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夜神とひかり 妖怪ストレッサー

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 珍しくひかりが薬を飲む場面を目撃した夜神。夜神は時々保健室を休憩所のように使っており、それは暗黙の了解となっていた。ガラス瓶から錠剤をひかりが手のひらにのせる。

「体の調子が悪いのか?」
「ちょっと胃が痛むから胃薬飲んだのよ」
「おまえの家は医者がいっぱいいるんだから、ちゃんと診てもらえ」
「胃はちょっと見ただけじゃわからないからバリウムを飲んだり、胃カメラ飲むのはごめんよ」
「でも、おまえが体調が悪いなんて雪でも降るくらい珍しいからな。元気しかとりえがないだろ」
 相変わらず言い方はきついが、実は心配をしているのかもしれない。

「今日は、早く帰って休むんだな。おまえが自身にとりついた妖怪に気づかないなんて珍しいな。霊感センサーがくるっているんじゃないか?」
「私に何者かが取り憑いているの?」
 驚いたひかりを尻目に夜神はスマホで現代妖怪の特徴を調べる。

「見た感じは、ストレッサーに似ているな」
 普通の人には見えない妖怪の姿を夜神には見えているようだ。

「ストレッサー?」
「現代妖怪で、子供から大人までストレッサーに取り憑かれると体調不良になるらしい。胃がきりきり痛むとか、腹痛が起きるとか不眠など幅広い不調を引き起こすらしい。特に働く大人に多いと書かれているな。日本という国はストレスというものが蔓延しているらしいじゃないか」

「まぁ、そうかもしれないわね。私自身は、最近無理して仕事をこなしていたせいかもしれないなぁ。でも、ストレスって発散するのが一番だから、とことん今日は楽しもうかな。私ってカラオケとかおいしいものをたくさん食べるとかそういったことで今までもストレスに打ち勝ってきたから」

 得意げにウインクするひかりはなかなか強靭な精神を持っているようだ。

「でも、現代妖怪ストレッサーは急に悪化して体をむしばむことがあるらしい」
「そんなに心配ならばついてくる?」
「別に、心配などしておらん」
「でも、神様だったのならば、人間たちに幸せになってほしい気持ちはあるはずだよね」
「闇を司っていたが、別に個人的な感情で心配をするというのは神の領域ではない」
「じゃあ、同僚として付き合いなさい」

 強引な押しの強さに少しばかり驚く。そして、断ろうとすると――
「この部屋を休憩室として使うのは禁止とします」
「僕は、光に弱いんだ。だから、ベッドで休憩できないと体がもたん」
「じゃあ付き合いなさいよ。一人より誰かと一緒の方が楽しいし。いざとなったら夜神なら、妖怪に太刀打ちできるでしょ」
「……」

 夜神は言い返す言葉は出てこなかった。それは、夜神にとっての了解という意味となる。仕方なく、夜神は授業に戻る。

「じゃあ、定時が過ぎたらここに来る」
 そう一言言い残して、夜神は消えた。

「本当に不器用な人ね」
 ひかりはいなくなった夜神に向かって独り言を言う。ひかり自身も妖力のある者と一緒にいたほうが何かあった時助かるという計算がなかったわけではないが、単純に夜神怪という人物に興味があった。

 仕事が終わり、5時が過ぎると夕暮れ時だ。空は茜色で、いつもよりも鮮やかな色どりのような気がする。雲と空のグラデーションがキャンパスに描かれた絵画のようで新鮮に感じる。生徒も帰宅時間になり、学校という場所から人がどんどんいなくなっていく時間は一抹の寂しさがある。でも、今日は傍らに夜神がいるので、ひかりは寂しさを感じなくて済む。

「今日はジンには帰宅して家を守ってほしいと言っておいた」

 上下黒いスーツでびしっとキメている夜神は贅肉とは程遠い存在らしく余計な脂肪はゼロだ。細身のスーツなのに程よく余裕がある。まるでモデルのような足の長さにひかりは羨ましさすら感じていた。髪の毛は夕陽に照らされて、黄金色のように見える。サラサラした髪質はまるでススキの穂のように風になびく。ひかりが改めて観察していると、

「何だよ」
 警戒心をあらわにする夜神がいぶかしげに見つめる。
「まだ、ストレッサーの気配がお前から感じる。警戒しろ」
 任務という堅さが夜神からは全く抜けない。

「夜神が強くて本当はいい奴だってわかっているから安心してるわ」
「褒めても何もでないぞ」

 まっすぐに見つめる先は人が大勢集まる駅前の繁華街がある。歩いておいしいと評判のお店に向かう。
「イタリアンレストラン。いつもおひとり様で来るから、今日はちょっと新鮮だな」
「友達いなそうだしな」
 夜神がいつも一人でお気の毒という顔をする。

「ちょっと失礼ね。じゃあ夜神が友達になりなさいよ。私たちは、神つながりなんだしさ」
「おまえは、いつも色々な男にそんなことを言って食事に誘うのか」
「ちょっと、何言ってるのよ。私はずっと彼氏もいませんから」
「そんな感じするな」

 妙に納得する夜神。

「あんただって、不器用そうだし女性と縁なんてなさそうよね」
「否定はできないな」

 あっさり認める夜神。

「これ、すごくお勧めなんだけどさ。パスタがモチモチしていておいしいのよね。太めの麺がいい感じの歯ごたえで、是非夜神に食べてもらいたくて」

「僕に食べてもらいたい?」
 少し意外で困惑した表情の夜神。

「いつも、ちゃんとした食事取ってないでしょ。それに、人間界の楽しさを味わってから帰ってほしいと思うしね。妖魔界に帰ったら一生デートすることなく終わりそうだしね」

「それは否定できない」
「珍しく素直ね。じゃあカルボナーラとペペロンチーノね。二種類頼めば二人で半分ずつ違う味が食べられておいしさが二倍でしょ。まろやかな味とちょっとピリッとした味わいがお互いないところをおぎなっていると思うのよね」
「分けて食べたら違う味を味わうことができる……か。2種類買って、ジンにテイクアウトしていくか」
「そうね。彼はいつもあなたのことを思い、慕っている。もう家族みたいなものでしょ」
「……別に」

 夜神らしい戸惑い方だ。この人は口下手なだけで非常に不器用なだけなのかもしれないと感じる。滅多に笑うこともないし、愛想もないけれど優しさを隠しているだけで、とても優しい神様なのかもしれないと感じていた。

「おいしいね」
 お互いのパスタを分け合って食べるとおいしさは二重となる。ドリンクを注文した。レモン炭酸水というあたり、夜神はビタミンを欲しているのだろうか。ひかりはジンジャーエールだ。甘さを控えていて、ショウガの風味を感じる。レモンが添えてあり、大人の味わいだ。

「パスタか。実ははじめて食べるんだ」
「夜神は外食することってなさそうよね」
「そんなに食べなくても神の体は平気だからな。だから、食事に魅力をあまり感じていなかったのもあるかな。でも、外食も悪くないな。初めての味に出会えるってことだし」
「私はここの常連だから、また来る?」
「……あぁ」

 夜神のそっけない返事は、また行くという意味だろう。返事ひとつにしても夜神らしさを感じる。そして、些細なことから彼の本意を感じられるほど身近になったということに気づく。いつもそばにいることが当たり前になってきた今日この頃。しかし、これからはそんなこともなくなってしまうのがすこしだけさびしいと感じていることは本人には秘密だと心の中にしまう。多分、ずっとしまっておく気持ちだとひかりは思っていた。

 あっという間に皿の上が空になる。一日頑張ったご褒美にとケーキとコーヒーを注文するひかり。夜神はテイクアウト用にオーダーをする。

「よく食べるな」
「ストレス解消のためよ。ちゃんと運動もするし、美容には人一倍気をつけているんだから。もう、ストレッサーいなくなったんじゃない?」
「たしかに、気配がなくなったな」
「じゃあ、もう大丈夫よね」
「妖怪ってのは消滅してもすぐまた現れることもある。一応様子を見ないとな。帰りは送っていくよ」
「カラオケにも行きたかったなぁ」
「休養第一だ。胃が痛むというのはおまえにしてはかなり珍しい案件だろ」
「まあ、そうよね。案外優しいじゃない」
「別に……前回色々世話になったからな」
「律儀なのね。じゃあ、せっかくだから今日はゆっくり歩いて帰ろうかな」

「今日は、新しい発見があった。感謝する。この町に来れてよかったと思うよ」
「結構この町が肌に合うんじゃない?」
「そうかもしれないな。あと、ストレッサーは消滅したようだから安心しろ」
「私ってストレス解消の天才だよね。今日は夜神のおかげかな」

 夜神は否定しなかった。帰らなければいけない、使命を全うしなければいけないという気持ちもあるだろうが、今が幸せだと感じているのならそれが一番だとひかりは思っていた。食事の途中でストレッサーが消滅していたにも関わらず、夜神は何も言わず食事を共にしていたことをひかりは知る由はない。いつもより月がきれいな穏やかな夜のような気がした。


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