征空決戦艦隊 ~多載空母打撃群 出撃!~

蒼 飛雲

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欧州遠征

第70話 数多の戦艦

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 航海の間、生沢長官は長官室に引きこもっていることが多い。
 中将の階級を持つエライさんが側にいれば、周りの人間もなにかと気疲れするだろうという配慮からだ。
 それに、生沢長官としても人目を気にする必要が無いから、理由としてはむしろこちらのほうが大きかった。
 そんな長官室だが、そこに気軽に出入りする者も存在した。
 その筆頭が志津頼航空甲参謀だった。

 「すでに開戦から一〇カ月以上も経つというのに、なぜか英艦隊とは干戈を交えたことが一度もありませんね」

 定時の対潜哨戒に飛び立った九九艦爆。
 それを見送ってきた志津頼航空甲参謀が、忙中閑ありといった風情で生沢長官に話しかける。

 「そうだな。マレー沖海戦は基地航空隊、インド洋海戦は第一航空艦隊がそれぞれ英艦隊を相手取ったからな」

 生沢長官が率いる第二航空艦隊は、その戦力の大きさから太平洋艦隊と対峙することが多かった。
 そのこともあってか、生沢長官自身は英艦隊と戦った経験は皆無だった。

 「仮に我々が欧州に無事にたどり着けたとして、英艦隊はどう出てきますかね。相手は空母が劣勢な一方で、逆に戦艦は圧倒的に優勢です。そうであれば、水上砲雷撃戦に活路を見出そうとしてくると思うのですがね。あるいは、思い切って攻撃力はそのすべてを水上打撃艦艇に委ね、空母のほうは戦闘機だけを載せて傘の役割に徹するといったことも考えられますが」

 英海軍が現在保有する空母のうちで、艦隊戦に使えるのは「イラストリアス」と「ビクトリアス」の二隻の装甲空母と、それに旧式の「フューリアス」の三隻のみだ。
 空母の数で二倍、艦上機の数ではさらにその差が隔絶する遣欧機動部隊が相手であれば、英空母が勝機を見出すことは不可能だと言ってもいいだろう。

 だが、そうであったとしても彼らは逃げることができない。
 遣欧艦隊を地中海から大西洋へと素通しにすれば、それこそ英国周辺海域に日の丸をつけた艦上機が飛び回ることになる。
 そして、ユニオンジャックを掲げた商船がことごとく撃沈の憂き目に遭うことになるだろう。

 それゆえに、決戦を強いられる形になる彼らが、空母とそれに艦上機の数的劣勢を補うべく、攻撃を捨てて戦闘機による防御に徹してくる。
 そう志津頼航空甲参謀は予想している。
 それは、生沢長官の見立てとも一致していた。

 「たぶん、貴官の言った通りのやり方で英海軍は我々を迎え撃とうとするはずだ。旧式戦艦で遣欧打撃部隊を抑え、『ヴィットリオ・ヴェネト』級戦艦に対しては『キング・ジョージV』級戦艦をぶつける。そして、数に勝る巡洋艦や駆逐艦で遣欧機動部隊に殴り込みをかけ、大砲と魚雷でこちらの空母を討ち取る。たぶん、そういったシナリオを描いていると思う」

 相手が取るであろう手段をここまで明確に予想しているということは、生沢長官はそれを裏付けるだけの何か特別な情報を持っている。
 だから、志津頼航空甲参謀はそのことを尋ねる。

 「これは情報を扱う部署に勤務するかつての部下から聞いた話だが、英海軍は三隻の空母以外に一四隻の戦艦とそれに一隻の巡洋戦艦を保有しているとのことだった。ただし、戦艦のうちで『クイーン・エリザベス』については動ける状態にはないから、こちらは実質一三隻ということになる。一方で我々のほうはイタリア艦隊を勘定に入れても九隻にしか過ぎない。それゆえに、空母で劣勢な彼らはその不利を補う手段として戦艦の活用を考えている」

 生沢長官は英戦艦の数のみならず、その稼働状況まで把握している。
 そのことで、志津頼航空甲参謀はそれら戦艦の内訳を尋ねる。
 航空参謀としては、是非とも頭に入れておきたいデータだ。
 それに、眼前の人間からは航空参謀だけでなく情報参謀やあるいは作戦参謀のような仕事まで押し付けられ、そしてこき使われている。

 「まず、空母以外で最大の脅威となるのが新型戦艦だ。その『キング・ジョージV』級戦艦は現在のところ三隻が戦力化されている。しかし、一二月になればさらに一隻が増える見込みとなっている」

 「キング・ジョージV」級戦艦は主砲口径こそ三六センチと小ぶりだが、一方で旧式戦艦を大きく上回る速度性能を持つ。
 脚の遅い「赤城」や「加賀」を抱える遣欧機動部隊にとっては、空母の次に警戒を要する相手だ。
 そして、それが四隻も存在する。

 一方、これら「キング・ジョージV」級戦艦に対抗できるのは、イタリア海軍の「ヴィットリオ・ヴェネト」級戦艦しかないだろう。
 同級は額面上のスペックについては「キング・ジョージV」級戦艦を上回っている。
 しかし、こちらは三隻しかない。
 もし、三隻の「ヴィットリオ・ヴェネト」級戦艦と四隻の「キング・ジョージV」級戦艦が戦えば、十中八九勝利するのは英側だ。

 「旧式のほうは『クイーン・エリザベス』級戦艦が四隻あるが、しかし先程も言った通り『クイーン・エリザベス』のほうは使えない。なので、こちらは実質三隻だ。それと『リヴェンジ』級戦艦のほうは四隻すべてが稼働状態にある。『ネルソン』級についてはこれが二隻だから、合わせて九隻になる」

 「クイーン・エリザベス」級戦艦と「リヴェンジ」級戦艦はともに三八センチ砲を八門装備する。
 また、これらよりも新しい「ネルソン」級戦艦のほうは四〇センチ砲が九門だ。
 一方、遣欧打撃部隊のほうは四一センチ砲搭載戦艦が二隻に三六センチ砲搭載戦艦が四隻だから、明らかに英側が優勢だ。
 そのうえ、彼らにはまだ巡洋戦艦の「レナウン」が残っている。

 「結構ヤバい状況ですね。空母が三隻しかないと侮っていたら、敵の軽快艦艇に足元をすくわれかねません」

 先ほど生沢長官が語った英艦隊の行動予測に得心がいったのだろう。
 志津頼航空甲参謀が少しばかりその表情を曇らせる。

 「イタリア海軍とドイツ海軍がもう少ししっかりしていれば、こちらの苦労も少なくて済むんですけどね」

 志津頼航空甲参謀のボヤキに、生沢長官もまた苦い表情で首肯する。
 英海軍の戦艦が充実している一方で、ドイツ海軍とイタリア海軍のそれはスカスカと言ってもいいような状態だった。

 ドイツ海軍のほうは欧州最強戦艦の呼び声も高かった「ビスマルク」を撃沈され、さらに姉妹艦の「ティルピッツ」もまた、英潜水艇の攻撃を受けて大破の判定を受ける大損害を被っていた。
 同艦の修理には長時日を要することから、今回の作戦期間中は完全に戦力外となっている。
 それと、ドイツ海軍には他に「シャルンホルスト」と「グナイゼナウ」の二隻の巡洋戦艦があったが、しかし同級は英国の戦艦と撃ち合うにはあまりにも力不足だった。

 一方、イタリア海軍だが、こちらは旧式戦艦については英戦艦に対抗可能なものは、はっきり言って一隻も無い。
 頼れるのは三隻の「ヴィットリオ・ヴェネト」級戦艦くらいのものだ。

 「貴官が言うように、ドイツ海軍とイタリア海軍がしっかりしていれば、我々の負担もそれほど大きなものにはならずに済んで良かったのだがな」

 旧式戦艦で六対九、新型戦艦もまた三対四でいずれも英側に対して劣勢を強いられている。
 それでもなお、日伊の艦隊はその英艦隊の防衛線を突破して大西洋へと抜け出さなければならない。

 「そうなってくると、やはり鍵を握るのは遣欧機動部隊の艦上機ということになってきますね。砲雷撃戦の前に彼らがどれだけ英艦隊に打撃を与えうるかで勝負が決まる」

 志津頼航空甲参謀の力説に耳を傾けつつ、生沢長官のほうは英海軍がどう動くのかを考えている。

 (英海軍は間違いなく地中海の出口付近で待ち伏せている。むざむざと我々を大西洋に放流するような真似はしないはずだ)

 もし、遣欧艦隊がたいした被害を受けずに大西洋に進出、そしてそこに含まれる空母が散開した場合、英海軍がこれを捕捉撃滅することは極めて困難となる。
 だからこそ、やるなら相手の位置情報がはっきりしている間だ。
 その時に、全戦力を相手にぶつける。
 しかも、損害は度外視したうえで。
 そうでなければ、遣欧艦隊を止めることはできない。
 そして、遣欧艦隊を止めることができなければ、待つのは英国の破滅だ。
 だからこそ背水の陣、あるいは捨て身の精神で連中はこちらに立ち向かってくる。

 (やりにくいな)

 国や愛する者たちを背に戦う連中は強い。
 ジョンブルであれば、なおのことだろう。

 (だが、容赦はせん。こちらも戦争を早く終わらせたいのでな)

 生沢長官は連合艦隊司令長官の山本大将のように、短期決戦早期和平を指向しているわけではない。
 ただ、山本長官がその信念とする短期決戦早期和平については、それが現実を省みない画餅だと思っているからこそ、与していないだけの話だ。

 (まずは英国を戦争から退場させ、米国が掲げる欧州解放の大義名分を毀損させる)

 英国を下した時点で米国が戦争の舞台から降りるかどうかは、ひとえにルーズベルト大統領の考え方次第だ。
 生沢長官は、ルーズベルト大統領は戦争を捨てるつもりは無いとにらんでいるが、しかしそれもまずは英艦隊を撃滅してからの話だ。

 (まずは、目先のことから一つずつだな)

 そう考え、生沢長官は志津頼航空甲参謀とともに必勝の戦策を練っていく。
 英艦隊との決戦の時は間近に迫っていた。
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