何も決めなかった王国は、静かに席を失う』

ふわふわ

文字の大きさ
19 / 40

第十九話 選ばれなかった国

しおりを挟む
第十九話 選ばれなかった国

 

 王都の市場に、目立った異変はなかった。
 露店は並び、人は行き交い、商品は売買されている。

 ――表向きは。

 だが、商人たちは、確実に「違い」を感じ始めていた。

「最近、帝国経由の話が増えたな」

「条件がいい。
 手続きも早い」

「王国を通すと、時間が読めないんだ」

 それは、不満というより、事実の共有だった。
 商人にとって重要なのは、感情ではない。
 確実性だ。

 王国は、
 「いつか決まる」
 「そのうち動く」
 という国になりつつあった。

 王城では、その変化を数字として受け取り始めていた。

「……主要商会の三つが、
 新規契約を帝国側に切り替えています」

 報告を受けた王太子は、
 しばらく言葉を失った。

「理由は?」

「迅速な判断と、条件の明確さ、とのことです」

 明確さ。
 それは、
 王国が失いつつあるものだった。

「引き留めは?」

「交渉は試みましたが……」

 官僚は、言葉を濁す。

「返答が遅れ、
 その間に帝国側が正式契約を結んだようです」

 王太子は、椅子に深く腰を下ろした。

 ――遅れた。

 だが、
 何が、どこで、
 どの瞬間に遅れたのか。

 それを、誰も明確に指摘できない。

 以前なら、
 「この案件は待ってはいけない」
 と、誰かが言っていた。

 今は、その誰かがいない。

 その夜、王城で開かれた非公式会合では、
 不安が、はっきりと声になっていた。

「このままでは、
 主要交易路を失うのではないか」

「帝国に、
 先を越され続けている」

「なぜ、
 こちらの方が条件が悪いように見える?」

 王太子は、
 その問いに答えられなかった。

 条件は、
 大きく変えていない。

 制度も、
 以前と同じ。

 それなのに、
 選ばれない。

 それが、何より重かった。

 一方、帝国。

 宰相府では、
 淡々と報告が進んでいた。

「王国経由だった商会の半数が、
 当帝国ルートへ移行しました」

「摩擦は?」

「ほとんどありません。
 王国側の返答待ちの間に、
 こちらが条件を提示しただけです」

 セドリックは、
 ネフェリアに視線を向ける。

「あなたの想定通りです」

「……想定というより、
 必然ですね」

 ネフェリアは、
 静かに答えた。

「商人は、
 感情で国を選びません」

「選ばれるか、
 選ばれないか」

「それだけです」

 帝国は、
 王国を排除したわけではない。

 ただ、
 空いた席に座っただけだ。

 その差は、
 意図ではなく、
 姿勢の違いだった。

 王国では。

 王太子は、
 かつてネフェリアが言っていた言葉を思い出していた。

 ――判断が遅れると、
 選択肢が消えます。

 当時は、
 理解したつもりでいた。

 だが、
 本当の意味を知ったのは、
 選ばれなくなってからだった。

「……我々は」

 王太子は、
 静かに呟く。

「国として、
 選ばれなくなったのか」

 誰も、否定しなかった。

 それが、答えだった。

 帝国では、
 ネフェリアが新たな案件に目を通している。

 王国の名は、
 もはや中心ではない。

 検討対象の一つ。
 数ある選択肢の中の一国。

「……国も、人も、同じですね」

 彼女は、
 ふと、そう口にした。

「選ばれ続けるためには、
 選ばれる努力を、
 止めてはいけない」

 かつての王国は、
 その努力を、
 彼女一人に任せていた。

 その結果が、
 今、
 選ばれなかった国
 という形で、
 はっきりと現れている。

 第十九話は、
 ざまぁが、
 感情ではなく、
 市場と数字と選択によって、
 完成していく回だった。

 誰も断罪されない。
 誰も罰せられない。

 ただ、
 選ばれなかった。

 それだけで、
 十分すぎる結末が、
 ゆっくりと近づいていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

白い結婚で結構ですわ。愛人持ちの夫に興味はありません

鍛高譚
恋愛
公爵令嬢ルチアーナは、王太子アルベルトとの政略結婚を命じられた。だが彼にはすでに愛する女性がいた。そこでルチアーナは、夫婦の義務を果たさない“白い結婚”を提案し、お互いに干渉しない関係を築くことに成功する。 「夫婦としての役目を求めないでくださいませ。その代わり、わたくしも自由にさせていただきますわ」 そうして始まった王太子妃としての優雅な生活。社交界では完璧な妃を演じつつ、裏では趣味の読書やお茶会を存分に楽しみ、面倒ごととは距離を置くつもりだった。 ——だが、夫は次第にルチアーナを気にし始める。 「最近、おまえが気になるんだ」 「もっと夫婦としての時間を持たないか?」 今さらそんなことを言われても、もう遅いのですわ。 愛人を優先しておいて、後になって本妻に興味を持つなんて、そんな都合の良い話はお断り。 わたくしは、自由を守るために、今日も紅茶を嗜みながら優雅に過ごしますわ——。 政略結婚から始まる痛快ざまぁ! 夫の後悔なんて知りませんわ “白い結婚”を謳歌する令嬢の、自由気ままなラブ&ざまぁストーリー!

捨てられた令嬢と、選ばれなかった未来

鍛高譚
恋愛
「君とは釣り合わない。だから、僕は王女殿下を選ぶ」 婚約者アルバート・ロンズデールに冷たく告げられた瞬間、エミリア・ウィンスレットの人生は暗転した。 王都一の名門公爵令嬢として慎ましくも誠実に彼を支えてきたというのに、待っていたのは無慈悲な婚約破棄――しかも相手は王女クラリッサ。 アルバートと王女の華やかな婚約発表の裏で、エミリアは社交界から冷遇され、"捨てられた哀れな令嬢"と嘲笑される日々が始まる。 だが、彼女は決して屈しない。 「ならば、貴方たちが後悔するような未来を作るわ」 そう決意したエミリアは、ある人物から手を差し伸べられる。 ――それは、冷静沈着にして王国の正統な後継者、皇太子アレクシス・フォルベルト。 彼は告げる。「私と共に来い。……君の聡明さと誇りが、この国には必要だ」

逆行した悪女は婚約破棄を待ち望む~他の令嬢に夢中だったはずの婚約者の距離感がおかしいのですか!?

魚谷
恋愛
目が覚めると公爵令嬢オリヴィエは学生時代に逆行していた。 彼女は婚約者である王太子カリストに近づく伯爵令嬢ミリエルを妬み、毒殺を図るも失敗。 国外追放の系に処された。 そこで老商人に拾われ、世界中を見て回り、いかにそれまで自分の世界が狭かったのかを痛感する。 新しい人生がこのまま謳歌しようと思いきや、偶然滞在していた某国の動乱に巻き込まれて命を落としてしまう。 しかし次の瞬間、まるで夢から目覚めるように、オリヴィエは5年前──ミリエルの毒殺を図った学生時代まで時を遡っていた。 夢ではないことを確信したオリヴィエはやり直しを決意する。 ミリエルはもちろん、王太子カリストとも距離を取り、静かに生きる。 そして学校を卒業したら大陸中を巡る! そう胸に誓ったのも束の間、次々と押し寄せる問題に回帰前に習得した知識で対応していたら、 鬼のように恐ろしかったはずの王妃に気に入られ、回帰前はオリヴィエを疎ましく思っていたはずのカリストが少しずつ距離をつめてきて……? 「君を愛している」 一体なにがどうなってるの!?

記憶喪失の婚約者は私を侍女だと思ってる

きまま
恋愛
王家に仕える名門ラングフォード家の令嬢セレナは王太子サフィルと婚約を結んだばかりだった。 穏やかで優しい彼との未来を疑いもしなかった。 ——あの日までは。 突如として王都を揺るがした 「王太子サフィル、重傷」の報せ。 駆けつけた医務室でセレナを待っていたのは、彼女を“知らない”婚約者の姿だった。 ※本作品は別サイトにて掲載中です

第一王子様が選んだのは、妹ではなく私でした!

睡蓮
恋愛
姉妹であるクレアとミリア、しかしその仲は決していいと言えるものではなかった。妹のミリアはずる賢く、姉のクレアの事を悪者に仕立て上げて自分を可愛く見せる事に必死になっており、二人の両親もまたそんなミリアに味方をし、クレアの事を冷遇していた。そんなある日の事、二人のもとにエバー第一王子からの招待状が届けられる。これは自分に対する好意に違いないと確信したミリアは有頂天になり、それまで以上にクレアの事を攻撃し始める。…しかし、エバー第一王子がその心に決めていたのはミリアではなく、クレアなのだった…!

【完結】ジュリアはバツイチ人生を謳歌する

ariya
恋愛
エレン王国の名門貴族・アグリア伯爵家に嫁いだジュリア・アグリア(旧姓ベルティー)。 夫のアベル・アグリア伯爵は、騎士として王妃の護衛任務に没頭し、結婚翌日からほぼ別居状態。 社交界のパーティーでは妻のエスコートを代理人に任せ、父の葬儀にも顔を出さず、事務的な会話と手紙のやり取りだけの日々が続く。 ジュリアは8年間の冷遇に耐え抜いたが、ある朝の食事中、静かに切り出す。 「私たち、離婚しましょう」 アベルは絶句するが、ジュリアは淡々と不満を告げる。 どれも自分のしでかしたことにアベルは頭を抱える。 彼女はすでに離婚届と慰謝料の用意を済ませ、夫の仕事に理解を示さなかった「有責妻」として後腐れなく別れるつもりだった。 アベルは内心で反発しつつも、ジュリアの決意の固さに渋々サイン。 こうしてジュリア・アグリアは、伯爵夫人としての全てを置き去りにし、バツイチ人生を開始する。

婚約破棄して泥を投げつけた元婚約者が「無能」と笑う中、光り輝く幼なじみの王子に掠め取られました。

ムラサメ
恋愛
​「お前のような無能、我が家には不要だ。今すぐ消えろ!」 ​婚約者・エドワードのために身を粉にして尽くしてきたフィオナは、卒業パーティーの夜、雨の中に放り出される。 泥にまみれ、絶望に沈む彼女の前に現れたのは、かつての幼なじみであり、今や国中から愛される「黄金の王子」シリルだった。 ​「やっと見つけた。……ねえ、フィオナ。あんなゴミに君を傷つけさせるなんて、僕の落ち度だね」 ​汚れを厭わずフィオナを抱き上げたシリルは、彼女を自分の屋敷へと連れ帰る。 「自分には価値がない」と思い込むフィオナを、シリルは異常なまでの執着と甘い言葉で、とろけるように溺愛し始めて――。 ​一方で、フィオナを捨てたエドワードは気づいていなかった。 自分の手柄だと思っていた仕事も、領地の繁栄も、すべてはフィオナの才能によるものだったということに。 ボロボロになっていく元婚約者。美しく着飾られ、シリルの腕の中で幸せに微笑むフィオナ。 ​「僕の星を捨てた報い、たっぷりと受けてもらうよ?」 ​圧倒的な光を放つ幼なじみによる、最高に華やかな逆転劇がいま始まる!

公爵令嬢の辿る道

ヤマナ
恋愛
公爵令嬢エリーナ・ラナ・ユースクリフは、迎えた5度目の生に絶望した。 家族にも、付き合いのあるお友達にも、慕っていた使用人にも、思い人にも、誰からも愛されなかったエリーナは罪を犯して投獄されて凍死した。 それから生を繰り返して、その度に自業自得で凄惨な末路を迎え続けたエリーナは、やがて自分を取り巻いていたもの全てからの愛を諦めた。 これは、愛されず、しかし愛を求めて果てた少女の、その先の話。 ※暇な時にちょこちょこ書いている程度なので、内容はともかく出来についてはご了承ください。 追記  六十五話以降、タイトルの頭に『※』が付いているお話は、流血表現やグロ表現がございますので、閲覧の際はお気を付けください。

処理中です...