する。

「秦野様は、どちらかと言えば男の子がお好みでね、体が大きいのもNGなんだ。ドールは女の子だけど、まぁ…まだ小さいし…。秦野様のご要望とはズレてしまうが、我慢して頂くしか無いな。しかし、ドールも大変だなあ。昨日まで?一、二ぃ、三、四ぃ、五」

 伊勢谷が右肘を曲げ伸ばししながら、大袈裟に指折り数える。

五日いつか

 言うと同時に、折り曲げた五本の指を「パッ」と伸ばして、開いた右手の平を琉詩に見せる。

「五日間も、毎日続けて『お仕事』したのに、今日も休み無しかあ。しかも昨夜は、ドールも『ベッドの日』だったのにねえ。本当だったら今日は一日、しっかりと体を休めなきゃいけないんだけど」

 スラスラと話し続ける伊勢谷。
 琉詩は強張った表情で、少女と伊勢谷を交互に見る。

「でも、しょうが無いよなあ。琉詩が、どおーしても嫌だって言うんだから。ドールが無理してでも頑張るしかないなあ。だってドールの方が琉詩よりお姉さんなんだから」
「ま、まって…」
「ん?何だい?琉詩」

 伊勢谷は太い下がり眉を「グッ」と上げ、目を見開いて琉詩に顔を向ける。

「ぼ、ぼく……す、る…」
「んん?何だって?よく聞こえなかったから、もう一回、言ってくれるかなあ?」

 それから右耳に手を添えて、琉詩に顔を近付ける。

「ぼく…『おしごと』する、から…だから…お、おねえちゃんは…」 
「ん?ドールは今日、休ませてあげてほしいってことかな?」 

 パジャマのズボンを両手で握りながら、「こくり」と琉詩は頷く。

「そうか!」

 言うと同時に、伊勢谷が椅子から立ち上がる。

「琉詩なら、そう言ってくれると思ったよ」

 そして両手を伸ばし、琉詩を抱き締める。

「偉いぞ。それでこそ、勇気ある男の子だ」

 伊勢谷に優しく背中を擦られるのを感じながら、琉詩の瞳からは涙が零れ落ちてゆく。

 
 その少女は、焦点の合っていない顔だけを、琉詩の方へ向けていた。


    *   *   *

 
 夕暮れ時を過ぎた頃ーーー。

「じゃ…琉詩ちゃん。今日は、これを着ましょうねぇ」

 琉詩のヘアメイクを終えて、ルーシーがハンガーラックから一着の衣装を抜き取った。
 
 今夜の衣装は、黒豹を模した着ぐるみ風のオールインワン。淡黒うすぐろいモコモコした生地に濃黒どすぐろの斑点模様、三角耳が付いたフードも繋がっている。
 子供の部屋着用ではあるが、わざわざ職人に特注したので、安価で販売されている物より、明らかに生地もデザインもクオリティーが高い。

「えっとぉ、これが前だからぁ…」

 ルーシーが「ジジジー」と、着ぐるみのチャックを全開にする。

「琉詩ちゃん。こっち側に、右足を入れてちょうだぁい」

 言いながら琉詩が着やすいように、中を広げて差し出す。
 
「…うん」

 着ぐるみの色に合わせて、黒いタンクトップとボクサーパンツ姿の琉詩。髪型やメイクは、ナチュラルな仕上がり。
 琉詩はドレッサーの椅子から立ち上がって、着ぐるみの中に足を入れる。

「莉央ちゃん、ほの香ちゃん。二階へお願いします」

 反射的に琉詩が振り返る。
 リビングルームの扉から、制服を着た男性従業員が歩いて来る。
 ベッドに座り、少女漫画を読んでいた莉央が立ち上がった。

 ベージュ色の光沢がある生地に、白いレースが襟や裾に装飾されたドレス。ウェーブがかった長髪に、ドレスと同色の大きなリボンが付いたカチューシャ。 
 パーティー用の華やかなメイクが施され、莉央は少女の体とは対照的に、大人びた顔に変貌した。

 しかし莉央は、「ムスッ」とした表情で男性従業員に背を向け、リビングの扉とは逆の方向に歩いて行く。
 ルーシーに着ぐるみを着せられている琉詩の横を通り過ぎ、間仕切りが開放されたダイニングへ進む。
 琉詩の視線は、莉央を追う。
 莉央が足を止めた所には、ほの香が椅子に座っていた。  
 
 白地に薄いピンク色で花模様を描いた着物。長い髪は左側に三つ編みで纏められ、そこに散りばめられた摘まみ細工の花飾り。
 顔から鎖骨にかけて、やや白みの強い肌色に塗られ、目尻と唇は赤みを帯びる。

 イヤホンを両耳に装着し、ほの香は「ギュッ」と両眼を瞑って、ウォークマンから流れる音楽を聴いている。

 莉央が「ポン、ポン」と、ほの香の肩を軽く叩く。

「……」

 ほの香は両瞼を開くと、イヤホンを外して、椅子から立ち上がった。
 二人は手を繋いで、リビングに戻る。

「あ、ほの香ちゃん。莉央ちゃん。ちょっとストップねぇ」
 
 ルーシーが二人を止め、ほの香の帯を整える。

「ルーシーさん、琉詩君」

 男性従業員に声を掛けられ、琉詩が顔を上げる。
 頭に耳付きフードを被せられ、すっかり黒豹の着ぐるみ姿になった琉詩。

「はいはい、なにかしら?」

 手を休めず、ルーシーが返事する。

「秦野様、もう客室に到着されてますが、仕事の電話が入ったそうで、琉詩君の面会を一時間ほど遅らせてほしいそうです。だから、その頃にまた、迎えに来ますね」

 ルーシーは壁掛け時計を見上げる。

「予約は七時半だったからぁ…八時半ね、解ったわ」

 琉詩も同じように見上げる。母親から時計の見方を教わっていたので、自分でも時間は確認できる。

「…はぁい。二人共、これで良いわよぉ」
「ほの香ちゃんも、莉央ちゃんも可愛いですよ~。さあ、行きましょう」

 男性従業員は笑顔で言うと踵を返し、扉へ向かう。

「……」
「……」 

 褒め言葉には何も答えず、ほの香と莉央は手を繋いだまま、歩き出す。莉央は後ろから、男性従業員の背中を睨みつけている。ほの香は、全てを諦めたような表情だ。

「……」
 
 琉詩も黙って、ほの香と莉央がリビングから出て行くのを見送った。

「琉詩ちゃん」

 ルーシーに呼ばれ、振り向く。

「まだ時間があるからぁ、どこに居るかだけ教えてくれれば、他のお部屋で遊んでて良いわよぉ。どうするぅ?」
「……」

 暫し、琉詩は考える。

「ぼく…本の〈へや〉、いきたい」
「本…?ああ、書庫室ね。解ったわ。行ってらっしゃあい」




(続)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

処理中です...