4 / 38
第4話 家族の反応――沈黙する父、理解する母
しおりを挟む
第4話 家族の反応――沈黙する父、理解する母
ラーヴェンシュタイン家の本邸は、王都から少し離れた高台に建っている。
かつては、王太子妃を輩出する名門として、誇らしげに語られることも多かった。
だが今、その屋敷には、微妙な緊張が漂っていた。
客間に通されたリオネッタは、背筋を正し、静かに座っていた。
別邸から呼び戻される形で本邸へ来たのは、父――当主の判断によるものだ。
(……さて、どのような反応でしょうか)
心の準備は、すでにできている。
怒りでも、失望でも、落胆でも。
どれも想定の範囲内だ。
扉が開き、まず入ってきたのは母――エレオノーラ夫人だった。
「……お疲れさま、リオネッタ」
その声は、驚くほど穏やかだった。
「母上……」
立ち上がろうとするリオネッタを、母は手で制する。
「いいの。今日は、座ったままで」
そう言って、彼女は娘の向かいに腰を下ろした。
視線は真っ直ぐだが、責める色はない。
少し遅れて、父――ラーヴェンシュタイン侯爵が入室した。
威厳ある佇まい。
感情を表に出さない、冷静な貴族の顔。
彼は一言も発さず、席についた。
沈黙。
重く、張りつめた空気。
最初に口を開いたのは、母だった。
「……舞踏会での出来事は、すべて聞いています」
「はい」
「辛かったでしょう」
その一言に、リオネッタは一瞬、言葉を失った。
(ああ……そう来ましたか)
叱責でも、忠告でもなく。
まず出てきたのは、娘を気遣う言葉。
「……恐れ入ります」
そう答えたリオネッタの声は、自然と少しだけ低くなった。
父は、腕を組んだまま、沈黙を守っている。
その視線は、娘を値踏みするようでもあり、距離を測っているようでもあった。
「父上は……何か、おっしゃらないのですか?」
勇気を出して、問いかける。
侯爵は、しばらく沈黙した後、短く答えた。
「……結果は、結果だ」
それだけ。
責めるでもなく、慰めるでもなく。
淡々とした言葉。
「王太子の判断は、覆らない。ならば、我々は次を考える」
(……変わりませんね、父上は)
それは冷たいようでいて、貴族としては正しい態度だった。
感情よりも、家の立場。
名誉よりも、生存。
ラーヴェンシュタイン家は、そうやって存続してきた。
「ですが」
母が静かに言葉を継ぐ。
「リオネッタは、何一つ間違っていません」
その声音は、はっきりしていた。
父が、わずかに眉を動かす。
「努力し、学び、王太子妃として相応しくあろうとした。それを“可愛げがない”と切り捨てるのは……」
母は、そこで言葉を選び、一度息をついた。
「……とても、幼い判断だと思います」
室内の空気が、ぴんと張りつめた。
リオネッタは、思わず目を見開く。
(母上……そこまで言ってくださるのですね)
父は、しばらく黙っていたが、やがて小さく息を吐いた。
「……私も、同意見だ」
その言葉は、意外だった。
「王太子は、感情に流れすぎている。国の将来を考えれば……危うい」
父の声には、政治家としての懸念がにじんでいた。
だが、それ以上は言わない。
王家を公に批判することは、決してしない。
「リオネッタ」
父は、初めて娘の名を呼んだ。
「お前は……よくやった」
短く、簡潔な言葉。
それでも、胸の奥に、じんわりと温かいものが広がった。
「ありがとうございます」
リオネッタは、深く頭を下げた。
その後、話題は現実的な方向へと移る。
「王都での社交は、しばらく控えなさい」
「ええ」
「名目は“静養”だ。別邸で過ごすことになる」
それは、予想通りの判断だった。
「……ただし」
父は一拍置いてから続けた。
「縁談の話は、白紙に戻す。急ぐ必要はない」
母が、ほっとしたように微笑む。
「今は、休みなさい。リオネッタ」
その言葉に、リオネッタは素直に頷いた。
(急かされない……それだけで、十分ですわ)
面談が終わり、自室に戻る廊下で、母がそっと声をかけてきた。
「……無理をしないで」
「母上……」
「あなたは、もう十分頑張ったのよ」
その一言に、胸の奥が少しだけ痛んだ。
(……そう言われるのは、久しぶりです)
夜。
リオネッタは、部屋の窓辺に立ち、静かな庭を見下ろしていた。
婚約破棄。
名誉の失墜。
未来の不確定さ。
それでも――。
(私は、独りではありませんでしたわね)
少なくとも、理解してくれる家族がいる。
そして、これから先の人生は、
もう“誰かの期待に応えるためだけ”のものではない。
リオネッタ・ラーヴェンシュタインは、静かに目を閉じた。
この静養が、
次の運命へと繋がる“助走”であることを、
彼女はまだ知らない。
---
ラーヴェンシュタイン家の本邸は、王都から少し離れた高台に建っている。
かつては、王太子妃を輩出する名門として、誇らしげに語られることも多かった。
だが今、その屋敷には、微妙な緊張が漂っていた。
客間に通されたリオネッタは、背筋を正し、静かに座っていた。
別邸から呼び戻される形で本邸へ来たのは、父――当主の判断によるものだ。
(……さて、どのような反応でしょうか)
心の準備は、すでにできている。
怒りでも、失望でも、落胆でも。
どれも想定の範囲内だ。
扉が開き、まず入ってきたのは母――エレオノーラ夫人だった。
「……お疲れさま、リオネッタ」
その声は、驚くほど穏やかだった。
「母上……」
立ち上がろうとするリオネッタを、母は手で制する。
「いいの。今日は、座ったままで」
そう言って、彼女は娘の向かいに腰を下ろした。
視線は真っ直ぐだが、責める色はない。
少し遅れて、父――ラーヴェンシュタイン侯爵が入室した。
威厳ある佇まい。
感情を表に出さない、冷静な貴族の顔。
彼は一言も発さず、席についた。
沈黙。
重く、張りつめた空気。
最初に口を開いたのは、母だった。
「……舞踏会での出来事は、すべて聞いています」
「はい」
「辛かったでしょう」
その一言に、リオネッタは一瞬、言葉を失った。
(ああ……そう来ましたか)
叱責でも、忠告でもなく。
まず出てきたのは、娘を気遣う言葉。
「……恐れ入ります」
そう答えたリオネッタの声は、自然と少しだけ低くなった。
父は、腕を組んだまま、沈黙を守っている。
その視線は、娘を値踏みするようでもあり、距離を測っているようでもあった。
「父上は……何か、おっしゃらないのですか?」
勇気を出して、問いかける。
侯爵は、しばらく沈黙した後、短く答えた。
「……結果は、結果だ」
それだけ。
責めるでもなく、慰めるでもなく。
淡々とした言葉。
「王太子の判断は、覆らない。ならば、我々は次を考える」
(……変わりませんね、父上は)
それは冷たいようでいて、貴族としては正しい態度だった。
感情よりも、家の立場。
名誉よりも、生存。
ラーヴェンシュタイン家は、そうやって存続してきた。
「ですが」
母が静かに言葉を継ぐ。
「リオネッタは、何一つ間違っていません」
その声音は、はっきりしていた。
父が、わずかに眉を動かす。
「努力し、学び、王太子妃として相応しくあろうとした。それを“可愛げがない”と切り捨てるのは……」
母は、そこで言葉を選び、一度息をついた。
「……とても、幼い判断だと思います」
室内の空気が、ぴんと張りつめた。
リオネッタは、思わず目を見開く。
(母上……そこまで言ってくださるのですね)
父は、しばらく黙っていたが、やがて小さく息を吐いた。
「……私も、同意見だ」
その言葉は、意外だった。
「王太子は、感情に流れすぎている。国の将来を考えれば……危うい」
父の声には、政治家としての懸念がにじんでいた。
だが、それ以上は言わない。
王家を公に批判することは、決してしない。
「リオネッタ」
父は、初めて娘の名を呼んだ。
「お前は……よくやった」
短く、簡潔な言葉。
それでも、胸の奥に、じんわりと温かいものが広がった。
「ありがとうございます」
リオネッタは、深く頭を下げた。
その後、話題は現実的な方向へと移る。
「王都での社交は、しばらく控えなさい」
「ええ」
「名目は“静養”だ。別邸で過ごすことになる」
それは、予想通りの判断だった。
「……ただし」
父は一拍置いてから続けた。
「縁談の話は、白紙に戻す。急ぐ必要はない」
母が、ほっとしたように微笑む。
「今は、休みなさい。リオネッタ」
その言葉に、リオネッタは素直に頷いた。
(急かされない……それだけで、十分ですわ)
面談が終わり、自室に戻る廊下で、母がそっと声をかけてきた。
「……無理をしないで」
「母上……」
「あなたは、もう十分頑張ったのよ」
その一言に、胸の奥が少しだけ痛んだ。
(……そう言われるのは、久しぶりです)
夜。
リオネッタは、部屋の窓辺に立ち、静かな庭を見下ろしていた。
婚約破棄。
名誉の失墜。
未来の不確定さ。
それでも――。
(私は、独りではありませんでしたわね)
少なくとも、理解してくれる家族がいる。
そして、これから先の人生は、
もう“誰かの期待に応えるためだけ”のものではない。
リオネッタ・ラーヴェンシュタインは、静かに目を閉じた。
この静養が、
次の運命へと繋がる“助走”であることを、
彼女はまだ知らない。
---
5
あなたにおすすめの小説
酔っぱらい令嬢の英雄譚 ~チョコレートを食べていたら、いつの間にか第三王子を救っていたようです!~
ゆずこしょう
恋愛
婚約者と共に参加するはずだった、
夜会当日──
婚約者は「馬車の予約ができなかった」という理由で、
迎えに来ることはなかった。
そして王宮で彼女が目にしたのは、
婚約者と、見知らぬ女性が寄り添う姿。
領地存続のために婿が必要だったエヴァンジェリンは、
感情に流されることもなく、
淡々と婚約破棄の算段を立て始める。
目の前にあった美味しいチョコレートをつまみながら、
頭の中で、今後の算段を考えていると
別の修羅場が始まって──!?
その夜、ほんの少しお酒を口にしたことで、
エヴァンジェリンの評価と人生は、
思いもよらぬ方向へ転がり始める──
2月11日 第一章完結
2月15日 第二章スタート予定
政略結婚で「新興国の王女のくせに」と馬鹿にされたので反撃します
nanahi
恋愛
政略結婚により新興国クリューガーから因習漂う隣国に嫁いだ王女イーリス。王宮に上がったその日から「子爵上がりの王が作った新興国風情が」と揶揄される。さらに側妃の陰謀で王との夜も邪魔され続け、次第に身の危険を感じるようになる。
イーリスが邪険にされる理由は父が王と交わした婚姻の条件にあった。財政難で困窮している隣国の王は巨万の富を得たイーリスの父の財に目をつけ、婚姻を打診してきたのだ。資金援助と引き換えに父が提示した条件がこれだ。
「娘イーリスが王子を産んだ場合、その子を王太子とすること」
すでに二人の側妃の間にそれぞれ王子がいるにも関わらずだ。こうしてイーリスの輿入れは王宮に波乱をもたらすことになる。
【完結】廃墟送りの悪役令嬢、大陸一の都市を爆誕させる~冷酷伯爵の溺愛も限界突破しています~
遠野エン
恋愛
王太子から理不尽な婚約破棄を突きつけられた伯爵令嬢ルティア。聖女であるライバルの策略で「悪女」の烙印を押され、すべてを奪われた彼女が追放された先は荒れ果てた「廃墟の街」。人生のどん底――かと思いきや、ルティアは不敵に微笑んだ。
「問題が山積み? つまり、改善の余地(チャンス)しかありませんわ!」
彼女には前世で凄腕【経営コンサルタント】だった知識が眠っていた。
瓦礫を資材に変えてインフラ整備、ゴロツキたちを警備隊として雇用、嫌われ者のキノコや雑草(?)を名物料理「キノコスープ」や「うどん」に変えて大ヒット!
彼女の手腕によって、死んだ街は瞬く間に大陸随一の活気あふれる自由交易都市へと変貌を遂げる!
その姿に、当初彼女を蔑んでいた冷酷伯爵シオンの心も次第に溶かされていき…。
一方、ルティアを追放した王国は経済が破綻し、崩壊寸前。焦った元婚約者の王太子がやってくるが、幸せな市民と最愛の伯爵に守られた彼女にもう死角なんてない――――。
知恵と才覚で運命を切り拓く、痛快逆転サクセス&シンデレラストーリー、ここに開幕!
とある令嬢の優雅な別れ方 〜婚約破棄されたので、笑顔で地獄へお送りいたします〜
入多麗夜
恋愛
【完結まで執筆済!】
社交界を賑わせた婚約披露の茶会。
令嬢セリーヌ・リュミエールは、婚約者から突きつけられる。
「真実の愛を見つけたんだ」
それは、信じた誠実も、築いてきた未来も踏みにじる裏切りだった。だが、彼女は微笑んだ。
愛よりも冷たく、そして美しく。
笑顔で地獄へお送りいたします――
すべてを失って捨てられましたが、聖絵師として輝きます!~どうぞ私のことは忘れてくださいね~
水川サキ
恋愛
家族にも婚約者にも捨てられた。
心のよりどころは絵だけ。
それなのに、利き手を壊され描けなくなった。
すべてを失った私は――
※他サイトに掲載
この度娘が結婚する事になりました。女手一つ、なんとか親としての務めを果たし終えたと思っていたら騎士上がりの年下侯爵様に見初められました。
毒島かすみ
恋愛
真実の愛を見つけたと、夫に離婚を突きつけられた主人公エミリアは娘と共に貧しい生活を強いられながらも、自分達の幸せの為に道を切り開き、幸せを掴んでいく物語です。
【完結】伐採令嬢とお花畑伯爵のままならない結婚生活
有沢楓花
恋愛
――あなたのために杉(仮)を伐る。新婚伯爵夫妻の別居婚、標高差1000メートル
散々結婚を先延ばしにされた挙句、ついに婚約破棄された男爵家の令嬢・ヘルミーナはとうに行き遅れ。
厳格な父親は家の恥さらしだと、彼女を老貴族の後妻として嫁がせようと画策していた。
老貴族の名を聞き、前世の日本人としての記憶がぼんやりとあったヘルミーナは確信する。
ここは乙女系領地運営シミュレーションゲーム『黒薔薇姫のシュトラーセ』エンディング終了直後の世界で、彼女はこの後夫の不正に巻き込まれて没落するのだと。
抗う彼女の窮地を偶然救ってくれたのは、病のせいで顔をくまなく覆った貴族、「お花畑伯爵」ウィルヘルム。
瘴気漂う領地のせいで滅多に領外に出ないとあって、長らく独身だった。
ウィルヘルムが事情でお飾り妻を必要としていると知ったヘルミーナは、彼に結婚と領地運営の手助けを申し出る。
たとえ彼が「二週目フリーモード以降選択可能な、高難易度領地持ちPC」であろうとも。
しかし手助けしようにもコミュニケーションはままならない。
瘴気を徹底的に避けるため、彼は森林限界の上に建てた別邸で一年の大半を過ごしているのだった。
「あなたの暮らす屋敷からは大よそ1000メートルといったところですね。……標高で、ですが」
1000メートルの別居婚を提案されたヘルミーナは、花粉に似た瘴気をまき散らす森を前に決意する。
登山をして会いに行き、政治的パートナーとして距離を詰めることを。
でなければ、また実家に戻されてしまうだろう。
もう後がないヘルミーナは、伯爵とともに領地を繁栄させることができるのか……?
この話は他サイトにも掲載しています。
【完結】冷遇され続けた私、悪魔公爵と結婚して社交界の花形になりました~妹と継母の陰謀は全てお見通しです~
深山きらら
恋愛
名門貴族フォンティーヌ家の長女エリアナは、継母と美しい義妹リリアーナに虐げられ、自分の価値を見失っていた。ある日、「悪魔公爵」と恐れられるアレクシス・ヴァルモントとの縁談が持ち込まれる。厄介者を押し付けたい家族の思惑により、エリアナは北の城へ嫁ぐことに。
灰色だった薔薇が、愛によって真紅に咲く物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる