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第18話 それは、聖女の言葉ではありません
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第18話 それは、聖女の言葉ではありません
アルテッツァは、眠れずにいた。
夜半。
ランプの淡い光の下で、ベッドに腰掛け、両手を膝の上に置いたまま、じっと床を見つめている。
(……どうして……
こんなに……
苦しいの……)
胸の奥が、重い。
息を吸っても、吐いても、何かが引っかかっているような感覚。
――答えは、分かっている。
王太子ダイナスティ。
彼の隣に立つようになってから、
自分は「考えなくていい存在」になっていた。
(……殿下が……
決めて……
私は……
頷く……)
それが、正しいと思い込もうとしていた。
だが。
(……違う……)
特別講義の日。
学園の空気が冷えた瞬間。
生徒たちの目から、信頼が消えた瞬間。
(……あれは……
私の……
せい……)
否定できない事実だった。
「……聖女……」
小さく呟く。
(……聖女って……
何……?)
誰かを従わせる存在?
誰かを黙らせる存在?
――違う。
少なくとも、
自分が憧れていた「聖女」は、そんな存在ではなかった。
(……だったら……)
(……私は……
このまま……
隣に……
立っていて……
いいの……?)
答えは、
ゆっくりと、
しかし確実に、
一つに定まっていく。
(……いいえ……)
その夜、
アルテッツァは、
決めた。
――逃げない。
――黙らない。
---
翌日。
王太子ダイナスティは、
苛立ちを抱えたまま、
学園内を歩いていた。
(……エスカレードは……
意味不明……)
(……学園は……
反抗的……)
(……アルテッツァ……
まで……
距離を……)
そのとき。
「……殿下……」
控えめな声。
振り向くと、
そこにはアルテッツァが立っていた。
いつもなら、
側近が先に声をかける。
あるいは、
彼女は少し離れた場所で待つ。
――だが、今日は違った。
彼女は、
一人だった。
「……話が……
あります……」
ダイナスティは、
一瞬だけ眉をひそめた。
「……今は……
忙しい……」
「……少し……
だけ……」
その声は、
弱々しいが、
逃げてはいなかった。
(……何だ……
この……
態度……)
だが、
無視するのも癪だった。
「……いいだろう……」
二人は、
人気のない回廊へ移動した。
---
「……何の……
話だ……」
腕を組み、
上から見下ろす。
アルテッツァは、
一度、深く息を吸った。
「……殿下……」
「……私……
昨日……
ずっと……
考えて……
いました……」
「……何を……?」
「……“聖女”……
について……」
ダイナスティの目が、
一瞬だけ鋭くなる。
「……聖女は……
王家に……
仕える……
存在だ……」
「……殿下……」
アルテッツァは、
その言葉を、
静かに遮った。
「……それは……
殿下の……
考え……
です……」
空気が、
一気に張り詰めた。
「……何……?」
「……私は……
誰かを……
黙らせる……
ために……
選ばれた……
わけでは……
ありません……」
「……学園の……
皆さんを……
怖がらせる……
ためでも……」
ダイナスティの顔が、
見る見るうちに歪む。
「……お前……」
「……特別講義……」
アルテッツァは、
言葉を止めなかった。
「……あれは……
“教え”……
では……
ありません……」
「……脅し……
でした……」
沈黙。
一瞬、
時間が止まったように感じられた。
「……ふざけるな……」
ダイナスティの声は、
低く、
冷たかった。
「……あれは……
秩序の……
ためだ……」
「……秩序とは……」
アルテッツァは、
一歩、
前に出た。
「……人が……
考える……
ことを……
奪う……
ものでは……
ありません……」
(……こいつ……)
(……誰に……
吹き込まれた……)
怒鳴りつけそうになる。
だが。
彼女の目は、
揺れていなかった。
恐れていない。
従っていない。
ただ――
悲しんでいた。
「……殿下……」
「……これ以上……
私は……
殿下の……
隣で……
黙って……
頷けません……」
それは、
宣言だった。
「……私は……
“聖女”……
である……
前に……」
「……一人の……
人間……
です……」
ダイナスティは、
言葉を失った。
――反論される想定が、
存在していなかった。
「……私は……
考えます……」
「……そして……
間違っていると……
思ったことには……
従いません……」
アルテッツァは、
深く一礼した。
「……それでも……
“聖女”……
であれ……
と……
言われるなら……」
「……私は……
それを……
断ります……」
そう言って、
彼女は、
背を向けた。
---
その場に、
ダイナスティだけが残された。
(……断る……?)
(……俺を……
拒否……?)
頭の中が、
真っ白になる。
怒りが、
遅れて湧き上がる。
だが――
追いかけることは、
できなかった。
なぜなら。
その背中が、
「対等」だったから。
---
その少し後。
令嬢Cは、
学園の端で、
静かに微笑んでいた。
(……よく……
言いました……)
(……それで……
いいのです……)
友人たちは、
何も知らず、
普段通り話している。
だが、
学園の空気は、
確実に変わった。
――聖女が、
初めて、
“自分の意思”を示した。
それは、
王子にとって、
最大の敗北だった。
そして同時に。
物語は、
「ざまぁ」への最終段階へと突入する。
アルテッツァは、眠れずにいた。
夜半。
ランプの淡い光の下で、ベッドに腰掛け、両手を膝の上に置いたまま、じっと床を見つめている。
(……どうして……
こんなに……
苦しいの……)
胸の奥が、重い。
息を吸っても、吐いても、何かが引っかかっているような感覚。
――答えは、分かっている。
王太子ダイナスティ。
彼の隣に立つようになってから、
自分は「考えなくていい存在」になっていた。
(……殿下が……
決めて……
私は……
頷く……)
それが、正しいと思い込もうとしていた。
だが。
(……違う……)
特別講義の日。
学園の空気が冷えた瞬間。
生徒たちの目から、信頼が消えた瞬間。
(……あれは……
私の……
せい……)
否定できない事実だった。
「……聖女……」
小さく呟く。
(……聖女って……
何……?)
誰かを従わせる存在?
誰かを黙らせる存在?
――違う。
少なくとも、
自分が憧れていた「聖女」は、そんな存在ではなかった。
(……だったら……)
(……私は……
このまま……
隣に……
立っていて……
いいの……?)
答えは、
ゆっくりと、
しかし確実に、
一つに定まっていく。
(……いいえ……)
その夜、
アルテッツァは、
決めた。
――逃げない。
――黙らない。
---
翌日。
王太子ダイナスティは、
苛立ちを抱えたまま、
学園内を歩いていた。
(……エスカレードは……
意味不明……)
(……学園は……
反抗的……)
(……アルテッツァ……
まで……
距離を……)
そのとき。
「……殿下……」
控えめな声。
振り向くと、
そこにはアルテッツァが立っていた。
いつもなら、
側近が先に声をかける。
あるいは、
彼女は少し離れた場所で待つ。
――だが、今日は違った。
彼女は、
一人だった。
「……話が……
あります……」
ダイナスティは、
一瞬だけ眉をひそめた。
「……今は……
忙しい……」
「……少し……
だけ……」
その声は、
弱々しいが、
逃げてはいなかった。
(……何だ……
この……
態度……)
だが、
無視するのも癪だった。
「……いいだろう……」
二人は、
人気のない回廊へ移動した。
---
「……何の……
話だ……」
腕を組み、
上から見下ろす。
アルテッツァは、
一度、深く息を吸った。
「……殿下……」
「……私……
昨日……
ずっと……
考えて……
いました……」
「……何を……?」
「……“聖女”……
について……」
ダイナスティの目が、
一瞬だけ鋭くなる。
「……聖女は……
王家に……
仕える……
存在だ……」
「……殿下……」
アルテッツァは、
その言葉を、
静かに遮った。
「……それは……
殿下の……
考え……
です……」
空気が、
一気に張り詰めた。
「……何……?」
「……私は……
誰かを……
黙らせる……
ために……
選ばれた……
わけでは……
ありません……」
「……学園の……
皆さんを……
怖がらせる……
ためでも……」
ダイナスティの顔が、
見る見るうちに歪む。
「……お前……」
「……特別講義……」
アルテッツァは、
言葉を止めなかった。
「……あれは……
“教え”……
では……
ありません……」
「……脅し……
でした……」
沈黙。
一瞬、
時間が止まったように感じられた。
「……ふざけるな……」
ダイナスティの声は、
低く、
冷たかった。
「……あれは……
秩序の……
ためだ……」
「……秩序とは……」
アルテッツァは、
一歩、
前に出た。
「……人が……
考える……
ことを……
奪う……
ものでは……
ありません……」
(……こいつ……)
(……誰に……
吹き込まれた……)
怒鳴りつけそうになる。
だが。
彼女の目は、
揺れていなかった。
恐れていない。
従っていない。
ただ――
悲しんでいた。
「……殿下……」
「……これ以上……
私は……
殿下の……
隣で……
黙って……
頷けません……」
それは、
宣言だった。
「……私は……
“聖女”……
である……
前に……」
「……一人の……
人間……
です……」
ダイナスティは、
言葉を失った。
――反論される想定が、
存在していなかった。
「……私は……
考えます……」
「……そして……
間違っていると……
思ったことには……
従いません……」
アルテッツァは、
深く一礼した。
「……それでも……
“聖女”……
であれ……
と……
言われるなら……」
「……私は……
それを……
断ります……」
そう言って、
彼女は、
背を向けた。
---
その場に、
ダイナスティだけが残された。
(……断る……?)
(……俺を……
拒否……?)
頭の中が、
真っ白になる。
怒りが、
遅れて湧き上がる。
だが――
追いかけることは、
できなかった。
なぜなら。
その背中が、
「対等」だったから。
---
その少し後。
令嬢Cは、
学園の端で、
静かに微笑んでいた。
(……よく……
言いました……)
(……それで……
いいのです……)
友人たちは、
何も知らず、
普段通り話している。
だが、
学園の空気は、
確実に変わった。
――聖女が、
初めて、
“自分の意思”を示した。
それは、
王子にとって、
最大の敗北だった。
そして同時に。
物語は、
「ざまぁ」への最終段階へと突入する。
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