白い結婚のはずでしたが、いつの間にか選ぶ側になっていました

ふわふわ

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第12話 契約確認――白い結婚の最終調整

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第12話 契約確認――白い結婚の最終調整

 執務室での初対面から一夜が明け、城はいつも通りの静けさを保っていた。

 朝の鐘が鳴り終わる頃、リオネッタ・ラーヴェンシュタインは、客用として用意された部屋の窓辺に立ち、城下町を見下ろしていた。

(……本当に、落ち着いた土地ですわね)

 人の流れは整然としており、無駄な混乱がない。
 王都のような派手さはないが、必要なものが必要な場所にある。

 ――グラーフ公爵の性格が、そのまま街になったようだ。

「お嬢様。そろそろ、契約の確認のお時間です」

 マリアの声に、リオネッタは振り返った。

「ええ。参りましょう」

 彼女は深呼吸をひとつし、扉を出る。

 今日行われるのは、結婚の最終条件確認。
 形式上の手続きでありながら、実質的には――
 “どこまで互いを信用できるか”を測る場でもある。

 再び案内された執務室には、すでにアレスト・グラーフがいた。

 昨日と同じ、無駄のない佇まい。
 だが、机の上に置かれた書類の量は、明らかに多い。

「座ってくれ」

「ありがとうございます」

 向かい合って腰を下ろす。

 沈黙は、重くない。
 互いに、沈黙を“無駄な間”だとは思っていないからだ。

「では、確認を始める」

 アレストは、書類を一枚ずつ示しながら進めていく。

「まず、婚姻の公表時期。
 国内外の混乱を避けるため、段階的に発表する」

「異論はありません」

 感情を刺激しないための配慮。
 それは、リオネッタにとっても都合がいい。

「次に、居住区。
 城内に、専用の区画を用意する」

「“共有”ではなく?」

 リオネッタが問いかけると、アレストは即答した。

「当面は、別だ。
 同居が義務になると、干渉が生じやすい」

(……徹底していますわね)

 だが、それがありがたい。

「社交への参加は、貴女の判断に委ねる」

「最低限は、こなします」

「それで十分だ」

 やり取りは、淡々と続く。

 そして――核心。

「最後に、“夫婦としての関係”について」

 その言葉に、空気がわずかに変わった。

 アレストは、書類を閉じ、はっきりと告げる。

「私は、契約以上の関係を、今は求めない」

 “今は”。

 その一言に、リオネッタは気づいたが、表情には出さない。

「承知しています」

「誤解が生じないよう、確認しておく」

 アレストの視線は、真っ直ぐだった。

「これは、“拒絶”ではない。
 互いに、期待を持たないための線引きだ」

 その言葉に、リオネッタは少しだけ考え、こう答えた。

「……とても、誠実だと思います」

 アレストは、一瞬だけ目を細めた。

「そう受け取る者は、少ない」

「感情を曖昧にしたまま関係を結ぶより、
 最初に線を引く方が、ずっと親切ですわ」

 沈黙。

 短いが、意味のある間。

「……理解が早いな」

 それは、評価だった。

「では、こちらからも一点」

 リオネッタは、姿勢を正した。

「私は、公爵夫人としての責務は果たします。
 ですが――意見を述べることを、遠慮しません」

「構わない」

 即答。

「意見を封じる妻は、不要だ」

 その言葉に、胸の奥が静かに温かくなる。

(……本当に、対等ですのね)

 王太子の隣では、
 “正しい答え”を先回りして差し出すことが求められていた。

 ここでは、
 “考えた意見”を述べることが許されている。

 それは、大きな違いだった。

 書類への署名が、淡々と進む。

 インクが紙に染み、
 白い結婚の条件が、現実のものになっていく。

 最後に、アレストがペンを置いた。

「これで、契約は成立だ」

「はい」

 二人は立ち上がる。

 形式的な握手。
 だが、昨日よりも、わずかに温度がある。

「……一つ、忠告しておく」

 アレストが、低い声で言った。

「この結婚は、“楽”ではない」

「分かっています」

「周囲は、必ず詮索する」

「慣れていますわ」

 リオネッタは、微笑んだ。

「“悪役令嬢”でしたから」

 その言葉に、アレストの眉が、ほんのわずかに動いた。

「……その噂は、ここでは通用しない」

 短い断言。

 それだけで、十分だった。

 契約確認が終わり、執務室を出る。

 廊下を歩きながら、リオネッタは思う。

(……これは、結婚というより)

 同盟だ。

 だが、冷たい同盟ではない。

 互いの立場を尊重し、
 侵食せず、侵されない関係。

 その日の午後、城内に正式な通達が回った。

 ――リオネッタ・ラーヴェンシュタインは、
 グラーフ公爵家の正妻として迎えられる。

 それは、
 彼女が“守られる存在”になることを意味しない。

 選ばれ、認められた存在になるということだった。

 部屋に戻ったリオネッタは、窓を開け、深く息を吸う。

(……ここからですわね)

 白い結婚は、ゴールではない。

 むしろ――
 対等な関係が始まる、スタートラインだ。

 そして彼女は、まだ知らない。

 この冷徹な公爵が、
 どれほど頑固で、
 どれほど一度決めた相手を手放さない男なのかを。


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