白い結婚のはずでしたが、いつの間にか選ぶ側になっていました

ふわふわ

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第5話 追放ではなく、厄介払い

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第5話 追放ではなく、厄介払い

 “静養”。

 それは、貴族社会において非常に便利な言葉だった。
 追放ほど露骨ではなく、罰でもない。
 けれど――確実に、中心から遠ざけるための処置。

 リオネッタ・ラーヴェンシュタインは、その言葉の意味をよく理解していた。

 王都から馬車で半日ほど離れた場所にある、ラーヴェンシュタイン家の別邸。
 元々は夏の避暑用として使われていた屋敷で、手入れは行き届いているが、人の出入りは少ない。

「……思ったより、静かですわね」

 馬車を降りたリオネッタは、周囲を見渡してそう呟いた。

 風に揺れる木々の音。
 遠くで鳥が鳴く声。
 王都の喧騒とは、まるで別世界だ。

「こちらで、しばらくお過ごしください」

 同行してきた執事が、淡々と告げる。

 彼の態度に、悪意はない。
 だが、以前のような敬意や緊張感もない。

(ええ、そうですわよね)

 かつては“未来の王太子妃”。
 今は、“婚約を破棄された令嬢”。

 立場が変われば、扱いも変わる。
 それは、責められることではなく、ただの現実だ。

 屋敷に入ると、最低限の使用人たちが頭を下げて迎えた。
 人数は少ないが、必要な者は揃っている。

「何か不足があれば、お申し付けください」

「ありがとうございます。今のところ、大丈夫ですわ」

 形式的なやり取りを終え、リオネッタは自室へ向かう。

 窓から見える景色は、穏やかだった。
 整えられた庭。
 遠くに見える森。

(……悪くありません)

 むしろ、好都合だ。

 社交も、視線も、評価もない。
 ここでは、誰かの期待に応える必要がない。

 その日の午後。
 王都から届いた手紙が、別邸に運び込まれた。

 差出人は、以前から付き合いのあった若い貴族令嬢。

『王都では、あなたの話題で持ちきりよ』

 リオネッタは、ため息をつきながら続きを読む。

『殿下と平民の恋人は、まるで物語の主人公みたい。
 あなたは……少し冷たい役回りにされているわ』

(でしょうね)

 内容は、想像通りだった。

 “可愛げのない令嬢”。
 “王太子を追い詰めた女”。
 “身を引いたからこそ、美談が完成した存在”。

 どれも、彼女自身の声ではない。

 だが――。

(反論しないことが、今は最善)

 噂は、燃料を与えなければ自然と形を変える。
 下手に弁明すれば、“未練がある”“見苦しい”と評価されるだけだ。

 それを分かっているからこそ、父は“静養”を選んだ。

 夜、夕食を終えた後。
 リオネッタは書斎で、一人静かに書類を整理していた。

 王太子妃候補として学んできた政治、財政、外交。
 今は使い道がないように見えるそれらの知識。

(……本当に、使い道はないのでしょうか)

 彼女は、ふと考える。

 王都から遠ざけられた。
 社交の中心から外された。

 それはつまり――
 “誰の目も気にせず、動ける”ということでもある。

「お嬢様」

 侍女マリアが、控えめに声をかけてきた。

「王都からの使者が、もう一通……」

「そう」

 封を切ると、そこには短い文が書かれていた。

『当面、王城への出入りは控えるように』

 名目は、あくまで配慮。
 だが実態は――“関わるな”という意思表示だ。

(ええ、分かりましたとも)

 リオネッタは、静かに紙を畳む。

(こちらから、関わるつもりもありませんし)

 王城は今、“真実の愛”に酔っている。
 そこに冷静な声は、不要どころか邪魔だ。

 だから、彼女はここにいる。

 追放ではない。
 けれど、歓迎もされない。

 それが――厄介払い。

 だが。

(……厄介、とは随分な言い草ですわね)

 リオネッタは、小さく笑った。

 期待されず、縛られず、干渉されない場所。
 それは、彼女にとって“罰”ではない。

 むしろ。

(準備期間、というところでしょうか)

 静かな別邸で、彼女は思う。

 王都は、今は彼女を必要としていない。
 だが、いつか――。

 夜風が、カーテンを揺らした。

 リオネッタ・ラーヴェンシュタインは、窓辺に立ち、遠く王都の方向を見つめる。

 そこには、もう未練も、怒りもない。

 あるのはただ、
 次に進むための、静かな時間だけだった。


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