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二章
オタクの気持ちは難しい
しおりを挟むとにかく呪いが解けたと確信できるまでアルロは家に閉じ込めておくとエドモンドに爽やかな顔で宣言された。
それってつまり学園にもしばらく来れないかもしれないってことで……。
(……授業のノート、ちゃんと取っておいてやろう)
さて、善は急げ。マリアベルとの作戦は今週末に行うことにした。
それまで束の間の休息である。ここしばらく大変なことが立て続けに起きすぎて、ぶっちゃけ休みたくて休みたくて仕方ない。
リアムにほぼ抱えられるような形でエドモンドの家を去り、超高速で我が家に帰る。
「シャノン」
「あにう……じゃなくて。リアム?」
米俵みたいに抱えられている俺を両親が不可思議そうな顔で見ていたけど、リアムはそんなことを気には止めずズンズンと自室へ足を進める。
部屋に入れば優しくベッドに降ろされ、視界いっぱいに苦しげな顔をしたリアムが映った。
「シャノン……、はあ。無事で本当によかった。……俺は、何もできなくて」
そのまま覆い被さるように彼の体重がかかる。押し倒される姿勢にときめく前に、リアムがつらそうなのが耐えられなくて手足を目一杯伸ばし義兄に抱きつく。
「僕っ、リアムに会いたいからこそ頑張れました! 早く会いたくて、だから、だから怖くても大丈夫でした」
俺ってまあまあメンタル強いと思うんだけど、今回のことはさすがにこたえた。
友人だと思ってた人に急に誘拐されて求愛されて、呪いの効能とはいえ話は通じないし、マリアベルのことも守りたかったし、精霊たちとは連絡つかないし……。
正直あっさり心は折れそうだった。でもリアムに会えなくなるのは嫌で、だからどうしても脱出しなきゃって気持ちを奮い立たせられたんだ。
「貴方がいたから僕はこんなに早く帰ってこれたみたいなものですよ。リアムはちゃんと、僕の心を守ってくれました」
「しかし、結局はエドモンドが」
「リアムっ!」
弱々しい声を聞き、頑張って力を込めて身体を起こす。そのまま逆に彼を押し倒す形にして体の上に跨り、リアムの両頬を手で挟んだ。
「僕を見て。リアムが僕のこと好きでいてくれてなかったら、僕はあんなに頑張って脱出しようなんて思わなかった。貴方が助けに来てくれたって分かった時、すごくすごく安心しました。……リアム、大好き」
ええい、男は度胸! と義兄の唇に触れるだけのキスを落とす。
めちゃくちゃ照れるけど仕方ない。これもリアムにこんな顔させたくないがためだ。
俺からこんなことしたことないし、恥ずかしさでだんだん顔が赤くなるのが自分で分かるけど、ここで目を逸らしちゃいけないと思ってじっと視線を絡めた。
「シャノン」
「はい、ここにいます」
「……シャノン」
リアムはそっと身体を起こすと、俺を膝の上に乗せた姿勢のまま力強く掻き抱く。
すごく心配させちゃったんだろうなー、とか、ていうか俺って毒効かないはずなのになんであんな簡単に意識失っちゃったんだろうとか、頭の中で思考が混ざる。
そんな俺の顔中に優しい口付けが降ってきて、くすぐったさで笑い声が漏れた。
「……シャノン、シャノン。好きなんだ。君を守るために強くなると誓うから、まだ、俺の傍にいてほしい」
「ずっとずっといますよ。それに僕って、案外強いですから。大丈夫」
そんなこと告げると、リアムは「……好きな子を守りたいと思うのは、男なら当然だろう」と照れたように口元を緩ませた。
その、なんか……純粋な想いに俺のハートに矢が何本も突き刺さる。
(わーーーっ、あのリアムが俺のことで弱気になってるのすごい可愛いとか思っててごめんなさい!)
リアムはこうやって俺をメロメロにするセリフをしれっと言うところがずるい。対俺用の最強兵器だ。
「ところで」
「はい?」
「一緒にいた彼女と、ずいぶん仲が良さそうだったが」
彼女……あ、マリアベルのことか。
「仲が……。どうなんでしょう、優しい人だとは思いますけど……。あっ、あ、ダメですよ! あの人は兄上のことが好きなんですから、マリアベルに興味持つのは嫌ですっ」
俺はあの人のことは全然嫌いじゃないし、同郷のよしみで仲良くしたいまであるが間違いなく恋のライバルなのである。
リアムは俺のだなんて宣言できるほどの豪胆さは持ち合わせてないけど、なるべく接触の機会が少なくあって欲しいのが本音だ。
「……なるほど、心配するようなことはないみたいだ」
途端に慌て出した俺をきょとんとした顔で見てからそう優しく笑う。
その顔にまたドキドキしていると不意にリアムの吐息が首元にかかった。
「リアム?」
首筋を唇でなぞられて思わず腰が跳ねる。
なんだかそわそわしてしまい、視線を右往左往としきりに動かす。
「ぁっ、いっ……、?」
突如鈍い痛みがそこに走った。噛まれた……わけじゃなさそうだけど、なんだろう。
答えを求めるべくリアムを見れば彼は口の端を釣り上げてちょっと得意げな顔をした。
「?? 何かされました?」
「ん? いや、気にしなくていい。悪影響はないから」
正解を口にするつもりはないようである。
まあ、リアムが大丈夫っていうならいいか。
「……ふむ、しかしここだけじゃ足りないかもしれないな。君は随分色々な人から好意を寄せられているようだから、もっと……」
「シャノンちゃんーーー!!! 無事でよかった!!!」
俺の髪を指で弄りながらなんだか大人な顔をしたリアムが目の前に迫る。
その雰囲気にどきりと心臓が跳ねた瞬間、背後にものすごい衝撃が走って義兄ごとベッドに倒れ込んでしまった。
「あたた……え、テディ?」
「おうっ。お前らを迎えに行くのはマシュに任せて俺は色々調べ物を……ってそれはどうでもよくて。シャノンちゃんと意思疎通できないなんてオレが見えなかった時以来だからめちゃくちゃ焦った」
「おい! バカテディ、おまえ空気読めよな!」
頭から背中に突っ込んできたテディがまるで甘えるみたいにぐりぐりと頭を擦り付けてくる。
それを引き剥がすべくマシュもぬるっと現れて、随分部屋が騒がしくなった。
「……ふふ」
なんだか急に帰ってきたって強く実感が湧いて、ちょっと泣きそうになる。
リアムが黙って俺の頭を腕の中に抱え込んでくれた。それに甘えることにして目を閉じると、急激に睡魔が襲ってくる。
「……? なんか、ねむ……」
「今日は興奮で寝れねえかもしれないから、睡眠魔法かけた。無理矢理でも寝たほうがいいだろ」
「あー……。テディ、ありやと……」
まずい、うまく呂律が回らない。寝かせてもらえるのはいいけどどうして今なんだ。外から帰ったばっかで、ここで寝るわけには……。
「おやすみ、シャノン」
優しい声が聞こえたのを最後に、俺はあっさり眠りに落ちた。
「マリアベルっ、おはよう!」
「……貴方、めちゃくちゃ元気ね」
それから数日後。マリアベルとの約束の日にちになるまで、俺はもう溶けるんじゃないかってくらい義兄に甘やかされた。
リアムの膝の上に乗せられて餌付けしまくられるし、夜寝る時は隙間ってなんすか? ってレベルで抱きしめられてるし、なんなら学園でも休み時間のたびに顔を見にくるからザックから生ぬるい半笑いを食らった。
そう、めちゃくちゃ過保護になってしまったのである。だから……。
「ていうかっ、なんでリアム様もいるのよ!」
いやあ……。だって、ねえ……。
自分も連れて行かないならどんな手を使ってでも外出はさせないとやたら怪しい雰囲気を醸し出しながら腰を抱かれたら、俺には高速で首を縦に振る以外選択肢は……。
「大丈夫。一定の距離は取っておくって言ってたから」
「そうじゃないでしょ! それに、いいの? 私に会わせて。……その、リアム様のことでシャノンには迷惑かけたのに」
困ったように眉を寄せるマリアベルに、ちょっとだけ苦い思いが喉に広がる。
でもなんか、俺的には誘拐事件を経て、マリアベルとはもう友達みたいな気分になっちゃってるっていうか……。
「あの……。俺、マリアベルと仲良くなりたいっていうか……。もちろん、貴女が俺の顔も見たくないっていうなら諦めるけど」
「……ぐっ」
だってマリアベルからしたら俺は憎き泥棒猫だし、今回のことがなければ俺とこうやって会うなんてしなかったろうし。
けどやっぱり転生者同士っていう、お互いの秘密を共有してる人がいるのは心強い。
「ああっ、もう! あのね、もうリアム様のことは大体諦めついてるわよ。そもそもガチ恋じゃなかったのが舞い上がっちゃっただけだし……。貴方に八つ当たりしたの、本当に悪いと思ってる」
「あ、いや、それは全然大丈夫だって」
「……私の推し様が選んだ相手なんだから、貴方達のことちゃんと応援する。元々ここが乙ゲーだからって私の思い通りになる世界だなんて思ってないし。……いいわよ、別に仲良くしてあげても」
「!!」
美少女が顔を逸らしてツンデレを発揮している。
俺の方が歳下だけど、どことなく妹みのある可愛さを感じて思わずにっこにこになってしまった。
「シャノン。リアムがこいつら距離近くね? みたいな顔でこっち見てるけど」
友好の証に握手でもしようと手を差し伸べた時、耳元でこっそりテディに囁かれ、バッと背後を振り返った。
なるほど、確かにリアムが若干眉を寄せてこちらを見ている。
(……うっ、俺だってもしマリアベルとリアムが仲良くしてたらモヤモヤするし……)
彼の嫉妬心を確かに感じ取ってそそそ……とマリアベルから離れる。
彼女は訝しげな顔をして俺と同じように背後を見た後、納得したように頷く。
「あのリアム様がこんな嫉妬しいなんてね……。……そうか、シャノンといれば合法的にリアム様の新規ショットが毎秒見れるってことになるわ。お得ね。お金はどこに払えばいいのかしら」
「え? 何? 合法?」
「こっちの話。さて、準備はいい? 会いに行くわよっ、女神様に!」
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