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第五話 最小限且つ最速の式をお望みです
しおりを挟むーーーハインノーズ公爵邸にて
「公爵様、アルトから報告書が届いております」
執事長サーロは天蓋付きのベッドに座ったままの主人に話しかける。
とはいえカーテンは閉ざされたままで、レース生地から透けるシルエットしか認識することは出来なかった。
「…内容は?」
数秒後に返事が返ってくる。
以前は一言で相手を萎縮させるほどの冷気を纏っていた声音も今は虚無感しか感じさせない。
「あと五日ほどで到着予定だそうです」
「そうか。準備は任せた」
「そのことなんですが………」
サーロは伝書鳩が持ってきた手紙に再度視線を落として報告すべきか悩む。
「………」
こうして分かりやすく言い淀んでいても急かすどころかピクリともしない主人の姿に胸が痛み、結局自らの意思で口を開いた。
「姫からのご要望で、式の規模は最小限で。且つ最速でお願いしたいと」
「………そうか。要望通りに進めればいい」
一瞬。気を抜けば見逃してしまいそうなほど短かったが確かに間があった。
幼い頃からカシウスを見てきたサーロでなければ気づかないだろう。
「終わったなら去れ」
「本当にこのまま結婚を進めてもよろしいのですか?私は公爵様に、」
「去れと言っている!!」
カシウスは突如激しい怒りを露わにする。
レース越しに乱雑に髪を掴み何かを堪えるように浅く呼吸する主人が見える。
これ以上刺激すれば体調が悪化しかねないと思い、サーロは深くお辞儀をして後ろ髪を引かれる思いで部屋を出た。
サーロはこの屋敷で最も長く働いている古株だ。カシウスが生まれた時から見守ってきた。
だからこそ分かる。今この屋敷の何処にもカシウスを救える人間はいない。
(誰でもいい。神でも悪魔でもいいから、どうか公爵様をお救いください)
サーロが去って行った部屋で未だベッドに座ったままでいるカシウスは久々にあの二人以外のことを頭に浮かべた。
晴れ舞台とも言える結婚式を最小限且つ迅速に、とは。
どうやらこれからやってくるルーナの姫はこの結婚が余程気に入らないようだ。当然それは自分も同じだが、わざわざ報告者に書かせるとは随分肝が座っている。
それとも考えなしの世間知らずか。
どちらもカシウスにとっては大差なかった。
大切な幼馴染と愛する人の結婚式の日。
あの日を皮切りに多くの物が自分の中から抜け落ちていった。
残ったのは黒くぬかるんだ汚い感情だけ。
それでも何かに操られるように呼吸を繰り返している。まるで生きることだけを目的に作られた人形のようだとカシウスは自分に失望した。
「いっそ死なせてくれれば良いものを………」
カシウスの呟きは誰にも届くことなく夜闇の中へ消えていった。
***
皆が野営の準備に取り掛かる中アルトとティアナは二人で話し込んでいた。
「姫様、本当によろしいのですか?公爵家では既に式の準備を始めていますし、姫様が屋敷に到着してから招待客が来るまで十分に時間もあります。その間にドレスや装飾品も仕立てられるはずです」
「必要ないわ。公爵様、体調が芳しくないんでしょう?」
「それは………そうですね」
ティアナは公爵の状態は失恋してちょっと凹んでいるくらいだと思っていた。
それがとんだ思い違いだったことがこれまでの道中で騎士達から話を聞いて分かったのだ。
「だったら式なんてサクッとやってササッと終わらせちゃった方がいいわ。病を悪化させてまでやることじゃないもの」
「ですがそれでは既製品のドレスになってしまいますが………」
「夫になる人の体調よりドレスに気を使う妻が何処いるのよ。
あ。身体のサイズも書いとかなきゃね。まずウエストが………」
「わー!!言わなくていいですよ!」
(やっぱり揶揄い甲斐があるわね)
理性的な副団長が耳まで真っ赤に染めて慌てふためく様を見るのはなかなか楽しい。
「冗談よ。自分で書くから」
「書くんですか!?」
「書くわよ。書かないと準備が進まないじゃない」
「くっ」
こうして動揺に動揺を重ねていたアルトは顔を熱くしながら報告書を書き、結果的にティアナが小規模な式を望んだ理由を書き忘れてしまった。ある意味ティアナの自業自得である。
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