白い結婚のはずでしたが、いつの間にか選ぶ側になっていました

ふわふわ

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第13話 新しい屋敷――干渉ゼロの生活開始

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第13話 新しい屋敷――干渉ゼロの生活開始

 グラーフ公爵城の中庭に面した一角に、その屋敷はあった。

 正確には“屋敷”というより、城の一部を独立させたような造りだ。
 専用の玄関、専用の庭、専用の使用人動線。

 ――完全に、切り離されている。

(……ここまでとは)

 リオネッタ・ラーヴェンシュタインは、案内されながら内心で感嘆していた。

 王太子妃候補だった頃、彼女には“私室”こそ与えられていたが、
 それは常に人の出入りがあり、
 予定も行動も、逐一把握されていた。

 だが、ここは違う。

「こちらが、奥方様のお住まいとなります」

 年配の女性が、丁寧に頭を下げた。

 彼女は、この区画を任されている女執事長――
 公爵城の中でも、特に信頼の厚い人物だと聞いている。

「何かございましたら、私を通してください。
 公爵閣下は、奥方様の生活には干渉しないよう、厳命されています」

「……そうですか」

 その言葉に、リオネッタは思わず微笑んだ。

(本当に、徹底していますのね)

 屋敷の中は、落ち着いた色調で統一されていた。
 派手さはないが、調度品は質が良く、配置にも無駄がない。

 書斎。
 居間。
 寝室。
 応接用の小部屋。

 すべてが、“使うため”に用意されている。

「お気に召しましたでしょうか」

「ええ。とても」

 それは、社交用の豪華な住居ではない。
 “暮らすための場所”だ。

 マリアが、少し驚いた様子で辺りを見回している。

「お嬢様……いえ、奥方様。
 誰も、予定表を持ってきませんね……」

「そうね」

 リオネッタは、くすりと笑った。

「今日の予定を、決める必要がないのですもの」

 それは、彼女にとって――
 信じられないほど新鮮な感覚だった。

 昼食は、屋敷内で簡素に用意された。

 時間指定も、同席の強制もない。
 食べる時間も、量も、彼女の自由。

(……これが、自由)

 形式だけの結婚。
 感情を求められない関係。

 だが、それは冷遇ではない。

 むしろ、最大限の尊重だ。

 午後。

 リオネッタは、さっそく書斎に籠もった。

 持ってきた書類を整理し、
 これまでの知識を、改めて棚卸しする。

 財政。
 物流。
 人員配置。

(……この領地、少しだけ無駄がありますわね)

 気づいたことは、すぐにメモを取る。

 誰に提出するわけでもない。
 評価される必要もない。

 ただ――
 考えることが、楽しい。

「奥方様」

 女執事長が、控えめに声をかけてきた。

「城内での立ち回りについて、最低限のご説明を」

「お願いします」

「基本的に、こちらの区画は完全に奥方様の裁量です。
 城の執務区画に出入りされる場合も、事前連絡は不要」

 リオネッタは、思わず目を瞬いた。

「不要、ですか?」

「はい。公爵閣下から、そうするようにと」

(……本当に、信頼が前提)

 形式だけの妻。
 だが、行動の自由は最大限。

「……念のため伺いますが」

 リオネッタは、慎重に尋ねた。

「私が、城内の業務に口を出した場合――
 問題になりますか?」

 女執事長は、はっきりと答えた。

「合理的であれば、歓迎されるでしょう」

 その言葉に、リオネッタは小さく頷いた。

(……やはり)

 夜。

 初めての“グラーフ公爵夫人としての一日”が終わる。

 だが、そこには――
 緊張も、疲労も、ほとんどなかった。

 寝室の窓を開けると、夜風が心地よく流れ込む。

 遠くで、城の鐘が鳴った。

(……静かですわ)

 王都の夜は、いつも誰かの視線と声に満ちていた。
 ここには、それがない。

 ベッドに腰を下ろし、リオネッタは思う。

(白い結婚、ですか)

 冷たい言葉に聞こえるが、
 実態は――これ以上なく快適だ。

 誰かの感情を管理しなくていい。
 期待に応えなくていい。
 “役割”を演じなくていい。

 ――ただ、存在していていい。

 その事実が、胸に静かに染みていく。

「……これなら」

 思わず、声に出た。

「長く、続けられそうですわね」

 まだ、夫婦らしい会話はほとんどない。
 公爵の顔を見たのも、今日が二度目だ。

 けれど――
 焦りは、ない。

 この関係は、
 感情で始まったものではないから。

 リオネッタ・ラーヴェンシュタインは、灯りを落とし、目を閉じた。

 新しい屋敷。
 干渉ゼロの生活。

 それは、
 彼女がようやく手に入れた――
 **“自分のためだけの時間”**の始まりだった。


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