婚約破棄された公爵令嬢は厨二病でした。私は最後までモブでいたい』

ふわふわ

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第4話 本物の聖女は名乗らない

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第4話 本物の聖女は名乗らない

――名乗らない、という選択肢は、案外と勇気が要る。

令嬢Cは、学園の図書室の一角で、静かに本を閉じた。

午後の柔らかな光が、書架の隙間から差し込んでいる。
周囲には誰もいない。
静寂が心地いい。

(……平穏……)

それが、彼女の望みだった。

名を上げない。
役割を背負わない。
期待されない。

前世で、彼女は「聖女」だった。

癒しの力を持ち、
祈れば奇跡が起き、
望まれれば応えなければならなかった。

その結果がどうだったか。

――燃え尽きた。

(……今回は……
 もう……
 繰り返しません……)

この世界で目覚めたとき、
彼女はすぐに理解した。

(……ああ……
 また……
 力が……
 ある……)

祈れば、温かい光が胸に宿る。
誰かが傷ついていれば、自然と癒そうとしてしまう。

だが、彼女は学んでいた。

力は、使えば使うほど、
「当然」になる。

「ありがとう」は減り、
「まだ足りない」が増える。

だから。

(……名乗らない……)

(……気づかせない……)

それが、彼女の生存戦略だった。

令嬢Cは、そっと立ち上がり、窓の外を見る。

中庭では、数人の令嬢たちが談笑している。
その中心にいるのは、エスカレード・ヴァルフォーレ。

(……相変わらず……
 堂々と……)

昨日よりも、今日。
今日よりも、少し自信に満ちているように見える。

(……前世の記憶……
 でしたか……)

令嬢Cは、苦笑する。

(……いえ……
 思いつき……
 ですわね……)

だが、それを否定するつもりはなかった。

なぜなら――

(……結果が……
 出てしまう……)

あの改革案は、確かに理にかなっている。
特別な知識がなくても、冷静に考えれば思いつくこと。

だが、多くの人は「今まで通り」を選ぶ。
変える勇気がない。

(……エスカレード様は……
 行動力が……
 あります……)

だから、成功する。

そして、成功すれば――
誰も止められない。

(……中二病……
 ですけれど……)

(……害は……
 今のところ……
 ありません……)

問題は、周囲だ。

学園内では、すでに囁かれ始めている。

「エスカレード様、やはり特別なのでは……?」
「婚約破棄は、試練だったのかしら……」

人は、意味を求める。

(……物語に……
 したがる……)

令嬢Cは、深く関わらない。
ただ、距離を保つ。

その日の午後、聖堂での礼拝があった。

生徒たちは、順番に祈りを捧げていく。
アルテッツァも、前列で静かに頭を垂れていた。

(……あの方……)

アルテッツァ・ルミナール。

真の聖女として祭り上げられた少女。

(……困って……
 いらっしゃいますわね……)

彼女の祈りには、迷いが混じっている。
力は、確かにある。
だが、令嬢Cほどではない。

それでも、否定できない。

(……否定すれば……
 壊れます……)

王国の期待。
教会の権威。
人々の安心。

すべてが、彼女の肩に乗っている。

令嬢Cは、静かに祈る。

(……どうか……
 このまま……
 大事になりませんように……)

その祈りは、誰にも気づかれない。

――それでいい。

礼拝後。

廊下で、友人たちが集まっている。

「令嬢C、今度のお茶会、来られる?」
「ええ、都合が合えば」

曖昧な返事。
深入りしない距離。

それが、モブとしての正解。

(……この世界では……
 私は……
 背景……)

(……物語は……
 他の人が……
 進めればいい……)

だが。

ふと、胸の奥がざわつく。

(……王子……
 動きますわね……)

直接会ったことはない。
視線が交わったこともない。

それでも、空気が変わる予感がする。

(……エスカレード様が……
 気にしていない……
 それが……
 気に入らない……)

前世で、何度も見た構図だ。

選ぶ側だった者が、
選ばれなかったことに耐えられない。

(……当てつけ……
 来ますわね……)

夜会。
招待。
見せつけ。

その場に、モブも呼ばれる。

(……呼ばれたら……
 行きます……)

(……でも……
 何も……
 しません……)

それが、彼女の決意だった。

その夜。

寮の自室で、令嬢Cは灯りを落とす。

(……私は……
 真の聖女……)

(……でも……
 名乗りません……)

それは、逃げではない。

自分を守るための、
そして――

(……世界を……
 壊さないための……)

選択だ。

外では、星が静かに瞬いている。

物語は、
すでに動き出している。

だが――
主役は、まだ舞台に立っていない。

令嬢Cは、布団に身を沈めながら、静かに目を閉じた。

(……次は……
 夜会……
 ですわね……)

その時、何が起きても。

彼女は、モブでいる。

――それが、最後まで変わらないと、
この時はまだ、誰も知らなかった。


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