何も決めなかった王国は、静かに席を失う』

ふわふわ

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第十八話 差は数字になる

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第十八話 差は数字になる

 

 帝国宰相府の朝会は、淡々と進んでいた。
 報告は簡潔、質疑は要点のみ。
 決定事項は、その場で確定し、次の工程へ回される。

 ネフェリアは、端の席で資料を確認しながら、必要なときだけ口を開く。

「この案件は、当初案で進めて構いません。
 ただし、物流量の変動が五%を超えた場合は、即時再調整を」

 官僚は頷き、迷いなく書き込む。

「了解しました」

 それだけで、話は前に進む。
 誰も、余計な確認を挟まない。
 判断の基準が、共有されているからだ。

 会議が終わると、セドリックが一枚の資料を差し出した。

「王国関連の統計です」

 ネフェリアは、視線を落とす。

 交易量。
 通関日数。
 契約成立までの平均期間。

 数値は、はっきりとした傾向を示していた。

「……開いていますね」

「ええ。想定より、早く」

 セドリックの声は、落ち着いている。

「王国の平均通関日数は、前期比で二日増。
 一方、帝国は半日短縮しています」

 二日。
 半日。

 単体では、小さな差だ。
 だが、それが毎週、毎月積み重なれば、
 商人の選択は自然と一方に傾く。

「判断速度の差が、
 そのままコスト差になっています」

 ネフェリアは、静かに言った。

「ええ。
 しかも、王国側は“誤差”として処理している」

 誤差。
 便利で、危険な言葉だ。

 帝国では、誤差は“調整対象”になる。
 王国では、誤差は“様子見”に変わる。

 それが、決定的な違いだった。

 その頃、王国。

 財務局の会議室では、数字を前に沈黙が落ちていた。

「……なぜ、こんなに差が出る」

 年配の官僚が、額に手を当てる。

「大きな失策は、ありません」

「制度も、以前と同じだ」

「では、何が違う」

 誰も答えられない。

 違うのは、
 判断の速さと、優先順位の付け方。
 だが、それを言語化できる者が、もういない。

「帝国は、こちらの条件を飲みつつ、
 先回りして代替案を出してきます」

 外交官が、疲れた声で報告する。

「結果、交渉はこちらが追う形に……」

 追う側は、不利だ。
 それは、誰もが知っている。

 王太子は、机に置かれた資料を見つめる。

 数字は、嘘をつかない。
 だが、数字が出る頃には、
 選択肢はすでに減っている。

「……呼び戻せば」

 誰かが、弱々しく呟いた。

 王太子は、首を振る。

「もう、その段階ではない」

 戻らない、という答えは、
 すでに突きつけられている。

 問題は、
 彼女が戻らないことではない。

 彼女がいない前提で、
 国を回す準備を、
 自分たちがしてこなかったことだ。

 一方、帝国では。

 ネフェリアは、別の資料に目を通していた。
 王国と競合する交易路の提案。

「この路線、
 王国が躊躇している間に、
 我々が先に整えましょう」

 彼女の声は、淡々としている。

「ただし、独占は避けてください。
 選択肢を残すことで、
 長期的な安定が得られます」

「承知しました」

 官僚は、即座に動く。

 それは、王国を潰すための判断ではない。
 ただ、
 空いた場所に、
 自然と座っただけだ。

 帝国は、
 空席を放置しない。

 夕刻、ネフェリアは窓辺に立ち、
 帝都の街を見下ろしていた。

 人の流れは、今日も滞りなく進んでいる。
 商人は迷わず、
 官僚は躊躇しない。

「……差は、もう戻りませんね」

 セドリックが、隣に立つ。

「ええ」

 ネフェリアは、静かに答える。

「差は、感情では埋まりません。
 時間と、判断の積み重ねですから」

 王国では、
 まだ“致命的ではない”と考えている。

 だが、
 致命的になる頃には、
 修正する余力は残っていない。

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