殺人鬼のジェイ君は女の子を殺せない

城島 大

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非日常の兆候

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「では今から点呼取ります! 瞳‼」
「え? あ、はい」
「柚子‼」
「はーい」
「ミウ‼ ……はいぃ‼」
「いや、自分でやんなし」

いつものように、ミウのボケから三人の旅は始まった。
早朝から駅のバス停に集まり、彼女達の準備は万端だった。
栗栖湖周辺は電話もつながらないという話を聞いていたので、万が一野宿になっても良いように、寝袋まで用意してある。

「私が誘っておいてなんだけど、親御さんの許可とかだいじょうぶだった?」

バスに乗り込み、一番後ろの座席に三人が座ると、瞳は言った。

「……ま、まあ」
「……うん」

二人とも、見るからにしょぼくれている。

「……ええと、もし反対されてるなら、今からでも──」
「だいじょ~ぶ‼」

突然、ミウが大声をあげた。
まるで大声さえ出せば、問題が全て解決するとでも思っているかのようだ。

「そ、そうそう! 私達のは毎日繰り広げてる小さい口喧嘩だから。でも瞳にとってこの旅は、すごく重要なものなんでしょ?」
「……うん」
「だったら、ちゃんと力になってあげないと。だって私達、親友でしょ?」
「柚子……」

瞳は、思わず目をうるませた。

「ミウも! ミウも親友だよ‼」
「そうだね。ありがとう、ミウ」

そう言って瞳が頭を撫でてあげると、ミウは気持ちよさそうに顔をほころばせた。

「んじゃ、栗栖湖に着くまでの間、私達の友情を育むとしますか!」
「いいね! じゃあなにする?」
「ミウね、家から人生ゲーム持ってきたの! みんなでやろ!」
「でかっ! 道理でアンタの荷物、妙に多いと思ったわ」

時間になり、バスがゆっくりと動き出す。
三人は、いわく付きの場所に向かうとは思えないほど、和気あいあいとしていた。
これが惨劇の始まりだとも知らずに。

「ぐぅ……」
「「寝るなああ‼」」



◇◇◇


三人にとって、今回のバスの旅は、小さな修学旅行のようなものだった。
ずっと三人一緒で、飽きることなくおしゃべりを続けることができる。

しかし進むごとに、自分達が向かっている場所に近づきつつあることが実感できた。
バスの中の人が段々と少なくなり、外の景色も自然の風景が目立つようになっていく。

太陽が、ちょうど真上を通り過ぎる頃。
瞳だけでなく、柚子もミウもうつらうつらとし始めた時だった。
キキィと、甲高い音をたてて、バスが停車した。

「うわっ! なな、何⁉ お化け⁉」

柚子が怯えた様子で瞳に抱きつく。
瞳は柚子の頭を撫でながら、運転手の様子を観察した。
運転手が慌てたようにドアを開け、外に出て行くのが見える。

「……何かあったみたい。ちょっと見てくるね」
「ミウも行く!」
「ええ⁉ ちょ、ちょっとぉ。置いてかないでよぉ」

三人が外に出ると、運転手の困った声が聞こえてきた。

「あのぉ、どいてくれないと本当に困るんですよ」

こっそりと瞳が覗き込むと、ちょうどバスの進行方向で、仰向けになって眠っている男がいた。
ぼろぼろのシルクハットと燕尾服を来た白髪の老人で、浮浪者にしてもおかしな恰好をしている。

「ちょっと待って! もしかしたらぶつかったのかもしれないじゃん」

瞳がどうしようかと悩んでいると、柚子がずかずかと歩み寄った。
どうやらお化けじゃないと分かって、急に元気が出たようだ。
ミウも柚子に習って浮浪者の身体を起こし、ぶんぶんと頭を揺すっている。

「だいじょうぶですか⁉ 頭を打ったりしてませんか⁉」
「うん。本当に打ってたら大変だからやめようね?」

瞳が優しく諭していると、浮浪者が、ぱちりと目を開けた。

「いやはや、ありがとう、お嬢さんたち。おかげで救われたよ」
「ミウの応急処置が間に合ってよかったです」
「いや、アンタは三途の川を渡らせようとしてただろ」

浮浪者は、恍惚とした表情で天を仰いだ。

「君達が声をかけてくれなければ、神の使いによって、あの世に送り返されるところだった」

柚子とミウは、目をぱちくりさせた。

「神というのは傲慢な奴だ。私はただ、人々に不吉を伝えるために現世へ降り立っただけだというのに。公平でさえあれば、どれだけの人に不幸が降りかかろうと、どうでもいいと思っているのだよ、あの男は」

運転手はほとほと困り果てた様子で、浮浪者を押しやるように道の脇に誘導させた。

「はいはい。それじゃあちょっとどいてもらいますよ。気持ちよく眠っていたところを申し訳ありませんが、運行の邪魔になるんで」
「気持ちよくだって? ハッ! 馬鹿言うんじゃない。私は君達がここを通らないように、わざとここで眠っていたんだ」
「もういいから。あんまりしつこいと警察呼ぶよ?」
「信じていないな? なら、これから不吉が起きるという証拠を見せてやろう」

そう言って、浮浪者はポケットを弄ると、抉りだした魚の目玉を取り出した。

「ひぃっ!」

運転手は思わず飛びのいた。

「うわぁ! きも~い! アハハハ‼」

柚子は笑いながら、ちょんちょんと目玉を突いては「きもい」を連発して笑っている。
柚子は何故か、こういうゲテモノが大好きなのだ。

「う~ん。なんというか、独創的だね!」

ミウも数少ないボキャブラリーで、男の趣味を褒めたたえている。

「さぁ! これで信じたか⁉ さっさとユーターンして、都会に戻れ! さもないと不吉が起こるぞ‼」
「き、君達! 早くバスに乗りなさい‼」

運転手が浮浪者から二人を引き離すようにバスに乗り込ませる。

「え~⁉ もうちょっとおじさんと話したいのに……」

柚子は駄々をこねているが、運転手の行動は至極真っ当だった。

「じゃあねおじさん! 次からは道路で寝ちゃダメだよ‼」

二人はぶんぶんと手を振って、バスに乗り込んだ。
偏見なく人と接する二人らしい対応だが、それ故に少し心配になるところがある。

「良い子たちだな」

瞳が振り返ると、浮浪者が真面目な顔でバスを見つめていた。
先程までの狂気じみた顔つきは消えうせ、非常に理知的な目をしていた。

「兆候を覚えておけ。それが唯一の武器だ」
「え?」

浮浪者はシルクハットを被り直し、瞳に背中を向けた。
瞳がどういうことか聞こうとした時、後ろから声が聞こえてきた。

「瞳ー! なにしてるの。早く行くよ!」
「う、うん」

後ろを向いて返事をし、再び浮浪者の方に顔を向ける。
しかし、既にそこには誰の姿もなかった。
あんな一瞬で人が消えるなんて、あるはずがない。
そう思ってきょろきょろと辺りを見回すも、浮浪者の姿は影も形もない。
不思議に思いながらも、仕方なく、瞳はバスの中へと戻って行った。



◇◇◇


「ふふん。じゃあ私からね。刮目せよ! 我がロイヤルストレートフラッシュを‼」

柚子がばしんと自分のトランプカードを叩きつける。

「柚子すごーい! 私、ロイヤルストレートフラッシュなんて初めて見た!」
「出した私が一番驚いてるよ」
「じゃあミウのも刮目せよ! これが我がカードたちだあ‼」
「ただのブタじゃん」

三人はかれこれ一時間以上トランプで遊んでいるが、まったく飽きる気配がなかった。

「むぅ……。次はミウが一位取るもんね」

ミウが口をすぼめながらカードを切っている。
柚子がそんなミウの真似をしてみせ、瞳はくすくすと笑っていた。

ふとその時、瞳は何気なくミウの後ろを見た。
彼女の背後にある窓は、カーテンが遮っているのだが、そこに小さな影が一瞬だけできたのが、瞳の目に留まったのだ。
バスを彷彿とさせる長方形の影が、中央から真っ二つになっているのを。

その奇妙な形に、瞳は思わず固まった。
外の風景が、たまたま重なったのか?
しかし、それにしては薄気味悪い。
ふいに、先程の浮浪者が言っていた言葉を思い出した。

「兆候……」
「え? 瞳、何か言った?」

瞳は、ゆっくりとバスを見回した。
以前までと何も変わらない光景だ。
しかし、瞳は見逃さなかった。
奥のフロントガラスに、細長い爬虫類の尻尾のようなものが見えたのを。

「止めて‼」

瞳の叫び声で、バスが急停車した。

「二人とも、荷物を集めて。降りるよ」
「え? ここ山奥だし、栗栖湖までまだけっこう距離あるよ?」
「いいから早く!」

瞳の勢いに押され、二人は大慌てで荷物をまとめた。



◇◇◇


三人が降りると、すぐさまバスは走って行ってしまった。
そこは人っ子一人いない山道で、当然建物の類も見当たらない。

「……で、どうするの?」

柚子が不満そうに言った。

「歩こう。食料もあるし、最悪野宿もできる」
「ミウ、ハイキング好き!」

いつも以上のハイテンションで、ミウは言った。
おそらく、今のほんの少し険悪な空気を、彼女なりに感じ取ったに違いない。

「私は嫌いだな」

柚子はむすっとした様子で言った。

「……ごめんね、柚子。でもあのバスに乗ってたらダメだったの」
「どうして?」
「それは……」

瞳は口ごもった。
柚子はこう見えて、とても怖がりだ。
確証もないことを言って、無駄に怖がらせるのが正しいことなのか、瞳には分からなかった。

「言えないような理由なら、あのままバスに乗ってたらよかったじゃん」
「だから、それはダメだったの」
「だからなんでよ!」

二人が言い合いを始め、ミウはあたふたしながら二人を見比べている。

「あ……、あ! み、見て見て! 車‼ 車来てる‼」

ミウがぴょんぴょんと飛び跳ねながら指をさす。
彼女の言う通り、ちょうどバスと同じ方向へ走るワゴン車が見えた。

ミウが自慢げに親指をあげてみせる。
すると、まるで計ったかのように、ワゴン車はスピードを落とし、三人の前で停車した。

「ナーイス、ミウ!」

柚子がぱちぱちと拍手する。
えへへと、ミウは照れ笑いを浮かべた。

ワゴンのパワーウィンドウが降り、そこから金髪でタバコを口にくわえた若い男が顔を出した。

「女の子三人がこんなところでどうしたの?」
「はい! 実はこの子が癇癪(かんしゃく)起こしちゃって、バスから降ろされたんです」

柚子のトゲのある言葉に、瞳は少しだけ、むっとした。

「あー、そりゃ大変だね。どこ行きたいの?」
「栗栖湖っていうんですけど、もしよかったら途中まででも……」
「奇遇だね! オレ達もちょうど栗栖湖に行こうとしてたところなんだよ」
「本当ですか⁉」

柚子は既に乗り込む気満々で、お礼まで言っている。
しかし見るからにチャラそうなこの男に、瞳はあまり良い印象を持っていなかった。
とはいえ、都合よくもう一台、車がやって来る保証もない。
瞳は渋々、柚子とミウは嬉しそうにしながら、車に乗せてもらうことになった。


扉を開けると、後部座席には二人の男性がいた。
一人は端正な顔立ちの男で、もう一人は筋肉質の、ザ・体育会系といった感じだった。

「どもっ。俺は肉倉(ししくら)。君達かわいいねぇ」

筋肉質な男は、にやにや笑いながら三人を見つめた。

「おいやめろよ。怖がってるだろ。……ごめんね、三人とも。オレは統島(とうじま)。運転してるのが金井(かない)だ。二人とも良い奴なんだけど、時々ハメを外し過ぎることがあるから、困ったらオレに言ってよ」
「ありがとうございます。あ、私は柚子っていいます。この子が瞳で、こっちがミウ」

ミウがピースしてみせ、瞳は小さくぺこりとお辞儀した。

「どうも。ちょうど後ろの席が空いてるから、そっちに三人で座りなよ」

統島の勧めで一番後ろに座らせてもらうと、さっそく瞳が、こっそりと柚子に言った。

「やっぱり降ろしてもらった方がいいんじゃない? なんだか煙臭いし」
「何言ってるのよ。せっかく親切で乗せてくれたのに」

どうやら柚子は、人を疑うことを知らないらしい。

「こんなこと言いたくないけど、下心があって乗せてくれた可能性だってあるのよ」
「じゃあ瞳だけ降りれば?」

柚子は冷たく言った。

「二人が心配だって言ってるの。私だけ降りても意味ないじゃない」
「えと……えと……、じ、人生ゲームやろ⁉」
「「一人でやって」」

瞳と柚子にそう言われ、ミウはしょんぼりと下を向いた。



◇◇◇


バスからワゴン車の旅に変わりはしたものの、特にこれといった変化はなかった。
瞳が心配していたこともなく、男三人は仲間内で楽しくやっているようだ。
しかし、それに反比例するように、後ろの三人の空気はどんよりしていた。

柚子は怒った様子で肘をついて、窓から視線を外さないし、そんな柚子に、ミウはおろおろするばかりだ。
未だに機嫌が直らない柚子に、瞳もいい加減、うんざりしていた。

「うわ。見ろよ、事故みたいだぜ」

見ると、確かに警察車両が何台も止まっており、ガードレールが破られた跡があった。
その先は崖になっていて、落下すれば命は助からないだろう。

ワゴン車はそろりそろりと事故現場を走り、なんとか通り抜けることに成功した。

その時瞳は、崖の下を覗き込み、ぞっとした。

しかしそれは、瞳にとっては幸運だった。
事故があった現場は瞳が座った方向で、柚子は先程からずっと、瞳から顔を背けている。
ミウは真ん中の席で、どうしたら二人が仲直りできるか、俯きながら必死で考えている。

そのおかげで、二人には分からなかったのだ。
崖のガードレールを突き破り、下の方で真っ二つに割れていたのが、先程まで瞳達が乗っていたバスだったということに。
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