白い結婚のはずでしたが、いつの間にか選ぶ側になっていました

ふわふわ

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第32話 社交界編――“選ばれている妻”の証明

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第32話 社交界編――“選ばれている妻”の証明

 その夜、
 王都の社交界は、
 珍しくざわついていた。

 理由は単純だ。

 グラーフ公爵夫妻が、そろって出席する。

 それだけで、
 噂は十分だった。

「白い結婚だと聞いていたけれど……」

「最近は、
 どうも様子が違うらしいわよ」

「公爵が、
 奥方を基準に動いているとか」

 囁きは、
 控えめな笑顔の裏で、
 連鎖する。

 誰もが、
 確かめたかった。

 それが、
 事実なのか――
 それとも、
 誇張された噂なのか。

 やがて、
 会場の扉が開く。

 視線が、
 一斉に集まった。

 先に姿を現したのは、
 アレスト・グラーフ。

 いつもと変わらぬ、
 落ち着いた佇まい。

 だが――
 次の瞬間、
 空気が変わった。

 彼の腕に、
 自然に手を添えて現れたのは、
 リオネッタ・ラーヴェンシュタイン。

 派手な装いではない。
 だが、
 洗練された品格が、
 場の空気を整えていく。

(……あれは)

(想像より、
 ずっと……)

 声にならない驚きが、
 会場を満たす。

 誰よりも先に、
 公爵が歩調を合わせている。

 それは、
 “エスコート”というより――
 **“同調”**だった。

 会場中央。

 主催者が、
 形式的な挨拶を始める。

「本日は、
 お忙しい中――」

 だが、
 その途中で、
 ふと、言葉が詰まった。

 アレストが、
 わずかに立ち止まったからだ。

「……失礼」

 彼は、
 低く告げる。

 視線は、
 リオネッタに向けられていた。

「……大丈夫ですわ」

 彼女が、
 小さく頷く。

 それを確認してから、
 公爵は、
 再び歩き出した。

 その一連の動きに、
 会場の視線が集まる。

(……確認した?)

(今の、
 完全に……)

 誰もが、
 はっきりと見た。

 彼は、
 無意識に、
 彼女の状態を最優先した。

 形式でも、
 演出でもない。

 自然な、
 習慣だ。

 挨拶が終わり、
 歓談が始まる。

 数人の貴族が、
 遠慮がちに近づいた。

「公爵閣下、
 お久しぶりです」

「ああ」

 簡潔な返事。

「……奥方様にも、
 ご挨拶を」

 その言葉に、
 アレストは、
 一瞬だけ、
 立ち位置を調整した。

 リオネッタが、
 話しやすい位置へ。

 それだけのこと。

 だが――
 誰が“主役”なのかは、
 一目で分かった。

「はじめまして。
 リオネッタ・ラーヴェンシュタインです」

 彼女の声は、
 柔らかい。

 だが、
 曖昧さはない。

 相手の貴族は、
 思わず、
 背筋を正した。

(……違う)

(この方は、
 “飾り”じゃない)

 会話が進むにつれ、
 その印象は、
 確信へと変わっていく。

 政治の話題。
 領地運営。
 物流。

 彼女は、
 前に出すぎない。

 だが、
 要点を逃さない。

 そして――
 決定的なのは、
 その後だった。

「……公爵閣下、
 この件ですが――」

 誰かが、
 アレストに直接、
 判断を求めた。

 彼は、
 即答しなかった。

 わずかに、
 視線を動かす。

 リオネッタを見る。

 それだけで、
 彼女は、
 意図を理解した。

「現時点では、
 急ぐ必要はありませんわ」

 彼女が、
 静かに言う。

「条件が整ってからの方が、
 双方にとって、
 利益が大きいでしょう」

 アレストは、
 頷いた。

「同意見だ」

 その一言で、
 話は決まった。

 会場が、
 一瞬、
 静まる。

(……今の)

(公爵が、
 “確認”した……?)

(いや、
 委ねたのか)

 ざわめきが、
 一段、
 深くなる。

 これは、
 単なる夫婦仲の良さではない。

 権限の共有だ。

 それも、
 極めて自然な形で。

 夜が更けるにつれ、
 噂は、
 確信へと変わっていった。

「グラーフ公爵は、
 奥方を、
 “伴侶”として扱っている」

「いや、
 それ以上だ」

「基準だ」

 帰路。

 二人は、
 馬車の中で、
 静かに向かい合っていた。

「……お疲れでは?」

 アレストが、
 先に声をかける。

「少しだけ」

 正直な返事。

 彼は、
 すぐに、
 外套を差し出した。

「肩を冷やすな」

「ありがとうございます」

 リオネッタは、
 微笑む。

「……今日のこと、
 どう思われました?」

「噂の確認だろう」

 即答。

「そして、
 事実の提示だ」

 彼女は、
 小さく息を吐いた。

「随分と、
 はっきり示しましたね」

「曖昧にする理由が、
 ない」

 アレストは、
 視線を逸らさず、
 言った。

「私は、
 奥方を、
 選んでいる」

 その言葉は、
 静かだった。

 だが――
 揺るぎなかった。

 リオネッタは、
 一瞬だけ、
 言葉を失い。

 そして、
 ゆっくりと、
 頷いた。

「……私もですわ」

 白い結婚。

 そう呼ばれていた関係は、
 この夜、
 完全に形を変えた。

 社交界の誰もが、
 理解したのだ。

 リオネッタ・ラーヴェンシュタインは、
 選ばれた妻ではない。

 選ばれ続けている妻なのだと。


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