白い結婚のはずでしたが、いつの間にか選ぶ側になっていました

ふわふわ

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第7話 隣国からの使者

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第7話 隣国からの使者

 別邸に、珍しく来客の知らせが届いたのは、昼下がりのことだった。

「お嬢様……隣国グラーフ公爵領より、正式な使者が到着しております」

 執事の声は、どこか緊張を含んでいる。

 リオネッタ・ラーヴェンシュタインは、手にしていた本からゆっくりと顔を上げた。

「……隣国、ですか?」

 その言葉の意味を、即座に理解する。

 隣国は、王国と長く安定した関係を保つ大国。
 そして――その中枢に位置するのが、グラーフ公爵家。

(まさか、こんなタイミングで……?)

 胸に浮かんだ疑問を、表情には出さない。

「応接室へ通してください。身だしなみを整えますわ」

 マリアが慌てて動き出す。

「お嬢様、ですが……今の状況で、隣国の使者というのは……」

「ええ。だからこそ、失礼のないように」

 声は穏やかだが、芯がある。

 “静養中の婚約破棄令嬢”であっても、
 ラーヴェンシュタイン家の娘であることに変わりはない。

 数刻後。

 応接室に現れた使者は、年配の騎士だった。
 背筋は真っ直ぐ、動きに無駄がない。

 そして、その佇まいだけで分かる。
 ――この人物は、ただの伝令ではない。

「初めまして。私はグラーフ公爵家に仕える者。
 本日は、我が主――アレスト・グラーフ公爵の名代として参りました」

 公爵の名が出た瞬間、空気が一段引き締まる。

(……やはり、本人ではありませんのね)

 それは当然だ。
 いかに有力な公爵であっても、他国の令嬢に直接会いに来るなど、前代未聞に近い。

「ご足労、感謝いたします。
 このような場所まで、わざわざ」

 リオネッタは、完璧な礼で応じた。

 使者は一瞬だけ、感心したように目を細める。

「ご無礼を承知で申し上げます。
 ――貴女は、噂ほど“冷たい方”には見えませんな」

 その言葉に、リオネッタは微笑む。

「噂とは、便利なものですわ。
 聞く人の数だけ、形を変えますもの」

 使者は、静かに頷いた。

「その通りです。
 だからこそ、我が主は“噂ではなく、事実”を確認したいと」

 リオネッタの胸が、わずかに高鳴る。

(……つまり)

「本日は、正式な“打診”に参りました」

 使者は、懐から一通の書状を取り出した。

 重厚な封蝋。
 公爵家の紋章。

「アレスト・グラーフ公爵より、
 リオネッタ・ラーヴェンシュタイン嬢へ」

 書状を受け取る手が、ほんの一瞬だけ止まる。

(婚約破棄されたばかりの私に……?)

 だが、顔には出さない。

 封を切り、目を走らせる。

 そこに書かれていたのは、
 感情を排した、驚くほど簡潔な文面だった。

『貴女の置かれている状況は承知している。
 無用な憶測や同情は、貴女にとって害にしかならないだろう。
 ――そこで、一つ、提案がある』

 リオネッタは、続きを読む。

『我が国と我が領にとって、
 貴女は“問題”ではなく、“資産”である』

 思わず、心の中で小さく息を呑んだ。

(……ずいぶん率直ですこと)

 だが、不快ではない。

『詳細は、直接伝えたい。
 もし興味があるなら、
 まずは使者の話を聞いてほしい』

 そこまで読んで、リオネッタは書状を閉じた。

 顔を上げると、使者は静かに待っている。

「……お話を、伺いましょう」

 使者は、一礼した。

「ありがとうございます。
 では、単刀直入に」

 彼は、こう切り出した。

「我が主は、貴女との“政略的な結びつき”を望んでおります」

 その言葉に、マリアが息を呑む。

 だが、リオネッタは驚かない。

(やはり……)

「ただし」

 使者は、続ける。

「それは、世間一般が想像するような婚姻ではありません」

 リオネッタの眉が、わずかに動いた。

「公爵は、愛情や情熱を前提とした結婚を、現時点では望んでいません」

 まるで――
 条件提示のような口ぶり。

「互いに干渉しない。
 互いに自由を尊重する。
 必要なのは、名と立場だけ」

 その瞬間。

 リオネッタの胸に、はっきりとした理解が走った。

(……白い結婚)

 まだ言葉にはされていないが、
 その本質は、明らかだった。

「我が主は、こう申しております」

 使者は、最後にこう付け加えた。

「――今の貴女にとって、それは“救済”であり、
 同時に“最も自由な選択肢”だと」

 室内が、静まり返る。

 リオネッタは、ゆっくりと息を吸い、吐いた。

 追放ではない。
 だが、厄介払い。

 悪役令嬢の噂。
 王都からの距離。

 そのすべてを、
 一瞬で無効化できる提案。

(……なるほど)

 彼女は、微笑んだ。

 それは、
 王太子の前で見せたものとは違う、
 心からの笑みだった。

「……大変、合理的なお話ですわね」

 使者の目が、わずかに見開かれる。

「本日は、即答はいたしません」

 リオネッタは、静かに続けた。

「ですが――
 前向きに、検討させていただきますわ」

 使者は、深く頭を下げた。

「それだけで、十分でございます」

 使者が去った後。
 応接室には、静寂が戻った。

 マリアが、震える声で言う。

「お嬢様……本当に、よろしいのですか……?」

 リオネッタは、窓の外を見つめながら答えた。

「ええ。
 少なくとも――」

 ゆっくりと振り返り、微笑む。

「“誰かの感情の犠牲になる人生”よりは、ずっと」

 隣国からの使者。

 それは、
 追放された令嬢のもとに届いた、
 **最初の“救いの手”**だった。

 そして同時に、
 物語が本当の意味で動き出す合図でもあった。


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