婚約破棄された公爵令嬢は厨二病でした。私は最後までモブでいたい』

ふわふわ

文字の大きさ
18 / 29

第19話 警戒対象

しおりを挟む
第19話 警戒対象

王太子ダイナスティは、自分が“負けた”とは思っていなかった。

(……拒まれただけだ……)

アルテッツァの言葉が、何度も脳裏をよぎる。

――断ります。

(……感情的になっているだけだ……)

(……時間を……
 置けば……
 元に戻る……)

そう信じ込もうとしていた。

彼は「反論」を想定していなかったが、
「一時的な反抗」なら、理解の範疇だった。

(……俺が……
 王太子だと……
 思い出させれば……)

それで終わる。
それが、これまでの人生だった。


---

だが、その朝。

生徒会室から届いた一通の文書が、
彼のその思い込みを、音もなく打ち砕いた。

「……何だ……
 これは……」

机に置かれた書面。

差出人は、生徒会。
形式は、あくまで丁寧。

だが、
内容は――

「……今後……
 殿下による……
 学園運営への……
 関与を……
 制限……?」

目を疑う。

「……特別講義……
 今後……
 事前協議……
 必須……?」

「……生徒への……
 個別呼び出し……
 原則……
 禁止……?」

「……何を……
 言っている……」

声が低くなる。

「……誰が……
 許可した……」

側近が、慎重に答える。

「……教師会……
 生徒会……
 共同……
 決定……
 との……」

「……王家は……
 関係ない……
 という……
 判断……
 だそうです……」

沈黙。

「……ふざけるな……」

ダイナスティは、書面を握り潰した。

(……学園が……
 俺を……
 制限……?)

(……俺を……
 “危険”……
 扱い……?)

その認識に至った瞬間、
胸の奥に、得体の知れないものが広がる。

――恐怖。

(……いや……)

(……違う……)

(……これは……
 一時的……)

(……俺が……
 強く……
 出れば……)


---

だが、事態は、
すでに彼の手を離れていた。

職員室。

教師Aは、
静かに他の教師たちと話していた。

「……殿下……
 最近……
 生徒を……
 追い詰め……
 すぎです……」

「……特別講義……
 完全に……
 行き過ぎ……」

「……アルテッツァ様……
 泣きそう……
 でした……」

教師たちの表情は、
一様に硬い。

「……学園は……
 王家の……
 付属では……
 ありません……」

「……生徒を……
 守るのが……
 我々の……
 仕事です……」

誰も声を荒げない。
だが、全員が同じ結論に達していた。

――王太子は、
今、学園にとって“危険な存在”である。

だから、
衝突しない。
だが、
近づけさせない。

それが、
最も合理的な判断だった。


---

その情報は、
静かに、
しかし確実に、
学園中へ広がっていく。

「……殿下……
 教師に……
 止められた……
 らしい……」

「……生徒会……
 関与……
 制限……
 だって……」

「……アルテッツァ様……
 距離……
 取ってる……」

噂は、
過激ではない。

だが、
どれも同じ方向を向いていた。

――王太子は、
「自由に動けない」。

それは、
この学園において、
致命的だった。


---

令嬢Cは、
その変化を、
誰よりも正確に理解していた。

(……警戒対象……
 ですね……)

廊下を歩きながら、
彼女は、
自然な動きで、
王子の視界から外れる。

(……衝突……
 不要……)

(……排除……
 ではなく……
 隔離……)

それは、
とても“大人”な対応。

友人1が、
小声で言う。

「……最近……
 殿下……
 近づけない……
 雰囲気……」

友人2が、
頷く。

「……先生……
 すぐ……
 間に……
 入る……」

友人3は、
少しだけ、
苦笑した。

「……王子様……
 なのに……」

令嬢Cは、
何も言わない。

言う必要が、
なかった。

(……ここまで……
 来れば……)

(……あとは……
 殿下が……
 自滅……
 するだけ……)


---

その夜。

ダイナスティは、
一人、
執務室で、
灯りもつけずに座っていた。

(……なぜ……)

(……なぜ……
 誰も……
 言うことを……
 聞かない……)

王太子という立場。
王家という権威。

それが、
“通用しない場所”が、
存在するという事実を、
彼は受け入れられなかった。

(……俺は……
 間違って……
 いない……)

(……間違って……
 いるのは……)

「……周り……
 だ……」

その結論に、
行き着いてしまう。

――そして。

人は、
追い詰められたとき、
もっとも愚かな選択をする。

ダイナスティの中で、
最後の一線が、
静かに、
切れた。

(……ならば……)

(……王家として……
 “正式に”……
 動く……)

その決意が、
どれほどの破滅を招くかを、
彼は、
まだ、
知らなかった。


---

その頃。

アルテッツァは、
自室で、
静かに涙を拭っていた。

(……怖い……)

(……でも……
 言って……
 よかった……)

震える手を、
胸の上で重ねる。

(……私……
 逃げなかった……)

それだけで、
十分だった。


---

こうして。

王太子は「警戒対象」となり

学園は公式に距離を取り

アルテッツァは自分の意思を貫き

令嬢Cは、静かに状況を制御し続ける


物語は、
いよいよ最終章直前。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

誰も愛してくれないと言ったのは、あなたでしょう?〜冷徹家臣と偽りの妻契約〜

山田空
恋愛
王国有数の名家に生まれたエルナは、 幼い頃から“家の役目”を果たすためだけに生きてきた。 父に褒められたことは一度もなく、 婚約者には「君に愛情などない」と言われ、 社交界では「冷たい令嬢」と噂され続けた。 ——ある夜。 唯一の味方だった侍女が「あなたのせいで」と呟いて去っていく。 心が折れかけていたその時、 父の側近であり冷徹で有名な青年・レオンが 淡々と告げた。 「エルナ様、家を出ましょう。  あなたはもう、これ以上傷つく必要がない」 突然の“駆け落ち”に見える提案。 だがその実態は—— 『他家からの縁談に対抗するための“偽装夫婦契約”。 期間は一年、互いに干渉しないこと』 はずだった。 しかし共に暮らし始めてすぐ、 レオンの態度は“契約の冷たさ”とは程遠くなる。 「……触れていいですか」 「無理をしないで。泣きたいなら泣きなさい」 「あなたを愛さないなど、できるはずがない」 彼の優しさは偽りか、それとも——。 一年後、契約の終わりが迫る頃、 エルナの前に姿を見せたのは かつて彼女を切り捨てた婚約者だった。 「戻ってきてくれ。  本当に愛していたのは……君だ」 愛を知らずに生きてきた令嬢が人生で初めて“選ぶ”物語。

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

【完結】愛したあなたは本当に愛する人と幸せになって下さい

高瀬船
恋愛
伯爵家のティアーリア・クランディアは公爵家嫡男、クライヴ・ディー・アウサンドラと婚約秒読みの段階であった。 だが、ティアーリアはある日クライヴと彼の従者二人が話している所に出くわし、聞いてしまう。 クライヴが本当に婚約したかったのはティアーリアの妹のラティリナであったと。 ショックを受けるティアーリアだったが、愛する彼の為自分は身を引く事を決意した。 【誤字脱字のご報告ありがとうございます!小っ恥ずかしい誤字のご報告ありがとうございます!個別にご返信出来ておらず申し訳ございません( •́ •̀ )】

優しいあなたに、さようなら。二人目の婚約者は、私を殺そうとしている冷血公爵様でした

ゆきのひ
恋愛
伯爵令嬢であるディアの婚約者は、整った容姿と優しい性格で評判だった。だが、いつからか彼は、婚約者であるディアを差し置き、最近知り合った男爵令嬢を優先するようになっていく。 彼と男爵令嬢の一線を越えた振る舞いに耐え切れなくなったディアは、婚約破棄を申し出る。 そして婚約破棄が成った後、新たな婚約者として紹介されたのは、魔物を残酷に狩ることで知られる冷血公爵。その名に恐れをなして何人もの令嬢が婚約を断ったと聞いたディアだが、ある理由からその婚約を承諾する。 しかし、公爵にもディアにも秘密があった。 その秘密のせいで、ディアは命の危機を感じることになったのだ……。 ※本作は「小説家になろう」さんにも投稿しています ※表紙画像はAIで作成したものです

【完結】裏切られたあなたにもう二度と恋はしない

たろ
恋愛
優しい王子様。あなたに恋をした。 あなたに相応しくあろうと努力をした。 あなたの婚約者に選ばれてわたしは幸せでした。 なのにあなたは美しい聖女様に恋をした。 そして聖女様はわたしを嵌めた。 わたしは地下牢に入れられて殿下の命令で騎士達に犯されて死んでしまう。 大好きだったお父様にも見捨てられ、愛する殿下にも嫌われ酷い仕打ちを受けて身と心もボロボロになり死んでいった。 その時の記憶を忘れてわたしは生まれ変わった。 知らずにわたしはまた王子様に恋をする。

「では、ごきげんよう」と去った悪役令嬢は破滅すら置き去りにして

東雲れいな
恋愛
「悪役令嬢」と噂される伯爵令嬢・ローズ。王太子殿下の婚約者候補だというのに、ヒロインから王子を奪おうなんて野心はまるでありません。むしろ彼女は、“わたくしはわたくしらしく”と胸を張り、周囲の冷たい視線にも毅然と立ち向かいます。 破滅を甘受する覚悟すらあった彼女が、誇り高く戦い抜くとき、運命は大きく動きだす。

王妃様は死にました~今さら後悔しても遅いです~

由良
恋愛
クリスティーナは四歳の頃、王子だったラファエルと婚約を結んだ。 両親が事故に遭い亡くなったあとも、国王が大病を患い隠居したときも、ラファエルはクリスティーナだけが自分の妻になるのだと言って、彼女を守ってきた。 そんなラファエルをクリスティーナは愛し、生涯を共にすると誓った。 王妃となったあとも、ただラファエルのためだけに生きていた。 ――彼が愛する女性を連れてくるまでは。

【完結】恋は、終わったのです

楽歩
恋愛
幼い頃に決められた婚約者、セオドアと共に歩む未来。それは決定事項だった。しかし、いつしか冷たい現実が訪れ、彼の隣には別の令嬢の笑顔が輝くようになる。 今のような関係になったのは、いつからだったのだろう。 『分からないだろうな、お前のようなでかくて、エマのように可愛げのない女には』 身長を追い越してしまった時からだろうか。  それとも、特進クラスに私だけが入った時だろうか。 あるいは――あの子に出会った時からだろうか。 ――それでも、リディアは平然を装い続ける。胸に秘めた思いを隠しながら。

処理中です...