婚約破棄された公爵令嬢は厨二病でした。私は最後までモブでいたい』

ふわふわ

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第10話 名を探す者、名を持たぬ者

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第10話 名を探す者、名を持たぬ者

夜会が終わったあとも、
王太子ダイナスティの胸の内は、少しも晴れなかった。

祝宴は成功だった。
形式は完璧。
賓客も満足。
新聖女アルテッツァも、何一つ失態はなかった。

――それなのに。

(……なぜ……
 俺は……
 あの女のことを……
 考えている……)

夜会の光景が、脳裏に何度も浮かぶ。

エスカレードの平然とした態度。
下位令嬢たちの控えめな振る舞い。

そして――
名を名乗らなかった、あの一人。

(……おかしい……)

(……名を……
 呼べなかった……)

それは、彼にとって屈辱に近かった。

翌朝。

ダイナスティは、学園へ向かった。
本来、王太子が頻繁に足を運ぶ場所ではない。

だが、今は違う。

(……夜会の余韻……
 ということに……
 しておこう……)

自分に言い訳をしながら、
廊下を進む。

生徒たちが、一斉に頭を下げる。

「……殿下……」

だが、彼の視線は、
その中の“誰か”を探していた。

(……いない……)

(……いや……
 そもそも……
 誰を……
 探している……?)

自分でも、はっきりしない。

だからこそ、
余計に苛立つ。

「……おい」

通りがかった教師を呼び止める。

教師Aだ。

「……昨夜の夜会に……
 招かれていた……
 生徒の名簿を……
 確認したい……」

教師Aは、一瞬だけ目を瞬かせた。

「……名簿……
 でございますか……?」

「そうだ」

教師Aは、少し困ったように微笑む。

「……夜会の……
 招待状は……
 学園側では……
 管理しておりませんので……」

「……では……
 クラス名簿だ……」

「……どの……
 クラスでしょう……?」

(……どの……
 クラス……?)

そこで、
ダイナスティは言葉に詰まった。

(……知らない……)

「……エスカレードの……
 クラスだ……」

教師Aは、頷き、
書類棚から名簿を取り出す。

「……では……
 こちらを……」

ページがめくられる。

貴族名が、整然と並んでいる。

「……この辺り……
 でしょうか……?」

教師Aが、指でなぞる。

「……エスカレード・ヴァルフォーレ……
 こちら……」

「……その……
 周囲だ……」

教師Aは、再びページを追う。

だが――

「……殿下……?」

「……何だ……」

「……“その周囲”と……
 申しますと……」

「……だから……
 あの……
 令嬢だ……」

教師Aは、困惑を隠せなくなった。

「……申し訳……
 ございません……
 どなたの……
 ことでしょう……?」

(……また……
 それか……)

「……昨夜……
 エスカレードと……
 一緒に……
 来ていた……」

教師Aは、少し考え込む。

「……何人か……
 いらっしゃいましたが……」

「……その中の……
 一人だ……」

教師Aは、首を傾げた。

「……殿下……
 特徴を……
 お聞かせ……
 いただけますか……?」

「……目立たない……」

「……?」

「……派手では……
 ない……」

「……はぁ……」

教師Aは、困ったように笑った。

「……それでは……
 特定が……」

ダイナスティは、拳を握る。

(……教師ですら……
 把握していない……?)

(……そんな……
 馬鹿な……)

「……名簿に……
 載っているはずだ……」

「……殿下……」

教師Aは、慎重に言葉を選ぶ。

「……生徒の……
 名簿は……
 ございます……」

「……ですが……」

一瞬、
視線が逸れた。

「……“呼び名”が……
 統一されていない……
 生徒も……
 中には……」

「……どういう……
 意味だ……」

教師Aは、咳払いをする。

「……授業では……
 “あなた”と……
 お呼びして……
 おります……」

その言葉が、
胸に突き刺さった。

(……あなた……)

(……名を……
 呼ばれない……)

(……呼ばれない……
 まま……
 存在している……)

ダイナスティは、
背筋に、冷たいものが走るのを感じた。

(……隠されている……)

(……俺から……)

教師Aは、話を続ける。

「……特に……
 問題行動も……
 なく……
 成績も……
 平均的で……」

「……存在感が……
 薄い……
 生徒で……」

(……存在感が……
 薄い……)

その言葉に、
ダイナスティは、
思わず笑いそうになった。

(……それで……
 ここまで……
 気になる……
 というのか……)

教師Aは、不安そうに続ける。

「……もし……
 殿下に……
 ご無礼が……
 ございましたら……」

「……いや……」

ダイナスティは、手を上げた。

「……もう……
 いい……」

教師Aは、一礼して去っていく。

残されたのは、
答えのない違和感だけ。

(……名が……
 ない……)

(……呼べない……)

(……探しても……
 出てこない……)

その全てが、
彼の中で、
一つの感情に集約されていく。

――興味。

それは、
彼が最も自覚してはいけない感情だった。

その頃。

学園の別の場所で、
令嬢Cは、静かに紅茶を飲んでいた。

(……動きましたわね……)

理由は分からない。

だが、
空気が変わったのを、
肌で感じる。

(……名簿……
 教師……)

(……調べ……
 始めました……)

彼女は、
小さくため息をついた。

(……でも……)

(……私は……
 名を……
 出していません……)

(……出さなければ……
 探せません……)

それが、
彼女の最後の防波堤だった。

「……大丈夫……」

自分に言い聞かせる。

(……まだ……
 大丈夫……)

だが。

王太子ダイナスティは、
すでに一つ、
確信し始めていた。

(……誰かが……
 意図的に……
 俺から……
 隠している……)

その思い込みが、
事態を、
さらに悪化させる。

こうして。

王子は「探す側」になり

教師は「分からない」と答え

名を持たぬ令嬢は、静かに息を潜め

物語は、
“ざまぁ”の直前へと、
確実に近づいていく。


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