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タイジにホーキが取り憑いた 魔除けのアロエ

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 放棄したくなる気持ちに取り入る現代妖怪ホーキが現れた。魔女のようにほうきにまたがって空を飛ぶらしい。

 ホーキに取り憑かれると、育児放棄のように自分の子供を育てる気力がなくなったり、勉強やスポーツなど自分を高めることを放棄するなど様々な症状が現れる。怠けたいという気持ちがホーキを寄せ付けるらしい。人間は楽な方がいいと思う生き物だ。だからこそ、ホーキに取り憑かれることは多々あるが、除霊をしなくても一定期間でいなくなることも多い。まれに長期間ホーキが取り憑いた場合は除霊が必要らしい。

「タイジ、お菓子を作ってきたんだけど、食べてよ」
 クッキーを焼いてかわいくラッピングをした。バレンタインでなくともお菓子を渡すことで好意を感じてもらえるかもしれない。

「うまそうっす」
 コンジョ―がやってきて勢いよく頬張る。これはタイジのために作ったのにと思ったけれど、そこで何かを言うと仲間であるコンジョ―をないがしろにしているみたいで何も言えない。私の恋の気持ちはコンジョ―は気づいてもいないだろう。もちろんタイジも何も感じている様子はない。永遠の片思い、それでもいい。最近は半ば諦めモードだ。

「どれどれ、うまそうだな」
 においにつられてジンまでやってきた。タイジの分がなくなってしまわないか若干不安になる。最近、あやかし相談所のメンバーはなんだかんだで仲良しだ。タイジのまわりになんとなく集まって情報を共有したり、たいていはどうでもいいような話がメインとなる。たまに、あやかしに関する口コミもあって、私たちはあやかしとの対面を心待ちにする。

「平和だな」
「平和が一番でしょ」
「なんとなくやる気がでなくてな」
 タイジが珍しくやる気が出ないという。彼は一番あやかし退治やトラブルの解決に積極的なので、そんな日もあるのかと思う。

 あやかしメガネをかけたコンジョ―が、少し青ざめた様子で指さす手が震えていた。
「タイジ君の肩に何かが取り憑いている」
「現代妖怪ホーキじゃないか」
 妖怪が見えるジンが当たり前のように言う。

「現代妖怪ホーキ?」
「ホーキはほうきに乗った妖怪だ。やる気を奪う低級妖怪だが、それに取り憑かれるとやるべきことをやらなくなったり意欲がなくなる」
「じゃあ、お札で消滅しなきゃ」

 私が戸惑うと夜神先生が音もなく後ろに立っていた。

「現代妖怪ホーキはお札ではなく、除霊方法が特殊なんだよ」
 タイジの目は眠そうだ。まどろみの中、だるそうにしている。タイジがふ抜けてやる気がない今、頼れるのは夜神先生しかいない。

「どうやればいいの?」
「愛する人のお目覚めのキスが必要かな」
「え――っ??」
「冗談だよ。君は素直で面白いね」
 冗談を言う夜神先生。最近少しだけ、性格が丸くなったような気がする。雪が解けて、つぼみが雪解けから垣間見えるような時期なのかもしれない。私たちへ対する警戒心が解けたような感じだ。強い味方が増えるのは大歓迎だ。

「魔除けの植物を使うんだ。ホーキが苦手なのはアロエだ」
「アロエかぁ……身近にないけれど」
「うちにあるわよ」
 通りかかったひかり先生が話に割って入ってくる。なんともタイミングが良く、ひかり先生の家にあるらしい。

「もしよかったら魔除けになるから、桃櫛をわたしておくわ。私は複数持っているから大丈夫よ。見える人間は被害を受けるリスクが高いの。だから、対策はきっちりしないと。古来から桃は魔除けになるということを言われているから、桃の木から作った櫛にはあやかしが苦手な成分がいっぱい入っているしね」

「今まで何も対策せずに生きてきたのはラッキーだったのかな」

「そうね。霊感がない人間でも急に不運に事故に巻き込まれたとか、不幸な目に遭ってばかりいるという場合は、妖怪が絡んでいるっていうことは多々あるわ。会社が倒産したり家が貧しくなってしまうことも妖怪が関係していることが多いの」

「なるほどー。でも、全部妖怪のせいなの?」

「そうとばかりも言えないけどね。妖怪のせいにして、実は自分が悪いってことだってあるけれどね。取り憑かれて悪人になる人も割といるから、見えない人にはわからないことじゃないかしらね」

「タイジを助けたい!!」
 私は素直に思ったことを口にする。

「俺も助けたいっす!!」
 コンジョ―の友情は熱い。

「無様なタイジを見るのは不憫だからな」
 ジンは素直に助けたいとは言わないが、きっと助けてあげたいのだろう。夜神と血縁はないのにそっくりなのは、夜神が作り出したからなのだろうか。

「アロエに夜露を混ぜて食べると、ホーキに対しては強力な力が発揮される。そして、しばらくは取り憑かれることはないんだ。夜露は常日頃採取しているから僕に任せて。放課後、この女の家で食べに行くといい。妖牙タイジも連れて行くんだな」

「この女って、扱いが雑ね。どうせならば名前で呼びなさいよ」
 ひかりは不満顔だ。

「そういうの苦手なんだよ」
 ため息をつく夜神。

「一緒にディナーに行った仲なのに?」
 わざとらしく誰も知らない話を持ちだすひかりと少し動揺する夜神。

 それを聞いたタイジ以外の生徒は興味津々だ。タイジは全てのことにたいして無気力になっていて、興味を持てないらしい。

「一緒にディナーってデートですか?」
 私はその話題に食いつく。

「そんなに仲良くなっていたとは気づかなかったっす」
 コンジョ―も意外そうな顔をする。

「夜神、俺に隠しごとするんじゃねーよ」
 ジンは自分に黙っていることが不満らしい。

 迷惑顔の夜神は、全力で否定する。
「この女に現代妖怪ストレッサーが取り憑いていたから、1日だけ心配で付き添っただけだ」
「心配で?」
 私がにやりとしながら夜神先生を見ると、視線を逸らす。

「同僚が取り憑かれたら闇の神としては見て見ぬふりはできないという意味だ」
「夜神もアロエを食べに来なさいよ。アロエって美肌効果があるから、私の自宅で育てているのよね。傷ややけどの炎症を抑える効果もあるからケガしたときにも使えるのよ。有能な植物なんだから。お手製のアロエのはちみつ漬けを作っておくわ」

「念のために食べておくか。最近妖力が弱っているのは否めない」
 夜神は渋々承諾する。

「私、2時間休暇を取って早めに帰宅するから、アロエを食べやすく料理しておくわ」

 この学校には心強い味方の大人がいる。太陽の神の子孫のひかりと闇の神である夜神だ。正反対の二人が協力したらきっとすごい化学反応が起きて奇跡だって起こせるかもしれない。だから、私たちは安心してあやかしと向き合えるような気もする。助けてくれる力のある人たちがいる。その事実は何者にも代えがたい。

 無気力なタイジを差し置いて、学校のカリキュラムはどんどん進むし、時間も止まらない。放課後がやってくると、タイジの体調不良のために送っていくということにして、掃除を免除してもらった。タイジは自分から言葉を発する気力もない。そして、今、傍で支えるのは私しかいないと思ってしまう。今の彼は無防備で無力だ。だから、困ったときは支えあわなければいけないし、相手の分も補いたいという気持ちでいっぱいだった。ひかり先生の家は近いけれど、歩くことも面倒でだるそうなタイジの速度はいつもよりも遅く、倍の時間はかかった。
 
 ホーキは魔女のようにほうきにまたがった妖怪だ。わずかに見えるが透明に近い存在で、強力な霊力や妖力を持っていなければホーキを見ることができない。だからこそ、いつのまにか取り憑いている。いつの間にかそこにいる厄介な存在だ。ホーキを見て見ぬふりをしながら、ひかり先生の家に着く。タイジは断る気力もないようで、言われるがままだ。

 ひかり先生の立派な自宅に到着すると、インターホンを押す。少しすると、にこりと笑って先生が出てくる。エプロンをしていると家庭的な一面も垣間見れる。意外と似合うのでいいお嫁さんになれそうな気がする。すると、夜神も時間休暇を取ったらしく、少し早めに来ていたらしい。夜露を小瓶に入れて持参していた。

 部活が終わった後にジンとコンジョ―もやってくることとなっているが、一足早く、タイジにアロエを食べさせたい。

「夜神って夜に強いから夜な夜な夜露を小瓶に集めているんですって。悪趣味よね」
「夜露は神聖なものだぞ。何かあったときに調合すると魔除け効果が抜群なんだ」
「でも、夜に植物から夜露を採取している様子を見たら職務質問されるくらい怪しいわよね」
 ひかりの突っ込みはなかなか的を得ている。

「怪しいとか言うな。これでも神やっているんだぞ」

 そのやりとりを聞いていてつい私は笑ってしまった。
「夜神先生とひかり先生の言い合いって夫婦漫才みたいで面白いです。それにひかり先生のエプロン姿は新妻みたいで、新婚さんを彷彿させますね」

 すると、二人は目を合わせて、きまずそうにそのまま同時に逆のほうに顔を向ける。
「こんな怪しい人はごめんだわ」
「同感だ」
 やはり二人は息があっていた。でも、笑っている場合ではない。無表情のタイジをなんとかしないと。私は焦る。

「ひかり先生、夜神先生、タイジを助けて」
「大丈夫。夜露入りのアロエのはちみつ漬けを作っておいたから。ホーキが暴れだしたら、時間を止めて、札を直接貼り付けなさい。アロエの効力でホーキは早く動くことができないから」

「たしかに、魔女のごとくほうきで空を飛び回られると厄介だからな。それに、アロエを食べた人間にはしばらくの間近づくことができないから、再び誰かが取り憑かれないはずだ。まずは、僕たちがアロエを食べてしまうんだ。それから、お祓い開始と行こうか」

「ひとくち食べれば夜露も入っているアロエは効力が倍だから」

 ひかり先生が作った瓶詰めのアロエを口にする。はちみつの味のおかげで苦みやくせがないように感じる。サクサクとする食感はたくあんを思い出すが、今はまずタイジを助けなきゃ。

「さて、ここにいる3人共アロエを摂取した。これからが本番だ」
 夜神先生の目つきが変わる。そして、ひかり先生と私の気持ちも引き締まる。何かあったら除霊できるのは私のお札だ。

「妖牙君のお札は一時的に僕が預かっているよ」
 いつのまにか夜神が青いお札を手にしていた。元々の持ち主の夜神先生ならば札を使うことは可能だろう。

「何かあれば、時間を止められるのは有瀬レイカ、君しかいない」
「はい」
 赤と青の札を準備しつつ、ひかり先生がスプーンでアロエをタイジに食べさせる。タイジは言われるがまま口を開ける。口に入れようとした瞬間、今まで影を潜めて存在感がなかったホーキが攻撃をしてきた。アロエの香りでわかったのだろう。やはりホーキの苦手な香りだということだろう。

 ホーキにまたがり、小さな小人のような大きさの生き物はひかり先生の手をめがけてスプーンを落とそうとする。それに気づいた夜神がすかさず札をひかり先生の手元に持っていく。すると、近寄ることを躊躇しているようだった。

「妖牙タイジに食べさせろ!!」
 しかし、スプーンにすくったアロエは小さなスプーン一杯にすくっているので、動かすと落ちそうになる。慌てていたせいかひかり先生の持つ小さなスプーンからアロエが半分以上床に落ちてしまう。残ったアロエを少しでも食べてもらえればとタイジの口元に持っていく。

「タイジ、タイジ、タイジ!!!!」
 自分が名前を呼んで助けてもらえたように心を込めてタイジの名前を呼ぶ。眠そうな瞳が少しだけ開いたような気がするが、無気力から脱するのは難しそうだ。すると、私に向かってホーキがほうきの柄を顔面めがけてぶつけて来ようとする。仕方がなく、私はよける。そのすきをみて、少し残ったアロエをタイジの口に運ぶ。すると、タイジの瞳に少しだけ活力がみなぎる。アロエは少量でも効果はあるようだ。目力が戻るが、体が思ったように動かせないようだった。まだホーキの呪縛が残っているのだろうか。

 そんなことを思っていると、ホーキが光を自身の乗るほうきから出してくる。思わぬ光のビームに私がたじろぐ。かわすだけでは、終わりがない。モフモフたちがバリアを張ってくれるから、なんとかかわしている状態だ。こちらからも攻撃しないと。そう思っていると、光の攻撃はひかり先生と夜神先生にも向けられる。まさか、ホーキが遠隔攻撃できる妖怪だったとは計算外だ。2人は光をかわす。夜神がスキを見ておとりになろうとホーキを引きつける。しかし、ホーキは青い札を持っていることに気づいているのか、夜神先生のほうに近寄ろうとはしない。妖牙君にアロエを食べさせないと。そう思った私は、アロエの瓶をひかり先生から受け取り、スプーンにすくう。すると、ホーキが光の攻撃をはじめる。そのすきをみて、赤い札をひかり先生に預けて、ホーキに貼り付けるように頼む。ひかり先生は太陽の神の子孫だ。ならば、この札を扱えるはず。そして、赤と青の札を両方貼った場合。効力は二倍。

「時間よ!! とまれ!!」
 すると、時間が止まる。しかし、ホーキは時間を止めたのにも関わらず動き回る。時間の流れに逆らって生きているのだろうか? 時間を放棄している妖怪なのだろうか。はじめての経験に焦りを感じる。しかし、時を止めることは体に負担がかかるので、一旦解除する。

「ホーキは時間を止めても意味がないみたいです。時間の流れに逆らって動き回っていました」

「思ったより厄介な妖怪ね」
 ひかり先生はため息をつく。

「タイジ、タイジ、タイジ」
 タイジの近くでささやく。すると、少しタイジが反応した。

「レイカ?」
 久しぶりのタイジの声に心が躍る。でも、意識がすぐ遠のいてやる気が放棄されているようだ。アロエをひとくち乗せたスプーンをタイジの口に突っ込む。滅多にないタイジに食べさせる機会だけれど、今は優しく丁寧にスプーンを口に運ぶ時間はない。

 すると、アロエをごくりと飲み込んだタイジの瞳の色が元に戻る。いつも通りのやんちゃな表情になる。

「何、取り憑いてくれちゃったのかな?」
 思ったよりも鋭い瞳で今にも食い殺しそうな勢いのタイジ。ホーキ自体は小さいので、手のひらで簡単につぶすことが可能な大きさだ。その殺気にホーキはたじろぐ。その瞬間を札を操ることができる二人は見逃さない。夜神とひかりが息の合った制裁を下す。音もなく近づき、札を貼るのは夜神の得意技だ。そして、ひかりも同時に札を貼る。すると、あっという間にホーキは溶けた。

「今から、仕返ししようと思っていたのに、強制消滅させたのかよ」
「わがまま言うな。おまえはかなり危険な状態だったんだ」
 夜神はため息をつきながらタイジに札を返す。ひかり先生も私に札を返す。

「やっぱり二人の息はぴったりですね」
 私が褒めると、二人は、同時に同じジェスチャーで否定をする。

「夜神とは全く息が合わないわよ」
「こちらも同意見だ」
「やっぱり息が合ってますね」

 二人は視線を合わすと、否定するのもばかばかしくなったらしくクスリとほほ笑んだ。夜神先生の場合は苦笑いなのかもしれないが、彼にしては珍しい。みんなが笑える安心できる町になってほしい。私は心から願う。

「ありがとな」
 タイジが耳元でささやいた。タイジが私に感謝するなんて珍しい!! 嬉しさで心が爆発しそうになる。

 そのあと、タイジはその場にいた全員に言葉をかけた。
「ありがとう。今回はマジで助かった。俺の不注意のせいで巻き込んでしまって悪かった」

「何言っているの。仲間でしょ」
 ひかり先生はにこやかにほほ笑んだ。

「そろそろ、ジンたちも来るかもしれないな」
「夜神があえて時間をずらしたのよね。金城君やジンをできれば巻き込みたくないって。意外と優しいんだから」
 
 少し照れくさそうな夜神先生は否定はしない。人間思い、いや生徒思いなのだろう。

 この空間には笑顔が絶えない。だから、心地いいと感じるのかもしれない。私は、あやかし相談所の一員でいることがうれしいと思っていた。



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