殺人鬼のジェイ君は女の子を殺せない

城島 大

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殺人鬼との邂逅

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「ところで、三人はどうして栗栖湖に?」

女子三人が険悪な雰囲気であることを察したのか、統島(とうじま)が聞いてきた。

「そうそう。俺も聞きたかったんだ。なにせこっちは、いわくについて話した途端、女三人にドタキャンされたくらいだからな」

肉倉(ししくら)が皮肉っぽく言った。

「ええとなんというか……、まあ、興味本位みたいなものです」

柚子が愛想笑いを浮かべながらそう答える。
瞳が三人のことをよく思っていないことから、本当のことは教えたくないだろうと考えたのだ。
喧嘩していても、相手が本当に嫌がるようなことはしない。
それが柚子の一本筋が通っているところであり、彼女の優しさだった。

「なるほどね。じゃあオレ達と同じだ」

統島はそう言って、意味深な笑みを浮かべた。
瞳はそれを見て、直感的に、彼が嘘をついていることが分かった。

「ようやく見えて来たぜ」

金井の言葉に顔を上げると、ちょうど『栗栖湖キャンプ場へようこそ』という看板が見えた。
そこは、特に変わったところのない、いたって普通の場所だった。
『落石注意』の標識がある崖にはどこか圧迫感を覚えるが、雑木林が生い茂った風景は非常に和やかだし、少し離れたところで通る川は、太陽の光が反射していて、透明感溢れている。

「ほほう。自然の臭いを感じますな」

窓を閉め切った状態にもかかわらず、ミウは言った。

「ね。全然良いところじゃない」

思っていた場所と違い、柚子も上機嫌だ。

「ただの良いところで、何人も行方不明者が出るとは思えないけどねぇ」

金井の言葉に、車内はしんと静まった。

「行方不明者ってなんですか?」

瞳が聞くと、統島がにこやかに答えてくれた。

「このキャンプ場では、若者が多数行方不明になってるんだ。山奥とはいえ、人が迷うようなところもないっていうのにね。さらに妙なのは、そんな事件が多発しているにも関わらず、何故かいつまで経っても出入り自由になってるところだ。こんなの、何もない方がおかしいだろ?」

聞けば聞くほど、不吉な予感しか感じない。
瞳は、ポケットにある禍玉の欠片をぎゅっと握った。



◇◇◇


「それじゃあ、オレ達の出会いに乾杯!」

真っ暗な林の中。
キャンプファイアの前で、男三人が缶ビールを掲げた。
それに合わせて、柚子とミウは上機嫌で、瞳はどんよりした気持ちで「かんぱ~い!」と叫んだ。

キャンプ場に到着し、改めてお礼を言って別れようとした時、統島からキャンプファイアをするから来ないかと誘われたのだ。
瞳は明日も早いからと断ろうとしたのだが、柚子が特に何も考えることなく了承してしまい、仕方なく付き合うことになったのだ。

「また安請け合いして……。変なことになったらどうするの?」

どんちゃん騒ぎを始める三人をしり目に、瞳がぼやいた。

「何よ変なことって。わざわざ私達を乗せてくれた良い人が、そんなことするわけないじゃない。瞳って時々ママみたいなこと言うよね」

柚子は未だに怒っているらしく、どこかつっけんどんだ。
瞳は思わずため息をついた。

「はい。じゃあ君達にはこれ」

そう言って、三人は肉倉から缶ビールを手渡された。

「……あの。私達、未成年だから──」
「うっし! それじゃあがんがん飲むか! 今日は無礼講だ‼」

彼らはテンションに任せて、缶ビールを一気飲みしている。

「未成年に飲酒を勧(すす)める良い人?」
「……せ、成人してると思ったのよ、きっと! 私達も大人の色気が出てきたってことよ! むしろそのことに喜ぶべきだわ」
「ねぇねぇ柚子ー。三人とも、なんか注射してるみたいなんだけど、あれなに?」

ミウが指さす方向を見ると、彼らは恍惚とした表情で腕に注射をしていた。

「……びょ、病気がちなのよ! きっと栄養剤を点滴してるんだわ! 病弱な人に悪い人はいない!」

瞳は小さくため息をついた。
どうやら瞳が想像していた以上に、この場にいるのは危険なようだ。

「私が隙を見て統島さんに話すから、二人は先に帰ってて」

瞳の言葉に、柚子はむっとした。

「なによ。私の判断が間違ってるって言いたいの?」
「そうじゃない。ただ私は、二人を危険な目に遭わせたくなくて──」
「こんな場所に来てる時点で、十分危険よ!」

柚子はそう言ってから、はっとした。
瞳が、ショックを受けたような顔で、柚子を見つめていたのだ。

「あ、えと……違くて……」
「なになにー。三人とも、なんかトラブル?」

金井が、柚子の肩に手をかけた。
既に酔っぱらっているのか、顔がほんのりと赤くなっている。
瞳は気を取り直すように小さく空咳(からぜき)し、柚子に手をかける金井の腕を、さりげなく引き離した。

「なんでもありません。ちょっと体調が悪いみたいなんで、私達は先にあがらせてもらいます。今日はありがとうございました」
「そう言わずにさー。夜はまだ始まったばっかりじゃん。ねぇ、柚子ちゃん。ちょっとあっちで話さない?」

金井が柚子の腰に手を回す。
柚子は顔を引きつらせた。

「柚子。行かなくてもだいじょうぶだから」

その保護者のような発言に、柚子はカチンときた。
怖いなと思う感情を押しのけて、ほとんど衝動的に彼女は叫んだ。

「い、行きます! 私、行きたいです!」
「マジ⁉ やりー♪ じゃ、行こ行こ」

背中を押すようにして、金井は柚子と一緒に歩いていく。

「柚子!」

瞳が柚子を追いかけようとすると、いつの間にやら背後に回っていた統島が、ぽんと彼女の両肩に手を置いた。

「まあまあ落ち着いて。柚子ちゃんが行きたいって言ってるんだから。こっちはこっちで楽しくやろうよ」
「そうそう。ミウちゃん、さっきマシュマロ焼いたんだけど、食べない?」
「マシュマロ⁉ 食べる食べるぅ‼」

食べ物に釣られて、ミウが肉倉の方へと駆けて行った。
柚子は心配だが、どちらかというとミウの方が危険そうだ。
瞳は心配そうに、離れていく二人の背中を見つめていた。



◇◇◇


「まったく。なによ瞳の奴。保護者みたいな顔して」

柚子はぶつぶつと文句を言いながら、金井について行っていた。

「ねぇ聞いてよ! 瞳っていっつもそうなの。今日もなんか、ずっと隠し事してるみたいだし。どうせ私なんて頼りないって思ってるのよ。自分だって、いつも嫌なこと全部背負って無理するくせに。周りがどれだけハラハラしてるかとか、全然分かってないのよ。それにこの前も──」
「はいはい、瞳ちゃんのことは分かったから。柚子ちゃんは瞳ちゃんが大好きなんだね」

柚子は、にわかに顔を赤くした。

「べ、別に? 親友なんだから、心配するのは当然でしょ。い、今はちょっと……意地になっちゃってるけどさ」

柚子は、もじもじと両手の指を絡ませた。

「困らせたいわけじゃないの。でも、いつも瞳ばかり貧乏くじ引いてて、それがなんか、対等じゃないっていうか。私達だって、瞳の負担を減らせるのにって……」
「なるほどねー。……よし、ここでいいか」

野原に到着した金井が、唐突にそんなことを言った。

「いいかって、何が?」
「なにって、そっちも期待してたんだろ?」
「へ? ……きゃっ‼」

突然押し倒されて、柚子は仰向けに倒れ込んだ。

「ちょっと何するのよ! 離して‼」
「なんだよ。そういうプレイをご所望か?」

両の手首を掴まれていて、柚子は身動きすることができない。

「へへへ。オレは気の強い女が好みなんだ」
「やだ……やめて……」

目尻に涙を溜めながら懇願しても、金井は止まらない。
そのあまりに強引なやり方に、柚子は身体が震えるほど恐怖していた。

金井はゆっくりと、柚子に顔を近づけてくる。
ぞわりと、全身に鳥肌がたつ。
その嫌悪感が、柚子に一かけらの勇気をくれた。

「誰か……。誰か、助けてええええ‼」

ザシュ

柚子が思わず顔を背けると同時に、そんな音がすぐそばから聞こえた。
何事かと見てみると、先程まで自分の頭があった地面から、鋭利なマチェットが突き出ていた。
それは、金井の眉間すれすれで止まっている。

「ひっ!」

金井は慌てて顔をそらし、その場にしりもちをついた。
拘束を解かれた柚子は、慌てて金井から距離を取る。

マチェットが、ゆっくりと地面に帰っていく。
すると、ぼこぼこと大きな隆起が起こり、そこから大男が姿を現した。
緑のジャケットを羽織り、ホッケーマスクを被ったその男は、地中からもぞもぞと這い出てきて、ゆっくりと地面に立った。

目の前には、足がすくんで動けない金井がいる。
大男は、ゆっくりとマチェットを振りかぶり──

「助けてくれてありがとおおおお‼」

突然柚子に抱きつかれ、思わず硬直した。

「私……私、本当に怖かったよぉ……‼」

ゆっくりと、大男は柚子を見下ろした。
今度は柚子にターゲットを絞り、再びマチェットを振り上げる。

「柚子ーー‼」

遠くから叫び声が聞こえた。
柚子が見ると、瞳がこちらへ駆けてくるのが見えた。

「瞳~‼」

柚子は躓きそうになりながらも駆け寄り、瞳に抱きついた。

「どうしたの⁉ 何かあったの⁉」
「あいつに~……! 酷いことされそうになったのぉ……‼」

瞳は、未だしりもちをついたまま放心状態な金井を睨みつけた。

「あなた、一体どういうつもりなの。事と次第によっては──」
「そんなこと言ってる場合かよ‼」

突然我に返った金井が、慌てて立ち上がった。
他の四人も遅れてやってくる。
金井は統島の胸倉を掴んだ。

「早く逃げるぞ‼ ここはマジでヤバイ‼」
「おい、何を言ってるんだよ。どうかしたのか?」
「あいつを見ろよ‼」

金井が指さした方向に、全員が目を向ける。
しかし、そこには何もなかった。

「あいつって誰だ?」
「あいつだよ‼ 緑のジャケット着て、ホッケーマスク被って、マチェットを振りかざす大男だよ‼」

統島は、辺りを見回した。

「そんな奴は見てないし、ここに誰かがいるなんてことはありえない」
「なんでだよ⁉」
「こんな見晴らしの良い場所だぞ? オレ達に気付いて逃げたとして、そいつは一体どこに逃げたんだ? 霧になって消えたか?」

金井はきょろきょろと辺りを確認する。
確かに、どこを見ても先程の大男はいなかった。
金井は恐怖と混乱で、全力疾走したあとのように、肩で息をしていた。

「な? とにかく落ち着けよ。薬のやり過ぎだ」

ぽんと手を置くと、金井はそれを振り払った。

「違う……。あいつはいた。オレの命を狙ってやがるんだ……」

ぶつぶつと、金井は呟いている。
統島と肉倉は、そんな金井を見て肩をすくめている。

その様子を冷静に観察していた瞳は、自分の胸で泣いている柚子に声をかけた。

「ねぇ。金井さんの言ってることって本当なの?」
「うん。あのね、穴掘り好きのおじさんが……」
「穴掘り?」
「あと、刃物も好き」

しゃくりあげながら、柚子はそう言った。
正直言って、瞳には柚子が何を言っているのか、よく分からなかった。

「とにかく、そのおじさんが助けてくれたの」
「馬鹿かお前! 完全にお前も殺そうとしてただろうが‼」
「違う! あのおじさんは私が助けてって言ったから、穴掘りして遊んでたのに出てきてくれたのよ!」
「あんな刃物を持ってか⁉」
「穴掘る道具は必要でしょ⁉」
「そもそも大の大人が穴掘りして遊ぶなよ‼」

一体何の言い合いをしているのか、外野からはまるで分からなかった。



◇◇◇


大男は、草葉の陰から彼らを見張りながら、先程の奇妙な感覚について考えていた。
あの金髪の女性に攻撃された時、まったくダメージがなかったというのに、何故か身体の動きが止まってしまったのだ。

大男はこれまで何人もの人間を殺してきた。
反抗され、攻撃されることも珍しくない。だがそれでも、今回のように獲物を仕損じるほど動けなくなるのは初めてのことだった。

大男は戸惑っていた。
大男にとって、人間とは泣き叫び、殺されまいと逃げ惑うだけのものだ。
だがあの時、金髪の女性は自分に向けて、「ありがとう」と言った。

それは、殺人鬼……いや、生きていた時でさえ、経験したことのないものだった。

あの時感じた感情を、大男は知らなかった。
動揺、戸惑い。そして、胸の奥底で感じるムズ痒い感覚。
本来なら不快でしかないはずのものに、妙な心地良さを覚える自分がいる。
あれは一体、なんだったのだろうか。

大男は、未だ泣きわめく柚子を、じっと見つめていた。

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