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第17話 元王太子側の動き――後悔と焦りの兆候
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第17話 元王太子側の動き――後悔と焦りの兆候
王城の空気は、どこか重かった。
重厚な扉、磨き上げられた床、整えられた調度品――
どれも以前と変わらないはずなのに、
アレクシオン王太子には、城全体が狭く感じられていた。
(……なぜだ)
執務机に広げた書類を、彼は乱暴に閉じる。
最近、うまくいかない。
婚約破棄をして以来、
自分は“正しい選択をした”はずだった。
完璧すぎて、可愛げのない女。
常に正論を述べ、周囲に緊張を与える存在。
――そうだ。
自分は、間違っていない。
なのに。
「……リオネッタ」
その名が、ふいに口をついて出た。
アレクシオンは、顔をしかめる。
(思い出す必要はない)
今、彼の隣には“愛らしい存在”がいるはずだった。
「殿下?」
背後から、甘えた声がかかる。
平民出身の少女――
リオネッタの代わりに“選ばれた”存在。
彼女は、そっと腕に触れてきた。
「何か、お悩みですか?」
「……いや」
アレクシオンは、彼女から目を逸らす。
かつてなら、
この仕草ひとつで心が和らいだはずだった。
だが、今は――違う。
(……落ち着かない)
彼女は、悪くない。
笑顔も、言葉遣いも、努力している。
だが。
(……話が、浅い)
政務の相談をすれば、
分からないことを、ただ頷いてやり過ごす。
意見を求めれば、
「殿下のお考えが一番です」と返ってくる。
――それが、最初は心地よかった。
だが今は。
(……空虚だ)
そこに、考えの積み重ねがない。
視点の提示も、反論もない。
自分が“正しい”と肯定され続けるだけ。
執務官が、控えめに声をかけてきた。
「殿下……隣国の動向について、報告が」
「……聞こう」
報告内容は、予想外だった。
――グラーフ公爵が、婚姻を公表する準備を進めていること。
――相手は、元王太子妃候補。
――リオネッタ・ラーヴェンシュタイン。
アレクシオンは、言葉を失った。
「……は?」
一瞬、理解できなかった。
「それは……本当か?」
「はい。
段階的な発表になる見込みですが……」
執務官は、慎重に言葉を選ぶ。
「相手国では、非常に好意的に受け止められているようです」
胸の奥が、ざわつく。
(……なぜだ)
捨てたはずの女。
不要だと切り捨てた存在。
それが、隣国の有力公爵の妻になる?
(……白い結婚、だとしても)
政略結婚であっても、
それは“選ばれた”という事実に変わりはない。
「殿下……?」
隣の少女が、不安そうに見上げてくる。
「どうか、されましたか?」
「……少し、席を外す」
アレクシオンは、立ち上がった。
廊下を歩きながら、頭の中が騒がしい。
(……なぜ、あいつが)
完璧すぎて、可愛げがない女。
そう、思っていたはずなのに。
(……違う)
思考の奥で、別の声が囁く。
――完璧だったから、安心して任せられた。
――反論されたから、考え直すことができた。
――支えられていたから、迷わずに済んだ。
「……そんなはずはない」
拳を握りしめる。
(俺が、間違っていたとでも?)
別の日。
王城では、小さな問題が立て続けに起きていた。
財政報告の遅れ。
部署間の連携ミス。
微細だが、確実に積み重なる不具合。
以前なら、
リオネッタが事前に気づき、
静かに調整していた領域。
今は――誰も、そこを埋めない。
「殿下、こちらの判断ですが……」
「……好きにしろ」
苛立ちが、声に滲む。
執務官が戸惑った顔をする。
(……なぜ、うまくいかない)
夜。
一人になった執務室で、
アレクシオンは、ふと机の引き出しを開けた。
そこにあったのは、
かつてリオネッタがまとめた資料。
端的で、無駄がなく、
要点が一目で分かる。
「……これを、俺は」
不要だと、切り捨てた。
ページをめくる指が、止まる。
(……戻ってくる、わけがない)
隣国。
公爵の妻。
彼女はもう、
“元婚約者”ではない。
「殿下」
執務官が、再び報告に来る。
「グラーフ公爵領で、
奥方様が城内改革を進めているとの噂が……」
アレクシオンは、苦く笑った。
「……噂、か」
だが、その噂は、
確実に彼の胸を抉った。
(俺は……何を失った?)
答えは、
まだはっきりと形を持たない。
だが、
その輪郭だけは、
日に日に、はっきりしてきていた。
――選んだと思っていたのは、自分だけだった。
――選ばれなくなったのは、今の自分だ。
アレクシオン王太子は、
ようやく“焦り”という感情を、
自覚し始めていた。
---
王城の空気は、どこか重かった。
重厚な扉、磨き上げられた床、整えられた調度品――
どれも以前と変わらないはずなのに、
アレクシオン王太子には、城全体が狭く感じられていた。
(……なぜだ)
執務机に広げた書類を、彼は乱暴に閉じる。
最近、うまくいかない。
婚約破棄をして以来、
自分は“正しい選択をした”はずだった。
完璧すぎて、可愛げのない女。
常に正論を述べ、周囲に緊張を与える存在。
――そうだ。
自分は、間違っていない。
なのに。
「……リオネッタ」
その名が、ふいに口をついて出た。
アレクシオンは、顔をしかめる。
(思い出す必要はない)
今、彼の隣には“愛らしい存在”がいるはずだった。
「殿下?」
背後から、甘えた声がかかる。
平民出身の少女――
リオネッタの代わりに“選ばれた”存在。
彼女は、そっと腕に触れてきた。
「何か、お悩みですか?」
「……いや」
アレクシオンは、彼女から目を逸らす。
かつてなら、
この仕草ひとつで心が和らいだはずだった。
だが、今は――違う。
(……落ち着かない)
彼女は、悪くない。
笑顔も、言葉遣いも、努力している。
だが。
(……話が、浅い)
政務の相談をすれば、
分からないことを、ただ頷いてやり過ごす。
意見を求めれば、
「殿下のお考えが一番です」と返ってくる。
――それが、最初は心地よかった。
だが今は。
(……空虚だ)
そこに、考えの積み重ねがない。
視点の提示も、反論もない。
自分が“正しい”と肯定され続けるだけ。
執務官が、控えめに声をかけてきた。
「殿下……隣国の動向について、報告が」
「……聞こう」
報告内容は、予想外だった。
――グラーフ公爵が、婚姻を公表する準備を進めていること。
――相手は、元王太子妃候補。
――リオネッタ・ラーヴェンシュタイン。
アレクシオンは、言葉を失った。
「……は?」
一瞬、理解できなかった。
「それは……本当か?」
「はい。
段階的な発表になる見込みですが……」
執務官は、慎重に言葉を選ぶ。
「相手国では、非常に好意的に受け止められているようです」
胸の奥が、ざわつく。
(……なぜだ)
捨てたはずの女。
不要だと切り捨てた存在。
それが、隣国の有力公爵の妻になる?
(……白い結婚、だとしても)
政略結婚であっても、
それは“選ばれた”という事実に変わりはない。
「殿下……?」
隣の少女が、不安そうに見上げてくる。
「どうか、されましたか?」
「……少し、席を外す」
アレクシオンは、立ち上がった。
廊下を歩きながら、頭の中が騒がしい。
(……なぜ、あいつが)
完璧すぎて、可愛げがない女。
そう、思っていたはずなのに。
(……違う)
思考の奥で、別の声が囁く。
――完璧だったから、安心して任せられた。
――反論されたから、考え直すことができた。
――支えられていたから、迷わずに済んだ。
「……そんなはずはない」
拳を握りしめる。
(俺が、間違っていたとでも?)
別の日。
王城では、小さな問題が立て続けに起きていた。
財政報告の遅れ。
部署間の連携ミス。
微細だが、確実に積み重なる不具合。
以前なら、
リオネッタが事前に気づき、
静かに調整していた領域。
今は――誰も、そこを埋めない。
「殿下、こちらの判断ですが……」
「……好きにしろ」
苛立ちが、声に滲む。
執務官が戸惑った顔をする。
(……なぜ、うまくいかない)
夜。
一人になった執務室で、
アレクシオンは、ふと机の引き出しを開けた。
そこにあったのは、
かつてリオネッタがまとめた資料。
端的で、無駄がなく、
要点が一目で分かる。
「……これを、俺は」
不要だと、切り捨てた。
ページをめくる指が、止まる。
(……戻ってくる、わけがない)
隣国。
公爵の妻。
彼女はもう、
“元婚約者”ではない。
「殿下」
執務官が、再び報告に来る。
「グラーフ公爵領で、
奥方様が城内改革を進めているとの噂が……」
アレクシオンは、苦く笑った。
「……噂、か」
だが、その噂は、
確実に彼の胸を抉った。
(俺は……何を失った?)
答えは、
まだはっきりと形を持たない。
だが、
その輪郭だけは、
日に日に、はっきりしてきていた。
――選んだと思っていたのは、自分だけだった。
――選ばれなくなったのは、今の自分だ。
アレクシオン王太子は、
ようやく“焦り”という感情を、
自覚し始めていた。
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