記憶をなくした子守歌

胡花宝 愛芽

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第2章「籠の中の子供達」

三十二話「二人で、かくれんぼ」

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 少女と琉詩は隠れている。
 暗くて狭くて低い場所に。

 でも、琉詩は平気。
 何回か、入ったことがある。皆で「かくれんぼ」した時、少女と一緒に。
 そこは本来ならば真っ暗闇であるが、今はそうでもない。
 「ポワポワ」と内側から、七色の柔らかい光が点滅する真っ白な「フワフワウサギ」。人形やヌイグルミが飾られた部屋から持ってきた。
 少女と琉詩の顔も、カラフルに照らされる。
 
 二人が居るのは、和室。
 畳の座敷が襖で仕切られ、全てを開放すれば、かなりの広さになる。
 子供用の和服や和装小物などが仕舞われた桐箪笥、装飾金具が施された年代物の和箪笥や鏡台が設置されており、染付そめつけの丸火鉢や竹製の鳥籠などの古道具も置かれている。
 そして鮮やかな色彩で、それぞれに異なる動物や植物が描かれた襖絵。
 それらは、子供達を撮影するための背景や小道具となる。

 座敷には押し入れも、数ヶ所ある。
 その中の一つ、押し入れの下段。段ボールが数箱、詰め込まれてはいるが子供が二人、入るには十分なスペースがある。

「せ~いぎ~のぉたぁめにぃ~、み~らい~のぉたぁめにぃ~、たたかう~んだ~♪」

 少女の左隣に座り、琉詩は歌っている。

 まだ幼稚園の時に毎週、楽しみに観ていた戦隊ヒーロードラマの主題歌。母親と一緒に、ヒーローショーも観に行った。

 琉詩の口は動いているが、声は出さない。少女に囁くように息だけで、繰り返し歌い続ける。自分の体を「ユラユラ」と揺らして、ずっと、少女の左手を握りながら。
 その手の平からは「ジットリ」と、汗が滲み出ている。けれど琉詩は、少女の手を離せない。

「……」

 少女は押し入れの奥に背を預け、閉じられた襖の方へ両足を伸ばして、静かに座っている。

 ガラガラガラ…

 「ビクッ」と琉詩の体が跳ね、歌も止まる。 
 四階の廊下から、和室への出入り口の引き戸が開けられた音だ。

「お~い…」

 大人の男の声。
 琉詩は少女から右手を離すと、自分の膝上にある「フワフワウサギ」を両手に持って、ライトのスイッチを消した。

 真っ暗闇。

 書庫室に居た頃から続く胸の鼓動は「ドクッドクッドクッドクッドクッ…」と、更に速まる。琉詩は「フワフワウサギ」から両手を離して、少女の体に抱きつく。

 スパンッ!

 座敷を仕切る四枚立よまいだちの襖。その中央二枚が、勢いよく左右に開けられる。

「あ~…何だっけか?あのガキ…あ、ルウタか…」

 「ボソボソ」と、かったるそうに喋る低い声。聞き覚えがある。ルーシーや早瀬や伊勢谷のものではない。

 スパンッ!

 次の間仕切り襖が開けられた。
 「チッ」と大袈裟に舌打ちする音が、琉詩にも聞こえる。

「いねぇし…」

 もう琉詩にも見当がついた。座敷に入って来たのが、誰なのか。

「お~い、ル・ウ・タッ!…どこだ~?」 

 全ての間仕切り襖が開放され、広々とした座敷を男が歩き回る。そう琉詩が感じ取れるのは足音ではなく、動く度に「ジャラジャラ」と金属の擦れるような音が鳴っているから。

 スーーーッ……スーーートンッ、……スパンッ!

 今度は押し入れの中を確認しているようだ。引き違いの襖を片方は開けて閉め、もう片方は開けるだけで閉めない。
 
 カチッ、ギイィィ…

 「ジャラジャラ」と少し音が鳴り、また別の音が聞こえてくる。
 座敷には両開きの押し入れもあり、その襖扉を手前に開けた音だ。

 暫し、静けさ。
 
 しかし、また「ジャラジャラジャラ…」という金属音が鳴り続け、それは次第に近づいて来る。
 真っ暗闇の中、琉詩は少女に抱きついたまま、正面の襖を見つめる。

 スーーッ…

 右から、琉詩の視界に光が入り込む。

「お、いた」

 とうとう、鬼に見つかった。
 ボロボロのジーンズを穿いて、腰にウォレットチェーンを下げた鬼に。
 三連のシルバーチェーンが弧を描いてジーンズにぶら下がり、屈んだ鬼の動きに合わせて、「ジャラジャラ」と音を鳴らしている。
 
「チッ、こんなトコに隠れやがって…」

 スパンッ!

 途中まで開けた左の襖を、鬼は右の襖と重なるように、乱暴に開け放つ。
 同時に、琉詩の体が「ビクッ」と揺れる。 

「時間だぞ」

 鬼が押し入れの下段を覗き込む。ヒロシだ。

「出て来い」
「……」

 押し入れの奥で、琉詩は何も言えず、少女の体に「ピッタリ」と張り付いて固まっている。
 
「ハァ~ッ!」

 これ見よがしに、ヒロシは大きく溜め息を吐いてから、「チッ」と舌打ちする。

「オラァ。手間、取らせんなっつーのっ!」

 ヒロシの方へ、真っ直ぐ伸びた少女の両足。その両足首を掴んで「ズルズルズル~ッ」と、ヒロシは力を込めて、少女を畳の方へ引っ張り出す。その反動で少女の体から、琉詩が剥がされる。

「ハァ~ッ……あ?コイツはイイのか…」

 畳の上で寝ているような格好になってしまった少女は、水色のネグリジェが胸の下まで上がり、お腹やショーツ、そして太股が露になる。
 
「何だよ…」

 不機嫌な表情で、ヒロシは畳に両膝を突く。

「おい」

 琉詩は奥に体を寄せ、両膝も曲げている。

「出て来なきゃいけねぇのはお前だよ。お・ま・えっ」

 そう言うと、ヒロシは押し入れの下段に顔を突っ込み、両腕を伸ばす。
 大小積まれた段ボール箱のせいで、二枚の襖が重なる側には、逃げ場の無い琉詩。「ガシッ」と、着ぐるみの生地ごと左足首を掴まれる。

「あっ」

 琉詩が声を上げる。
 半分ほど下段に入ったヒロシは、琉詩の左脚を引っ張りながら、「ズルッ、ズルッ、ズルルル~ッ」と、畳の方まで後退りする。

「フゥ~ッ…」

 着ぐるみ姿の琉詩から手を離し、息を吐きながら立ち上がるヒロシ。

「ったく…余計な労力、使っちまったじゃねぇか…」

 言いながら、ヒロシは腰を擦る。
 いつの間にか、少女は上半身を起こして畳に座っている。
 琉詩は反射的に体を動かし、「サッ」と少女の後ろに隠れた。
 
「…あ?何してんだよ…」

 少女の右肩と右腕に両手を掛け、後ろで琉詩は震えている。

「隠れても無駄なんだよ。っつうか…お前連れて来ねぇと、俺が怒られんだからよ」
 
 無表情で横座りしている少女に近付き、その後ろへヒロシが回り込む。

「オラァ、来い」
「やっ」

 ヒロシは琉詩の右腕を掴んで、少女の腕から離す。それから「ヒョイ」と琉詩の体を、自分の左肩に担ぎ上げた。

「おい、大人しくしとけ。暴れて落ちても、俺は知らねぇからな」

 ヒロシの左肩に、琉詩のお腹が乗っている状態になった。
 スカジャンの背に刺繍された大きなスカル。琉詩の瞳には、逆さのスカルに映る。

「……」

 もう抵抗する気も無くなり、琉詩は両瞼を閉じる。

「…ん?…あ?…ああっ!?…チッ、何だよっ!?」

 声を荒げるヒロシ。琉詩は両瞼を開ける。
 琉詩が下を向くと、少女の頭の旋毛つむじが見える。

 その少女は、ヒロシの右脚に抱きついていた。琉詩は少女を見つめる。
 
「コイツ…いつもは死人みてぇなクセに…。おい…離せよ…、歩けねぇだろうが…何なんだよ…?」

 右脚を振るように動かして、少女の両腕を解こうとする。けれど少女は無表情のまま、「ガッシリ」と右太股に両腕をまわし、ヒロシの動きで揺れてはいるが、離れない。

「クソッ…、邪魔なんだよっ!!」

 ヒロシは角度を変えて右膝を浮かせると、怒鳴りながら膝下を思いきり振って、少女の腹部を蹴った。

「っ!」

 琉詩は目を見開く。
 
 漸く、ヒロシの太股から少女が離れる。

「うわあぁぁぁぁん!」

 だが、その光景を見た琉詩が、火の付いたように泣き出した。
 そんな琉詩を無視して、ヒロシは「スタスタ」と、座敷の出入り口に向かって歩いて行く。

「うわあぁ~…、おねえぢゃ~ん…」

 担がれた琉詩は泣き叫びながら、畳に倒れている少女を、廊下に出るまで見続けていた。




(続)
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