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少女期~新しい日々と、これからのあれこれ~
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屋敷の図書室で調べものをしていたミーティアは、ふと思い出して、あの本を手に取った。『永遠の契約』について書かれていた書物は、ミーティアが最後に目にした場所に、ひっそりとあった。
あの時は、よく読んでみようと思って自室へ持ち帰ったが、結局、じっくりと読む時間がなくてそのままになっていたのだ。
母に言って王都へ持って行ってもよいか後で聞いておこうと、手に持って図書室を出る。
屋敷に戻った日は、久しぶりの料理長の手による晩餐を食べ、いない間の出来事を皆が色々と聞かせてくれたので眠るのが遅くなってしまい、翌日から早速動き回ろうと思っていたのだが、大幅に予定を変更せざるを得なくなった。早い話が寝坊したのである。
自室へ向かう途中の中庭で、ロビンがランディ相手に剣の稽古をしているのが見えた。ロビンが手にしているのは子供でも比較的扱い易い片手剣だ。
「坊ちゃん、どこからでもかかっていらっしゃい」
「えーいっ!!」
ロビンが思い切り切りかかっていくが、ひょいと避けられてしまう。だが、ランディは避ける一方で、腰に佩いた剣は抜かれる気配すらなかった。
(あれで鍛錬になっているのかしらね……)
ミーティアは疑問に思って見ていたが、ああ、なるほど、と納得し始めた。ロビンは闇雲に振り回しているのではなく、片手剣の型を覚えようとしているのだろう、しばらく見ていれば規則性があることに気付く。
見ていたミーティアに気付いているはずのロビンだが、その様子は真剣そのものだったので、ミーティアはその場を後にして、調理場へと足を運ぶ。食器棚からポットやカップを取り出し、トムに頼んでお湯を用意してもらうと、茶葉を入れたポットに湯を注いでワゴンにセットした。
「お嬢様、申し訳ありませんねぇ……」
「勝手知ったる我が家の調理場よ、気にしないで」
貴族令嬢が自分でお茶の支度をすることはほとんどないが、そこは相変わらずの人手不足であるマッコール家だ。自分の事は自分で、である。
ワゴンを押しながら中庭へ出向くと、ちょうどランディとロビンが休憩に入ろうとしているところだった。
「ランディ様、ロビン、お茶でもいかが?」
「お嬢様、わざわざお持ちいただいてすみません」
「わあ、姉さま、ありがとう!」
二人は、ランディが整備してくれた後に置かれた丸テーブルと椅子に近付いてきた。ロビンの額には汗のせいか髪が貼り付き、頬はバラ色に上気している。
マッコール家の天使であるロビンは、たった三か月一緒にいなかっただけなのに、随分しっかりしてきたようにミーティアには見えた。
「ロビンは、熱心に教えていただいているのね」
ミーティアはカップに紅茶を注ぎ、それぞれの前に置くと、ワゴンに乗せていた焼き菓子の載った皿を真ん中に置いた。
「うん、ランディ様とレナード様に、教えていただけるうちに鍛錬しておきたいと思って」
ロビンはにっこりと笑って、カップに口を付けた。
「さすがガラント師匠のお孫さんですよ、呑み込みが早いのなんのって」
ランディが手放しで褒めると、ロビンははにかんだ笑顔を見せる。
「それは教えてくださるランディ様とレナード様のお陰です」
「いやあ……参ったなぁ」
ロビンに言われたランディは頭の後ろに手をやると、照れたような顔をしていた。
ーーー人たらし、健在である。
末恐ろしい子と思いながら、ミーティアは皿に載った菓子を勧め、姉さまはお茶を飲まないの?というロビンに、調べものがあると答えて自室へと戻る。
もうすっかり我が家の一員に溶け込んではいるが、そもそも彼らは第三騎士団所属の騎士様である。せめてロビンが学園に入学するまでいてくれると有難いのだけど、とミーティアは思っていた。
*****
その頃、北の国ノージールルドではーーー
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「旦那、大丈夫ですかい?」
「ああ……くっ……」
二人の男は追手から逃れ、森の廃屋に潜んでいた。
「ちょっと見せてもらいますよ……こりゃ、ひでぇな……」
旦那と言われた男は、背中に酷い傷を負っていた。
「医者に、見せないと……」
「わかっている……」
その顔には玉のような汗が浮かび、顔も赤く、熱が出ているのだろう、ガタガタと震えている。
「旦那、俺のせいで、すみません……」
俺がしくじったせいで、旦那をこんな目に、と男が続けようとすると、旦那と呼ばれた男は苦しい息を吐きながらも、ゆるゆると首を振った。
「お、まえのせいではない……気に……する……な」
「でも……」
「それよ……り……すま……ないが……水を……」
「水ですね、すぐ汲んできやすからっ!」
男は水筒を手に持ち、すっと立ち上がると、素早い動作の割には物音をほとんど立てずに小屋を出て行った。
傷を負った男は、朦朧とした意識の中で、故郷へ残してきた家族へ思いを馳せていた。ここで死ぬわけにはいかない、必ず家族の許へ戻る……苦しい息の中、そのことだけを思い続けていた。
*****
ノージールルド王宮内ーーー
「それは、真か?」
「はい」
「そうか……」
眉間に皺を寄せて執務机で考え込む青年は、この国の王子である『アンソニー・テオ・ノージールルド』である。
「この話、そなた以外に聞いたものはおるか?」
「御前会議で仰せでございましたので、それは、もちろん」
「なんだと?」
「あくまで休憩の際の、雑談と言った風に冗談めかして仰っておいででしたが」
「……」
「心中お察し申し上げます……」
アンソニーの傍らに控えているのは、次期宰相と目されている青年だ。彼はこの国の宰相を代々勤める家柄の出身である。
「宰相はなんと?」
「父は相変わらずですので」
「……ふむ……」
アンソニーの眉間の皺は更に深くなる。父である国王は、密かな野望を抱いていることを幼少の頃から知ってはいたが、まさか本気で実行に移そうとしているとは、いや、まさか、と心の内はせめぎ合っていた。
北の国は一年の半分近くを氷と雪で閉ざされ、国民の多くは質素に暮らしている国だ。隣国と接しているピラード山脈の他にもいくつか山があり、主力産業は鉱山採掘と林業だが、天然資源だけではいずれ枯渇するだろう。そのことはここ百年ほど前から大きな課題であり、ノージールルド王家はその課題に頭を悩ませてきた。
ノージールルドの建国は、フォリシア大陸に降り立った神より遣わされた神の子『ルルド』によって民族を統治したところから始まる。いくつかの小さな部族を時に宥め、時に力を持って制し、そうして今に続いている。
北の国以外の国々も多少の違いはあれど、建国の歴史というのはそんなものだろう。
ーーー父の野望を叶えるには、大きな犠牲と膨大な時間、そして大金が必要となるに違いない、そのことをアンソニーは憂いていた。
*****
屋敷に戻って二日目、中庭から相変わらず剣戟の音がしている。朝食を食べに行く途中、中庭に寄ると、母グロリアが見ている傍でランディとレナードが剣を交えていた。
「おはようございます、お母さま」
「ミーティア、おはよう」
「珍しいですわね、お母さまはお相手されないの?」
「ふふ、さすがにお二人をお相手するのは、私でもしんどいのよ」
そんなことをしれっと言うグロリアだが、その目は二人の動きを真剣に追っていた。
グロリアはふいに二人の動きを止めると、近寄っていき、手に持っていた長剣を構えて二人に説明している。
「そこは、こうね。ランディ様はこの時はこう。やってみて」
「「はい」」
グロリアの指導に二人は真剣に頷き、また向き合って長剣を交えている。
「先に食堂へ行っていて。後で行くわ」
「はい、お母さま」
ミーティアは今日の予定を頭の中で整理する。食事をした後はトリル村とオビート村へ向けて出発する。アンのところへは明日、向かうことになっているから、トリル村の工場を視察した後クリスと話をして、どこかで昼食を食べようと算段を付ける。
食堂へ行く前に調理場へ寄ると、料理長であるトム、ニナ、ナンシーが忙しそうに立ち働いていた。
「お嬢様、おはようございます!」
ナンシーがミーティアに気付いて声を掛けてくれた。
「ナンシー、おはよう。忙しいところごめんなさいね、朝食とは別に、お昼用にサンドイッチを作ってもらえないかお願いしにきたの」
ナンシーは両手を合わせ、合点がいったとばかりに頷いた。
「今日はお出かけでしたね、朝食の準備が終わったら料理長にお願いしておきますね」
「ありがとう、ナンシー」
ミーティアは食堂へ入ると、すでにロビンが席に着いていた。
「おはよう、ロビン」
「姉さま、おはようございます」
ロビンのサラサラとした金色の髪が、陽光にキラキラと輝いている。可愛い、私の癒し天使だ、とミーティアは悶えそうになりながらも、自分の席に座った。
しばらく待っていると、グロリアとレナード、ランディが連れ立ってやってくる。
「お母さま、レナード様、ランディ様、おはようございます」
ミーティアとロビンが挨拶すると、三人は口々に朝の挨拶を返してくれた。
やはり家で食べる食事というものは、質素ながらも楽しいものだ。いつもは寮で一人か、アリスンと食べているミーティアは、家族の食事というものの有難みをひしひしと感じていた。
*****
トリル村の絹織物の工場に着いて、カークスの介添えで馬車を降りると、クリスが出迎えてくれていた。
「お嬢様、ご無沙汰しております」
「クリス、元気そうで安心したわ。皆も元気かしら?」
「ええ、お嬢様のお陰で、仕事も増えて、皆はりきってますよ」
クリスが満面の笑みで応える。
ミーティアは、強撚糸で織ったシフォンを横糸と縦糸を違う糸で織るように、手紙で指示を出していた。それについて尋ねると、クリスは大きく頷く。
「もちろん、出来上がってます。後はお嬢様にご覧いただくのを待つばかりですよ」
「さすがね、クリス!楽しみにしていたの」
クリスに連れられて、いつもお邪魔していた部屋へ通される。この部屋は父であるニールとよく訪れていた部屋だ。あの頃と何も変わっていないが、一人でクリスを待っているうち、ふとミーティアは父を思い出した。
(そういえば、お父さまがいなくなってからもう二年以上も経つんだわ……大馬鹿オヤジめ、今頃、どうしているのやら……)
母グロリアに、父から連絡があるかと問うたこともあるが、その度に眉が顰められるので、ここ一年ぐらいは聞いたことがなかったなと思い出す。
屋敷に戻ったら久しぶりに聞いてみよう、この部屋で久しぶりに父を思い出したミーティアは、クリスを待つ間、暢気にそんなことを考えていた。
あの時は、よく読んでみようと思って自室へ持ち帰ったが、結局、じっくりと読む時間がなくてそのままになっていたのだ。
母に言って王都へ持って行ってもよいか後で聞いておこうと、手に持って図書室を出る。
屋敷に戻った日は、久しぶりの料理長の手による晩餐を食べ、いない間の出来事を皆が色々と聞かせてくれたので眠るのが遅くなってしまい、翌日から早速動き回ろうと思っていたのだが、大幅に予定を変更せざるを得なくなった。早い話が寝坊したのである。
自室へ向かう途中の中庭で、ロビンがランディ相手に剣の稽古をしているのが見えた。ロビンが手にしているのは子供でも比較的扱い易い片手剣だ。
「坊ちゃん、どこからでもかかっていらっしゃい」
「えーいっ!!」
ロビンが思い切り切りかかっていくが、ひょいと避けられてしまう。だが、ランディは避ける一方で、腰に佩いた剣は抜かれる気配すらなかった。
(あれで鍛錬になっているのかしらね……)
ミーティアは疑問に思って見ていたが、ああ、なるほど、と納得し始めた。ロビンは闇雲に振り回しているのではなく、片手剣の型を覚えようとしているのだろう、しばらく見ていれば規則性があることに気付く。
見ていたミーティアに気付いているはずのロビンだが、その様子は真剣そのものだったので、ミーティアはその場を後にして、調理場へと足を運ぶ。食器棚からポットやカップを取り出し、トムに頼んでお湯を用意してもらうと、茶葉を入れたポットに湯を注いでワゴンにセットした。
「お嬢様、申し訳ありませんねぇ……」
「勝手知ったる我が家の調理場よ、気にしないで」
貴族令嬢が自分でお茶の支度をすることはほとんどないが、そこは相変わらずの人手不足であるマッコール家だ。自分の事は自分で、である。
ワゴンを押しながら中庭へ出向くと、ちょうどランディとロビンが休憩に入ろうとしているところだった。
「ランディ様、ロビン、お茶でもいかが?」
「お嬢様、わざわざお持ちいただいてすみません」
「わあ、姉さま、ありがとう!」
二人は、ランディが整備してくれた後に置かれた丸テーブルと椅子に近付いてきた。ロビンの額には汗のせいか髪が貼り付き、頬はバラ色に上気している。
マッコール家の天使であるロビンは、たった三か月一緒にいなかっただけなのに、随分しっかりしてきたようにミーティアには見えた。
「ロビンは、熱心に教えていただいているのね」
ミーティアはカップに紅茶を注ぎ、それぞれの前に置くと、ワゴンに乗せていた焼き菓子の載った皿を真ん中に置いた。
「うん、ランディ様とレナード様に、教えていただけるうちに鍛錬しておきたいと思って」
ロビンはにっこりと笑って、カップに口を付けた。
「さすがガラント師匠のお孫さんですよ、呑み込みが早いのなんのって」
ランディが手放しで褒めると、ロビンははにかんだ笑顔を見せる。
「それは教えてくださるランディ様とレナード様のお陰です」
「いやあ……参ったなぁ」
ロビンに言われたランディは頭の後ろに手をやると、照れたような顔をしていた。
ーーー人たらし、健在である。
末恐ろしい子と思いながら、ミーティアは皿に載った菓子を勧め、姉さまはお茶を飲まないの?というロビンに、調べものがあると答えて自室へと戻る。
もうすっかり我が家の一員に溶け込んではいるが、そもそも彼らは第三騎士団所属の騎士様である。せめてロビンが学園に入学するまでいてくれると有難いのだけど、とミーティアは思っていた。
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その頃、北の国ノージールルドではーーー
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「旦那、大丈夫ですかい?」
「ああ……くっ……」
二人の男は追手から逃れ、森の廃屋に潜んでいた。
「ちょっと見せてもらいますよ……こりゃ、ひでぇな……」
旦那と言われた男は、背中に酷い傷を負っていた。
「医者に、見せないと……」
「わかっている……」
その顔には玉のような汗が浮かび、顔も赤く、熱が出ているのだろう、ガタガタと震えている。
「旦那、俺のせいで、すみません……」
俺がしくじったせいで、旦那をこんな目に、と男が続けようとすると、旦那と呼ばれた男は苦しい息を吐きながらも、ゆるゆると首を振った。
「お、まえのせいではない……気に……する……な」
「でも……」
「それよ……り……すま……ないが……水を……」
「水ですね、すぐ汲んできやすからっ!」
男は水筒を手に持ち、すっと立ち上がると、素早い動作の割には物音をほとんど立てずに小屋を出て行った。
傷を負った男は、朦朧とした意識の中で、故郷へ残してきた家族へ思いを馳せていた。ここで死ぬわけにはいかない、必ず家族の許へ戻る……苦しい息の中、そのことだけを思い続けていた。
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ノージールルド王宮内ーーー
「それは、真か?」
「はい」
「そうか……」
眉間に皺を寄せて執務机で考え込む青年は、この国の王子である『アンソニー・テオ・ノージールルド』である。
「この話、そなた以外に聞いたものはおるか?」
「御前会議で仰せでございましたので、それは、もちろん」
「なんだと?」
「あくまで休憩の際の、雑談と言った風に冗談めかして仰っておいででしたが」
「……」
「心中お察し申し上げます……」
アンソニーの傍らに控えているのは、次期宰相と目されている青年だ。彼はこの国の宰相を代々勤める家柄の出身である。
「宰相はなんと?」
「父は相変わらずですので」
「……ふむ……」
アンソニーの眉間の皺は更に深くなる。父である国王は、密かな野望を抱いていることを幼少の頃から知ってはいたが、まさか本気で実行に移そうとしているとは、いや、まさか、と心の内はせめぎ合っていた。
北の国は一年の半分近くを氷と雪で閉ざされ、国民の多くは質素に暮らしている国だ。隣国と接しているピラード山脈の他にもいくつか山があり、主力産業は鉱山採掘と林業だが、天然資源だけではいずれ枯渇するだろう。そのことはここ百年ほど前から大きな課題であり、ノージールルド王家はその課題に頭を悩ませてきた。
ノージールルドの建国は、フォリシア大陸に降り立った神より遣わされた神の子『ルルド』によって民族を統治したところから始まる。いくつかの小さな部族を時に宥め、時に力を持って制し、そうして今に続いている。
北の国以外の国々も多少の違いはあれど、建国の歴史というのはそんなものだろう。
ーーー父の野望を叶えるには、大きな犠牲と膨大な時間、そして大金が必要となるに違いない、そのことをアンソニーは憂いていた。
*****
屋敷に戻って二日目、中庭から相変わらず剣戟の音がしている。朝食を食べに行く途中、中庭に寄ると、母グロリアが見ている傍でランディとレナードが剣を交えていた。
「おはようございます、お母さま」
「ミーティア、おはよう」
「珍しいですわね、お母さまはお相手されないの?」
「ふふ、さすがにお二人をお相手するのは、私でもしんどいのよ」
そんなことをしれっと言うグロリアだが、その目は二人の動きを真剣に追っていた。
グロリアはふいに二人の動きを止めると、近寄っていき、手に持っていた長剣を構えて二人に説明している。
「そこは、こうね。ランディ様はこの時はこう。やってみて」
「「はい」」
グロリアの指導に二人は真剣に頷き、また向き合って長剣を交えている。
「先に食堂へ行っていて。後で行くわ」
「はい、お母さま」
ミーティアは今日の予定を頭の中で整理する。食事をした後はトリル村とオビート村へ向けて出発する。アンのところへは明日、向かうことになっているから、トリル村の工場を視察した後クリスと話をして、どこかで昼食を食べようと算段を付ける。
食堂へ行く前に調理場へ寄ると、料理長であるトム、ニナ、ナンシーが忙しそうに立ち働いていた。
「お嬢様、おはようございます!」
ナンシーがミーティアに気付いて声を掛けてくれた。
「ナンシー、おはよう。忙しいところごめんなさいね、朝食とは別に、お昼用にサンドイッチを作ってもらえないかお願いしにきたの」
ナンシーは両手を合わせ、合点がいったとばかりに頷いた。
「今日はお出かけでしたね、朝食の準備が終わったら料理長にお願いしておきますね」
「ありがとう、ナンシー」
ミーティアは食堂へ入ると、すでにロビンが席に着いていた。
「おはよう、ロビン」
「姉さま、おはようございます」
ロビンのサラサラとした金色の髪が、陽光にキラキラと輝いている。可愛い、私の癒し天使だ、とミーティアは悶えそうになりながらも、自分の席に座った。
しばらく待っていると、グロリアとレナード、ランディが連れ立ってやってくる。
「お母さま、レナード様、ランディ様、おはようございます」
ミーティアとロビンが挨拶すると、三人は口々に朝の挨拶を返してくれた。
やはり家で食べる食事というものは、質素ながらも楽しいものだ。いつもは寮で一人か、アリスンと食べているミーティアは、家族の食事というものの有難みをひしひしと感じていた。
*****
トリル村の絹織物の工場に着いて、カークスの介添えで馬車を降りると、クリスが出迎えてくれていた。
「お嬢様、ご無沙汰しております」
「クリス、元気そうで安心したわ。皆も元気かしら?」
「ええ、お嬢様のお陰で、仕事も増えて、皆はりきってますよ」
クリスが満面の笑みで応える。
ミーティアは、強撚糸で織ったシフォンを横糸と縦糸を違う糸で織るように、手紙で指示を出していた。それについて尋ねると、クリスは大きく頷く。
「もちろん、出来上がってます。後はお嬢様にご覧いただくのを待つばかりですよ」
「さすがね、クリス!楽しみにしていたの」
クリスに連れられて、いつもお邪魔していた部屋へ通される。この部屋は父であるニールとよく訪れていた部屋だ。あの頃と何も変わっていないが、一人でクリスを待っているうち、ふとミーティアは父を思い出した。
(そういえば、お父さまがいなくなってからもう二年以上も経つんだわ……大馬鹿オヤジめ、今頃、どうしているのやら……)
母グロリアに、父から連絡があるかと問うたこともあるが、その度に眉が顰められるので、ここ一年ぐらいは聞いたことがなかったなと思い出す。
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