婚約破棄された公爵令嬢は厨二病でした。私は最後までモブでいたい』

ふわふわ

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第2話 平然としている元婚約者

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第2話 平然としている元婚約者

王立聖女学園は、昨日の出来事が嘘だったかのように、いつも通りの朝を迎えていた。

登校する生徒たちは、それぞれに噂話を抱えながらも、授業の準備をし、談笑し、日常へと戻っていく。
ただ一つ、昨日と決定的に違うことがあるとすれば――

「ねえ、聞いた?」
「ええ、もちろんよ。あんな公衆の面前で……」

声を潜める令嬢たちの視線が、一斉にある方向へ向く。

公爵令嬢エスカレード・ヴァルフォーレ。

昨日、王太子から婚約破棄を言い渡され、聖女候補の資格まで剥奪された少女だ。

だが当の本人は、何事もなかったかのように、朝の廊下を歩いていた。

背筋はまっすぐ。
歩調も、いつもと変わらない。

その姿が、周囲の令嬢たちを混乱させていた。

「……泣いてない?」
「それどころか、落ち込んでる様子もないわ……」

誰もが想像していたはずなのだ。
部屋に籠もり、食事も喉を通らず、目を赤く腫らしたエスカレードの姿を。

しかし現実は違った。

エスカレードは、教室に入ると、静かに席に着き、教科書を開いた。

「……おはようございます」

隣の席の令嬢が、恐る恐る声をかける。

「おはようございますわ」

返ってきたのは、穏やかな声。

それだけで、特別なやり取りはなかった。

授業中も、エスカレードはいつも通りだった。
教師の問いかけに的確に答え、ノートを取り、時折、周囲の意見に耳を傾ける。

誰よりも“普通”だった。

――それが、異様だった。

休み時間。

教室の後方で、数人の令嬢が集まっている。

「……大丈夫ですの?」
「無理、なさってません?」

心配そうな視線が、エスカレードに向けられる。

彼女は、少しだけ首を傾げた。

「ご心配、ありがとうございます。
でも、本当に大丈夫ですわ」

その言葉に、周囲は言葉を失った。

「……あの……殿下のことは……」

一人が勇気を出して尋ねる。

エスカレードは、一瞬だけ考え――

「もう、過ぎたことですもの」

そう言って、微笑んだ。

それは、強がりにも見えなかった。
諦めにも、怒りにも見えない。

ただ、事実を受け入れた人の顔だった。

その輪の、少し外。

柱の影に近い席で、令嬢Cはその様子を眺めていた。

(……やっぱり……)

内心で、静かに頷く。

(エスカレード様……
 まったく気にしていない……)

それは、演技ではない。

本当に、彼女は婚約破棄を「終わった出来事」として処理していた。

(……これは……
 王子が……
 気に入らないでしょうね……)

令嬢Cは、前世で学んでいる。

プライドの高い人間ほど、
「拒絶」よりも「無関心」に耐えられない。

そして――

その予感は、的中していた。

同じ頃。

王城に隣接する執務棟で、ダイナスティは苛立ちを隠しきれずにいた。

「……報告は、それだけか」

「はい。
本日も、エスカレード嬢は通常通り学園に通われているとのことです」

側近の言葉に、王子は眉をひそめる。

「……通常通り?」

「特に問題行動もなく、周囲と談笑している、と」

「……談笑?」

その単語を、噛み砕くように繰り返す。

(……馬鹿な……)

婚約を破棄され、聖女候補の座を失った女が、
なぜ談笑などできる。

(俺は……
 “捨ててやった”側だぞ……)

感情が、理解に追いつかない。

怒りとも、苛立ちとも違う。
だが確実に、不快だった。

「……周囲は?」

「はい。
エスカレード嬢は、下位貴族の令嬢たちと親しくしているようです」

「……下位?」

「はい。
特に目立った家柄ではありません」

ダイナスティは、鼻で笑った。

「……落ちぶれたな」

そう言いながらも、胸の奥にざらついた感覚が残る。

(……なぜだ……)

(なぜ、あいつは……
 そんな連中と……)

自分が捨てたはずの女が、
自分の視界の外で、自由にしている。

それが、どうしようもなく気に入らなかった。

一方、学園では昼休みを迎えていた。

中庭のベンチで、エスカレードは令嬢たちと昼食を取っている。

「このパン、美味しいですわね」
「ええ、最近評判なのです」

他愛もない会話。

誰も、聖女候補の話をしない。
婚約破棄の話も、出ない。

それを、エスカレードは心地よく感じていた。

(……こういう時間……
 悪くありませんわね……)

その少し後ろ。

木陰に近い位置で、令嬢Cは静かに昼食を取っていた。

話題に入らない。
視線を集めない。

(……完璧……)

(この距離感……
 理想的……)

だが、心のどこかで、彼女は確信していた。

(……これは……
 嵐の前……)

平然としているエスカレード。
苛立ちを募らせる王子。

そして――
それを面白がらない“モブ”たち。

この構図が、長く続くはずがない。

その日の放課後。

エスカレードは、一人、校舎を歩いていた。

(……やはり……)

(殿下は……
 わたくしが……
 落ち込むと思っていたのですね……)

彼女は、静かに理解していた。

(……でも……
 それは……
 私ではありませんわ……)

その認識が、後に別の方向へ暴走することを、
この時の彼女は、まだ知らない。

こうして。

元婚約者は平然と日常を送り、
王子は苛立ちを募らせ、
令嬢Cは静かに距離を取る。

誰も、まだ――
夜会のことを口にしていない。

だが、物語は確実に、次の段階へ進み始めていた。


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