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二人の距離
彼との約束
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悲しくないのに涙が出るのは、初めての経験だった。目が痛いのかと心配する蒼汰に、何度も大丈夫だと言って聞かせた。晃が手渡してくれたおしぼりが暖かくて、また泣けた事も思い出した。
「そう、ですね。ホントに俺って晃さんに世話になってばっかで」
「それはええねん、オレがやりたいからやから」
「いつか、いつか絶対お返ししますから。アパートの割り引いてもらってる分も、絶対に渡します」
「そんなんええねん。――それよりちょっと、お前さんに聞きたい事あるねん」
「なんでしょう?」
「死んだ奴との約束って、どこまで守らなあかんと思う?」
「――えっ……?」
頭に浮かんだのは、雪と交わした愛の言葉。あの時は幸福だった言葉だ。
「お前は雪との約束ずっと守ってたやん?でも今あの大男がいる。あいつはお前の事好きなんやろ?」
「どう、して……?」
「蒼汰にバレバレやで。分かりやすい男やって」
「そ、そうなんですか……」
なんとなく恥ずかしい。食べていたスプーンで米粒を集める。
「どうするんや?次はあの大男にするんか?――雪との約束は守らんのか?」
「――っ」
スプーンの動きが止まる。雪との約束。その言葉が侑吾には重くのしかかった。何度も交わした「愛している」の言葉。背中に回された手の暖かさ。目を瞑れば、今でも鮮明に思い出せる、優しく名を呼ぶ声。何度も言われたのは「蒼汰とお前だけを愛してる」の言葉。そして「侑吾も俺と蒼汰だけを見ていてほしい」という言葉だ。
「それ、は……」
「あいつ、独占欲凄かったからな。侑吾に関しては特に。仕事行かすのも嫌で、辞めさせられてたやん?」
「はい……それはそうです」
あの時仕事を辞めずに働き続けていれば、もう少し楽に生きられたかもしれない。仕事を辞めたことで雪と蒼汰と過ごす時間が増えたのだから、あの選択に後悔は無いが、もしも、と何度も考えたのは、仕事探しが難航したからだ。
「オレに紹介する時もな『侑吾には手を出すな』って何回も約束させられててん」
「それは、初めて聞きました」
「せやろなぁ。アイツええかっこしいやったし……ほんでな、本題やねんけど」
「あ、はい?」
「お前があの大男と付き合うって言うんやったら、雪との約束破る事になるやん?ほんなら、俺も雪との約束、そろそろ破ってもええかなって思うねんけど、どう思う?」
「い、いや、その……付き合うって決まったわけじゃないですし」
会話を切るために、侑吾は残っていたオムライスを口に入れていく。頬が少し膨らんでハムスターのようだ。
「ふぅん?なんでや?何が気に入らんのや?」
スプーンに侑吾自身の姿が逆に映りこむ。雪に教えて貰ったこの現象の名前はなんだったか。
「だって近藤さん、すごく良い人なんです」
「近藤って言うんか。ええ人やったら余計に付きおうたらええやん?」
「なんか、ああいう人が幸せな家庭を築くんだろうなって。すごく良い父親になりそうな気がしたんです」
「ハハ―ン、なるほど。数々の男の人生狂わせてきたからなぁお前。ここに来てやっと気付いたん?」
「そんな事は……昔の話ですし……」
スプーンを口に入れたまま、晃の言葉を反芻し、過去を振り返る。確かに昔、男を狂わせる魔性だと周りに言われていた時期が侑吾にはあったからだ。
「何より、俺自身が……本当に彼を好きなのか分からないですよね」
「どういうこっちゃ?」
「あの人――声が、雪さんに似ているんです。も、もちろん他は全然違いますよ?雪さんみたいに偉そうじゃなくて優しいし、俺の事良く助けてくれるし……ほんとに良い人で――。でもほら、やっぱり俺は男だし。やっぱりまだまだ男女での結婚が一般的だし。普通って事は一番幸せに近いって事だと思うんですよね」
「なるほどなぁ……まあ、じゃあ、お前さんが近藤くんと付き合うまではオレも雪との約束守る事にするわ」
そういうと、晃も止まっていたスプーンを動かし始めた。
「そういえば、雪さんと晃さんの約束って何なんですか?」
「……本気で言うてる?」
「何をです?」
「ん-……お前が近藤くんと良い仲になったら教えたるわ」
「もう!じゃあ聞けないかもしれないじゃないですか!」
「そうならそれでええねん。お前が誰のもんにもならんのやったら、それでええ」
「なんなんですか……!教えてくれないならもう良いです!」
ぷんぷんと肩をいからせながらも、米粒を一つも残す事なく侑吾は平らげた。そんな侑吾を晃はいつまでも優しい目で見守っていた。
「そう、ですね。ホントに俺って晃さんに世話になってばっかで」
「それはええねん、オレがやりたいからやから」
「いつか、いつか絶対お返ししますから。アパートの割り引いてもらってる分も、絶対に渡します」
「そんなんええねん。――それよりちょっと、お前さんに聞きたい事あるねん」
「なんでしょう?」
「死んだ奴との約束って、どこまで守らなあかんと思う?」
「――えっ……?」
頭に浮かんだのは、雪と交わした愛の言葉。あの時は幸福だった言葉だ。
「お前は雪との約束ずっと守ってたやん?でも今あの大男がいる。あいつはお前の事好きなんやろ?」
「どう、して……?」
「蒼汰にバレバレやで。分かりやすい男やって」
「そ、そうなんですか……」
なんとなく恥ずかしい。食べていたスプーンで米粒を集める。
「どうするんや?次はあの大男にするんか?――雪との約束は守らんのか?」
「――っ」
スプーンの動きが止まる。雪との約束。その言葉が侑吾には重くのしかかった。何度も交わした「愛している」の言葉。背中に回された手の暖かさ。目を瞑れば、今でも鮮明に思い出せる、優しく名を呼ぶ声。何度も言われたのは「蒼汰とお前だけを愛してる」の言葉。そして「侑吾も俺と蒼汰だけを見ていてほしい」という言葉だ。
「それ、は……」
「あいつ、独占欲凄かったからな。侑吾に関しては特に。仕事行かすのも嫌で、辞めさせられてたやん?」
「はい……それはそうです」
あの時仕事を辞めずに働き続けていれば、もう少し楽に生きられたかもしれない。仕事を辞めたことで雪と蒼汰と過ごす時間が増えたのだから、あの選択に後悔は無いが、もしも、と何度も考えたのは、仕事探しが難航したからだ。
「オレに紹介する時もな『侑吾には手を出すな』って何回も約束させられててん」
「それは、初めて聞きました」
「せやろなぁ。アイツええかっこしいやったし……ほんでな、本題やねんけど」
「あ、はい?」
「お前があの大男と付き合うって言うんやったら、雪との約束破る事になるやん?ほんなら、俺も雪との約束、そろそろ破ってもええかなって思うねんけど、どう思う?」
「い、いや、その……付き合うって決まったわけじゃないですし」
会話を切るために、侑吾は残っていたオムライスを口に入れていく。頬が少し膨らんでハムスターのようだ。
「ふぅん?なんでや?何が気に入らんのや?」
スプーンに侑吾自身の姿が逆に映りこむ。雪に教えて貰ったこの現象の名前はなんだったか。
「だって近藤さん、すごく良い人なんです」
「近藤って言うんか。ええ人やったら余計に付きおうたらええやん?」
「なんか、ああいう人が幸せな家庭を築くんだろうなって。すごく良い父親になりそうな気がしたんです」
「ハハ―ン、なるほど。数々の男の人生狂わせてきたからなぁお前。ここに来てやっと気付いたん?」
「そんな事は……昔の話ですし……」
スプーンを口に入れたまま、晃の言葉を反芻し、過去を振り返る。確かに昔、男を狂わせる魔性だと周りに言われていた時期が侑吾にはあったからだ。
「何より、俺自身が……本当に彼を好きなのか分からないですよね」
「どういうこっちゃ?」
「あの人――声が、雪さんに似ているんです。も、もちろん他は全然違いますよ?雪さんみたいに偉そうじゃなくて優しいし、俺の事良く助けてくれるし……ほんとに良い人で――。でもほら、やっぱり俺は男だし。やっぱりまだまだ男女での結婚が一般的だし。普通って事は一番幸せに近いって事だと思うんですよね」
「なるほどなぁ……まあ、じゃあ、お前さんが近藤くんと付き合うまではオレも雪との約束守る事にするわ」
そういうと、晃も止まっていたスプーンを動かし始めた。
「そういえば、雪さんと晃さんの約束って何なんですか?」
「……本気で言うてる?」
「何をです?」
「ん-……お前が近藤くんと良い仲になったら教えたるわ」
「もう!じゃあ聞けないかもしれないじゃないですか!」
「そうならそれでええねん。お前が誰のもんにもならんのやったら、それでええ」
「なんなんですか……!教えてくれないならもう良いです!」
ぷんぷんと肩をいからせながらも、米粒を一つも残す事なく侑吾は平らげた。そんな侑吾を晃はいつまでも優しい目で見守っていた。
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