記憶をなくした子守歌

胡花宝 愛芽

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第2章「籠の中の子供達」

三十一話「書庫室」

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「う~んとぉ…」

 琉詩が「ペラペラ」と、テーブル上の写真集を捲る。

 天井から床までの書架が、出入り口と窓を抜かして四方を囲み、更に人が通れる距離を挟んで、室内を並列した書庫室。
 漫画や子供向けの本は勿論、幅広いジャンルの書籍が納められた書架の棚。その片隅には、教科書。
 それらは、かつて此処で過ごした子供達が何かに興味を持ち、閉ざされた環境にあったとしても、可能な限りの知識を得ようとした形跡でもある。

「あっ、これっ」

 琉詩は、捲る手を止める。そして、その頁と自分が着ている物を見比べる。

「…うん。やっぱり、これだぁ」

 それから一頁、前に戻して開いた状態のまま、写真集を両手に持つ。

「おねえちゃん、見て見てっ」

 居るのは琉詩だけじゃない。少女も一緒だ。
 
 書庫室の出入り口は引き戸になっており、その向かいに換気用の小窓が一ヶ所のみ。
 引き戸から小窓までの空間は読書用のスペースが設けられ、形の異なるイージーチェアとミニテーブルが複数、疎らに設置されている。

「これはぁ、ヒョウだよ」

 赤い布地が張られたチェアに、ゆったり座る少女。
 琉詩が少女の顔前に掲げたのは、ネコ科の野生動物を撮影した写真集。開いた頁に映るのは、淡い黄褐色の毛色に、斑紋はんもんが鮮明に入った一頭の豹。

「〈かお〉にもぉ、〈からだ〉にもぉ、い~っぱい、〈もよう〉があるねっ」

 暫し少女に見せた後、テーブルに置いて、頁を捲る。

「それでぇ…」

 次の頁を開いて、再び少女の顔前まで持ち上げる。

「こっちがぁ、クロヒョ~ウ」

 少女から向かって左の頁には、成獣の黒豹が堂々と、草原を闊歩している写真。

「ぜんぜん、いろ、ちがうねっ。でもぉ、ヒョウとぉ、クロヒョウはぁ、おんなじなんだよ。クロヒョウはぁ、ヒョウのママからぁ、うまれるんだって」  
 
 テーブル上には、低学年用の動物図鑑も開いてある。それを見ながら、琉詩が説明する。

「〈もよう〉はぁ、ヒョウのほうが見やすいしぃ、キレイだけどぉ、くろいのもぉ、カッコイイよねぇ」

 会員からプレゼントされた低学年用の動物図鑑にも、黒豹は掲載され生態なども書かれているが、写真ではなくイラストで描かれており、大きさも小さい。
 動物の写真集も何冊かプレゼントされたが、黒豹は載っていなかった。
 本物が知りたくて書架を探したら、動物関係の書籍が並ぶ棚に、この写真集が納められていた。

「ほらっ、おねえちゃん。口、見てっ。これ、〈キバ〉だよ。すごいね~っ」

 右頁には黒豹の顔がアップで映っており、カメラに向かって威嚇するように、口の中から剥き出された上下四本の太く尖った牙。

「……」

 少女は答えない。ただ、目の前にある黒豹の顔に焦点が合っているようにも見える。
 暫し少女に見せた後、その頁を開いたまま、琉詩は写真集をテーブルに置いた。

「ぼくがぁ、きてるコレもぉ、クロヒョウなんだって」
 
 琉詩は両手を上げ、「ピョンピョン」と跳ねる。

「あ。ねぇねぇ、おねえちゃん。見て見てっ」

 少女に呼びかけながら、琉詩は床に両膝と両手の平を突いて、写真の黒豹と同じようなポーズをする。
 その少女は、琉詩の方へ少し俯く。

「…おんなじに見えるかなぁ?」

 少女を見上げながら、お尻を「フリフリ」と左右に振る。「フルフル」と、長い尻尾が揺れる。 

「クロヒョウってぇ、どんなふうにぃ、なくんだろ?」

 琉詩は「スッ」と上半身を起こして膝立ちになり、テーブル上の黒豹に顔を近付ける。そして、また両手の平を床に突いてポーズする。

「ウガァァァ~ッ」

 鳴いてみる。

「…こんなかな?」

 琉詩は顔を上げて、少女を見る。

「……」

 黙ったままの少女。 
 少女を見上げた琉詩の視界に、壁掛け時計が入り込む。

「……」

 喋り続けていた琉詩の言葉も止まる。
 明るく動物の話をして、何とか誤魔化そうとしていた。
 しかし、ずっと「ドクドクドクドクドク…」と、いつもよりも速まった心臓の鼓動を感じている。
 琉詩の胸中は、不安で一杯だ。 
 心細くて、つい少女の手を引いて、書庫室まで一緒に来てもらってしまった。

 もし母親が一緒で、こんな格好をしたなら、それだけで琉詩は楽しい時間を過ごせていた。
 けれど、大好きな母親はもう、どこにもいない。

 秦野はたのと面会する時間が迫っている。

「……」

 琉詩は立ち上がり、少女の真ん前に体を向ける。

「おねえちゃん…」

 少女に呼び掛け、両手を取る。

「…かくれんぼ、しよう?」




(続)
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